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#39、 太陽のエレスチャルを取り出す治療法
しおりを挟む食事の最中にメイドが先触れを持ってきた。
「ブランシュ殿下から、本日の具合はいかがかとのお尋ねでございます。
もし無理がないようなら、迎えに行くとのことです。
なんとお答え致しましょうか?」
「よろしくお願いしますと伝えて、ルピナス」
「承知いたしました」
今のうちに魔法薬を飲んでおく。
今日はいつもの倍の量を飲んだ。
眠気もない。
これでまた少し様子を見てみようと思う。
それから小一時間ほど経つと、先触れ通りにブランシュが迎えに来た。
「顔色は良さそうだな、ナナエ」
「薬草と、風の魔法アイテムありがとうございました。
イルマラさんのアイテムとも相性が良かったみたいで、とても効果的だったとラリッサとメローナが教えてくれました」
「なに……、イルマラがここへ来たのか?」
ブランシュの顔色の変化に、ラリッサとメローナが昨日の話をかいつまんで話した。
どうやら、ラリッサとメローナの懸念は遠からず当たっていたらしい。
「イルマラにはまだナナエの魔力のことはなにも話していない。
にもかかわらず、そこまで情報収集をしているとは。
イルマラは悪い人間ではないが、ユーディリア様は野心家だ。
ナナエ、あまりこういう言い方はしたくないが、イルマラを信じすぎるな」
「……そうなのですね……」
「それと、制御魔法と防御魔法のアイテムの件は、俺も承知している。
できるだけ早くお前の手に届くようにしよう。
それから、今日からお前に警護がつける。それから、新しい侍女も選定中だ」
「え、侍女?」
「ああ、ラリッサとメローナはグランディア王国から借り受けている身なのだ。
いずれは返さねばならない」
「そ、そんな! ふたりがいないなんて、困ります!」
「お前がふたりを気に入っているようだったから、これでも時間を作ってやったのだ。
だいたい、ラリッサはもう嫁に行ってもいい頃だろう」
「そ、それは……」
奈々江が目を走らせると、ラリッサが反論しようがないというようにうつむく。
メローナが恐れ入りますがと前置きして話し出した。
「確かにラリッサは許婚もおり、いずれは祖国に帰らねばなりません。
でも、ナナエ姫様のお側をお守りする役目には、ラリッサもわたくしも誇りをもって、心を尽くしてあたらせていただいております」
「それはわかっている。だが、それならなおさらラリッサは早めに祖国へ戻るべきだろう。
メローナ、お前にも許婚がいるのか?」
「わたくしにはおりません。
貧乏な家ですが家督を継ぐ弟もおりますし、どこへでも自由の身でございます。
わたくしは今後もナナエ姫様のお側で働きたいと存じます」
「ならば帰化するか?」
「は……」
「これからナナエとその周囲には、エレンデュラ王国の国家機密に関わる人物や情報が触れることとなる。
いずれエレンデュラ王国に帰る者たちをいつまでもナナエのそばには置いておけん」
「はい、わたくし帰化いたします」
「メローナ……!
そんな大事なこと、今決めてしまっていいの!?」
「はい、実はわたくしは以前から帰化を考えておりました。
しかし、セレンディアス様のように重宝される魔力や専門技術があるわけではないので、どうしたら帰化を認めていただけるかと考えていたのです」
「メローナ……」
「わたくしは、ナナエ姫様の侍女として働くのが本当に楽しいのです。
今まで下級貴族の長女として下の子の世話をしたり、写本をして家計を助けたり、時には下働きの使用人と同じような仕事もしてきました。
でも、ナナエ姫様のお側に付いてからは、王室の方々や高貴な上級貴族の方々にお目通りが叶い、フリルの付いた清潔なドレスを着て、優雅に日に二度も三度もお茶を淹れながらお仕えしています。
祖国に戻ったら、また前の生活に逆戻り、そんなのは嫌です!
