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#25、 太陽のエレスチャルを取り出す方法
しおりを挟む静まり返った縦長の空間。
見渡すと、本や天秤、なにかを調合する道具や材料の入った小瓶などが並んでいる。
長い梯子が壁に沿って丸くスライドするようになっており、上の棚の物も取り出しできるようだ。
ところどころに、揺れる植物がある。
窓も空いてないのに、風がわずかに葉を揺らしていた。
鳥の姿もないのに、小鳥の鳴く声が聞こえる。
高窓から差し込む太陽光に、スターダストのようなきらきら光るものが見える。
恐らくここはシュトラスルートの最後のイベントで招かれる秘密の部屋だと思われる。
上のほうから、かすかな煙と香りが感じられた。
光差すほうを見上げると、梯子の上から声がした。
「ようこそ、皆さん、僕の秘密の塔へ。
今そちらへ行きます」
シュトラスが梯子を下りてきた、
その手には煙の立つ振り香炉があった。
香りからすると、セージのようだ。
そういえば、シュトラスからは以前もこの香りがした。
奈々江がシュトラスの手元を見ていると、振り香炉を戸棚にしまいながら肩越しにいった。
「空間を清めたい時によくセージを焚くんだ。
僕は人の雑念や邪気に影響されやすいから」
「そうなんですね……。
ここは室内なのに、なんだかすがすがしい感じがしますね」
「ありがとう、ナナエ姫。
ここは僕の隠し部屋の一つ。ここに足を踏み入れた方々は皆さんが初めてですよ」
そういいながら、今度はシュトラスが椅子をすすめた。
椅子は四つしかなく、そこには奈々江、ブランシュ、セレンディアス、シュトラスが座った。
その途端、白い輝きに包まれ、四人だけがなにか別の空間に囲われたのがわかった。
なにが起こったのかわからず、奈々江がおろおろしていると、ブランシュが小声で教えてくれた。
「盗聴防止の空間魔法だ。今は椅子に座っている者にだけこの空間が適用されている。いいか、勝手に立ち上がるなよ」
「な、なるほど……、わかりました……」
思わず、椅子に触れる手に力がこもった。
勝手に立ち上がったら、どうなるのだう。
まさか、椅子に電気が流れて……なんてことはないと思うが、それでもちょっと怖い。
四人の居る空間の外は、まるで曇りガラスで仕切ったかのようにうっすらとした靄にかかって見える。
なにが起こるのか予想がつかない、どぎまぎしたものが奈々江を緊張させる。
そんな奈々江の気配を感じ取ったのか、シュトラスが気をつかわし気に口を開いた。
「ここなら誰にも知られずに内密な話ができるだろうと準備したつもりなんだけど……。
落ち着かなそうだね、ナナエ姫」
「すみません、魔法に慣れてなくて……」
「それはそうだよね。慣れていたら、誤って魔法アイテムを飲み込んだりしないよね」
「まったくです……」
さて、と仕切り直してシュトラスが話を始めた。
「先日は、カロンディアスとセレンディアスが勝手なことをして、ナナエ姫を困らせたそうだね」
「も、申し訳ありません……」
「セレンディアス、僕に謝らなくてもいいよ。
君の帰属する国はもうグランディア王国ではない。君の主はナナエ姫なんだから」
「は」
「いいえ、主はお兄様です。
わたしは藍色の魔獣だと思ったから親しくしたのです。魔獣ではないセレンディアス様に用はありません」
奈々江がいうと、セレンディアスは打ちのめされたように目を潤ませて、背中を丸めた。
ブランシュがたしなめる。
「ナナエ、いいすぎだ。セレンディアスの身にもなってみろ。
お前たちは呪いの仲間じゃなかったのか?」
「それはそうですが……。
……でも、シュトラス殿下の前では、できるだけ正直に、思ったことは口に出すとお約束してますし」
「あははっ、そうそう、そうだったよね!」
子どもっぽい笑い声をシュトラスが上げた。
その同意に後押しされ、奈々江の口は勢いづいた。
「いい加減、わたしはうんざりなのです……!
