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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

81 餞別⑥ 感謝

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 私が感情的に反論したことで、リース男爵夫妻は一層感情的になり叫ぶように私に向かって持論を主張している。

 リース男爵夫妻は「子は親に感謝して恩返し(という名の一方的な支配と服従の受け入れ)をすべき」という持論を一切の論理的な説明を省略して自分達に都合のいい言葉だけを並べて私にぶつけ続けている。

 私はその意味の無い内容が空っぽの主張を半分以上聞き流して、最後の仕上げに取り掛かる。

 「──そうですね。親が子を産み、育てることの全てを義務と責任だけで片付けてしまうのは間違っているかもしれません。子が今ここに元気に存在していることに親が無関係ではありませんものね。親の出産や育児の努力や苦労の全てを義務と責任だから当然のものという考え方は子の傲慢かもしれません。あなた方が言うように子は親への感謝を忘れてはいけませんね」

 私が諦めたような笑顔を浮かべて一転して彼らの主張を肯定する意見を述べると、リース男爵夫妻はこれまで騒いでいたのが嘘だったかのように静まり返った。

 「そ、そうよ!親への感謝を子は忘れてはいけないのよ!子は親のおかげで産まれて育つことができるの。誰の手も借りずに一人で勝手に成長して大人になれる子はいないのだから!!」

 「そうだぞ!子が親に感謝するのは当然だ!義務や責任だけで子どもは勝手に育たないんだ!?やっと分かってくれたか?!」

 リース男爵夫妻は自分達の主張のおかげで私を論破できたとぬか喜びしている。

 私はリース男爵夫妻の言葉を肯定するように頷いて笑顔で言葉を続ける。

 「そうですね。自分が今ここにいることができているのは自分だけの力ではありません。勿論、産んでくれた人の力だけでも育ててくれた人の力だけでもありません。多くの人の力のおかげです。だから、親だけでなく全ての人へ感謝しなければなりませんね」

 私の言葉に一瞬リース男爵夫妻の表情が固まる。
 数秒後、私の言葉の内容を完全に理解すると、リース男爵夫妻は顔を真っ赤にして再び反論を開始した。 

 「何を言っているの!?親は特別よ!親が一番大変に決まっているでしょう!子は親に感謝すればいいのよ!他人なんか関係ないわ!!」

 「ふざけるな!親と他人を一緒にするなんて馬鹿げている!?親がどれだけの金と時間を子どもに掛けているのか分かっているのか?!」

 私はリース男爵夫妻の態度を意に介さず、その言葉に目を丸くして首を傾ける。

 「その子がこの世界に産まれることができたのは産みの親のおかげであることに間違いはありませんが、産みの親だけのおかげではありませんよね?その子がこの世界に生まれることができたのはこの世界が存在しているからです。だから、この世界のおかげでもあります。そして、産みの親のその親、更にその親たちが一人でも欠けていたらその子は生まれてはきませんでした。だから、産みの親だけのおかげではなく、父方と母方の祖父母や曾祖父母やその先祖のおかげでもあります。この世界と親の先祖全てのおかげでその子は産まれてきました。だから、『この世界に生まれてきたこと』自体に対する感謝は産みの親だけでは足りません。この世界や親の先祖に対しても感謝する必要があります」

