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うな丼を作るこの爺はどうやら本物の執事として遣わされたのだとさ
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一階から聞こえる小さな機械音が耳に入ってきて、僕は目を覚ました。
普段はこうして学校から帰ってきて、ベッドに横になるとそのまま日をまたぐまで寝ることもよくあることだが、今日に限っては普段しない音が鳴っただけに、身体が警戒モードになったのか目を覚ましてしまった。どうせ誰かが入ってきたとしても、何か問題が起きることなどそうそうないのだが、どちらかといえばこれは郷愁に対する警戒心とでもいった方がいいだろう。なにせ聞こえてきた機械音は、おそらく炊飯器でご飯が炊ける音だったからだ。
「・・・・・・・・・・・・」
ボクはまだ睡眠時間が足りないと訴える身体を説得しながらどうにか立ち上がった。身体は鉛のように重いが、それはいつものことだった。感覚に対してボクの体重は枯れ木のごとく軽いため、移動自体は音も気配もなく行える。まるで柳のように重力に身をしならせながら、重心移動だけで一階へと降りていった。
階段を降りると居間の方に電気がついているのがわかった。よく盗人は入ってくるが、どうどうと電気をつける奴には出会ったことがないため、はて、と思いを巡らせたがそういえば不審者が一人、ボクと一緒にこの家に入ったのを思い出した。
「モノクル爺」
扉を開けると、して、奴はそこにいた。食卓について、まぁそうなるよな、と思うまま、彼は白米に鰻をのせて食べていた。
「う・な・丼!!!!」
ボクは眠っていた頭が瞬時にフル回転するのを感じた。冷蔵庫の中を思い出せ——鰻は、ない!! では、なぜ?とボクは目の前の初老の男をにらみつけた。
「やや、お嬢様。お眠りになられていたから、お先にいただいていたのですが——お食べになりますか?」
「なりますっ!」
すると爺はにこっと笑って、素早い動きでボクの分の膳も用意してくれた。よく見ると、綺麗なウサギの紋が入ったお盆に、うな丼、お吸い物、お新香、お茶が乗っている。こんな定食のような食事はもう数年は食べていない。
「これは・・・・・・」
「先ほど業者に頼み、仕入れたものでございます。丼だけは、屋敷のものを使いましたが、あとは屋敷御用達の業者に頼み、用意させたものでございます」
ボクは八人掛けの大きなダイニングテーブルの椅子に座り、用意されたうなぎ定食をかきこむように食べた。それを見て爺は、何度も頷く。
「やはり・・・・・・年齢の割にはずいぶん細いように見受けられましたが、ご飯を食べておられませんでしたか」
「ゴハンは・・・・・・コンビニとか・・・・・・もぐ・・・・・・パンとか・・・・・・はぐ・・・・・・食べてたよ」
「それにしても量が少なすぎなのでは。廃棄されているゴミや冷蔵庫の中を見ましても、二三日に一度程度ではないですか」
一通り、食べ終わるとボクは箸を置いた。
「まぁ・・・・・・それで、足りるし」
そう言ってから、多少バツが悪くなる。
「こんだけ食べて矛盾してるかもしれないけど、ボクは人よりご飯をあまり食べなくても生きていけるみたいなんだ。最長半年食べなくてもボクは死ななかった。単純にお金がなかったのもあるけど」
「いえ。そうであろうかと」
当然のように頷く爺を見て、何か違和感を感じた。
「ふん・・・・・・なんだ、お前は。ボクのことを知っているのか? ただ耄碌しているだけじゃないのか」
爺が身につけたモノクルをここぞとばかりに指でわずかに持ち上げた。
「爺は耄碌などしておりませぬぞ。耄碌している者がこのように身なりを整えたり、食事を用意したりできますかな?」
「知らん」
ボクはまだ残っていたお吸い物を啜り始めた。集中力がないと、昔はよく言われていた。最近はボクに対し、いじめ以外でなにか言う奴はいない。本当のことは本人のことを心配している人間がいうものだ。
「お嬢様は奔放な性格をしておられる。集中力がないのは先代の影響でございましょうか・・・・・・」
「先代? 父ちゃんを知ってるのか」
「ええ。それはもう。爺は先代に頼まれてきたのですから」
「ふーん。・・・・・・ん。ええ?ええーっ!!」
「・・・・・・言ってませんでしたか?」
「言ってない。お前、言ってないよ!!」
