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#34、 立体パズルの世界

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(午前中の話では、エベレストが一緒に行ってくれるんだと思っていたのに……。
 よりにもよって、ライス……)

 ライスはいつにも増して大勢の伴の者を引き連れていた。
 その様子に威圧され、奈々江は引きつった顔でライスの前に立った。

「ラ、ライスお兄様……、そ、の、えと……」
「お前が特殊な魔力の持ち主だったとはな。だが、であるならばそうだとなぜいわなかったのだ。
 わかっていたら、父上も兄上もお前を皇太子妃候補になどしなかったぞ」
「え、え……、どういう意味ですか? あっ、……でございますか?」
「とにかく魔法学校へ行くぞ。ついてこい」

 すたすたと先を行くライスを追いかけていくと、ライスと同じ馬車に乗るように案内された。
 ちらっと見ると、体積以上の存在感で空間を満たすライスがいる。

(う、うわぁ、ライスと相席……。着くまで針のむしろだよ……)
「早くしろ、ナナエ」

 くずくずしていたら早速急かされた。
 拒否権はないようだ。
 しかたがない。
 一旦息を吐き切り、改めて息を吸いなおして心を調える。
 そんな奈々江をライスはなにかいいたげに斜に見つめていたが、奈々江は心中はそれどころではない。
 魔法学校がどの程度の距離にあるのかは知らないが、わざわざ馬車でいくとなると、城外は間違いない。
 その間、ライスの極寒の視線に耐えうるだけの心の強さを保つ必要があるのだ。

(よ、よしっ……)

 馬車に乗り込もうとしたその瞬間だ。

「お待ちくださいませ!」

 振り向くと、セレンディアスが息を切らせてこちらへかけてくる。

「ナナエ様、僕も魔法学校へお供させてください! エベレスト様からお許しを得ました!」
(セレンディアス、なんていいところに!)

 セレンディアスが馬車に駆けつけた。

「僕も同行をお許し願えないでしょうか?」

 奈々江は考える暇もなく、ライスに向かって懇願した。

「ライスお兄様っ……!」

 ライスはわずかに眉をしかめて見せたが、いいだろうとうなずいた。
 極寒地獄から救われた奈々江が笑みを向けると、セレンディアスはそれ以上に嬉しそうに笑っている。
 奈々江に続いてセレンディアスが乗り込むと、馬車は城を出発した。

「ライス皇太子殿下、相席をお許し賜りありがたく存じます」
「セレンディアス、兄上にお前は来なくていいといわれていたはずだ。
 この件を任されたのは私なのだから」
「僕はグランディア王国でも魔法学校にはほとんど通っておりませんでしたら、一度くらいはエレンデュラ王国の魔法学校を見てきたらいいと、エベレスト様にいわれました!」
「といって、お前が泣きついたのであろう」

 呆れたようにライスがいった。
 セレンディアスが照れ隠しするような笑みを浮かべる。
 奈々江は心底からほっとしていった。

「セレンディアス様がご一緒くださってよかったです。
 急いで走って来てくださったのですね、本当にありがとうございます」
「僕もまたご一緒できて、心から嬉しく存じます!」

 セレンディアスが頬を赤らめ、満面に笑みを浮かべる。
 奈々江もかつての魔獣の姿のセレンディアス相手と同じくらいに親しみのこもった表情を浮かべていた。

(今までセレンディアスのことを邪険にしてきてしまったけれど、授業のときといい、今回のことといい、セレンディアスがいてくれて助かった……! 
 魔法薬を飲まなくても、セレンディアスとは恋愛関係っていうより犬と飼い主みたいな関係だし、今後も余計な心配をせずに気兼ねなく付き合えそうだよ)

 城門をでると、馬車の窓から城下の町が覗いた。
 奈々江にとっては初めての城外だ。
 この世界の庶民の暮らしは、貴族のそれとは段違いに質素だ。
 皆揃って中世の西洋風の服装ではあるが、当然奈々江やライスが着ているような装飾のふんだんにあしらわれた服を着ているものはほぼいない。
 よくて商人らしき男の着ているコートがベルベット生地らしく見えるが、その程度だ。