わたくしは一生をとしてでも、ナナエ姫様のお側に仕え、ナナエ姫様のお力になりとうございます」
「でも、祖国の家族はそれでいいの?」
「弟は今年で十五ですから、次期当主として自覚を持たねばならない年頃です。
いつまでもわたくしの仕送りに頼っているばかりではいけないのです」
「メローナ、お前がそういうのであれば、帰化を認めよう。
心配するな。お前の実家には相応の謝礼金を送ると約束する。
それに、帰化したからといって、家族の愛着まで切る必要はない。
今後はエレンデュラ王国の国民として国家の機密さえ守ってくれれば、手紙を書くのも会うことも許そう」
「ありがとう存じます!」
あっという間にメローナの帰化とラリッサの帰国、新しい侍女との入れ替わりが決まってしまった。
ラリッサが悲しそうに肩をすぼめている。
「昨日お側にいますといったばかりですのに……。
こんな急に帰国が決まってしまうなんて……」
「わたしもショックだわ、ラリッサ……」
「ラリッサ、来るべき時が来ただけですわ。
今後のことは心配しないで。
わたくしがきっとラリッサの分もナナエ姫様をお守りしますわ」
「ああ、どうしてわたくしには許婚がいるのかしら。
名残惜しくて、ナナエ姫様のお側を離れるなんて、考えられません……」
「だからいったじゃないの。婚約なんて破棄しちゃえばって。
ラリッサだったら、ここでもっといい男性と巡り合えるのに」
「そんなことよりも、ナナエ姫様と離れることのほうが辛いですわ……」
ラリッサとしょんぼりしたまま、奈々江はブランシュの後に続いてアトラ棟へ向かった。
それぞれの従者に合わせて、城内にもかかわらず厳重な警備がつき、一行というより一団という趣だ。
すれ違う面々が、なにごとかと目を丸くしていた。
アトラ棟へつくと、奈々江たちはまっすぐ第七研究室に向かう。
扉が開くと、ホレイシオが待ち構えていた。
「ナ、ナナエ様! よかった、心配しておりました!」
「ホレイシオ様、ありがとう存じます」
「ホレイシオ、時間が惜しい。進めてくれるか」
「はっ!」
早速人払いされる。
メローナは残ること許されたが、ラリッサは外に出された。
もはや、線引きははっきりとなされたのだ。
準備されていたカウチのもとに案内され、奈々江そこに腰かけた。
今日はホレイシオのサポートをするらしい研究員がいる。
茶色のくせ髪の若者がナイジェル、中年の赤ひげがラスティン。
それぞれ手短に挨拶をした。
「それでは、これから太陽のエレスチャルに向かって、いくつかの魔力波をあてていきます。
どうぞ、この腕輪をお付けください。
魔力波による痛みや違和感を和らげます。
このカウチには回復魔法が施されていますから、体へのご負担も少ないはずです」
「こんな大きな魔法アイテムもあるの……?」
「このカウチの裏側に、回復魔法の魔法陣を彫り込んであるのです。ナナエ様専用に急いで作らせました」
「それは、ありがとう存じます」
「それでは、始めますが、よろしいですか?」
「……はい」
ホレイシオがたった今奈々江に渡したのと同じような腕輪を両手にはめた。
そして、いつだったかライスがしたように手と手の間に空気の玉を作るかのように重ね合わせた。
急にあのときの痛みを思い出し、奈々江はぎゅっと目を閉じた。
しばらくすると、こめかみのあたりになにかの圧を感じ始めた。
「ナナエ様、痛みはありますか?」
ナイジェルに聞かれて奈々江はそっと目を開いた。
「……大丈夫です」
「ありがとう存じます。集積波A、出力三十、痛みなしです」
ナイジェルが手元のバインダーらしきものに書きつけている。
その隣でラスティンがつぶやいた。
「雲隠れ 光影ありや 音もなく 秘すも映え出づ 明照の月」
ラスティンの目が一瞬紫に輝いた。
「太陽のエレスチャルとおぼしき魔力の集合体を確認。
ナナエ殿下のこめかみ付近に留まっています。
微弱な振動を確認。しかし影響は限定的」
どうやら、ラスティンには奈々江の頭の中の太陽のエレスチャルの状態が見えているらしい。
ナイジェルがラスティンの言葉を書き記す。