「そうでしたか、それはこのコルド最大の失態でございます。申し訳ありません」
「なんだ、本気で耄碌したやばい爺さんだと思ったぞ」
「・・・・・・だとしたら、なぜ私をこの屋敷に入れてくださったのですか」
「かわいそうだから」
そう言うと、爺——もとい、自らのことをコルドと呼んだ初老の男は、わずかに首を振って見せた。
「お嬢様は、奔放で不用心ではありますが・・・・・・優しくはあるようですな」
「特別優しいわけじゃない。哀れんだだけだ。ボクよりやばい奴がいるとな。人間、自分より哀れだと優しくなるもんだよ」
そして、ずっと後ろでボクが食べるのを待っていたコルドに振り向き、隣の椅子を引いた。
「そういうことなら、さっさと食べて良かったのに。作りたてだったんだろ? いつ食べようが個人の自由だと思ったんだけど、今聞いた話じゃ、父ちゃんがボクにコルド?——を遣わせたんでしょ? ほんとなら、仕事的に一緒には食べられなかったんじゃん。早く座って食べたらいよ」
そういうとコルドは以外と融通が利くようで、「では、お言葉に甘えて」と席に着き、鰻を食べ始めた。
ボクはといえば、少し驚いていた。父がこのようなことをしていただなんて。どういういきさつでこうなったのかわからないけど、少なくともただ死んだだけではなかったということだ。
少し、胸の奥が痛んだ。ボクはこの5年間、この命はボクだけのものであるとして、それはもうぞんざいな生き様であった。天涯孤独の身であるボクにとって、唯一つながりがあるのは、姿を消した姉だけだが、どうやらそれ以外にもボクが生きてゆく道というのは、用意されていたのかもしれないことを知った。
それは即ち、天が示した、ともいうことだ。
「人間とは・・・・・・ずいぶん、簡単な生き物だな」
「そうですか」
「だってそうだろ? 父ちゃんがボクになんか残したって言ったら、それだけでやる気になるんだから」
「・・・・・・・・・・・・」
うな丼を食べるコルトの手が止まった。
「ん・・・・・・? どうした。変なこと言ったか?」
「え、えぇ。お嬢様は、もしかしたら気づいてないのかも知れないですが・・・・・・」
「な、なんだ」
「お嬢様は、人間じゃないですよ」
「・・・・・・・・・・・・え」
驚きで叫んだのは久しぶりだった。それも無理はない。それくらいのことが今から始まろうとしていたのだから。
普段はこうして学校から帰ってきて、ベッドに横になるとそのまま日をまたぐまで寝ることもよくあることだが、今日に限っては普段しない音が鳴っただけに、身体が警戒モードになったのか目を覚ましてしまった。どうせ誰かが入ってきたとしても、何か問題が起きることなどそうそうないのだが、どちらかといえばこれは郷愁に対する警戒心とでもいった方がいいだろう。なにせ聞こえてきた機械音は、おそらく炊飯器でご飯が炊ける音だったからだ。
「・・・・・・・・・・・・」
ボクはまだ睡眠時間が足りないと訴える身体を説得しながらどうにか立ち上がった。身体は鉛のように重いが、それはいつものことだった。感覚に対してボクの体重は枯れ木のごとく軽いため、移動自体は音も気配もなく行える。まるで柳のように重力に身をしならせながら、重心移動だけで一階へと降りていった。
階段を降りると居間の方に電気がついているのがわかった。よく盗人は入ってくるが、どうどうと電気をつける奴には出会ったことがないため、はて、と思いを巡らせたがそういえば不審者が一人、ボクと一緒にこの家に入ったのを思い出した。
「モノクル爺」
扉を開けると、して、奴はそこにいた。食卓について、まぁそうなるよな、と思うまま、彼は白米に鰻をのせて食べていた。
「う・な・丼!!!!」
ボクは眠っていた頭が瞬時にフル回転するのを感じた。冷蔵庫の中を思い出せ——鰻は、ない!! では、なぜ?とボクは目の前の初老の男をにらみつけた。
「やや、お嬢様。お眠りになられていたから、お先にいただいていたのですが——お食べになりますか?」
「なりますっ!」
すると爺はにこっと笑って、素早い動きでボクの分の膳も用意してくれた。よく見ると、綺麗なウサギの紋が入ったお盆に、うな丼、お吸い物、お新香、お茶が乗っている。こんな定食のような食事はもう数年は食べていない。
「これは・・・・・・」
「先ほど業者に頼み、仕入れたものでございます。丼だけは、屋敷のものを使いましたが、あとは屋敷御用達の業者に頼み、用意させたものでございます」