そもそもわたしに恋愛など向いてないのです。
向いていないなりに、これでも一応(ゲームクリアに向けて)わたしはがんばっているのです。
でも、太陽のエレスチャルのせいで、どなたもみんなご自分を失われているようで、本当のところがよくわかりません。
それに、魔法についても関わってくると、さらにわからないことばかりで、わたしは振り回されっぱなしです。
本当ならわたしは、ただ……。
ただ(早く目覚めて、家に帰って)パズル(テトリス)でもできたら、それでいいのです」
「パズル?」
シュトラスとセレンディアスがきょとんと目を丸くした。
ブランシュが慌てて話を変えた。
「そんなことより、シュトラス殿、今日はいかような話であろうか?」
「……そうですね。
ただいまナナエ姫の反応を見たところ、やはりこの場にカロンディアスを呼ばなくて正解でした。
カロンディアスには、太陽のエレスチャルの件は話さないことにしました。
セレンディアス、身内だからといって、この件は決して漏らしてはいけないよ」
「はい、承知しました」
「その代わりといってはなんですが、呪いの仲間でもう一人頼りになりそうな人間がいます。
それも、医学の心得があり女性なので、安心していただけるかと」
「ほう、そうであったか!
それは誰であろう?」
「次の部屋にその者を待たせています」
そういうと、シュトラスは胸元からシルバーファルコンの羽根を取り出した。
四人で声をそろえた。
「風待たず 逢わんとぞ行く ファルコンか 我も命惜しむことあらんや」
羽根がまぶしい光を放つと、四人は次の空間へと転移していた。
見渡すと、白い壁、白いカーテンの簡素な作りの小部屋だった。
奈々江は一瞬、数日前にぼんやりと見たあの病院ではないかと思ってしまった。
「ここは……?」
ブランシュが辺りを見渡すと、人影がさっと膝まづいたのが見えた。
シュトラスが片手を広げて見せた。
「紹介します。
彼女はバニティ・ムスタファー。王立医師団に属する王室薬草師です」
「顔を上げよ、バニティ」
ブランシュの言葉で、その人物が静かに顔を上げた。
半透明でメタリックというか、玉虫色のようで薄緑色をした奇妙な髪。
顔を見ると、これもまたトンボのようなメタリックの眼鏡をしている。
二次元キャラにありがちな癖の強そうな外見で、どことなく香ってくるのもスパイシーな香りだった。
歳は三十前後というところだろうか。
奈々江の記憶によれば、彼女はオズベルトルートで出てくるサブキャラだ。
薬草のエキスパートで、魔法薬の製造と研究に従事しており、医師のオズベルトからの信頼も厚い。
そのくせ、変わった外見からもわかるように、オズベルトとは恋愛関係になることがまったくないという変わった立ち位置のキャラクターだ。
奈々江はオズベルトルートのプログラミングの一部を手伝った記憶があるが、このキャラクターの存在意義がいまいちよくわからなかった。
「お初にお目にかかります。
ブランシュ皇太子殿下、ナナエ皇女殿下。
光栄の極みにございます。
どうぞお見知りおきくださいませ」
シュトラスが説明を続ける。
「僕は以前、聖水のエレスチャルの力を制御できない時期に、バニティの作った魔法薬でその威力を弱める治療を受けたことがあるんだ」
「威力を弱める……、そのようなことができるのですか?」
「うん、これは僕の体ですでに実証済みだから、危険はないよ。
それに、太陽のエレスチャルを取り出す方法はすぐには見つからないだろうから、その間バニティの作った魔法薬を使うのがいいのではと思うんだ。もちろん、取り出す方法も並行して探していこうと思う」
「シュトラス殿下、頼りになります……!」
思わず、奈々江は両掌を合わせて拝んでしまった。
バニティが着ていた白衣のポケットから緑色の小さなガラス瓶を取り出した。
「ナナエ皇女殿下、これがその魔法薬でございます。
体に害のあるものは入っておりませんが、体質や体格によっては効き目が薄かったり、逆に効きすぎてしまうことがございます。
効きすぎると、眠気が出ますのでご注意ください。少しずつ飲んで、用量を探るところから始めていただくことをお勧めいたします」
「ありがとうございます、バニティさん」
「恐れ入ります」
バニティから薬を受け取ると、すぐさまブランシュが慎重そうな顔つきで覗き込んだ。
「バニティといったか」
「はい」
「威力を弱めることができるということは、強める魔法薬もあるということか?」
「はい、もちろん可能でございます。
シュトラス皇太子殿下の治療に当たる際、様々な角度から検証がなされましたので」
「なるほどな」
ブランシュは顎に手をやってうなづいた。
奈々江には質問の意味がわからなかった。
今現在でさえ困っているのに、これ以上威力を強める必要性など皆無だからだ。
シュトラスが話を進めた。
「次に、太陽のエレスチャルを取り出す方法についてだけど、バニティ」
「はい、シュトラス皇太子殿下。
わたくしの経験から推測しますと、まず第一に、太陽のエレスチャルがナナエ皇女殿下のお体のどこにあるかを特定する必要がございます」
「えっと、飲み込んでしまったのだから、お腹の中……多分腸の中だと思うんですけど……」
「魔法アイテムというのは、思いもよらぬ動きをすることがございます。
調べてみなければはっきりとしたことはいえませんが、わたしくは心臓か、あるいは脳にあるのではと推測しております」
「し、心臓や脳……?