 貴族屋敷街を離れると建物に装飾的な統一感はなく、もっぱら合理性と経済性を優先した街並みが並ぶ。
 人々の服装も明らかにより質素な素材、色、画一的なデザインへと変わる。
 町とはいっても、現代における町よりもはるかに生活基盤における設備の水準は低い。
 場所によっては石と木材を積んだだけのバラック小屋のような通りや、土埃の舞うがたがたの道もある。
 生活用水はローマ水道のように町に引き込んで利用しているようだ。

 人々はそれぞれに用事や仕事に動き回っており、それなりの活気も見て取れる。
 中世時代によくありがちな服装や髪型ではっきりとした身分差を表すのが風習らしい。
 "恋プレ"のシナリオには庶民の生活も文化も関わってこないので、ほとんどすべて奈々江が見た映画などの記憶の産物だろう。
 だが、雰囲気は一見するかぎり、ゆったりとおおらかな感じではある。

(わあ、なんか、急に生活感。町の人の様子だと、エレンデュラ王国って平和そう)
「下町がそんなにめずらしいか」
「えっ」

 ライスが急に話しかけてきたので、奈々江は条件反射でにわかに固くなった。
 居心地悪そうに奈々江が小さく、はいと答えると、空気を察したセレンディアスが気をつかわし気にいった。

「僕もエレンデュラ王国の下町は初めてです。
 ナナエ様、ご覧ください、立派な水道があります。
 あれはエレンデュラ王国の三大景観のひとつとされているそうですね」
「あ……、あの、橋みたいな建物ですね」
「そうです。エレンデュラ王国の治水技術は大陸一といわれていますよね。
 白い水道橋が青空に映えて素晴らしい景色です」
(そうなんだ……、セレンディアスのほうが祖国人のわたしより詳しいっていう……。
 でも、セレンディアスがいてくれてよかった~……。
 ライスとふたりきりだったら、空気がバキバキに凍り付いていたよ……)
「そういえば、バラッド城にはああした水道橋や地下水路はなかったですね」
「グランディア王国は地下水脈に恵まれているので、井戸でくみ上げして生活用水を賄っているのですよ。
 あっ、ご覧ください!
 あそこで芸人が犬に玉乗りをさせていますよ!」
「えっ、どこですか!?」

 セレンディアスのお陰で、痛まれない沈黙や突き刺すような視線に肩身の狭い思いをすることはなく、奈々江たちを乗せた馬車は魔法学校へ着いた。
 貴族の子女たちが通う学校とあって、門前の通りは整っており、これまで通ってきた道の中では明らかに上流の市民たちが暮らす地域のようだ。
 敷地内に馬車が入ると、整えられた庭園が広がり、その先に学び舎と思しき八つの建物がそびえている。
 正面の建物の前で馬車を降りることになった。

「ナナエ、こっちだ」

 ライスの案内で最東にある建物に向かった。
 建物に入ると、その中は明るく、まさしく校舎という感じの大きな窓が連なっている。
 各教室に張り出されたクラスの番号、生徒たちが机を並べて座る風景、長い廊下、壁にはクラブ活動のメンバー募集の張り紙。
 全体に貴族的な装飾はあるが、それでもどことなく懐かしい感じがするのは、やはり奈々江の記憶が影響しているからなのだろうか。
 ライスが突き当りの扉の前で止まった。
 従者がノックをして、ライスの到着を知らせた。
 扉が開き、中へ通される。

「ツイファー教授、御無沙汰しております」
「ライス皇太子殿下、ご機嫌麗しく」

 ツイファー教授は白いひげをたっぷりと蓄えた、老人だった。
 奈々江にとってはもちろん初対面だ。
 だが、補正のかかった設定では、この老人が奈々江の師事した教師ということになっている。
 奈々江はたどたどしく腰をかがめた。

「ツイファー教授、……ご無沙汰しております」
「ナナエ皇女殿下、いやはやお懐かしい。話は聞いておりますぞ」
「はじめてお目にかかります、セレンディアス・オーギュストと申します」
「君が噂のオーギュスト家のご子息だね、歓迎するよ」
「高名なツイファー教授にお目通り叶いましてうれしく思います」
「さあ、こちらへ。席は用意しておりますぞ」

 いつかのように椅子が四つ用意されていた。
 そこへ座ると、空間魔法が発動し、四人以外は薄もやの外に追い出された。

「さて、これで話を始められますぞ」
「ツイファー教授、早速ですが、お尋ねしたい。
 あなたはナナエをたった一年で卒業させておきながら、ナナエの魔力についてなぜ父上に報告なさらなかったのですか?」

 ツイファーはゆっくりと眉を上に上げ、そしてまたゆっくりと下げた。

「ライス殿下、ナナエ殿下の魔法をご覧になられたことは?」
「いや、ないが」

 すると、ツイファーはエアリアルポケットからなにかを取り出し、奈々江の前に差し出した。
 鉱石でできたブロックパズルのようだった。
 奈々江がパズルからツイファーに視線を向けると、ツイファーが朗らかにほほ笑んで見せた。
 これをやってみろ、ということだろうか。

(これ、ルービックキューブ……?)