ボクは八人掛けの大きなダイニングテーブルの椅子に座り、用意されたうなぎ定食をかきこむように食べた。それを見て爺は、何度も頷く。
「やはり・・・・・・年齢の割にはずいぶん細いように見受けられましたが、ご飯を食べておられませんでしたか」
「ゴハンは・・・・・・コンビニとか・・・・・・もぐ・・・・・・パンとか・・・・・・はぐ・・・・・・食べてたよ」
「それにしても量が少なすぎなのでは。廃棄されているゴミや冷蔵庫の中を見ましても、二三日に一度程度ではないですか」
一通り、食べ終わるとボクは箸を置いた。
「まぁ・・・・・・それで、足りるし」
そう言ってから、多少バツが悪くなる。
「こんだけ食べて矛盾してるかもしれないけど、ボクは人よりご飯をあまり食べなくても生きていけるみたいなんだ。最長半年食べなくてもボクは死ななかった。単純にお金がなかったのもあるけど」
「いえ。そうであろうかと」
当然のように頷く爺を見て、何か違和感を感じた。
「ふん・・・・・・なんだ、お前は。ボクのことを知っているのか? ただ耄碌しているだけじゃないのか」
爺が身につけたモノクルをここぞとばかりに指でわずかに持ち上げた。
「爺は耄碌などしておりませぬぞ。耄碌している者がこのように身なりを整えたり、食事を用意したりできますかな?」
「知らん」
ボクはまだ残っていたお吸い物を啜り始めた。集中力がないと、昔はよく言われていた。最近はボクに対し、いじめ以外でなにか言う奴はいない。本当のことは本人のことを心配している人間がいうものだ。
「お嬢様は奔放な性格をしておられる。集中力がないのは先代の影響でございましょうか・・・・・・」
「先代? 父ちゃんを知ってるのか」
「ええ。それはもう。爺は先代に頼まれてきたのですから」
「ふーん。・・・・・・ん。ええ?ええーっ!!」
「・・・・・・言ってませんでしたか?」
「言ってない。お前、言ってないよ!!」
「そうでしたか、それはこのコルド最大の失態でございます。申し訳ありません」
「なんだ、本気で耄碌したやばい爺さんだと思ったぞ」
「・・・・・・だとしたら、なぜ私をこの屋敷に入れてくださったのですか」
「かわいそうだから」
そう言うと、爺——もとい、自らのことをコルドと呼んだ初老の男は、わずかに首を振って見せた。
「お嬢様は、奔放で不用心ではありますが・・・・・・優しくはあるようですな」
「特別優しいわけじゃない。哀れんだだけだ。ボクよりやばい奴がいるとな。人間、自分より哀れだと優しくなるもんだよ」
そして、ずっと後ろでボクが食べるのを待っていたコルドに振り向き、隣の椅子を引いた。
「そういうことなら、さっさと食べて良かったのに。作りたてだったんだろ? いつ食べようが個人の自由だと思ったんだけど、今聞いた話じゃ、父ちゃんがボクにコルド?——を遣わせたんでしょ? ほんとなら、仕事的に一緒には食べられなかったんじゃん。早く座って食べたらいよ」
そういうとコルドは以外と融通が利くようで、「では、お言葉に甘えて」と席に着き、鰻を食べ始めた。
ボクはといえば、少し驚いていた。父がこのようなことをしていただなんて。どういういきさつでこうなったのかわからないけど、少なくともただ死んだだけではなかったということだ。
少し、胸の奥が痛んだ。ボクはこの5年間、この命はボクだけのものであるとして、それはもうぞんざいな生き様であった。天涯孤独の身であるボクにとって、唯一つながりがあるのは、姿を消した姉だけだが、どうやらそれ以外にもボクが生きてゆく道というのは、用意されていたのかもしれないことを知った。
それは即ち、天が示した、ともいうことだ。
「人間とは・・・・・・ずいぶん、簡単な生き物だな」
「そうですか」
「だってそうだろ? 父ちゃんがボクになんか残したって言ったら、それだけでやる気になるんだから」
「・・・・・・・・・・・・」
うな丼を食べるコルトの手が止まった。
「ん・・・・・・? どうした。変なこと言ったか?」
「え、えぇ。お嬢様は、もしかしたら気づいてないのかも知れないですが・・・・・・」
「な、なんだ」
「お嬢様は、人間じゃないですよ」
「・・・・・・・・・・・・え」
驚きで叫んだのは久しぶりだった。それも無理はない。それくらいのことが今から始まろうとしていたのだから。
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