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#4、 バグ発生! 太陽のエレスチャル
しおりを挟むグランディア王国。
大陸随一の大国で、このバラッド城は王家の居城として長い歴史を持つ。
毎年多大な資産を投じて、外壁に塗り固め、内装を改修し、調度品を入れ替えるというその城は、絢爛豪華にして大陸一の財力を誇示するという。
主人公はこのグランディア王国皇太子の数ある妃候補のひとりとして、近隣の国からやってきた。
その道中、他の皇太子妃候補をもつ勢力に襲われるが、危機を脱し今に至るということだ。
「それでは、皇女様。いずれまた、すぐにお目にかかりましょう」
「……」
頬を赤らめたキュリオットが、胸に手を当て部屋を辞していった。
ほっとしたのと同時に、いいようのない疲れを肩に感じる。
結局キュリオットとは最初から最後まで話がかみ合わなかった。
現実世界でも経験があるが、話の通じない相手のやり取りするのは疲れる。
それはそうと、ここ。
グランディア王国が皇太子妃候補のために用意した部屋のひとつ。
部屋の内装もゲームの通りの間取りや調度品になっている。
茶髪で大人し気の女性がラリッサ、オリーブ色の髪の闊達そうな女性がメローナ。
ふたりのメイドもゲームの通りだ。
「大変でございましたね。
姫様、早速ですがお湯を用意いたしましたので、どうぞお召変え下さいませ」
「あ、ありがとう、ラリッサ……」
「では、その間にメローナがいろいろと説明を差し上げますね」
「え?」
メローナが突然どこからか紙芝居のような木製の枠組みを取り出して設置した。
まさか、これはチュートリアルのつもりだろうか?
ゲームでも冒頭シーンの後に、メイドたちによるゲーム説明が行われるのだ。
「まずは姫様のお名前を教えてください」
「えっと……、奈々江です」
「ナナエ姫様ですね。
ナナエ姫様は、グランディア王国に次ぐ大国エレンデュラ王国の第三皇女様でございます。
我がグランディア王国の次期国王候補と名高い第一皇子グレナンデス様のお妃候補として、このお城へいらっしゃいました。
ナナエ姫様は、今日からこのお城で社交や王妃教育を通して、グレナンデス様をはじめ王族貴族のみなさまと友好を温め、そして皇太子妃の座を目指すことになります。
ここまででなにか不明な点はありますか?」
それはシナリオ通りだ。
それよりも、知りたいのはこのゲームの操作方法だ。
「相手の好感度を知るにはどうしたらいいの?」
「ラブゲージでございますね」
(よかった、ちゃんと見れるんだ!
ということは、セーブか電源オフかなにか、ゲームを終了させる手立てがあるはず!)
「ナナエ姫様、こめかみを一回軽く叩いてみて下さい」
「こめかみ?」
いわれた通りに右手でこめかみを叩いてみると、目の前にゲームと同じような操作画面がMRのように現れた。
メローナから説明事項がポップアップが出ていて、そこにはこう書かれている。
「メローナ・デュバリス。男爵家長女、一六歳。
出仕二年目。エレンデュラ王国第三皇女ナナエ・ルゥバニュアス付きのメイド」
「はい、その通りでございます」
そこまではいい。
こうしたキャラ情報はゲームでも都度確認できる。
だが、その下に見慣れないものがあった。
攻略キャラと同じようなゲージがあるのだ。
それはオレンジ色をしていて、目盛りは目いっぱいになっている。
「このゲージはなに?」
「ラブゲージでございます」
「えっ、これも?」
「はい。それは、わたくしがナナエ姫様のことをどれだけ敬愛申し上げているかを示すゲージでございます」
(ええっ、こんなの説明キャラにはなかったはずだけど……)
メローナがにこっと笑った。
「ただいまナナエ姫様は”太陽のエレスチャル”を装備なさっているので、全てのキャラクターに対し、好感度マックスが適用されております」
「太陽のエレスチャル……!? まさか……?
