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#22、 8人目の攻略キャラ、魔獣使いセレンディアス
しおりを挟む「あの子は無事でしょうか……?
一体なにがあったの……?」
立ち上がりあたりを見渡す奈々江と、周囲を警戒するブランシュ。
シュトラスだけが、思慮深げに思いを巡らせていた。
奈々江とブランシュの従者たちも、慌てて駆け寄ってきた。
ふと、奈々江の視界に、不自然に揺れるバラの木が見えた。
「あっ」
その木の陰に向かって小走りする奈々江を、ブランシュが慌てて追いかけて手を掴んだ。
「ばかもの、なにがあるかわからないんだ!
勝手にそばを離れるな!」
「す、すみません……」
バラの木の前でブランシュに怒られていると、その陰から人影が現れた。
はっとして目を向けると、そこにいたのは魔獣使いのセレンディアスだった。
伴の物も連れずに突然現れたので、奈々江とブランシュは面を食らった。
「……セ、セレンディアス様……。
い、いつぞやは助けていただき、ありが……」
奈々江がいい終わらぬうちに、突然セレンディアスが奈々江の足元に伏せた。
「ナナエ皇女殿下!
僕の生涯をあなたに捧げます!」
その場にいた者全員が、セレンディアスを驚きの目で見つめた。
奈々江の記憶によれば、初めて会ったときセレンディアスは奈々江の顔も見ずにふんと鼻を鳴らしていた。
太陽のエレスチャルで好感度マックスであっても、その好意を他のキャラクターたちのように奈々江に真正面から向けるようなタイプではなかったはず。
現に、奈々江の部屋にカロンディアスは詰めかけても、セレンディアスの姿はなかった。
それがどうして、こんなタイミングで出合い頭に、生涯を捧げる気になったのか。
奈々江にはさっぱりわからなかった。
どうしたらいいのかわからず、ブランシュと視線を交わしていると、シュトラスがやってきた。
「セレンディアス、その姿、呪いが解けたんだね?」
「はい、シュトラス殿下」
「呪い?」
奈々江がシュトラスを振り返った。
「ナナエ姫、彼も呪いの仲間なんだ。
あなたがわんちゃんと呼んだ魔獣、それが彼の呪いだったんだ」
「えぇっ!?」
そのときになって、奈々江の脳裏にゲーム設定情報が高速で浮かんできた。
魔獣使いセレンディアスと、魔導士カロンディアスの確執。
それは、この魔獣の呪いが発端となっていた。
魔術に秀でたオーギュスト家に、魔術操作に秀でた兄カロンディアスと、膨大な魔力量を持つ弟セレンディアスが生まれた。
歳の近いふたりは幼い内から切磋琢磨し、互いに魔術を磨き合う仲間でありライバルだった。
ある日、ふたりはちょっとしたことで諍いを起こし、兄が弟に呪いの呪文をかけてしまう。
それが、魔獣変化の呪いだった。
兄は弟を少し懲らしめるだけりつもりだったのが、呪いは弟の大きな魔力に影響を受けて、取り返しのつかないものになってしまった。
すなわち、魔獣変化が元に戻らなくなってしまったのだ。
その日から、兄は弟を元に戻すために、さらに魔術の研究を重ね、国家で随一とうたわれる魔導士になった。
一時的に弟を人間の姿に戻す術も開発した。
だが、それは魔法が効いている数時間のみで、新月と満月の日にはその魔法はまったく効かないという。
奈々江はゲームの夢に戻ってきてしまった混乱もあって、この兄弟の設定をすっかり失念していた。
というか、まさか、ここで呪われたセレンディアスのの魔獣の姿に出会うなどと、どうして想像できただろう。
しかも、その呪いを解く方法が、乙女の口づけであったことなど、頭によぎるはずもなかった。
そうとは知らず、奈々江は自分で地雷を踏み抜いたらしい。
「今日は新月。
僕がこの姿に戻れたことこそ、呪いが解けた証!
ナナエ皇女殿下、どうぞ僕をあなたの従者としてお召抱え下さい!
このご恩は生涯をとして、あなた様にお返ししたく存じます」
「ちょ、ちょっと待ってください……」
がばっとセレンディアスが顔を上げた。
その目には涙が浮かび、頬は紅潮している。
こんな顔を見せられたら、無下にできない。
困ってブランシュを見ると、腕組みした兄はふんぞり返っていた。
「セレンディアスといったか、詳しいことはよくわからんが、お前、なかなか目が高いぞ。
我が妹の下僕になりたいとは」
「はっ!」
「ちょっと、お兄様!?」
「いいではないか、ナナエ。
セレンディアス、お前は我が国に帰化する覚悟があるのだな?」
「はい、ナナエ様のためとあらば、いかようにも!」
今度はシュトラスがにわかに慌てた。
「セレンディアス、いくらなんでも国を捨てるなんて……。
カロンディアスがなんていうか。
それに、君ほどの魔力を持つ者を国がみすみす手放すはずがないよ」
「シュトラス殿下、たとえ国王陛下のお許しが戴けなくても、僕の心はもうナナエ皇女殿下に捧げております」
「ううーん……、僕にはどうにもできそうにないよ。
ナナエ姫、あなたからなんとかいってくれない?」
「な、なんとかって……」
セレンディアスルートで行けば、呪いの解除はラストイベントだ。
しかも、セレンディアスは呪いのせいで貴族社会の中でも敬遠されており、彼自身めったに人前に姿を現さないと同時に、そう簡単には人に心を許さない。
そのセレンディアスがここまでするとはよほどのことだと思われる。
考えあぐねた結果、奈々江はセレンディアスの前に膝を折った。
「セレンディアス様……」
「僕のことは、どうかセレンディアスと呼び捨ててくださいませ」
「そ、そんなつもりは毛頭ありません。
ひょんなことでこういう結果になりましたが、わたしはあなたに恩を売るつもりはありません。
呪いから解放されたなら、どうぞあなたは自由になってください。
それより、知らなかったとはいえ、あなたを犬扱いしてしまってすみませんでした……」
「あなた様のためになら犬にでも魔獣にでもなんにでもなりましょう!」
「そ、そうじゃなくて、わたしはあなたに自由になって欲しいといっているんです。
呪いからも、わたしからも解放されて、あなた自身の自由な意志で生きて欲しいんです」
「あなた様のお側に死ぬまでお仕えしとうございます!
それが僕の自由意志です! 邪魔ならば、いっそ死ねとお命じ下さいませ!」
「なっ、なんでそうなるの……!?」
言葉を変え、何度か話して聞かせてみたが、説得はすべて無駄に終わった。
奈々江にもお手上げだ。
代わりにブランシュがどんどん話を進める。
「よし、セレンディアス、我が国に帰化したのち、お前をナナエの従者として迎えよう。
俺はナナエの兄、エレンデュラ王国第一皇太子のブランシュだ。
これからは、その命に代えてもナナエを守るのだぞ」
「はっ、ブランシュ皇太子殿下!」
「お、お兄様、そんな勝手に……!
な、なんとかいってください、シュトラス殿下……!」
見るとシュトラスまでもがあきらめたように首を左右に振っている。
奈々江も額に手をやった。
もう、なにがなんだかわからない。
(ああ~……、もう、わたしの夢なのに、わたしの思い通りになったためしがないのはどうして……?)
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