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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

58 選択⑥ 決断

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 マルグリットは私の言葉を真に受けて、このままでは自分の家族の最低最悪の未来が現実のものになると信じて震え出した。

 どうにかしたいけど、どうすればいいのか分からない。

 そんなマルグリットの焦燥感と絶望感がヒシヒシと伝わってくる。 

 私はそんな顔色の悪いマルグリットへ甘い言葉を囁いた。

 「……だからね、私がこのままここにいるとリース男爵夫妻側も弁明の仕様が無くなってしまうの。私がこんな場所に監禁されているところを助け出されたら、リース男爵夫妻は未成年者への誘拐と監禁の現行犯として問答無用で捕まることになる。そうすると公式に大々的に裁かれることになり、情状酌量を求めることも内々に処理することも難しくなるでしょうね。でもね、そうなる前に私が自力で脱出すれば、私を探している人たちに事前に事情を話して取り成すことできるの。この事件を公に大事にせずにどうにか穏便に済ますことが可能になるわ」

 私の言葉を聞いたマルグリットは、私の言葉に縋るようにして私の言葉に真剣に耳を傾けている。

 私は嘘は言っていない。

 確かに、私が脱出して自力で学園に帰ることができれば、私が誘拐や監禁の事実を誤魔化して、自発的な失踪や旅行などと説明し、周囲への連絡不足などによる自分の失態として謝罪することで事件自体を無かったこととして処理することはできる。

 私が自分が受けた被害を国や学園へ訴え出ることをせず、私を誘拐されたことで面目を潰された南部辺境伯とリース男爵夫妻や北部辺境伯家との間を上手く取り成して内々のこととして片付けることができれば、リース男爵夫妻は大きな罰が下されることはない。

 私がリース男爵夫妻との関係を構築して維持していくことを望むなら、私はリース男爵夫妻の罪を隠し、庇い、守ることに全力を注ぐだろう。
 私にはその気になればそうすることが可能であることは事実だ。そこに嘘は無い。

 しかし、私には全くその気は無い。

 私がリース男爵夫妻を庇った場合、誘拐監禁されていた間の不利益や責任を私一人で負わなければならない。
 すでに誘拐監禁されたことで会議などを無断欠席してしまっている。
 正直に学園内に誘拐犯が潜んでいて、その誘拐犯に誘拐されて、監禁されていたことで会議に出席できなかったと説明すれば私に無断欠席の責任や落ち度は無いと証明できるので、私の評価や評判は下がらない。
 今回の事件を公にせずに隠すことになれば、私は周囲から無責任で非常識な人間というレッテルを貼られることになり、誘拐犯である助手を雇っていたガイボーン理術師に責任追求することができなくなる。
 
 それだけではなく、私がリース男爵夫妻を庇えば南部辺境伯との関係も悪化することになる。
 南部辺境伯との間には契約上は既に養子縁組が結ばれている。戸籍上はまだだが、契約上では私は南部辺境伯の養女だ。その養女がリース男爵や北部辺境伯に誘拐監禁されたのにその犯人達を庇うというのは南部辺境伯を軽んじているの同じこと。
 戸籍上の手続きが完了するまでは他の人間が養子縁組して先に戸籍に加えることは法的には可能だ。その場合は南部辺境伯の養女を横取りしたことになって南部辺境伯の面目は丸潰れになり、契約不履行で私が南部辺境伯に訴えられる。
 南部辺境伯は喧嘩を売られて何もせずに放置すれば、権威に傷がつくことになる。
 だから、決して黙って引き下がることはできない。リース男爵と北部辺境伯家を黙って見逃すことなど許されない。
 それなのに、リース男爵夫妻たちを許すように南部辺境伯へ私が願えば、私が南部辺境伯から不興を買うことになる。最悪、南部辺境伯の面子を保つために養子縁組の解除と契約不履行で私が訴えられることになる。

 私にとっては百害あって一利なしなので、私にはリース男爵夫妻を庇うつもりなど全く無い。
 私の最善で最高の結果を得るためにも私は全力を尽くす。それはリース男爵夫妻にとっては最低で最悪の結末を辿ることになるのと同義だが、私はそれを一切考慮はしない。
 私にはリース男爵夫妻に掛ける情はすでに一切存在していない。
 
 そんな私の気持ちなどおくびにも出さずに縋り付くように私を見つめるマルグリットに応えるように語りかける。

 「彼等が犯した罪を無かったことにすることは難しいけど、処罰を軽くすることはできるかもしれない。……でもね、その場合でもマルグリットはリース男爵夫妻とは一緒にはいられなくなるわ」

 「──ど、どうして!?」

 「私を逃がしたことを知ったリース男爵夫妻がマルグリットを許すとは思えない。きっと家から追い出すはずよ。マルグリットがどれだけリース男爵夫妻のためを思ってやったことでも、リース男爵夫妻は多分理解してはくれない。リース男爵夫妻が捕まっても、捕まらなくてもマルグリットはこのままリース男爵夫妻と一緒にいることはできなくなる。でもね、私を逃がす手伝いをしてくれたら、マルグリットにも便宜を図ることはできるわ。住み込みの勤め先くらいなら紹介できると思う」

 私のこの発言でマルグリットは別の悩みに囚われてしまった。
 さっきまではリース男爵夫妻のために自分ができることはないかと悩んでいたが、今はリース男爵夫妻のために自分を犠牲にするかしないかという選択肢に悩んでいる。
 リース男爵夫妻のためにリース男爵夫妻を裏切るという矛盾。

 しかし、マルグリットのその逡巡は一瞬だった。

 マルグリットは落ち着きを取り戻し、震えを止めて食事を机に置き、意を決して私に向き合う。

 「ルリエラ、わたしはあなたに協力する。あなたをここから逃がす!」

 「ありがとう、マルグリット。でも、本当にいいの?」

 私は念の為マルグリットの決断を再確認する。
 
 マルグリットは私の再確認に気を悪くした様子を見せず、強く頷いてはっきりと答える。
 
 「わたしもこれが正しいことだとは思えないから……。間違ったことをしても誰も幸せにはなれないと思う。わたしはお父様とお母様に幸せになってもらいたい。育ててもらった恩を返したい。でも、今のままではダメだと思ったから別の方法で返したいの。それをルリエラが教えてくれた」

 マルグリットはそれまでの様子が嘘だったかのように毅然とした姿で私にはっきりとそう告げた。

 私はマルグリットの気迫に気圧されて一瞬呆気にとられてしまった。

 マルグリットの決断が「リース男爵夫妻を幸せにするため」だったのは予想外だったが、私が望んだ通りにリース男爵夫妻を裏切って私を助けることを選んでくれた。

 ひとまずはそれで構わない。
 マルグリットの動機や目的が何であれ、マルグリットが監禁されている私を逃がす手助けをしたという事実が重要だ。
 その事実さえあれば今後のマルグリットの処遇に私が介入して改善することはできる。

 私はすぐに気を取り直して、マルグリットへ脱出計画を説明して次の夕食時に用意して欲しい物を伝える。

 私とマルグリットは見張りの男に時間切れが知らされるまで計画についてずっと話し込んでいた。

 なんとか時間内に必要な指示は出すことができた。
 その代わりに私は昼食を食べることはできなかった。

 私は誘拐監禁されて初めて食事を残してしまった。

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