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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに
37 説得⑤ 成功
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南部辺境伯の突然の大爆笑に私は呆気に取られてしまった。
ついさっきまで真面目で真剣な重苦しい空気が部屋中に漂っていたのに、南部辺境伯の笑い声でその空気は吹き飛んで行ってしまった。
一体何が南部辺境伯のツボにはまってしまったのかが私には皆目見当が付かない。だから、南部辺境伯と一緒に笑うこともできずにただ呆然と笑っている南部辺境伯を眺めていることしかできない。
私はさっきまで一緒にいた相手に一方的に置き去りにされたみたいに、理由も分からずにその場にそのまま残っていることしかできずに困惑している。
南部辺境伯はそんな私を置いてけぼりにしてひとしきり大笑いした後、やっと私がいる場所まで戻ってきた。
「──フフフッ、いや、すまない。其方を笑ったのではない。儂自身を笑っていただけだ。ルリエラのお陰で色々なことに気付かされた。其方に感謝する。
ところで、ルリエラのその考え方は孤児院で教わったことなのか?」
南部辺境伯は笑いを抑えて話題を変えるように少しわざとらしく私に問いかけてきた。
なぜ南部辺境伯がそんなに大爆笑をしていたのか気にはなるが、相手がそれ以上聞かれたくないようなので、相手の話題に乗ろう。
しかし、南部辺境伯の問いかけに対する返答は少し難しい。馬鹿正直に本当のことは言えない。
私のこの考え方の基になっているものは前世の彼女の記憶の影響が大きい。
権利や自由などこの身分社会の不平等な世界ではそう簡単に主張できるものではない。
勿論、孤児院での経験も糧にはなっている。シスターが孤児院の子どもたちを平等に育ててくれた記憶とシスターの教えがあるからこそ、私はこの世界で南部辺境伯に堂々と自分の考えを主張することができた。
「……私のこの考えは孤児院での経験やシスターからの教えなどを自分なりに解釈して導き出した答えです」
私は必死に頭を捻って、嘘にはならない答えを南部辺境伯に返した。
「そうか。良い孤児院と良いシスターだったのだな。そして、やはりルリエラは賢いな。だからその歳で認定理術師になれたのだな」
南部辺境伯は満足そうに頷きながら、孤児院とシスターと私を褒めてくれた。
孤児院とシスターへの褒め言葉は素直に嬉しいが、私が賢いというのは間違いだ。
私は特別に頭がいいのではない。ただ前世の彼女の記憶があるだけだ。
私の頭脳など前世の世界の平均程度のものでしかない。
この世界でも特別に記憶力が良いわけでも、計算が早いわけでも、発想力や理解力が優れているわけでもない。
前世の彼女とは関係のない私自身の素の潜在能力としては平均程度しか持たない普通の平凡な人間でしかない。
しかし、南部辺境伯の言葉を否定することはできない。
前世の彼女のことを語らないのならば、前世の彼女のお陰で出来たことは何食わぬ顔で自分の手柄にしなければならない。
私は罪悪感に苛まれながら、出来る限り謙遜しつつ褒め言葉を受け取った。
しかし、自分自身に罪悪感を覚えたことで、唐突に先程からとても偉そうなことを言っている自分自身に羞恥心を感じ始めてきた。
少し冷静になって南部辺境伯を説得しようと必死になっていた自分自身を顧みるとどれだけ自分が南部辺境伯に対して無礼を働き、遠慮のない不躾な言葉を浴びせ、偉そうに持論を語っていたかが思い起こされる。
私は自分の失態にいたたまれなくなってきて、その勢いのまま口を開く。
「あ、あの!私もお父さんに謝罪しなければなりません!!」
私の突然の謝罪宣言に南部辺境伯は目を丸くして私の方を見る。
「わ、私もお父さんを傷付けました。とても失礼で不躾なことを遠慮なく言ってしまいました。
確かに、自分の言ったことは何も間違ってはいないと思います。悪意もありません。ジュリアーナとお父さんのために言ったことです。