ホレイシオがいった。
「ナナエ様、出力を上げます。ナイジェル、出力五十だ」
「はい、出力五十。……ナナエ様、痛みはございますか?」
「いいえ……。でも、押されている感じがします」
「振動の拡大を確認。魔力の集合体にやや委縮傾向あり」
ラスティンの言葉をナイジェルがまた書きつける。
出力を上げながら、太陽のエレスチャルの反応を観察し、記録する。
「次に集積波Bを行います」
集積波とは、複数の魔力波を混合させて作った特殊な魔力波をいうらしい。
今回は、奈々江と太陽のエレスチャルの分離効果を狙って作ったものだ。
AからGまでの七種類をすべて試すのだという。
集積波Cを終えたところで休憩が入った。
「ナナエ様、ご加減はいかがですか?」
「ん……、少しくらくらするけど、大丈夫です」
「我々は少し席を外しますから、横になってお休みになられてください」
「ありがとう存じます。そうさせていただきます」
ブランシュ、ホレイシオ、ナイジェル、ラスティンが出て行くのと入れ替わりに、ラリッサが部屋に入ってきた。
メローナとともにナナエの側に着き、世話を焼く。
「ナナエ姫様、大丈夫でございますか?」
「うん、少しくらくらするだけ。前のように痛くはなかったわ。
それより、ラリッサ、ごめんね。
急にメローナと差をつけるようになってしまって」
「お気遣いは無用ですわ。当然のことです。
残された時間はわずかですが、最期の日まで誠心誠意お仕えいたします」
「ありがとう」
「少し目を閉じてお休みくださいませ。わたくしからも回復魔法をかけさせていただきますわ」
そういうと、風の属性であるラリッサが魔法をかけてくれた。
「ありがとう、気持ちいいわ……」
「お役に立ててうれしゅうございます」
しばしの休憩の後、集積波Dから再開した。
七つの集積波のうち、より効果が見られたふたつの集積波に的を絞り、改良を重ねて、治療に当たっていくということになった。
「ナナエ様、お連れ様でございました。
この後は、できる限り太陽のエレスチャルの分離を進めてきます。
物理的にも魔力的にも分離ができたことを確認したら、取り出すという手はずです」
「ホレイシオ様、取り出すには手術をするのですか?」
「はい。単なる外科的な手術ではなく、魔導士や魔力を使う医師による手術となります。
あるいは、魔法薬などを併用して、自然と排出されるように試みる可能性もあります。
様子を見て、一番危険のない方法を選択いたします」
「わかりました。引き続きお願いいたします。……あの、時に思ったのですが」
奈々江はラリッサとメローナに支えられながら、それまでに考えていたことを口にした。
「魔法陣や立体魔法陣で、太陽のエレスチャルを制御するということはできないのでしょうか?」
すると、ブランシュとホレイシオが目くばせをして再び人払いされた。
またも部屋を出されてしまったラリッサがかわいそうだったが、仕方がない。
ドアが閉まるのを見届けてブランシュがいった。
「その可能性はゼロではない。
だが、強大な力を持つ魔法アイテムを制御し続けるには、膨大な魔力を使うことになる。
お前の魔力量では難しい。
これまで通り、魔法薬で効果を減少させて制御する方が望ましい」
「ブランシュ殿下のいう通りです。
それならば、分離を促進する魔法陣や、取り出すときにナナエ様に傷が残らないように保護をする魔法陣を作ったほうがいいと思います。
そうだとしても、無理は禁物です。ただでさえ、治療には心身に負担がかかるのですから。
ご心配なさらなくても、第七研究室のメンバーは紛れもなくエレンデュラ王国のトップクラスの研究員たちです。
必ず無事に太陽のエレスチャルを取り出して見せますよ」
(やっぱり、制御は可能なんだ……。
わたしの体の中にある太陽のエレスチャルには、外から魔力波によってなんらかの影響を与えることができる。
そして、同じように魔法陣などによって何らかの働きかけもできる。ということは……)
「まさかとはおもうのですが、こういうことは可能ですか?