そ、それじゃあ、取り出すにしても……」
「外科的に取り出すとしたらかなりの危険を伴う場所でございます」
正直、奈々江は下剤かなにかを飲めばなんとかなるのではと思っていた。
それなのに、まったくの予想外れだ。
まさか、夢の中でそんな大手術を受けるかもしれなくなるとは思いもしなかった。
衝撃に返す言葉もない奈々江に代わって、ブランシュがすぐさま返した。
「いや、心臓や脳にあるのだすれば、もはや外科的に取り出すことは不可能だろう。なにかしらの魔法でなければ」
「そ、そうなのですか、お兄様……」
「ああ、魔法アイテムとナナエの体が物理的にも魔力的にも癒着もしくは、同化している可能性がある」
「ブランシュ皇太子殿下のおっしゃる通りでございます。
いずれにしても、太陽のエレスチャルがある場所が腕や足などではなく、心臓や脳であった場合、魔法で取り出すとしても危険性は高くなります。
癒着にせよ同化にせよ、取り出す際にナナエ皇女殿下のお体のみならず、エーテル体やアストラル体を傷つけてしまう可能性もあります。
万が一にもそうした霊体が修復不可能なくらいに傷ついてしまった場合、精神的なトラウマだけでなく、宿命が捻じ曲げられたり、魔力の著しい減少などが起こり得ます」
「予想はしていたが、はやりかなり難しそうだな……」
「ですから、まずは太陽のエレスチャルがある場所を特定し、どのような状態でそこにあるのかを慎重に調べる必要があります。
おそらく、場所の特定と状態の調査まではわたくしでもできると存じます。
ですが、そこから取り出すという高度な魔法となりますと、わたくしだけでは力が及びません。
グランティア王国でしたら高位の王室医師、もしくは高位の魔導士の手が必要になるでしょう」
となると、やはりオズベルトやカロンディアスの力を借りなければならないということだろう。
それはそれで仕方がないと思いつつも、決していい気持ちはしない。
思った以上に大変だということに打ちのめされて、奈々江がうつむいている間に、ブランシュが話を進めていた。
「では、バニティ、調べてくれるか」
「はい、かしこまりました。
それでは、ナナエ皇女殿下にはいったん着替えていただきたいと存じますので、ナナエ皇女殿下の侍女をお呼びいたただいてもよろしいでしょうか?」
「わかった」
その後、塔からラリッサが呼ばれてファルコンの羽根で現れた。
それと入れ替わるように、ブランシュ、シュトラス、セレンディアスが部屋を出て行く。
ラリッサが早速奈々江の服を脱がしながら口を開いた。
「バニティ様、下着姿でよろしいのですね?」
「はい。とても繊細な微弱な魔力でしか調べられないので、魔力を跳ね返す衣服や厚い布地をお召しだと正確にお調べできないのです」
「あの、念のためにお聞きいたしますが、ここはどこなのでしょう?
見たところ、どこかの医院の一室のようですが、どなたもここへは入ってきたりはしませんよね?
万が一の場合、ナナエ姫様をお守りできますよね?」
「ご心配には及びません。
ここは、シュトラス皇太子殿下が魔法アイテムで作り出した部屋で、基本的な医療設備はわたくしのみで整えました。
シュトラス皇太子殿下の許しがなければ、誰であろうと入れません」
「それを聞いて安心いたしました。ナナエ姫様、バニティ様のような女性の医術の心得のあるかたに見ていただけてよかったですね」
「うん……。取り出すほうもバニティさんにお願いできれば一番いいんだけど、きっと、オズベルト様やカロンディアス様に見てもらわなきゃいけなくなるんだよね……」
バニティが眼鏡の端を指で押し上げて奈々江を見つめた。
「ナナエ皇女殿下は、オズベルト医師と面識がおありなのですか?」
「一度だけ。えっと……オズベルト様はあなたの上司になるんですよね?
