俺の基準で顔が好き。

椿英-syun_ei-

文字の大きさ
上 下
2 / 16

気まずい待ち伏せ

しおりを挟む
 その日の放課後、屋外にある学校のプールで泳いでいると、昼休みにぶつかったあの男がプールを囲むフェンスの外側に立っていてこちらを見ていた。
「なぁ、あれ。なんだと思う。」
 水面から顔を出した中西が隣のレーンでスタートの準備をしていた俺に小声で話しかけてくる。
「俺が知るわけないだろ。」
「だよなぁ。」
 水泳部は元々俺が入学した年に廃部になる予定だった部活だ。俺と中西、それともう一人いる部員の三人が入部したお陰でまだ存続している。と言っても、その一人は人数合わせで俺と中西が引き入れたやつだったから、ほとんど部活には顔を出さない。つまり、用事があるとすれば俺か中西のどちらかしかいないということだ。
「なぁ、やっぱ昼休みのことでキレてるんじゃね?」
「んー、取り立てに来たのかもな。慰謝料。」
 冗談のつもりで俺が笑うと中西が呆れたように首を振った。
「ちょっと行ってくる。」
「噛まれるなよ。」
 コースロープをくぐってフェンスに近付いていき、声をかける。
「なんか用か。」
 声をかけると、ビニールバックを斜めがけにした男が口を開いた。
「水泳部なのか。」
「知ってて来たんじゃないのか?」
 相手の眉間にしわが寄ったかと思うと、無言になった。素直に質問を返してしまったが、少し意地悪だったかもしれないと心の中で反省する。何か喋るべきかと思って考えていると、向こうからまた口を開いた。
「俺、手が擦りむいたんだ。」
「ああ。転んだ時にか。大丈夫か。」
「飯、奢れよ。」
「あ?ああ、今からか。」
「部活ない時でいい。」
「分かった。それでチャラってことでいいか。」
 そう言うと難しい顔をしてまたうつむいてしまった。
「それじゃダメか。」
 また質問を返すとゆっくりと返事が返ってきた。
「いや、それでいい。」
「じゃあ来週水曜日でいいか。」
「分かった。」
 これで話は終わったと思い、後ろを向いてプールに戻ろうとする。中西が小さく顎で合図を送るのが見えたので振り返ると、まだそこに立っていた。
「まだなんかあるのか。」
「名前。クラスと名前、聞いてないから。」
「ああ、そうか。上条 翔。二年一組だ。」
「俺は竹内 楓。二年五組だ。」
 竹内 楓。なるほど。同じ校舎でも廊下の端から端までとなると俺が見たことないのも納得できた。
「水曜日。ここで待ち合わせでいいか。」
 竹内が言った。
「ああ、分かった。言っとくけどあんま高いもんは奢れないからな。」
「分かった。」
 頷いた竹内の顔はなぜか嬉しそうだった。俺は学校一の美青年、と中西が呼んでいる男と水曜日に会う約束をしたが、正直、わざわざ放課後に訪ねてくるほどの出来事でもなかったように思える。竹内が去っていったので、プールに戻り、中西にその話をしてやった。
 すると、中西が「大ニュースだ。」と言ってニヤニヤし始めた。何がおかしいのか、あんまりずっとニヤニヤしているものだから、部活帰りにとりあえず殴ってやった。
しおりを挟む

処理中です...