私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

文字の大きさ
上 下
212 / 261
第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

51 監禁⑥ 嘘

しおりを挟む
 私は覚悟を決めて、姿勢を正して真っ直ぐマルグリットを見つめる。

 私の雰囲気が変わったことに気付いたマルグリットが緊張した様子で私を見返してきた。
 私はマルグリットと真正面から目を合わせて彼女の名前を呼んだ。

「──マルグリット」

 自分が思った以上に低い声が出た。
 マルグリットは私の佇まいと声音から、私の真剣さを感じ取り、なぜか怒られると思ったのか、再び怯え始めている。

 私はマルグリットの勘違いを解くために、急いで次の言葉を伝える。

 「私はマルグリットではありません。私はルリエラです。私はルリエラという名前であり、これまでルリエラとして人生を歩んできました。そして、これからもルリエラとして生きていきます。だから、私はルリエラ以外の何者でもなく、他の者にはなれません。私はマルグリットという人間になることはできません」

 まずは私がマルグリットであることを全否定する。

 「その人に本物も偽物もありませんし、名前に本物も偽物もありません。あなたはこれまでマルグリットという人間として、マルグリットという名前で生きてきたのでしょう?そして、今もマルグリットとして生きていている。そして、これからもマルグリットとして生きていくのなら、あなたはマルグリットよ。そこに本物も偽物も存在しない」

 そして、マルグリットがマルグリットであることを全肯定した。

 私の唐突に真剣な言葉にマルグリットは目を丸くしている。
 その目には恐怖や怯えや戸惑いは無く、純粋な疑問だけが浮かんでいる。

 私が何故そんなことを言うのかが理解できてはいないが、マルグリットは自分が肯定されたことを否定はしない。

 マルグリットから拒絶や忌避感を感じられなかったので、私は言葉を畳み掛ける。  

 「だからね、マルグリットは何も気にする必要は無いんだよ。誰に何を言われようが、『自分はマルグリット』だと胸を張って生きていけばいい。私に罪悪感を抱く必要なんてどこにもないよ」 

 私はそれまでの真剣な重い空気を緩ませるために出来るだけ明るい表情を浮かべて、マルグリットに微笑みかけた。

 マルグリットは目を覚ましたかのように激しく左右に首を振って、私の言葉を拒絶する。

 「で、でも、わたしは|ではないから……。わたしはお父様とお母様の本当の娘ではなく、孤児院から引き取って育ててもらっただけの赤の他人の子どもだから……。だから、わたしはのマルグリットで、あなたがお父様とお母様と血の繋がった本当の娘で、あなたがのマルグリットなのに!」

 マルグリットは泣きそうな顔で独り言を呟くように必死に叫んでいる。間違っているのは私で、自分の育ての親であるリース男爵夫妻は間違っていないと。

 「あなたが?そんなことあるはずないでしょう!?貴族名鑑にもあなたは載っているのに。血の繋がりがあろうと無かろうとあなたはマルグリットであり、リース男爵夫妻の娘よ。確かにあなたはリース男爵夫妻の娘のマルグリットという人間であり、それ以外の何者でもない」

 「………どういうこと?わたしはお父様とお母様の本物の娘なの?」

 マルグリットは呆然として私に尋ねてきた。

 私の方がマルグリットの言っている言葉の意味が分からないが、私は自分が知っている対外的なマルグリットの立ち位置と状況を本人に教えてあげた。

 マルグリットはリース男爵夫妻に孤児院から引き取られ、規定の手続きを得て正式にリース男爵夫妻の娘として戸籍上も貴族名鑑にも登録されている。マルグリットはリース男爵夫妻と血の繋がりはなくても書類上でも社会的にもリース男爵夫妻の娘として認知されている。そこに異議も疑問も挟む余地はない。
 マルグリットは血の繋がりの無い養女ではあるが、身分上ではリース男爵夫妻の娘であり、貴族だ。
 だから、マルグリットには貴族の子女が通う貴族学院に入学する権利と義務がある。
 しかし、リース男爵夫妻はマルグリットを病弱で学院に通わせることができないと申告して、その申請が通りマルグリットは学院入学を免除されている。
 
 貴族学院はそれなりに広いこの国の貴族が地域によってばらばらなマナーや常識を持っていては国としての一体感と統一感が欠けると危惧されて創立された。
 貴族の子どもを一ヶ所に集めて、みんなが同じことを学び、同じ価値観を植え付けられ、同じマナーと常識を身に付け、貴族全員がこの国の一員として同じ共通認識を持つように教育される。

