【完】こじらせ女子は乙女ゲームの中で人知れず感じてきた生きづらさから解き放たれる

国府知里

文字の大きさ
上 下
23 / 92

#22、 8人目の攻略キャラ、魔獣使いセレンディアス

しおりを挟む


「あの子は無事でしょうか……?
 一体なにがあったの……?」

 立ち上がりあたりを見渡す奈々江と、周囲を警戒するブランシュ。
 シュトラスだけが、思慮深げに思いを巡らせていた。
 奈々江とブランシュの従者たちも、慌てて駆け寄ってきた。
 ふと、奈々江の視界に、不自然に揺れるバラの木が見えた。

「あっ」

 その木の陰に向かって小走りする奈々江を、ブランシュが慌てて追いかけて手を掴んだ。

「ばかもの、なにがあるかわからないんだ!
 勝手にそばを離れるな!」
「す、すみません……」

 バラの木の前でブランシュに怒られていると、その陰から人影が現れた。
 はっとして目を向けると、そこにいたのは魔獣使いのセレンディアスだった。
 伴の物も連れずに突然現れたので、奈々江とブランシュは面を食らった。

「……セ、セレンディアス様……。
 い、いつぞやは助けていただき、ありが……」

 奈々江がいい終わらぬうちに、突然セレンディアスが奈々江の足元に伏せた。

「ナナエ皇女殿下!
 僕の生涯をあなたに捧げます!」

 その場にいた者全員が、セレンディアスを驚きの目で見つめた。
 奈々江の記憶によれば、初めて会ったときセレンディアスは奈々江の顔も見ずにふんと鼻を鳴らしていた。
 太陽のエレスチャルで好感度マックスであっても、その好意を他のキャラクターたちのように奈々江に真正面から向けるようなタイプではなかったはず。
 現に、奈々江の部屋にカロンディアスは詰めかけても、セレンディアスの姿はなかった。
 それがどうして、こんなタイミングで出合い頭に、生涯を捧げる気になったのか。
 奈々江にはさっぱりわからなかった。
 どうしたらいいのかわからず、ブランシュと視線を交わしていると、シュトラスがやってきた。

「セレンディアス、その姿、呪いが解けたんだね?」
「はい、シュトラス殿下」
「呪い?」

 奈々江がシュトラスを振り返った。

「ナナエ姫、彼も呪いの仲間なんだ。
 あなたがわんちゃんと呼んだ魔獣、それが彼の呪いだったんだ」
「えぇっ!?」

 そのときになって、奈々江の脳裏にゲーム設定情報が高速で浮かんできた。

 魔獣使いセレンディアスと、魔導士カロンディアスの確執。
 それは、この魔獣の呪いが発端となっていた。
 魔術に秀でたオーギュスト家に、魔術操作に秀でた兄カロンディアスと、膨大な魔力量を持つ弟セレンディアスが生まれた。
 歳の近いふたりは幼い内から切磋琢磨し、互いに魔術を磨き合う仲間でありライバルだった。
 ある日、ふたりはちょっとしたことで諍いを起こし、兄が弟に呪いの呪文をかけてしまう。
 それが、魔獣変化の呪いだった。
 兄は弟を少し懲らしめるだけりつもりだったのが、呪いは弟の大きな魔力に影響を受けて、取り返しのつかないものになってしまった。
 すなわち、魔獣変化が元に戻らなくなってしまったのだ。
 その日から、兄は弟を元に戻すために、さらに魔術の研究を重ね、国家で随一とうたわれる魔導士になった。
 一時的に弟を人間の姿に戻す術も開発した。
 だが、それは魔法が効いている数時間のみで、新月と満月の日にはその魔法はまったく効かないという。

 奈々江はゲームの夢に戻ってきてしまった混乱もあって、この兄弟の設定をすっかり失念していた。
 というか、まさか、ここで呪われたセレンディアスのの魔獣の姿に出会うなどと、どうして想像できただろう。
 しかも、その呪いを解く方法が、乙女の口づけであったことなど、頭によぎるはずもなかった。
 そうとは知らず、奈々江は自分で地雷を踏み抜いたらしい。

「今日は新月。
 僕がこの姿に戻れたことこそ、呪いが解けた証!
 ナナエ皇女殿下、どうぞ僕をあなたの従者としてお召抱え下さい!
 このご恩は生涯をとして、あなた様にお返ししたく存じます」
「ちょ、ちょっと待ってください……」

 がばっとセレンディアスが顔を上げた。
 その目には涙が浮かび、頬は紅潮している。
 こんな顔を見せられたら、無下にできない。
 困ってブランシュを見ると、腕組みした兄はふんぞり返っていた。

「セレンディアスといったか、詳しいことはよくわからんが、お前、なかなか目が高いぞ。
 我が妹の下僕になりたいとは」
「はっ!」
「ちょっと、お兄様!?」
「いいではないか、ナナエ。
 セレンディアス、お前は我が国に帰化する覚悟があるのだな?」
「はい、ナナエ様のためとあらば、いかようにも!」