ごめんなさい、悪口をいうわけじゃないけど、わたしあの人が苦手なんです」
するとバニティはにこっと笑って見せた。
「お気遣いは無用でございます。
王立医師団の中でも、オズベルト医師は変わり者ですございますから。天才と気違いは紙一重という類の人物でございます」
「その様子だと、バニティさんも苦労してるんですね」
「わたくしもある意味では気違い部類に入りますので、なんといいますか、似た者同士でございますね。
では、ラリッサ様は一旦お部屋の外でお待ちください。ナナエ皇女殿下は、こちらへ」
バニティのいった言葉が気になったものの、準備ができたので奈々江はベッドに案内された。
飾り気のないベッドに寝かされると、バニティがお香に火をつけた。
甘さとスパイスの香りとが混ざった、不思議な香りだ。
さっきバニティから感じたのはこの匂いだったのだろう。
「この香りは微弱な魔力への反応をよく致します。
深呼吸しながら、リラックスなさってください。少しうとうととしますが、それはお香が効いてきた証です。もし眠たければ、そのまま寝て頂いても構いません」
「わかりました……」
そう答えながら、奈々江はもうぼんやりとし始めていた。
香りを吸い込むと度に、力が抜け体から緊張が解けていく。
さっきまで少しも眠たくなかったのに、今はもう寝入る直前のときのようにうとうとしていた。
「お香が効いてきたようですね。
では、これから太陽のエレスチャルがどこにあるかお調べさせていただきます」
「……はい……」
自分の声がかすかに聞こえた。
このまま眠りに落ちる、そう思ったとき、ふわっと肌をなでる風を感じた。
それと同時に、バニティの鋭い声が聞こえた。
「オ、オズベルト医師……!」
まさかという名前に奈々江は手放しそうになっていた意識の綱を引き戻した。
しかし、お香のせいで体が動かない。
奈々江は視線だけ声のする方へ向けた。
「ここ最近、私に隠れてなにをこそこそとしているのかと思ったら、まさかこのような場面に出くわすとはね、バニティ」
「こ、これは……」
奈々江の視界の中に、白髪の美貌の医師の姿が映る。
声を上げようとするが、奈々江の喉はひくひくと空気を漏らすだけだった。
(どうして……!? シュトラスの許しがなければ入れないんじゃなかったの?)
「オズベルト医師、どうしてここに?」
「私とて伊達に何年も王宮にいるわけではないのだよ。
ナナエ皇女殿下がシュトラス皇太子殿下と密会していたことは私の耳にも入っている。
そこへ来て、バニティが唐突にシュトラス皇太子殿下に呼び出された。なにかあるに違いないと踏んで、君に偵察魔法をかけておいたのだ。案の定、君はこの急拵えの医務室に、医療器具を持ち込み始めた」
「し、しかし、ここはシュトラス皇太子殿下が内密に作った部屋です。どうしてここに入れたのですか?」
「君がシュトラス皇太子殿下の下についたように、僕もさるお方をお味方することにしたのだ」
「そ、それは……」
「そんなことより、状況を説明したまえ、バニティ」
オズベルトがつかつかとやってくると、奈々江の顔を覗き込んだ。
まどろみに吸い寄せられる意識と戦いながら、奈々江はできる限りきつくオズベルトを睨んだ。
(ちっ、近寄らないで!
バニティさん、お願い、絶対触らせないで!)
「……ああ、なんと美しい……。
朦朧とした意識の中で、私を見つめ返すその瞳。それに、なんというしどけない姿。
高まりますねぇ……」
(ひいぃっ!
やめて、来ないで!
バ、バニティさん、早くブランシュとシュトラスを呼んでぇ!)
「オズベルト医師、どうかお帰り下さい! わたくしの口からはなにも申し上げられません」
「それなら、自分で調べるまでだ」
(いや~っ!
無理いぃ~!
助けてえぇぇっ!)
オズベルトが奈々江の目の前で、パチンと指を打った。
その瞬間、奈々江の意識は、オフボタンを押されたテレビ画面のようにぷっつりと消えた。
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