あっ、えっと……。メローナ、アイテムはどこで見るの?」
「はい、ステータスの確認でございますね。
こめかみを軽く二回叩いて下さい」
即座にこめかみを二度叩いた。
MR画面が今度はステータスに変わった。
(ナナエ・ルゥバニュアス・エレンデュラ。エレンデュラ王国第三皇女。一六歳。
グランディア王国第一皇子グレナンデスの皇太子妃候補。
ステージ1。
現在地、グランディア王国バラッド城、ナナエの部屋。
装備、血みどろのドレス、血みどろの靴、血みどろの髪留め、太陽のエレスチャル。
――太陽のエレスチャル!?
なんではじめからこんな最強アイテムを持っているの?)
自分の体をまさぐり、胸元に隠されていた小さな水晶のかけらを見つけた。
太陽のエレスチャル。
それは、太古の太陽光が閉じこめられている水晶のことで、ゲーム内では霊験あらたかなる最強のアイテムとされている。
主要攻略キャラを全員制覇したのち、隠れ攻略キャラをも制覇した暁に手に入るレア中のレアアイテムで、持った瞬間から攻略キャラの全員が好感度マックスになる。
初見のプレイでは決して手にすることのできない代物のはずだ。
それがなぜ、今奈々江の手にあるのだろう。
「な、なんでこれが……」
これで合点がいった。
初対面であるはずのキュリオットがいきなりマックスデレになってしまったのはこのせいだ。
しかし、このアイテムは攻略キャラのみに有効で、説明キャラやモブキャラにまでは適応されない。
適応する意味などないからだ。
「ど、どうして?
メローナのラブゲージもまさか、この太陽のエレスチャルのせい?」
「はい、太陽のエレスチャルは全てのキャラクターの好感度をマックスにします」
「そ、それって……」
「ゲージの色を説明しますね」
「ちょっ、ちょっと待って!」
話を中断させて、頭を巡らせた。
(それって明らかなバグだよね?これって夢だけど、もしかして夢じゃないの?
”恋プレ”をやりながら寝いっちゃったってことは、ひょっとすると納品した”恋プレ”にバグがあったってことじゃないの……!?)
奈々江の顔が、さあっと青くなった。
開発者プレイ版のアプリには、確かに太陽のエレスチャルを買う術もあった。
なにせ、課金が無限かつ、開発者しか知らない裏ルートがある。
奈々江はゲームのプレイ中にそれに気がついたが、眠気に負けて寝入ってしまったのではないだろうか。
ゲーム製作の過程でアイテムのシステム構築は奈々江の担当ではなかった。
だが、恐らく今回のバグの原因はこうだ。
推測するに、太陽のエレスチャルの効果の範囲を、メインキャラクターの全員とするところを、キャラクターの全員と設定し間違えてしまったのだろう。
(ああああっ、こんなミス、あっ、ありえないっ!
早く社長に知らせなきゃ!
本当にミスがあったなら、アプリをリリースする前に修正しなきゃまずい!
と、とにかく、どうやってゲームを終わらせて、目を覚ますかが問題!)
奈々江はMRの画面に、セーブやゲーム終了のコマンドを探した。
「あれっ、あれっ、なんで?
ないの!?」
「ナナエ姫様、なにをお探しですか?」
「ゲームを終わらせたいの!
メローナ、どうすればいいの?」
「簡単です。
ナナエ姫様も一目惚れをすればよいのです」
「一目惚れ?」
「太陽のエレスチャルによって、キャラクターの全員はナナエ姫様と出会った瞬間に好感度マックス、すなわち一目惚れ状態になります。
ゲームを終了するには、ナナエ姫様も同じようにお相手のキャラクターに対して好感度マックスになれば、晴れてハッピーエンドです」
「そ、そんな……!」
「では、ゲージの色を説明いたしますね」
「い、色?」
「まず色はピンク、オレンジ、イエローの三色あります。
ピンクは恋愛ラブゲージ。
オレンジは友愛ラブゲージ。
イエローは親愛ラブゲージです」
「え、えっ、つまり?」
「太陽のエレスチャル適用状態では、独身男性キャラクターの全員がピンクのラブゲージを持つことになります。
一部、独身女性キャラクターにも適用されています」
(だから、モブキャラのヒューゴまでもあんな風になってしまったのね……)
「オレンジのラブゲージは、主に女性キャラクターに適用されており、ラブゲージマックスの今、出会った瞬間から親友のような友情を示してくれます」
「それが今のメローナたちということね」
「はい。
最後にイエローのラブゲージは、主にお身内の男性や既婚者男性キャラクターに適用されています。
ラブゲージマックスの今、ナナエ姫様のことを最愛の娘や孫娘、姉や妹のように親しく思い、どんなお願いでもほぼ無条件に聞いてくれます。
ですが、一部の既婚者には適応されていません」
(浮気性なキャラには適用されてないってことね……。既婚者のくせにピンク色のゲージを持っているキャラがいたら注意ってことか……。
ってか、ゲームだから、そんなの関係ないのか……!
