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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

53 選択① マルグリット

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 私はマルグリットへの説得方法をいろいろ考えたが、結局は普通にマルグリットに現状を説明して、マルグリットに私の正直な想いを伝え、真っ直ぐマルグリットの心情に訴えることに決めた。

 私には相手を心酔させたり、魅了できるような話術はない。
 相手を自分の思い通りに都合よく操るような器用さもない。
 嘘をついて平然と相手を騙せるだけの演技力も精神力も持っていない。
 相手の罪悪感につけ込んで、自分の要求を呑ませるほど面の皮は厚くはない。
 相手の弱みにつけ込み脅すようなことをするのは自分が良心の呵責に耐えかねる。

 私が下手に小細工や小手先の技でリース男爵夫妻を捨てさせて私の方を選ぶようにマルグリットを誘導しようとすると失敗する可能性の方が高そうだ。
 だから、真正面から正直に誠心誠意心を込めてマルグリットにぶつかって、マルグリットの心を動かすしかない。

 私としては心情的に私の手を取ってほしい。無理矢理にでも私の方を選ばせたい。騙してでもリース男爵夫妻から引き離したい。
 でも、私にはマルグリットの人生の全責任を背負うことはできない。
 私がマルグリットのためににできることは選択肢を与えてあげることだけだ。
 私の手を取らずにこれまで通りリース男爵夫妻の道具として生きる道か私の手を取りリース男爵夫妻とは離れて一人の人間として自由に生きる道のどちらかを選んでもらう。
 どちらを選んでもマルグリットが幸せになれる保証は無い。そんな根拠も自信も無いことは保証できない。
 私にはマルグリットの人生丸ごと引き受けるだけの力も自信も無い。
 私は自分の身一つも満足に守れない程に弱い。

 私にはマルグリットの人生まで背負うことはできない。私にできることはこれまでは選択肢すら無かったマルグリットにもう一つの道を提示して、その道を歩く手助けをすることだけだ。
 その二つの選択肢のどちらを選ぶかはマルグリットの自由意思に委ねる。
 
 マルグリットがどちらを選ぼうが私はマルグリットの選択を尊重する。

 そうと決めたらまずはマルグリットと仲良くなろう。
 私とマルグリットは初対面の赤の他人で、その間には心理的な距離がある。そこの距離を縮める努力から始めよう。心の距離が近いほうが心情に訴えたときの効果が強くなる。

 私がそう決めて、マルグリットとどのように距離を詰めるかを数時間考えていると、夕食が運ばれてきた。

 私が予想していた通り、マルグリットが夕食を物置部屋に運んでくると外から扉が閉められて鍵を掛けられる。

 ここは単なる物置部屋であり、牢屋ではない。だから、扉を閉めた状態では外から中の様子を見ることも、物を入れることも出すこともできない。必ず人がこの物置部屋に出入りする必要がある。

 この部屋には照明が置かれていない。
 火事の危険や一酸化炭素中毒の危険を考えているのか、恐怖を煽るために暗闇に閉じ込めようとしているだけなのかは分からない。
 完全な密室ではないので、隙間から入ってくる通路の明かりや太陽や月の光で何も見えない程の暗闇ではない。
 しかし、それでも文字は見えないし、食事をすることも難しい。
 
 監視のためなのか、気遣いなのかは分からないが、食事の間、マルグリットが持っている燭台によって物置部屋が照らされた。

 用意された食事は普通の食事だ。
 パンとスープとサラダと肉と果物。スープも肉も温かく、量も普通の一人前ある。
 嫌がらせでもっと貧相な食事が出されるかと思っていたから肩透かしを食らった。

 マルグリットは机の上に食事が載ったトレーを置いた後、「どうぞ召し上がってください」と小さな声で目を伏せたまま私に告げて入口付近まで下がり、扉の前で所在なさげに立っている。

 私と視線を合わせようとはせず、必要最低限しか口を利かない。

 誰かに何かを指示されてそのようなよそよそしい態度を取っているのか、私に対してバツが悪くてそのように遠慮しているのか分からない。

 私はとりあえず黙って椅子に座って用意された食事に手を付ける。
 今日は昼食を食べていないからお腹が空いている。

 私は黙々と一人で食事を取りながら、おもむろにマルグリットに話しかけた。
 
 まずは他愛のない雑談から始める。
 最初から本題には入らない。

 私はマルグリットの警戒心を解き、興味を引くように過去の苦労話を中心に思い出話を語る。
 あまり楽しいこと、幸せなことばかりを話したら、自慢話をしてると勘違いされてマルグリットに嫉妬されたり逆恨みされる危険性を考慮した結果の話題選択だ。