 ばらばらのブロックの色を面でそろえるパズルだ。

(こんなの、簡単)

 奈々江は三十秒とかからずに面の色をそろえた。
 すると、鉱石でできたブロックパズルから、なにやら軽快な音が鳴りだした。
 いつのまにか小さなラッパのようなものが現れていて、これが鳴ったらしい。
 どうやら、クリアを祝うファンファーレのようだ。
 パチパチッと可愛らしい火花も飛んだ。
 しかし、熱くはない。
 奈々江がブロックパズルを手に見つめていると、ブロックパズルが突然空中に浮き、音もたてずにばらばらに分解した。
 分解した欠片は、真四角ではなく、子ども用の立体パズルの形をしていた。

(あ、これ知ってる。孔明パズルだ)

 孔明パズルとは、かの有名な諸葛亮孔明が開発したとされる立体パズルだ。
 現実の世界では子どもの知育玩具や脳トレとして親しまれている。
 これも、奈々江にとっては、朝飯前だった。
 パチッとそろえると、ナナエの手の中に球体ができた。
 またファンファーレが鳴りだし、火花が散る。
 パズルは自動的にばらばらに分解し、次の孔明パズルに分解した。

(あはっ……! これ、自動で次のパズルにいってくれるんだ……! すごい!)

 奈々江は次々とパズルをクリアし、瞬く間にファンファーレを立て続けに鳴らした。
 クリアすれば自動的に次のパズルにピースが変容する。
 なんという便利なおもちゃだろう。
 奈々江の集中力はあっという間に高まった。
 奈々江の指先がピースをなでると、ピースはまるで自発的に動いているかのようにあるべき場所にはまっていく。
 慣れない者には奈々江のスピードはまさに目にも止まらぬ速さに見えていただろう。

 パズルはクリアを重ねるたびに、少しずつ複雑な形になっていく。
 テトリスのような平面と違っても、奈々江にとってはなにも変わらない。
 空間の中にあるべき形をそこへ当てはめていく。
 そして、それが集合体となったとき、寄せ木細工のような正方形やピラミッド、金平糖のような星形や、ジェンガのような角棒を組み合わせたような複雑な多面体、ピンポン菊のような花に似た多面体などの姿が現れる。
 その形は次第に大きく複雑に、ピースの数も徐々に増えていく。
 奈々江の集中力はもはやパズルと自分以外、なにも存在しないかのように一点に向かって、どこまでも伸びていく。
 いつまででも果てしなくパズルやり続けていられそうな感覚。
 かちっ、ぱちっとピースがはまっていく音と感触が心地いい。
 大きさが変り、ピースの数が増えても、奈々江がファンファーレを鳴らすのはまったく淀みがなかった。

(すごい、これ楽しい! 魔法って、すごい便利!)

 現実のパズルではこうはいかない。
 ひとつのパズルをやりこんでしまったら、次のパズルに変えなくてはならない。
 しかも立体パズルというのは意外と値段が高くて、かさばって場所も取る。
 しかし、テトリスが自動で無限にピースが落ちてくるように、これは自動で無限に次のパズルが出てくるようだ。
 そのうえ、これはコントローラーを使ったり、画面をスワイプしたりして操作するのではなく、自分の手でパズルそのものを実際に組み立てることができる。
 こんなに便利なおもちゃが現実にあったら、絶対ベストセラーになるに違いない、と奈々江は思った。
 集中力の高まった奈々江はひたすらパズル遊びに興じた。

「おい、ナナエ……」

 ライスがかける声など、もはや奈々江の耳には届かない。
 奈々江の耳にはパズルが治まる音と、クリアのファンファーレ、火花の散る音しか聞こえていなかった。
 次第に立体パズルは奈々江もこれまで見たことがないほど複雑で大きな形になっていった。

(なんだろう、時計の中身みたい)

 いつだったかドキュメンタリー番組で時計職人が時計を組み立てている風景を見たことがある。
 ピースはその時計の部品のように歯車のようなものや、秒針のようなものがある。
 時計の分解も組立てもしたことがない奈々江だったが、不思議と、どこになにがはまるかはまさに手に取るように分かった。
 そればかりでなく、文字や数字、なにかのマークや文様のピースもでてきた。
 ピースも同じような形ばかりだったのが、次第にひとつしかないピースも増え、パズルはどんどん複雑になっていく。
 その複雑さを奈々江は楽しんでいた。

(すごい、すごい、このパズル……!)