それでも、間違っていなければ、どれだけ失礼なことをしても、何を言っても、相手を傷付けても許されるわけではありません。私の言葉でお父さんを傷つけて苦しめてしまいました。
お父さんを傷つけ苦しめる意図が無いのに傷つけ苦しめてしまったのならば、それはやはり間違っていると思います。もっと言葉を選んでお父さんを傷付けないように気を付けるべきでした。
私の未熟さと配慮が足りないせいでお父さんを傷つけてしまいすみませんでした。申し訳ありませんでした!」
私は全然賢くはない。簡単に人を傷付けてしまう愚かな人間だ。
考えなしに間違ったことをやってしまい、後悔して反省して頭を下げて許しを請う人間だ。
そんな私の必死な謝罪を聞いた南部辺境伯はなぜか再び笑い出してしまった。
本当に何がそんなに面白いのかが分からない。
今度はすぐに笑うのを抑え込んで私に向き直った。
「──グフッ、ゴホッ、いや、すまない……。そうだな、其方の言葉は率直でとても鋭かった。儂の心を抉ったな。だが、其方の言葉には間違いも悪意も無かった。儂とジュリアーナのためにやったことだと理解できる。それでも相手を傷つけしまうものなのだな……。
分かった。ルリエラの謝罪を受け取り、其方を許そう。そして、儂もジュリアーナに謝ろう。ルリエラ、手伝ってくれるか?」
「は、はい!お父さん、ありがとうございます」
説得のためではなく、純粋に謝罪するために謝っただけだったのに、何故かそれによって南部辺境伯を説得することができた。
南部辺境伯がジュリアーナに謝罪したからといって、ジュリアーナとすぐに関係改善が図れる保証はない。
謝罪しても、その謝罪を相手が素直に受け取って許してくれるとは限らない。
相手が謝罪を拒否することもある。謝罪は受け取っても許してくれないこともある。
被害者が加害者のことを恨み憎み嫌い怒りが収まらなくて許せないなら、謝罪を拒否して、相手を拒絶し、関係を断つことができる。
被害者が加害者のことを恨み憎み嫌ってはおらず、怒ってもいないが、加害者のことをまだ信じられず関わり合いになりたくないときは、相手を許さずに謝罪だけは受け取り相手と関わらないこともできる。
謝罪を受け取ったからと言って、必ずしも相手を許して受け入れて仲良くしなければならない義務は無い。
謝罪を受け取るか受け取らないか、謝罪を受け取った後にどうするかは本人次第だ。
しかし、ジュリアーナと南部辺境伯は歪な状態だ。
謝罪の無い状態で相手を許さずに相手を疑いながらも信じて関わり合っている。
だから、南部辺境伯の謝罪でこの歪で拗れた関係が少しでも解けていくきっかけになることを期待している。
「あの、南部辺境伯、今後の日程なのですが……」
無事に目的を達成した意識的にしていた『お父さん』呼びを意識せずに元の『南部辺境伯』へと戻した。
そうするとそれまで南部辺境伯はとてもご機嫌な様子だったのに、なぜかその途端に不機嫌そうに目を細めた。
「……ルリエラ、其方は今後は儂のことを『南部辺境伯』ではなく、『おとうさん』と呼びなさい。対外的な手続きはまだ終わっていないが、既に儂と其方の間では養子縁組が成立している。契約書にサインした時点で儂は其方の養父となっているのだから、いつまでも他人行儀な呼び方では駄目だろう」
「え!え~と、先程までのは『ジュリアーナのお父さん』という意味での『お父さん』呼びだったのですが……。そ、その『養父様』という呼び方では駄目でしょうか……?」
南部辺境伯を『(私の)おとうさん』呼びは私にはハードルが高過ぎる。余りにも畏れ多くて精神的な負担が大き過ぎる。
私は必死に回避しようと悪足搔きを試みた。
「いや、それはおかしい。結婚した相手の親のことを『義父』とは呼ばずに『お義父さん』と呼ぶだろう?それと同じことだ。其方は今後は儂のことをお養父さんと呼びなさい」
南部辺境伯はとても良い笑顔を浮かべながら私の提案を却下した。
「わ、分かりました。お養父さん……」
せめて『お養父様』と呼ばせてもらいたかったが、それすらも何かしらの理由を付けて却下されそうだと思った私は大人しく南部辺境伯に従うことにした。