 万が一、貴族学院に通えなかったり、貴族学院を卒業できなかった場合は、貴族社会からは貴族として認めてもらえず、常識を知らない人間だと見下されたり、敬遠されたり、爪弾きにされる。

 事情があって貴族学院に通えない貴族の子どもは高いお金を払って専門の家庭教師を雇い、卒業試験だけを受けることで卒業が認められることもあるが、それはとてもお金がかかり簡単にはできない。

 ほとんどの場合、貴族学院に通わないということはその子は貴族として生きることを諦めることを意味する。それはとても外聞の悪いことでもあるから、貴族の親は何がなんでも我が子を貴族学院へ通わせる。
 それなのに、リース男爵夫妻は正式に娘として引き取った我が子を貴族学院に入学させていない。
 だから、マルグリットは貴族学院に通うことができないほどに体が弱く、ほとんど寝込んでいると思われている。

 リース男爵夫妻も幼い頃からマルグリットを外に連れ出すことは無く、昔からマルグリットが病弱で看病が大変だと周囲に話して同情を買っていたので、誰もマルグリットが病弱であることを疑ってはいない。

 私の説明を聞いたマルグリットは今にも倒れそうなほどに顔を真っ青にしている。

 「……わたしが病弱?わたしはとても健康でこれまで一度も病気も怪我もしたことがないのに……。わたしは騙されていたの?」

 「マルグリット、騙されていたなんて一体何があったの?」

 私が驚いてマルグリットに尋ねると、マルグリットが震えながら話をしてくれた。

 マルグリットは幼少期はリース男爵夫妻に溺愛されて育てられてきたそうだ。
 『可愛いあたしのマルグリット』と言ってブリジットが特に可愛がってくれたらしい。
 外は危険だから駄目だと家からは出してもらえなかったが、リース男爵夫妻から愛されていて、遊び相手には兄もいたし、欲しいものは何でも与えられていたから特に何の不満も無く育った。
 マルグリットはリース男爵夫妻の娘であることを疑っていなかった。だから、当然のように大きくなったら貴族学院へ行くのだと信じていた。

 しかし、11歳になった頃に貴族学院の話をリース男爵夫妻へしたとき、二人は困ったように笑って言った。

 「マルグリット、あなたはあたし達の本当の娘ではないから貴族学院には行けないのよ。あなたは貴族学院には行かない代わりに働かないといけないの!でも、大丈夫よ。マルグリットはずっとあたしと一緒だから、結婚の心配なんてしなくてもいいのよ」

 「これまで言わなかったが、マルグリットは僕達の本当の娘じゃないんだ。きみは孤児院から引き取った養女なんだよ。本物のマルグリットは生まれてすぐに誘拐されてまだ見つかっていない。本物のマルグリットが貴族学院に行けないのだから、偽物のマルグリットが行く必要は無いだろう」

 リース男爵夫妻は憐れむようにマルグリットへ残酷な真実を告げた。
 更に、マルグリットに血の繋がりも無いのに養女として引き取って家族としてこれまで育ててきたのだから、マルグリットはその恩を返さなくてはならないと言った。

 そうしてマルグリットは自分の権利も義務も身分も何も知らないままリース男爵夫妻の家の下働きや侍女などのあらゆる家の仕事をさせられるようになった。
 言いつけられた仕事が上手く出来なかったり、失敗したり、遅かったりすると罰として食事を抜かれり、躾と称して叩かれたり殴られたりするようにもなった。

 マルグリットはリース男爵夫妻に言われるがままにこれまで育ててもらった恩を返そうと必死に働いて耐えてきたそうだ。無休かつ無給で。

 働くのはリース男爵家の中だけで、外にはほとんど出たことがなく、馬車に乗って外出したのは今回が初めてだったらしい。

 「本物のマルグリットが見つかったから、お前はその面倒をみろ。これまで本物のマルグリットがもらうはずのものをお前がもらってきたのだから、それを本物のマルグリットへ返せ」とリース男爵に言われて連れてこられたそうだ。

 連れてこられてすぐに意識が無い私の世話をするように言われたが、説明も自己紹介も無かったことから、まさか倒れて寝込んでいる人間がマルグリット本人とは思わずただの病人と思っていたらしい。

 この物置部屋へ行く前にブリジットに説明されて、私が本物のマルグリット本人だと知り、本物のマルグリットから自分のものを奪った、盗んだと責められると緊張していたと告白された。