太陽のエレスチャルの魔力を使って、わたしがなんらかの魔法陣や立体魔法陣を使う、というようなことは」
驚いたようにブランシュとホレイシオが目を丸くした。
ホレイシオがややあって頭を掻いた。
「理論上は可能なはずですが、それはかなり難しいと思います。
そもそも太陽のエレスチャルは、一般に出回っているようなアイテムと違って、どのような魔法構造なのかがおそらくほとんどわかっていません。
めったに現れるアイテムではないので、研究しようにもその機会というものがまずありませんし、同様に過去に研究がなされたという記録もありません。
ナナエ様がいかに素晴らしい立体魔法陣を組みたてられることができたとしても、太陽のエレスチャルを正しく分析できないことには、うまく組み入れ、魔法を成功させることは難しいと思われます」
今度はブランシュが腕組みして小首をかしげた。
「それはそうと、ナナエ。そこまで頭が回るとなると、お前も魔法について真剣に考え始めているのだな。
いい兆候だが、どうしてそのようなことを思いついたのだ。
もともと太陽のエレスチャルは取り外す、外すまでは魔法薬で対応するという話だったはず。
それを、制御によって共生し、さらには太陽のエレスチャルが持つ魔力を利用しようとなど、なかなか思い至らぬはず」
「あの、それは……」
奈々江はにわかに口ごもった。
(ここでいうのはどうだろう……。
でも、気持ちは変わらないし、ブランシュにははっきり伝えた方がいい。
ただ、ホレイシオの前でいうのはちょっと……)
奈々江の様子になにかを感じ取ったのか、ブランシュが再び口を開く。
「ここでは言いにくいか?」
「はい……」
「お兄様にもか?」
「い、いえ、お兄様には知っておいていただきたいのですが……」
「では人払いを」
部屋からホレイシオ、ナイジェル、ラスティン、ラリッサ、メローナが出て行った。
ブランシュが組んでいた手を解いて、柔らかい口調でいう。
「それで、どうしたというのだ」
「お兄様……」
奈々江は居住まいを正した。
それだけでは足りないように思え、立ち上がって、ブランシュに向き合った。
「わたし、もう一度グレナンデス殿下の皇太子妃候補になりたいのです」
「……本気か?」
「いろいろ問題を起こしてしまったのに、今更こんなことをお願いするのは心苦しいのですが……。
でも、わたし、ようやくわかったのです。
もう一度、グレナンデス殿下にお会いしたいのです」
ブランシュが目を見張り、にわかに言葉を失う。
「イルマラさんをグランディア王国に行かせないでください。
太陽のエレスチャルを取り外して、もしそれで、グレナンデス殿下にはもう以前のように好きになってもらえなくなったとしても、もう一度、グレナンデス殿下とお会いして、この気持ちを確かめたいのです。
自分なりにこの気持ちに向き合って、できることならば、関係を深めたいと思うのです」
しばらくの沈黙の後、ブランシュがため息をついた。
「確かに、俺はお前にどうしたいかと聞いた。
あのときは、確かに俺はお前の意思を尊重するつもりでいた。
だが、それはもうできないのだ」
「えっ……?」
「ナナエ。今、父上は、お前とライスの結婚を考えている」
「はっ……!?」
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