この呼び方に慣れるまで、私の精神はゴリゴリと削られていくだろう。
これが南部辺境伯の意趣返しなのかどうかは私では満足そうな南部辺境伯の顔から推し量ることができなかった。
ついさっきまで真面目で真剣な重苦しい空気が部屋中に漂っていたのに、南部辺境伯の笑い声でその空気は吹き飛んで行ってしまった。
一体何が南部辺境伯のツボにはまってしまったのかが私には皆目見当が付かない。だから、南部辺境伯と一緒に笑うこともできずにただ呆然と笑っている南部辺境伯を眺めていることしかできない。
私はさっきまで一緒にいた相手に一方的に置き去りにされたみたいに、理由も分からずにその場にそのまま残っていることしかできずに困惑している。
南部辺境伯はそんな私を置いてけぼりにしてひとしきり大笑いした後、やっと私がいる場所まで戻ってきた。
「──フフフッ、いや、すまない。其方を笑ったのではない。儂自身を笑っていただけだ。ルリエラのお陰で色々なことに気付かされた。其方に感謝する。
ところで、ルリエラのその考え方は孤児院で教わったことなのか?」
南部辺境伯は笑いを抑えて話題を変えるように少しわざとらしく私に問いかけてきた。
なぜ南部辺境伯がそんなに大爆笑をしていたのか気にはなるが、相手がそれ以上聞かれたくないようなので、相手の話題に乗ろう。
しかし、南部辺境伯の問いかけに対する返答は少し難しい。馬鹿正直に本当のことは言えない。
私のこの考え方の基になっているものは前世の彼女の記憶の影響が大きい。
権利や自由などこの身分社会の不平等な世界ではそう簡単に主張できるものではない。
勿論、孤児院での経験も糧にはなっている。シスターが孤児院の子どもたちを平等に育ててくれた記憶とシスターの教えがあるからこそ、私はこの世界で南部辺境伯に堂々と自分の考えを主張することができた。
「……私のこの考えは孤児院での経験やシスターからの教えなどを自分なりに解釈して導き出した答えです」
私は必死に頭を捻って、嘘にはならない答えを南部辺境伯に返した。
「そうか。良い孤児院と良いシスターだったのだな。そして、やはりルリエラは賢いな。だからその歳で認定理術師になれたのだな」
南部辺境伯は満足そうに頷きながら、孤児院とシスターと私を褒めてくれた。
孤児院とシスターへの褒め言葉は素直に嬉しいが、私が賢いというのは間違いだ。
私は特別に頭がいいのではない。ただ前世の彼女の記憶があるだけだ。
私の頭脳など前世の世界の平均程度のものでしかない。
この世界でも特別に記憶力が良いわけでも、計算が早いわけでも、発想力や理解力が優れているわけでもない。
前世の彼女とは関係のない私自身の素の潜在能力としては平均程度しか持たない普通の平凡な人間でしかない。
しかし、南部辺境伯の言葉を否定することはできない。
前世の彼女のことを語らないのならば、前世の彼女のお陰で出来たことは何食わぬ顔で自分の手柄にしなければならない。
私は罪悪感に苛まれながら、出来る限り謙遜しつつ褒め言葉を受け取った。
しかし、自分自身に罪悪感を覚えたことで、唐突に先程からとても偉そうなことを言っている自分自身に羞恥心を感じ始めてきた。
少し冷静になって南部辺境伯を説得しようと必死になっていた自分自身を顧みるとどれだけ自分が南部辺境伯に対して無礼を働き、遠慮のない不躾な言葉を浴びせ、偉そうに持論を語っていたかが思い起こされる。
私は自分の失態にいたたまれなくなってきて、その勢いのまま口を開く。
「あ、あの!私もお父さんに謝罪しなければなりません!!」
私の突然の謝罪宣言に南部辺境伯は目を丸くして私の方を見る。
「わ、私もお父さんを傷付けました。とても失礼で不躾なことを遠慮なく言ってしまいました。
確かに、自分の言ったことは何も間違ってはいないと思います。悪意もありません。ジュリアーナとお父さんのために言ったことです。
それでも、間違っていなければ、どれだけ失礼なことをしても、何を言っても、相手を傷付けても許されるわけではありません。私の言葉でお父さんを傷つけて苦しめてしまいました。
お父さんを傷つけ苦しめる意図が無いのに傷つけ苦しめてしまったのならば、それはやはり間違っていると思います。もっと言葉を選んでお父さんを傷付けないように気を付けるべきでした。