 今度はシュトラスがにわかに慌てた。

「セレンディアス、いくらなんでも国を捨てるなんて……。
 カロンディアスがなんていうか。
 それに、君ほどの魔力を持つ者を国がみすみす手放すはずがないよ」
「シュトラス殿下、たとえ国王陛下のお許しが戴けなくても、僕の心はもうナナエ皇女殿下に捧げております」
「ううーん……、僕にはどうにもできそうにないよ。
 ナナエ姫、あなたからなんとかいってくれない?」
「な、なんとかって……」

 セレンディアスルートで行けば、呪いの解除はラストイベントだ。
 しかも、セレンディアスは呪いのせいで貴族社会の中でも敬遠されており、彼自身めったに人前に姿を現さないと同時に、そう簡単には人に心を許さない。
 そのセレンディアスがここまでするとはよほどのことだと思われる。
 考えあぐねた結果、奈々江はセレンディアスの前に膝を折った。

「セレンディアス様……」
「僕のことは、どうかセレンディアスと呼び捨ててくださいませ」
「そ、そんなつもりは毛頭ありません。
 ひょんなことでこういう結果になりましたが、わたしはあなたに恩を売るつもりはありません。
 呪いから解放されたなら、どうぞあなたは自由になってください。
 それより、知らなかったとはいえ、あなたを犬扱いしてしまってすみませんでした……」
「あなた様のためになら犬にでも魔獣にでもなんにでもなりましょう!」
「そ、そうじゃなくて、わたしはあなたに自由になって欲しいといっているんです。
 呪いからも、わたしからも解放されて、あなた自身の自由な意志で生きて欲しいんです」
「あなた様のお側に死ぬまでお仕えしとうございます!
 それが僕の自由意志です! 邪魔ならば、いっそ死ねとお命じ下さいませ!」
「なっ、なんでそうなるの……!?」

 言葉を変え、何度か話して聞かせてみたが、説得はすべて無駄に終わった。
 奈々江にもお手上げだ。
 代わりにブランシュがどんどん話を進める。

「よし、セレンディアス、我が国に帰化したのち、お前をナナエの従者として迎えよう。
 俺はナナエの兄、エレンデュラ王国第一皇太子のブランシュだ。
 これからは、その命に代えてもナナエを守るのだぞ」
「はっ、ブランシュ皇太子殿下!」
「お、お兄様、そんな勝手に……!
 な、なんとかいってください、シュトラス殿下……!」

 見るとシュトラスまでもがあきらめたように首を左右に振っている。
 奈々江も額に手をやった。
 もう、なにがなんだかわからない。

(ああ~……、もう、わたしの夢なのに、わたしの思い通りになったためしがないのはどうして……?)



*お知らせ-1* 便利な「しおり」機能をご利用いただくと読みやすいのでお勧めです。さらに本作を「お気に入り登録」して頂くと、最新更新のお知らせが届きますので、こちらもご活用ください。


*お知らせ-2* 丹斗大巴(マイページリンク)で公開中。こちらもぜひお楽しみください!



しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

王子殿下の慕う人

夕香里
恋愛
【本編完結・番外編不定期更新】 エレーナ・ルイスは小さい頃から兄のように慕っていた王子殿下が好きだった。 しかし、ある噂と事実を聞いたことで恋心を捨てることにしたエレーナは、断ってきていた他の人との縁談を受けることにするのだが──? 「どうして!? 殿下には好きな人がいるはずなのに!!」 好きな人がいるはずの殿下が距離を縮めてくることに戸惑う彼女と、我慢をやめた王子のお話。 ※小説家になろうでも投稿してます

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

【完結】アラサー喪女が転生したら悪役令嬢だった件。断罪からはじまる悪役令嬢は、回避不能なヤンデレ様に溺愛を確約されても困ります!

美杉。祝、サレ妻コミカライズ化
恋愛
『ルド様……あなたが愛した人は私ですか? それともこの体のアーシエなのですか?』  そんな風に簡単に聞くことが出来たら、どれだけ良かっただろう。  目が覚めた瞬間、私は今置かれた現状に絶望した。  なにせ牢屋に繋がれた金髪縦ロールの令嬢になっていたのだから。  元々は社畜で喪女。挙句にオタクで、恋をすることもないままの死亡エンドだったようで、この世界に転生をしてきてしあったらしい。  ただまったく転生前のこの令嬢の記憶がなく、ただ状況から断罪シーンと私は推測した。  いきなり生き返って死亡エンドはないでしょう。さすがにこれは神様恨みますとばかりに、私はその場で断罪を行おうとする王太子ルドと対峙する。  なんとしても回避したい。そう思い行動をした私は、なぜか回避するどころか王太子であるルドとのヤンデレルートに突入してしまう。  このままヤンデレルートでの死亡エンドなんて絶対に嫌だ。なんとしても、ヤンデレルートを溺愛ルートへ移行させようと模索する。  悪役令嬢は誰なのか。私は誰なのか。  ルドの溺愛が加速するごとに、彼の愛する人が本当は誰なのかと、だんだん苦しくなっていく――

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

処理中です...