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第四話 野木崎 賢一
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県庁近くの立体駐車場に車を停めると、匠は野木崎と共に正面のオフィスビルの入り口をくぐる。
野木崎は兄の同級生だ。先日兄と居酒屋で食事をした際、偶然遭遇した。就職活動をしない匠を気遣って、兄がIT企業に勤めている彼に、仕事の当てはないかと尋ねたのだ。
「一般人はパソコンやってればみんな同業だと思ってるから困るよな。プログラマとかデザイナとかオペレータとか、やること全然違うのに」
居酒屋でそう言って笑っていた彼は、地に足のついた迷いのない大人に見えた。現実に靄がかかって目的もなく流されている自分とは、全く違う人種。
高校ではサッカー部の部長をやっていて、それなりの大学も出たのに、今はブラック企業でIT土方をしているんだと自虐する。
その物言いまでも自信に満ちているように見えて、匠は彼が怖かった。自分がどれほど空虚な人間であるか、思い知らされる。
その野木崎が兄の申し出を了承し、社会見学と称して匠を街に連れ出した。平日休みの知り合いが少ないから、何かの縁だし付き合おうと、彼は休日である水曜日の夕方に匠との約束を取り交わした。
野木崎の会社は畑が違うので、DTPを勉強している匠のために知人の印刷屋に連れて行くと言った。
そのオフィスは小規模で現在求人はしておらず、本当にただの社会見学だった。就業意識が低いので現場を見たほうがいいと、野木崎が判断したのだ。
彼の知人の案内で、仕事内容や勤務体系を聞き、仕事場を見学して、一時間程で会社を出た。
野木崎は知人がいると言うだけでこの会社については何も知らなかったようで、
「ここ、ヤバいくらいホワイトじゃねーか。パソコンやってて定時で帰るとか、カルチャーショックだし」
と、恨めしそうにつぶやく。
「そんなに野木崎さんの会社はブラックなんですか?」
問うと、野木崎は口角を上げて目を細めた。
「おまえあんまり喋らないけど、機材やら資材やらに興味津々だったよな。仕事ってのに興味、持てそうな感じ?」
観察されていたようで、何となく気恥ずかしい。匠は生きることには興味が持てないつもりでいたが、それでもわずかに気を引かれるものはある。そのわずかにすがって、進路をデザイナに決めたのだ。
「他の会社のことはわかんないけど、こういうトコで働いてみたいかも」
素直にそう口にする。
車に乗り込むと、野木崎は深いため息をついた。
「俺の会社は超絶ブラックだよ。休みは不定期で週一だし、残業も半端ない。休日でも夜中でも取引先から連絡来るときあるし、呼ばれて行かなきゃならないこともある」
ほんの一瞬前まで自信にみなぎって見えた野木崎に、ややほころびのようなものが見えた。
「俺がやってること、『デスマーチ』って言うんだとさ。気合い入れて抜け出さないと、マジで死ぬの待ってるだけ」
野木崎のような人間でも社会に出ると、抵抗をやめて現状に流されることがあるのだろうか。
彼はだが、すぐに軽い笑みを見せる。ただ、それほど覇気はない。
「その分残業代と休日出勤で給料も半端ねーよ。使う暇がないから貯まる一方だし」
車は立体駐車場を出て、どこかへ向けて走り出す。
「なんか散財したくなってきたからさ、もうちょっと付き合えよ」
車はさほど走らずに、県庁付近で最上級のホテルの地下駐車場へ入っていった。エンジンが止まる。
「おまえ、男と寝たことある?」
唐突に野木崎が問う。匠は答えない。万が一にも兄に知られたくない。
「俺はあるよ。基は知らないだろうな、知ってたら俺におまえを預けるワケない」
野木崎は、シートベルトを外す。
「疲れてんだ、誰でもいいから抱きたい」
貴重な休日によく知りもしない自分を連れ出す、それは本当に誰でも良かったと言うことか。