 私は子どもの頃の孤児院や村での質素で慎ましい暮らしぶり、孤児院での騒がしく忙しい日々の話、孤児院の仲間や村の子ども達との喧嘩や争い事などの過去の思い出をマルグリットに語って聞かせた。

 最初は遠慮がちに黙って聞いているだけだったが、徐々に興味が湧いてきたようでマルグリットの表情が変わりこちらの話を食い入るように真剣に聞くようになった。

 食事の時間は約30分程で終わり、外から声を掛けられてマルグリットは名残惜しそうに食器を片付けて出て行った。

 それから私は短い食事の時間の間中、マルグリットに私の思い出話を聞かせた。

 マルグリットは目を輝かせて楽しそうに、興味深そうに聞いてくれる。

 私はシスター見習いとしての孤児たちの世話の大変さやシスターの指導の厳しさ。理術が認められたことで、学園で研究できることになったこと。学園での事務員からの嫌がらせ。とある学生によるパンツ事件などなどいろいろな苦労話を面白おかしく語った。

 マルグリットは私の話を聞いて、自身の境遇と比べて私に嫉妬することも、羨ましがることも、恨むこともなく、ただただ純粋に私の話を喜んでくれた。

 これまでリース男爵家に閉じ込められていたマルグリットにとって、私の話は何もかもが新鮮で驚きに溢れているようだ。

 私に触発されて、マルグリットも自分の過去の話を少しだけしてくれた。
 リース男爵夫妻の話は避けたのか、マルグリットの義理の兄との楽しかった思い出を語ってくれた。
 義理の兄はマルグリットにとって優しくて頭が良くて格好いい素敵なお兄様らしい。
 兄自慢を聞かせられてしまった。

 そんな兄がいたからか、義理の姉となる私にも最初から好意的で、嫉妬や憎悪ではなく罪悪感を抱いていた。
 私が思っていたよりも、マルグリットにとって私との心理的な距離は最初から近いようだ。

 マルグリットは優しい子だ。
 自分と比べて他人を恨んだり、妬んだり、僻んだりしない。
 心が綺麗で純真無垢な子。

 だからこそ、リース男爵夫妻にいいように食い物にされている。

 マルグリットは真っ直ぐで素直な性格をしている。性根が曲がっていない、心根が優しい、疑うことを知らず、擦れていない。
 他人を恨んだり憎んだりせず、自分を憐れまず悲観せず、他人を信じて他人の心配をして他人に尽くす。
 簡単に何でも信じて、何も疑おうとせず、一切の反抗をせず、黙って従い言いつけを守る、リース男爵夫妻の理想の便利な道具として育てられた。
 リース男爵夫妻がそうなるように望み、望んだように育て、望んだように育った哀れな子ども。
 
 マルグリットは王道のシンデレラストーリーのヒロイン役に相応しい人間だろう。

 心が綺麗で純粋で無垢で穢れを知らない優しい少女が養子先の義理の親に虐げられて生きてきた。そこに実の娘が帰ってきて、ヒロインはその義理の姉にも虐められる。それでもヒロインは健気に必死に頑張って生きていく。そんなヒロインを王子様が見つけて、ヒロインの純粋さや健気さに惹かれていき、王子様がヒロインを辛い境遇から助け出し、ヒロインは王子様と幸せになるというハッピーエンドの物語。

 マルグリットはそんな物語の主人公に相応しい少女だ。

 小賢しく狡賢く非道で無情で自分本位で心が狭い私とは違う。

 私がマルグリットだったなら、きっとリース男爵夫妻を恨み、兄を憎み、私を妬み、世界を呪っていると思う。

 私はマルグリットの心の強さと大きさを思い知った。

 監禁されて3日目の朝食後に、そろそろ本題をマルグリットに切り出そうと考えた。
 このまま黙ってこんな場所に閉じ込められていても埒が明かない。
 閉じ込められて行動の自由は奪われていたが、考える時間だけは十分にあった。
 そろそろ動く頃合いだ。

 ところが、そう思って昼食を待っていたら、マルグリットではなく屈強な男に物置部屋から連れ出されて、応接室に連れて行かれてしまった。
 

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