 私はリース男爵夫妻がマルグリットにやったことに頭を抱えたくなった。あまりに酷い。

 私はマルグリットをリース男爵夫妻から絶対に引き離そうと決心を新たにした。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

無限に進化を続けて最強に至る

お寿司食べたい
ファンタジー
突然、居眠り運転をしているトラックに轢かれて異世界に転生した春風 宝。そこで女神からもらった特典は「倒したモンスターの力を奪って無限に強くなる」だった。 ※よくある転生ものです。良ければ読んでください。 不定期更新 初作 小説家になろうでも投稿してます。 文章力がないので悪しからず。優しくアドバイスしてください。 改稿したので、しばらくしたら消します

地獄の手違いで殺されてしまったが、閻魔大王が愛猫と一緒にネット環境付きで異世界転生させてくれました。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作、面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 高橋翔は地獄の官吏のミスで寿命でもないのに殺されてしまった。だが流石に地獄の十王達だった。配下の失敗にいち早く気付き、本来なら地獄の泰広王(不動明王)だけが初七日に審理する場に、十王全員が勢揃いして善後策を協議する事になった。だが、流石の十王達でも、配下の失敗に気がつくのに六日掛かっていた、高橋翔の身体は既に焼かれて灰となっていた。高橋翔は閻魔大王たちを相手に交渉した。現世で残されていた寿命を異世界で全うさせてくれる事。どのような異世界であろうと、異世界間ネットスーパーを利用して元の生活水準を保証してくれる事。死ぬまでに得ていた貯金と家屋敷、死亡保険金を保証して異世界で使えるようにする事。更には異世界に行く前に地獄で鍛錬させてもらう事まで要求し、権利を勝ち取った。そのお陰で異世界では楽々に生きる事ができた。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

元ゲーマーのオタクが悪役令嬢? ごめん、そのゲーム全然知らない。とりま異世界ライフは普通に楽しめそうなので、設定無視して自分らしく生きます

みなみ抄花
ファンタジー
前世で死んだ自分は、どうやらやったこともないゲームの悪役令嬢に転生させられたようです。 女子力皆無の私が令嬢なんてそもそもが無理だから、設定無視して自分らしく生きますね。 勝手に転生させたどっかの神さま、ヒロインいじめとか勇者とか物語の盛り上げ役とかほんっと心底どうでも良いんで、そんなことよりチート能力もっとよこしてください。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

最強令嬢とは、1%のひらめきと99%の努力である

megane-san
ファンタジー
私クロエは、生まれてすぐに傷を負った母に抱かれてブラウン辺境伯城に転移しましたが、母はそのまま亡くなり、辺境伯夫妻の養子として育てていただきました。3歳になる頃には闇と光魔法を発現し、さらに暗黒魔法と膨大な魔力まで持っている事が分かりました。そしてなんと私、前世の記憶まで思い出し、前世の知識で辺境伯領はかなり大儲けしてしまいました。私の力は陰謀を企てる者達に狙われましたが、必〇仕事人バリの方々のおかげで悪者は一層され、無事に修行を共にした兄弟子と婚姻することが出来ました。……が、なんと私、魔王に任命されてしまい……。そんな波乱万丈に日々を送る私のお話です。

うっかり女神さまからもらった『レベル9999』は使い切れないので、『譲渡』スキルで仲間を強化して最強パーティーを作ることにしました

akairo
ファンタジー
「ごめんなさい!貴方が死んだのは私のクシャミのせいなんです!」 帰宅途中に工事現場の足台が直撃して死んだ、早良 悠月(さわら ゆずき)が目覚めた目の前には女神さまが土下座待機をして待っていた。 謝る女神さまの手によって『ユズキ』として転生することになったが、その直後またもや女神さまの手違いによって、『レベル9999』と職業『譲渡士』という謎の職業を付与されてしまう。 しかし、女神さまの世界の最大レベルは99。 勇者や魔王よりも強いレベルのまま転生することになったユズキの、使い切ることもできないレベルの使い道は仲間に譲渡することだった──!? 転生先で出会ったエルフと魔族の少女。スローライフを掲げるユズキだったが、二人と共に世界を回ることで国を巻き込む争いへと巻き込まれていく。 ※9月16日  タイトル変更致しました。 前タイトルは『レベル9999は転生した世界で使い切れないので、仲間にあげることにしました』になります。 仲間を強くして無双していく話です。 『小説家になろう』様でも公開しています。

処理中です...