俺の基準で顔が好き。

椿英-syun_ei-

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夏の約束。

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 勉強会の日もあっという間に過ぎ、何度目かの水曜日が通り過ぎていった。その間、俺達は三人での会合を繰り返し、少しずつ仲を深めていったのだった。
 七月の初め、夏休みが目前に迫る頃には竹内はプールサイドで見学するまでになった。相変わらずプールに入ろうとしないし、時々先生が見回りに来ると隅に隠れてじっと身を潜めている。
 中西と二人で25mプールを十往復して息を整えている間に聞いてみた。
「なぁ。ずっと見学ばかりでつまんなくないか?俺達が泳いでる時は話せないし、退屈だろ。」
 飛び込み台の上で胡座をかいている竹内が笑って答える。
「そんなことないよ。同じ泳ぎもないし、水面はいつも動いてるから意外に楽しいよ。」
「それって俺らのフォームが安定してないってことじゃないか?」
 隣のコースで息を整えていた中西が割って入る。
「違うって。いつも誰かに囲まれてるより二人を見てる方がずっと良いもんね。飽きたら本でも借りてくるから平気。」
「まぁそれなら良いけどよ。」
と俺が同意する。
「本よりかは面白いか。」
と中西が妙に納得した様子で頷いた。
「泳げはするんだよな。」
 興味本意で重ねて聞いてみた。竹内がニヤリとして答える。
「これでも幼稚園から小学校までは水泳やってたよ。まだ全然現役。」
「じゃあたまには泳ごうぜ。」
 そうだそうだと中西がヤジを飛ばしたが竹内は首を横に振った。
「いや、泳いでるとこ見られたらここの部員だって噂が立つかもだし、余計な注目集めたくないんだよね。」
 事もなげに言っているが、実際にそれで誰かに迷惑をかけてしまったことがあるのかもしれない。屈託なく笑うようになった顔の奥には俺達の知らない物語がありそうだった。
「じゃあ今度、誰も来なさそうなとこまで出掛けてプールに行こうぜ。」
 俺が竹内に提案する。中西も頷いて言った。
「夏休みに競技用プールのあるとこ行こうぜ。電車で30分もないだろ。」
「競技用なら普通の奴らはあんまり来なさそうだもんな。」
 俺が合いの手を入れると竹内がケラケラと笑った。
「それじゃずっと泳ぎっぱなしになるじゃん。」
 そう言いながらも気持ちは乗り気のようだった。思案げに天を仰ぐと、竹内が言った。
「分かった。夏休みになったら行こう。」
 しゃあ!と俺と中西が右手を高く掲げ、手のひらをぶつける。
 振り返るとちょうど雲の隙間から太陽が射し込んできて竹内を背中から照らした。満面の笑みで笑う竹内はまるで太陽が連れてきた使者のようでもあり、思わず目を細めた。
 細かい日程は後日決めるとして、その日はいつもより激しいメニューをこなして帰った。
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