 私の主張にリース男爵夫妻はすぐに反論できずに口を噤んだ。しかし、すぐに自分達に都合がよい部分とそうでない部分を取捨選択して再び自分達の意見を主張し始めた。

 「そ、それなら親にも子は感謝するのは当然のことよね!子がこの世界に産まれてくることができたのは産みの親のおかげであることに間違いはないのだから!!」

 「世界や先祖への感謝なんて親には関係ないだろう!?感謝するなら行動が伴わなければ意味がない。親に感謝しているというならしっかりと親へ行動で示すべきだ!」

 リース男爵夫妻には私が何を言っても無意味だ。議論は堂々巡りを繰り返すだけで前には進まない。

 私はリース男爵夫妻の言葉を単なる踏み台にして次の主張を述べる。

 「でも、その子がこの世界に産まれてきて生きていることに感謝できることは産み、育てた親のおかげだけではありませんよね?もし、その子がこんな世界に産まれてきたくなかった、生きていたくないと世界に絶望して全てを憎んでいれば、この世界に産み落として自分を生かした人間に感謝するどころか恨むかもしれません。その子がそうならなかったのは親だけでなく平和な世界や多くの人のおかげです。だから、その子がそうならなかったことに親も世界や多くの人に感謝しないといけませんね」

 私がこの世界に産まれてきたことに感謝できることは幸運だ。当たり前のことではない。
 私がこの世界に産まれてきたことを後悔することも憎悪することも嫌悪することも恨むことも無く生きることができているのは、多くの人のおかげだ。
 幸せな記憶のおかげ。
 もらった愛のおかげ。
 かけがえのない約束のおかげ。
 諦めきれない夢のおかげ。
 笑い合った思い出のおかげ。
 宝物のような大事な繋がりのおかげ。

 ただこの世界に産まれて生きているだけでは産んでくれたことや育ててくれたことに感謝できるようになるかは誰にも分からない。

 それなのに、リース男爵夫妻は親への感謝を当然のものかのように決めつけて子へ恩を押し売りしている。

 「な、なんで親が子に恨まれていないことに感謝する必要があるのよ!?感謝できないその子が悪いんじゃない?!」

 「子がそんな逆恨みするかしないかなんて親には関係ないだろう!?何があろうと子は親に感謝すべきなんだ‼」 

 ただ産んだだけ、育てただけで親として尊敬され、敬われ、大事にされ、尊重され、敬愛され、丁重に扱われることが当然だと信じているなんて慢心も甚だしい。
 リース男爵夫妻は親としての自分たちを過大評価しすぎている。

 私は産みの親に対してこの世界に産み落としてくれたことには感謝している。

 しかし、私がこの世界に産まれて良かったと思えているのは、これまで私を支えてくれた人たちのおかげだ。

 その人たちがいなかったら、私は自分をこの世界に産み落とした人間に感謝するどころか恨んでいたかもしれない。

 この世に生まれてきたこと、この世に産んでくれたこと、それ自体に関してだけは産みの親が関わっている。
 しかし、この世界に産まれてきて良かったと思い、生きていることに感謝できることに関しては産みの親は関わっていない。

 私が産みの親を憎まず、恨まずに生きていられるのは、大勢の人が私を育て、助け、救って、支えて、愛してくれたから。

 産みの親に対して産んでくれたことに関しては心の中でお礼を言う。
 「ありがとう」
 ただそれだけだ。

 私が産みの親に対してこうやって感謝できること、それに産みの親は関与していない。

 「この世界に産まれてきて良かった」

 私がそう心から想えることは私をこれまで支えてくれた人たちのおかげ。

 その想いを乗せて私は言葉を発する。

 「親だけでなく自分がこの世界に産まれて生きていることを感謝できることに関わっている多くの人へ感謝を示すにはただ自分に恥じない生き方をすることだけです。この世界への感謝、先祖への感謝、国への感謝、王への感謝、領主への感謝、産んでくれた人への感謝、育ててくれた人への感謝、助けてくれた人への感謝、支えてくれた人への感謝、仲良くしてくれた人への感謝、愛する人への感謝。たくさんの感謝を忘れずに精一杯生きること。自分の選択を後悔せずに胸を張って生きていけばいい。産まれたこと、生きていることへの感謝の表し方はそれだけです」

 私はリース男爵夫妻を通り越してジルコニアスとマルグリットへ向けて言葉を発した。

 ジルコニアスとマルグリットは目を見開いて私の言葉を真剣に受け取っていた。

 

 
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