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#15、 5人目の攻略キャラ、第一皇太子グレナンデス
しおりを挟むグレナンデスの案内によって庭園を散策する。
右にも左にも、美しく咲き誇る花々が溢れんばかりだ。
乙女ゲームの世界だからなのか、それとも庭師が優秀なのか、枯れた葉や花などひとつもない。
それとも、こういうことだろうか。寝ている間に脳は不要な情報を削除していると聞く。夢の世界では枯れた花などというデティールはどうでもいいことなのかもしれない。
「ナナエ姫、あの紫色のバラがロイヤルアメジストローズです。
わが国で品種改良された新種なのですよ」
「……きれいですね」
「香りも素晴らしいのですよ」
おもむろにグレナンデスがバラを手折った。
丁寧に棘を取ると、突然奈々江の前で膝を折る。
バラを掲げて差し出す青年の頬は桃色に染まっていた。
「どうぞ」
「あ……、ありがとうございます……」
バラを受け取ると、グレナンデスは嬉しそうに顔を緩める。
(うわ……、男性にこんなふうに見つめられたことなんてないよ……)
「香りはいかがですか?」
「えっ、か、香り? あ、はいっ……」
ぎこちなくバラに顔を寄せた。
「とてもいい香りです」
そう答えて顔を上げると、グレナンデスはじっと奈々江を見つめたまま、微笑んでいた。
(えっ、わっ……! み、見られてる)
にわかにどぎまぎしてしまうのは、なぜだろう。
グレナンデスに見つめられるだけで、なぜだか急に乙女モードになってしまう。
奈々江自身、自分の反応に驚いていた。
(あれ……、あれ? わ、わたし、なんか……)
無理もない。
奈々江はまだわかっていないが、これが、男性に愛されている、という状態なのだ。
現実の中では奈々江がいまだ経験したことがない状況。
男性から一心に愛情を受け、愛を請われている状態。
夢の中とはいえ、愛しい女性として扱われる初めての経験なのだ。
(すごく、ド、ドキドキするんだけど……)
そのように扱われて、初めて人は自覚する。
奈々江はそっとグレナンデスを上目に見た。
そこには期待と情熱と緊張をないまぜにしたグレナンデスの表情がある。
「喜んでいただけて私もうれしいです」
ぱあっと光が差すようなグレナンデスの笑顔に、どこかもぞもぞとして、くすぐったいように気分が落ち着かない。
こんなことは今までになく初めてだが、高揚している自分をはっきりと気づかされる。
嫌が応にも、今がまさに乙女ゲームの最中なのだ。
(れ、恋愛ってこういう感じ……?
そりゃあ、これは現実じゃあないけれど……)
気恥ずかしさに顔を伏せ、奈々江はバラで口元を隠した。
なにか返さなくてはと思いながらも、言葉が出てこない。
すると、グレナンデスが小さく笑うのが聞こえた。
「そのバラがうらやましい……。
バラのくせに、ナナエ姫のキスをいただくなんて……」
(えっ、えっ……、いや、これは)
思わず、かあっと頬が熱くなった。
まさか、そんなつもりじゃない。
でも、恥ずかしくて、グレナンデスの顔が見れない。
(な、なんでそんな王子様みたいなことを、恥ずかしげもなくいえるの!?
……って、王子様じゃん……!)
頭の中で当たり前すぎるツッコミを入れて、冷静さを取り戻そうとしてみる。
でも、熱が全然引いてくれない。
(わああ、なにこれ……!
王子様パワー全開……!)
奈々江はうつむいたまま、なんども深呼吸を繰り返す。
こんな顔、とてもじゃないけど見せられそうにない。
「ナナエ姫」
「……」
「ナナエ姫?」
「……」
「ナナエ姫、どうされたのですか?」
グレナンデスの顔がひょこっと下から奈々江の視界に覗いた。
(うあっ! 見ないでっ)
慌ててくるりと背を向けた。
「ナナエ姫……?」
「すみません……っ! ちょっ、ちょっと、あ、暑くて……!」
「それは気がつかず、申し訳ありません。
そばに東屋がありますから、そちらで休みましょう」
「そ、そうしましょう……!」
東屋まで来ると、グレナンデスが従者を呼んだ。
グレナンデスの取り巻きの独身男性らしき面々が、ちらちらと視線を投げてよこす。
皇太子の手前、ジュダイヤのように突進してくる者はいないが、明らかにラブゲージはマックスだ。
(うわぁ……、面倒を起こさないようにグレナンデスだけ見ていよう……)
いいつけから戻ってきた従者が、グレナンデスに赤いマントを手渡した。
赤はロイヤルカーマインと呼ばれる王家の象徴の色だ。
グランディア王国の紋章に使われているのも赤だが、こちらは少しくすんだ秋色のような赤であり、ロイヤルカーマインは王家の者だけが身に着けることを許された特別な色なのだ。
そのマントをどうするのかというと、グレナンデスは東屋のベンチにふわりとかけた。
「ナナエ姫、どうぞこちらへ」
(……あっ、これグレナンデスのイベントだ!)
思いもよらず気持ちが興奮していたせいで忘れかけていたが、グレナンデスルートにおけるイベントが畳みかけられている。
ひとつ目は、さっきのロイヤルバイオレットローズ。
この、ロイヤルカーマインのマントは三つ目のイベントだ。
ふたつ目は王家所有のワイン工房で作られているグランディアロイヤルという銘柄のワイン。
そして四つ目が、王家代々に伝わる代物、ロイヤルエンゲージトラディショナルリング、すなわち婚約指輪だ。
ふたつ目のワインはすっ飛ばされているが、グレナンデスが胸元から今出そうとしているのは、大きなダイヤの付いたまさにロイヤルエンゲージトラディショナルリングではないか。
「皆の者、しばらくふたりだけにしてもらいたい」
(あわわ……、も、もうまとめて来ちゃったよ……!)
グレナンデスの従者たちと、奈々江の従者たちが首を垂れて下がっていった。
グレナンデスの手に導かれ、奈々江は赤いマントの上に腰かけた。
熱いグレナンデスの瞳。
少しも逸らさないその視線。
迷いのないたたずまい。
(こ、これからわたし、求婚されるのね……。
現実では恋人すらできたことのないわたしが……)
初めての緊張感に、思わずつばを飲み込んだ。
「初めてお会いしたときから、私の心はあなたのものです。
あなた以外見えない。
私はナナエ姫に会うまで、本当の恋を知りませんでした。
こんなにも胸が苦しく、体が熱くなるなんて知りませんでした。
今もこの胸の高鳴りを、燃え滾る血潮を、私は抑えるのに必死なのです」
グレナンデスの愛の言葉に、奈々江はかあっと赤くなる。
まともに顔など見れやしない。
案内のままに触れた手と手から、じんわりと伝わるグレナンデスの体温。
まるで火にでも触れているかのように熱かった。
「この指輪は、王家に代々伝わってきたエンゲージリングです。
ナナエ姫はまだ受け取ってくださらないかもしれませんが、私の気持ちは変わりません。
その証としてここに持ってきました。
この指輪は、真実の愛を誓う者同士の間で交わされたとき、王家の赤に色づき輝くのです。
あなたの指の上でこの指輪が輝く日を私は夢見ています。
どうか、その夢を現実にして見せてはいただけませんか……?」
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