 このパズルなら無限に遊んでいられる。
 そう思いながら、最期のピースをはめると奈々枝の目の前の五十センチほどの円盤型のパズルが完成した。
 明るいファンファーレが鳴り響き、パチパチと火花が舞った。
 次のパズルを待つ間、奈々江がじっと見つめていると、ぱっと両手が誰かに押さえつけられた。
 見ると、ライスだった。

「もういい、ナナエ!」
「え……」

 そのとたん、パズルが分解し、縮小してもとのルービックキューブの形に戻ってしまった。
 ツイファーがそれを手に取ると、なにかを含んだようにライスを見た。

「これがナナエ殿下の魔法です」
「よくわかりました、ツイファー教授……」

 ライスが奈々江の手を離し、眉をしかめている。

(あ……、あっ、もしかして、わたしやらかしちゃった? 
 まさか、また何時間も……!? 
 いくらなんでもそんなに時間は経ってないよね?)

 三人の顔を順繰りに見ていくと、セレンディアスが目を丸くして口を開いた。

「ナナエ様……、これほど高度な魔法陣を組み立てられるなんて、す、すごいです、さすがです!」
「……魔法陣?」

 どういうことだろう。
 魔法陣とは、さっきの立体パズルのことをいっているのだろうか。
 奈々江ひとりがきょときょとと三人の顔を見回している。
 ツイファーが口を開いた。

「これは、生徒たちの鍛錬用にわしが開発した立体パズルです。
 このパズルで最低でも十五回ファンファーレを鳴らすことができれば、わしは立体魔法陣の卒業単位を与えることにしております。
 ナナエ殿下はこのパズルを初日で八十八回鳴らしました。
 それで、わしはナナエ殿下にその日のうちに王立アカデミーへ進むことをお薦めしたのです」
「は、八十八回だと……」
「左様です。ライス殿下もご存じの通り、このパズルは十五回までが立体魔法陣の基礎、次の十五回が応用となっております。
 それ以降の三十二回は立体魔法陣の先駆者たちが生み出したすでに有効性が確立されている立体魔法陣、次の十五回はアカデミーで研究されているされている高難度の立体魔法陣、そしてそれ以降はわしの作った立体魔法陣です。
 特に、八十五番目の立体魔法陣は、わし以外で組みたてられる人間を見たことはありませんでした。
 その日、ナナエ殿下にお会いするまでは」
(このパズルって、そんなにたくさん先があるんだ! 
 いいなあ、わたしにもひとつもらえないのかなあ……)

 話の内容は奈々江の耳にも入ってくるのだが、一旦ピークまで高まった奈々江の集中力は、周りの空気を察するところにまで落ち着いてはいなかった。
 物欲しそうに、ツイファーの手にあるパズルを見つめていると、ツイファーがこちらを向いて口元を緩めた。

「その顔、昔と変わりませんな、ナナエ殿下」
「えっ」
「このパズルを手にした初日からそうでした。あなた様はパズルを取り上げるとそんな顔をしてじっとパズルを見ていました。
 それ以外には、本当になんにも興味がないように」

 ライスとセレンディアスの視線が降ってきて、奈々江はようやくはっとした。

「え、あ……、すみません……」

 ツイファーが、ほほほと笑った。

「わしは一年かけて、ナナエ殿下に魔法陣に組み込む要素や、性能、効能についていろいろと興味を持たせようとしてみたのですが、残念ながらめぼしい成果はありませんでした。
 ナナエ殿下はここへ来るなりパズルを手にすると、終業の時間が来るまで離さない。
 一年間、ひたすらそればかりだったのですから。
 わしは手を変え品を変えて、魔法陣を作ることだけでなく、それを実際に使うことに意識を発展させようと導こうとしてきたつもりだったのですが、数秘術や数学を少々手ほどきするが関の山でした。
 王立アカデミーに進めば、新たなる見地も広がると考え、熱心に薦めもしたのですが、ナナエ殿下はそれを望んでおられませんでした。
 クレア王妃陛下に経済的な負担をおかけしたくなかったのでしょう」

