私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

98 因縁

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 お父さんは感情を交えずに事実だけを淡々と話し始めた。

 「まず、北部辺境伯だが、北部辺境伯は今回の事件の責任を取って爵位を返上して東部の田舎に隠居することが決定した。それに伴い、現在の北部辺境伯の直系の一族は貴族から平民となる。彼等は東部へと移住して今後は平民として慎ましく暮らしていくことになるので、今後其方と会うことは二度と無いだろう」

 私は想像以上の処罰内容に息を呑み込み何も言えなかった。
 私を誘拐しただけにしてはほぼ無関係の北部辺境伯の処罰内容があまりにも重すぎる。

 お父さんはそんな私の様子に構うことなく淡々と話を続けていく。

 「新しく北部辺境伯の爵位を継承するのは一応現北部辺境伯家の血族ではあるがかなり遠縁の人間だ。だから、これまでの北部辺境伯と繋がっていた教団とは完全に縁が切れることになる。
 そして、その天涯教団だが、今回の誘拐事件にも関与している可能性があることから北部辺境伯に協力してもらい中央が内部へ調査に入った。その調査の過程で補助金の横領や寄付金の着服や脱税などの犯罪行為も発覚した。
 それだけでなく、教団による詐欺行為や信者への無理な教義の強要による暴行や監禁や拷問など、被害者が大勢存在していることも判明した。教義の押し付けによる栄養失調や餓死や転落死などによる婉曲的な殺人まであったそうだ。
 結果として教団は犯罪組織として国から処罰対象とされて教団の幹部達は全員捕まり、教団は組織としては解体されてほぼ消滅した。だから、教団の人間に会うことも二度と無いだろう」

 「…………えっ?」

 私は驚きのあまり何か言おうとして何も言えずにそのまま開いた口が塞がらなくなってしまった。
 
 私の空を飛ぶ理術を狙う怪しげな教団という認識しかなかったのに、そんなに危険な犯罪集団だったなんて思ってもいなかった。

 驚きが通り過ぎると安心感が拡がっていく。
 そんな集団に捕まって利用されることがなくて本当に良かった。
 
 お父さんはそんな私の様子を伺って私の気持ちが落ち着くまでバームを飲んで待っていてくれた。

 「勿論、ルリエラが誘拐されたという理由だけでここまでの処罰が実施されたわけではない。それは単なるきっかけであり、表向きの理由でしかない。我々は以前からずっと北部辺境伯を探っていた。ある程度の情報はすでに掴めていたのだが、それをどのように使うか方法と時期を見計らっていた状況だった」

 お父さんからの話を聞くと、口には出さないが私が誘拐されたタイミングはとてもいいタイミングだったようだ。

 すでに天涯教団が北部を越えて影響力を及ぼす事態に国の中央の人間は天涯教団を危険視するようになっていた。その結果、天涯教団を消滅させるか弱体化させることを国が決定し、天涯教団の影響力が強い今の北部辺境伯とその家族を排除して、代わりに天涯教団との繋がりが無い現北部辺境伯の弟を北部辺境伯にしてその支援を南部辺境伯がすることが決まっていた。

 その事前準備で長年の調査によって北部辺境伯と教団との癒着と不正の証拠は揃っていた。

 北部辺境伯は孤児院の運営などを教団へ下請けに出し、その運営費として教団へ渡していた資金を教団が横領していた。それだけではなく、その運営費を北部辺境伯へキックバックして北部辺境伯はそのお金を懐へ納めていた。

 それは領内だけの犯罪行為では収まらない。領地運営の経費を過剰に計上し、領地の収益を過少申告して中央への納税金額を減らしていた。
 中央への脱税行為は国家反逆罪に当たる。爵位と領地没収の上に一族は取り潰されて、北部辺境伯は処刑が妥当なほどの重罪だ。
 それから逃れるために北部辺境伯と取引が行われた。
 中央としても貴族の不祥事を大々的に公にして処分することには国の力が弱まるなどの悪影響があることからなるべく隠密に事態を納めたかった。

 だから、少々無理はあるが自分の子が南部辺境伯家の令嬢を誘拐監禁したことに加担した罪に対する責任ということで自分から爵位の返上を申し出て許可されたという体裁で落ち着いた。

 今の北部辺境伯の影響力が残ることを懸念して、引退による爵位の譲渡は認められなかった。

 北部辺境伯は表向きは一族の監督不行き届きによる爵位返上と病気による療養のための社交界からの引退。
 何も知らなければ、田舎へ隠居してのスローライフを満喫するように見えるが、実質は中央からの監視の元での軟禁生活だ。

 教団を処分する証拠は不足していたが、処刑と取り潰しの免除をダシにして北部辺境伯を脅せば教団を快く売り渡してくれたそうだ。

 今回の誘拐事件の関与に対する調査ということで内部に踏み込んで大々的に調査を行うことで証拠を押収することができ、教団を解散にまで追い込むことができた。

 自分が知らないところでいろいろあったのだと驚いていると、説明を全て終えたお父さんが深い息を吐いた。

 「これでやっと全てが終わった──」

 お父さんは感慨深げにそう呟いた。

 私が想像していた以上に北部辺境伯家に対する事前準備とその後の対応が万端で容赦がなかった。
 執念すら感じさせるほどに徹底的に追い詰めて追い落としている。

 「……あの、北部辺境伯家との間で何かあったのですか?」

 以前のジュリアーナから教えられた南部辺境伯領の利益や国への貢献や貴族としての義務だけとは思えない。南部と北部のただの不仲では片付けられない程の確執や遺恨や憎悪を感じる。

 「……あちらとはいろいろあった。しかし、すでに終わったことだ。もう其方は気にしなくてもいい」
 
 お父さんは疲れを隠して私を安心させるような優しい笑顔を浮かべてそう言い切った。

 私に何も説明する気は無いということだけは理解できる。
 私は細かい事情を説明してもらえないことが少し不満で、でも口に出しては何も言わないで我慢した。

 そんな不満気な私を隣のジュリアーナが気遣わし気に見て、これまで黙ってバームを飲んでいたジュリアーナが口を挟んだ。

 「北部辺境伯家との因縁はルリエラが生まれる前、いえ、もっと前、わたくしが生まれるよりも前からなのよ。その因縁をやっと断ち切ることができたの。だから、ルリエラはもう何も気にしなくて大丈夫よ」

 「──ジュリアーナ!」

 お父さんがジュリアーナを止めるように呼び掛けたが、ジュリアーナは「分かっている」とでも言うかのように一度頷いてお父さんと同じ笑顔で私を見つめた。

 どんな因縁があるのか、いやあったのかとても気になるが終わったことと片付けられてしまっている以上これ以上は蒸し返せない。

 想像だけど、ジュリアーナの婚約破棄にもこの因縁が関わっていたに違いない。

 自分にだけその因縁を教えてもらえないことに疎外感を覚えながらも、二人の「教えたくない、知ってほしくない、巻き込みたくない」という気持ちが痛いほどに伝わってくる。

 きっとかなりドロドロとした因縁なのだろう。
 下手に探ったりして掘り返して掘り起こしてしまったらとても危険そうだ。

 藪をつついて蛇を出したくはない。触らぬ神に祟りなし。

 私はそう自分に言い聞かせ、2人の気持ちを尊重して言いたい言葉と知りたい好奇心をバームと共に呑み込んだ。




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