うう……、でも恋愛経験知ゼロのわたしには、不倫やら二股やらは心理的に負担が大きいよ……)
「ナナエ姫様のお相手は、ピンク色のゲージを持つ方のみが対象となります。
他に不明な点はございますか?」
メローナが親切そうな笑みを向けてくる。
「ほ、他に、ゲームを終わらす方法はないの?
その、つまり、わたしがこの夢から目を覚ます方法よ」
「と、申しますと?」
「例えば、主人公のわたしが死んでしまうとか」
「そ、そんなっ!
ナナエ姫様のお命はわたくしたちが死んでもお守りいたします!」
「そ、そういうことじゃなくて……。
現に、さっきわたしはピュエイラ族の兵士に命を狙われたけれど、命を落としてしまった場合には、このゲームは終わるのよね?」
「そんなことはわたしたちがさせません」
「その通りです」
いつの間にか、ラリッサまで並び、ふたりして目を潤ませている。
友愛マックス、親友モード全開なのだ。
ゲームのキャラとはいえ、出会ったばかりの相手にここまで友情を向けられても、正直どういう温度で接していいかわからない。
「……う、うう……。
えっと、ふ、ふたりの気持ちはありがたいんだけど、たしかシナリオでは謀略で死んでしまう皇太子妃候補もいたよね?」
「確かに、今回の皇太子妃選びには、各国の思惑がうごめいています。
お妃候補の方々のお命が危険にさらされることも大いにあり得ます。
万が一、自分がお仕えしている皇太子妃候補の姫様やお嬢様がお亡くなりでもしたら、わたしたちの命はありません」
「う、うん……」
(結局、言質は取れないのね。
ということは、死んでみないことにはわからないのか……。
最悪、目覚めるどころか、リスタートってことよね……。
セーブコマンドがないってことは、まさか、もう一度初めから?
さすがに、それはきついかも……)
「他にご不明な点はありますか?」
「今は特に……」
メローナのチュートリアル(?)が終わって、奈々江は風呂に入れられ、新しいドレスに着替えさせられる。
その間、奈々江は必死に頭を巡らせた。
(とにかく、だめでもともと、一度死んでみないと。
ゲームが進んでからでは、もう一度最初からリスタートになった場合のロスが大きすぎる……。
痛みがなければいいけど……。
とりあえず、問題はどうやって死ぬかよね……。
競い合っている皇太子妃候補の刺客に殺させるのが一番いいけど、それを待っているだけではいつになるかわからないし。
となると、自殺ってなるんだけど……)
奈々江はあたりを見渡し、ラリッサの後ろにある洗面用具の中にあるカミソリに目を付けた。
(あれで、手首を切れば……。
うう……。
自殺なんて、今まで一度も考えたことないのに、どうして夢の中でこんなこと考えなきゃいけないのよ……)
あの刃物を自分で自分の手首に当てるなんて、考えただけでもぞっとする。
奈々江は部屋の窓のほうを確かめた。
(飛び降り自殺……。
手首を切るよりかは、行けそうな気がする……。
あわよくば、地面に叩きつけられる前に気を失っちゃえば、そのまま逝ける気がするし……。
よし、この城で一番高いところから飛び降りてみよう……。
っていうか、攻略キャラの誰か、ううん、ピンク色のゲージを持つキャラ、誰でもいいから、わたしが好きになれれば一番いいんだけど……。
ううぅ!
……飛び降りより、そっちの方が難しいよ!)
奈々江のため息に、ラリッサとメローナがせわしなく、湯加減やらなにやらを聞いてくる。
オレンジのラブゲージマックスのふたり。
彼女たちがどんなに頑張ってくれたところで、奈々江の悩みは解決しそうになかった。
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