 ライスが素早く口を開いた。

「しかし、だったらなぜ、あなたの口から父上に進言なさらなかったのですか? 
 このような特殊で高度な魔法をナナエが持っているとわかれば、父上がアカデミーにかかる費用くらい出したに違いありません。
 それに、からくも免れはしましたが、ナナエはグランディア王国へ嫁ぐ可能性があったのですよ? 
 このような国益を損なう所業、いかに教授といえど見逃してよいはずがないではありませんか!」

 すると、ツイファーは奈々江に視線を向け、なにかを含んだような空気をもたらした。

「ライス殿下のおっしゃりたいことは重々承知しております。
 ですが、誤解を恐れずに申し上げるなら、そのときのナナエ殿下は世間を拒絶しているかのように思えたのです。
 並外れた集中力で、外界や雑音を排除し、パズルの世界にだけ没頭なさっておられました。
 確かに立体魔法陣の学習や発展においてのみいえば、それは効果的だったかもしれません。
 ですが、重要なのはその魔法陣に、どんな思いを込めるかです。
 あの頃のナナエ殿下は、立体パズルの世界の中にひとりきりでおられました。
 そこにはナナエ殿下のほかには誰もいないのです。
 もちろんこのわしも、母君であるクレア王妃陛下でさえも。
 これがどういうことか、ライス殿下にもおわかりになるでしょう。
 どんなに素晴らしい魔法を持っていても、そこに誰かを思う心や、なにかのためにと働きかける心、未来への希望や温かな世界を願う心、それがなければよい結果をもたらしません。
 まわりの人々の声を排除したままでは、ナナエ殿下の魔法は、単なる形骸にすぎません。
 逆に、ナナエ殿下の能力だけを求めて魔法をつかわせるというのであれば、ナナエ殿下にとっての大切にしたいもの、守りたいもの、なにかを愛しいと思う心、共感したい分かち合いたいと思う心、それがそこにない以上、魔法は世界に害をもたらしかねないと判断しました。
 であるならば、そのような魔法など世間に知られぬままの方がいい。
 ナナエ殿下にとっても、国にとってもそれがもっとも安全な道である。
 わしは学問の一端を預かる者として、そう考えたのです」
(拒絶……、排除……)

 奈々江の心にずしりと重く言葉が残った。
 ここは夢の世界、"恋プレ"のゲームの世界。
 決して現実ではない。
 わかっているのに、ツイファーの言葉は奈々江の深層を深くえぐった。

(見透かされている……)

 奈々江の脳裏に、従兄弟のふたりが浮かんだ。
 彼らとの仲がうまくいかなくて、奈々江はいつの日が、ふたりと心を通わすことをあきらめた。
 ふたりが家の中で仲良さそうに遊んでいる声が聞こえるのが辛くて、奈々江はゲームの中に逃げこんだのだ。
 ふたりの声が届かないくらいテトリスやパズルのような淡々としたゲームに集中する。
 そうすれば、集中して静かな思考だけになる。
 次第に心が活動するのをやめる。
 心が麻痺して、さみしくなくなるのだ。

(そう……、わたしはさみしかった……。
 和左君と右今君の仲間に入れてもらえなくて、さみしかった)

 急に切なくなって、子どもの頃の気持ちがよみがえる。
 目にはじわっと涙が浮かんだ。

(……そして、わたしは今も逃げている)

 わかりすぎるくらい、ツイファーのいっていることがわかってしまった。
 自分の記憶が影響しているからといって、ここまで深く痛いところを突かれると、正直きつい。

「わたし、外の空気を吸ってきます」

 奈々江は顔を伏せたまま、すっくと立ち上がった。
 途端に空間魔法が解かれ、伴の者たちが一斉にはっと視線を向けた。
 奈々江はラリッサとメローナに口早にいった。

「ごめん、少し、ひとりにさせて」

 涙を見られないように足早に部屋を飛び出した。



*お知らせ-1* アップロードミスでページ番号が飛んでしまいました。34→41となっておりますが、お話はそのまま続きとなっております。汗。よろしくお願いします。

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