私の未熟さと配慮が足りないせいでお父さんを傷つけてしまいすみませんでした。申し訳ありませんでした!」
私は全然賢くはない。簡単に人を傷付けてしまう愚かな人間だ。
考えなしに間違ったことをやってしまい、後悔して反省して頭を下げて許しを請う人間だ。
そんな私の必死な謝罪を聞いた南部辺境伯はなぜか再び笑い出してしまった。
本当に何がそんなに面白いのかが分からない。
今度はすぐに笑うのを抑え込んで私に向き直った。
「──グフッ、ゴホッ、いや、すまない……。そうだな、其方の言葉は率直でとても鋭かった。儂の心を抉ったな。だが、其方の言葉には間違いも悪意も無かった。儂とジュリアーナのためにやったことだと理解できる。それでも相手を傷つけしまうものなのだな……。
分かった。ルリエラの謝罪を受け取り、其方を許そう。そして、儂もジュリアーナに謝ろう。ルリエラ、手伝ってくれるか?」
「は、はい!お父さん、ありがとうございます」
説得のためではなく、純粋に謝罪するために謝っただけだったのに、何故かそれによって南部辺境伯を説得することができた。
南部辺境伯がジュリアーナに謝罪したからといって、ジュリアーナとすぐに関係改善が図れる保証はない。
謝罪しても、その謝罪を相手が素直に受け取って許してくれるとは限らない。
相手が謝罪を拒否することもある。謝罪は受け取っても許してくれないこともある。
被害者が加害者のことを恨み憎み嫌い怒りが収まらなくて許せないなら、謝罪を拒否して、相手を拒絶し、関係を断つことができる。
被害者が加害者のことを恨み憎み嫌ってはおらず、怒ってもいないが、加害者のことをまだ信じられず関わり合いになりたくないときは、相手を許さずに謝罪だけは受け取り相手と関わらないこともできる。
謝罪を受け取ったからと言って、必ずしも相手を許して受け入れて仲良くしなければならない義務は無い。
謝罪を受け取るか受け取らないか、謝罪を受け取った後にどうするかは本人次第だ。
しかし、ジュリアーナと南部辺境伯は歪な状態だ。
謝罪の無い状態で相手を許さずに相手を疑いながらも信じて関わり合っている。
だから、南部辺境伯の謝罪でこの歪で拗れた関係が少しでも解けていくきっかけになることを期待している。
「あの、南部辺境伯、今後の日程なのですが……」
無事に目的を達成した意識的にしていた『お父さん』呼びを意識せずに元の『南部辺境伯』へと戻した。
そうするとそれまで南部辺境伯はとてもご機嫌な様子だったのに、なぜかその途端に不機嫌そうに目を細めた。
「……ルリエラ、其方は今後は儂のことを『南部辺境伯』ではなく、『おとうさん』と呼びなさい。対外的な手続きはまだ終わっていないが、既に儂と其方の間では養子縁組が成立している。契約書にサインした時点で儂は其方の養父となっているのだから、いつまでも他人行儀な呼び方では駄目だろう」
「え!え~と、先程までのは『ジュリアーナのお父さん』という意味での『お父さん』呼びだったのですが……。そ、その『養父様』という呼び方では駄目でしょうか……?」
南部辺境伯を『(私の)おとうさん』呼びは私にはハードルが高過ぎる。余りにも畏れ多くて精神的な負担が大き過ぎる。
私は必死に回避しようと悪足搔きを試みた。
「いや、それはおかしい。結婚した相手の親のことを『義父』とは呼ばずに『お義父さん』と呼ぶだろう?それと同じことだ。其方は今後は儂のことをお養父さんと呼びなさい」
南部辺境伯はとても良い笑顔を浮かべながら私の提案を却下した。
「わ、分かりました。お養父さん……」
せめて『お養父様』と呼ばせてもらいたかったが、それすらも何かしらの理由を付けて却下されそうだと思った私は大人しく南部辺境伯に従うことにした。
この呼び方に慣れるまで、私の精神はゴリゴリと削られていくだろう。
これが南部辺境伯の意趣返しなのかどうかは私では満足そうな南部辺境伯の顔から推し量ることができなかった。
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