匠も、シートベルトを外す。
望まれるなら、したがっても構わない。
あらがうことを諦めたように見えるこの男に、当初の嫌悪感が薄れ始めていた。
野木崎は兄の同級生だ。先日兄と居酒屋で食事をした際、偶然遭遇した。就職活動をしない匠を気遣って、兄がIT企業に勤めている彼に、仕事の当てはないかと尋ねたのだ。
「一般人はパソコンやってればみんな同業だと思ってるから困るよな。プログラマとかデザイナとかオペレータとか、やること全然違うのに」
居酒屋でそう言って笑っていた彼は、地に足のついた迷いのない大人に見えた。現実に靄がかかって目的もなく流されている自分とは、全く違う人種。
高校ではサッカー部の部長をやっていて、それなりの大学も出たのに、今はブラック企業でIT土方をしているんだと自虐する。
その物言いまでも自信に満ちているように見えて、匠は彼が怖かった。自分がどれほど空虚な人間であるか、思い知らされる。
その野木崎が兄の申し出を了承し、社会見学と称して匠を街に連れ出した。平日休みの知り合いが少ないから、何かの縁だし付き合おうと、彼は休日である水曜日の夕方に匠との約束を取り交わした。
野木崎の会社は畑が違うので、DTPを勉強している匠のために知人の印刷屋に連れて行くと言った。
そのオフィスは小規模で現在求人はしておらず、本当にただの社会見学だった。就業意識が低いので現場を見たほうがいいと、野木崎が判断したのだ。
彼の知人の案内で、仕事内容や勤務体系を聞き、仕事場を見学して、一時間程で会社を出た。
野木崎は知人がいると言うだけでこの会社については何も知らなかったようで、
「ここ、ヤバいくらいホワイトじゃねーか。パソコンやってて定時で帰るとか、カルチャーショックだし」
と、恨めしそうにつぶやく。
「そんなに野木崎さんの会社はブラックなんですか?」
問うと、野木崎は口角を上げて目を細めた。
「おまえあんまり喋らないけど、機材やら資材やらに興味津々だったよな。仕事ってのに興味、持てそうな感じ?」
観察されていたようで、何となく気恥ずかしい。匠は生きることには興味が持てないつもりでいたが、それでもわずかに気を引かれるものはある。そのわずかにすがって、進路をデザイナに決めたのだ。
「他の会社のことはわかんないけど、こういうトコで働いてみたいかも」
素直にそう口にする。
車に乗り込むと、野木崎は深いため息をついた。
「俺の会社は超絶ブラックだよ。休みは不定期で週一だし、残業も半端ない。休日でも夜中でも取引先から連絡来るときあるし、呼ばれて行かなきゃならないこともある」
ほんの一瞬前まで自信にみなぎって見えた野木崎に、ややほころびのようなものが見えた。
「俺がやってること、『デスマーチ』って言うんだとさ。気合い入れて抜け出さないと、マジで死ぬの待ってるだけ」
野木崎のような人間でも社会に出ると、抵抗をやめて現状に流されることがあるのだろうか。
彼はだが、すぐに軽い笑みを見せる。ただ、それほど覇気はない。
「その分残業代と休日出勤で給料も半端ねーよ。使う暇がないから貯まる一方だし」
車は立体駐車場を出て、どこかへ向けて走り出す。
「なんか散財したくなってきたからさ、もうちょっと付き合えよ」
車はさほど走らずに、県庁付近で最上級のホテルの地下駐車場へ入っていった。エンジンが止まる。
「おまえ、男と寝たことある?」
唐突に野木崎が問う。匠は答えない。万が一にも兄に知られたくない。
「俺はあるよ。基は知らないだろうな、知ってたら俺におまえを預けるワケない」
野木崎は、シートベルトを外す。
「疲れてんだ、誰でもいいから抱きたい」
貴重な休日によく知りもしない自分を連れ出す、それは本当に誰でも良かったと言うことか。
匠も、シートベルトを外す。
望まれるなら、したがっても構わない。
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