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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

33 説得①

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 これから私は南部辺境伯を説得しなければならない。

 相手に望みがあり、本人が動く気はあるが、どうしたらいいのか分からないのなら相談に乗れる。
 しかし、相手に望みはあるが、自分から動こうとはしない相手をやる気を出させて自分から動いてもらうためには説得をしなければならない。

 相手が動く気が無いのに相手を動かすことは強要、相手が望まないのに相手を動かすことは脅迫だが、相手が望んでいることで相手にやる気を出させて動かすことは説得だ。

 やる気が無い相手にやる気を出させ、自分から自分の望みを叶えるために動いてもらう。
 私はただそれに協力するだけ。
 相手の望みを代わって叶えてあげることはできない。

 許しを得る、関係改善を図る、仲良くするという問題は本人同士の問題であり、他人は出しゃばれない。
 本人の誠意を相手に示さなければならないのだから、他人では肩代わりできないので、本人に頑張ってもらうしかない。

 だからこそ、本人にやる気を出してもらい、自分から積極的に動いてもらわなければならない。

 そうでないと相手に本人の誠意が伝わらない。

 望みがあるのなら自分から動かなければならない。
 相手を傷付けたなら謝らなければならない。
 許されたいなら相手に許す気になってもらわなければならない。
 相手の気持ちを変えるためには誠意を示さなければならない。

 何とか南部辺境伯にやる気を出させて南部辺境伯に動き出してもらわなければならない。
 そのように南部辺境伯の心を動かす言葉を私は必死に捻り出そうとした。

 「……あ、あの、せめて説明責任だけでも今から果たされたらどうですか?ジュリアーナも事情を知れば少しは態度が軟化されるかもしれません」

 責任感に訴えるという私の妥協案に南部辺境伯は渋面を浮かべて首を振った。

 「今さら過去のことを説明するのは言い訳がましいだろう。自分を正当化してジュリアーナを責めるようなことはしたくない。
 確かにあの娘のためにと思い色々してきたが、儂はそれを本人に知らせて恩を着せるつもりはない。
 恩を売って、借りを作らせて、そのせいで自分の気持ちに反してこちらを無理に許させたくはないのだ。
 これ以上負担にはなりたくない。苦しませるくらいなら、何も知らなくていい。あの娘の望むようにしてくれればそれでいい」

 私の妥協案程度では南部辺境伯の心は全く動かせなかった。

 私の耳障りの良い言葉では南部辺境伯の心を動かすことは不可能だろう。
 南部辺境伯の心を動かすには相手の感情を直接揺さぶる必要がある。
 そのくらいしなくては若輩者の私の言葉は南部辺境伯の心まで届かない。

 私は苦肉の策を取ることを決めて、決死の覚悟で口を開いた。
 
 「南部辺境伯、貴方の言っていることは優しく聞こえますが、要は『自分からは何もしない』ということですね。相手の気持ちを尊重するというのはとても聞こえが良いですが、要は他力本願です。
 自分は関係改善をしたいと思ってはいるが、自分から謝ることもしないし、説明責任も果たさないし、関係改善の努力もしない。
 自分から動けないのは相手のせい。相手が許してくれないせい。そういうことですね?」

 私は南部辺境伯の心を動かすために、南部辺境伯を正面から責めるようにして煽った。

 「──そんなことはない!」

 当然、南部辺境伯は私の言葉に怒りを露にして反論しようとする。私はその反論を許さず言葉を覆い被せる。

 「相手が望むなら、と言っていますが、ジュリアーナの望みが何か知っているのですか?ジュリアーナが本当に望んであのような態度を取っているとお思いですか?」

 私は必死に南部辺境伯に懇願するように訴えた。

 「……ジュリアーナは儂のことを恨んで憎んで嫌っているからあのような態度を取っているのだろう?こちらへの怒りがはっきりと分かる態度だ。許せないと思っているのは一目瞭然だ」

 南部辺境伯は私が何を訴えたいのかが分からないようで怒りよりも困惑が上回っている。

 確かにジュリアーナからは「絶対に許さない」という強い意志が感じられる。

 言葉よりも雄弁に彼女の態度がその意思を表明している。
 はっきりと「絶対に許さない」とアピールしているから、本人に全く許す気が無いように感じられる。
 何をやっても無駄のような、意味がないような、むしろ迷惑でしかないような、そんな不安に駆られる。

 ジュリアーナが態度を軟化させるまではただ耐えるしかない、と南部辺境伯が考えてしまうのも無理はない。

 でも、私にはそれがジュリアーナの本心には思えない。

 「ジュリアーナが本当に貴方を傷付けて苦しめるためにあのような態度を取っていると思っているのですか?
 ジュリアーナが好き好んで貴方を傷つけて苦しめていると思っているのですか?
 ジュリアーナが誰かを傷つけて楽しんだり、苦しめて喜ぶような人間だと見なしているのですか?
 自分の留飲を下げるためにあのような態度を取っていると信じているのですか?
 ジュリアーナが何を望んでいるかは私にも分かりません。でも、そのような人間ではないことだけは分かります」

 私が泣きそうになりながら必死にジュリアーナの人間性を訴えると南部辺境伯は狼狽えだした。

 「そ、それならどうしてあのような態度を取っているのだ?儂のことが嫌いで、許したくないからではないのか?」

 「ただ嫌いで許す気が一切無いのなら、相手に自分の気持ちを知らせる必要はありません。自分が怒っていること、許せないこと、嫌っていることを許さないと決めた相手にわざわざ教えてあげる必要はどこにもありません。
 ジュリアーナなら、本当に心の底から憎んで許せない相手でも、表面上は普通に接することができるはずです。
自分の感情など一切悟らせずに、利用するだけ利用すればいい。事務的に対応すればいい。感情を殺して、許せない相手であっても表面上だけの付き合いをすればいい。
 ジュリアーナが本当に貴方のことを許したくないと望んでいるからあのような態度を取っているとは私には思えません」

 ジュリアーナの態度は決して褒められたものではない。悪態と言ってもいい。相手に全力で敵意と悪意をぶつけている。
 「大嫌い」「許さない」「恨んでいる」と言葉にはしなくても態度にしっかりと出している。

 でも、「許さない」「恨んでいる」「大嫌い」と叫ぶように悪態をつく姿はとても無理をしていて苦しそうに見える。
 その態度の裏に「許したいのに許せない」「恨みたくないのに忘れられない」「嫌いたくないのに止められない」と反対を叫んでいるように見える。

 悪態は期待の裏返し。
 ジュリアーナは南部辺境伯に期待している。自分を救ってくれるのではないかと。

 幼い子が親に甘えるように。
 子が自分でも持て余す感情を、制御できない苦痛を、耐え難い苦しみを、親にぶつけて、親にどうにかしてくれと懇願している。
 子は自分の気持ち、痛み、苦しみを親が理解してくれることを期待している。
 子は自分の気持ちをすくい上げて親が解決してくれることを待っている。

 大人のジュリアーナが不器用に必死に親に甘えている。

 「自分はこんなに傷ついている」「自分はこんなに苦しんでいる」「自分はあなたにこんな酷い態度をとるほどに辛いんだ」と精一杯主張している。
 だから、こんな自分にした責任を南部辺境伯ちちおやは取るべきだと言外に迫っている。

 自分に謝って、慰めて、痛む傷を癒して、苦しみを消して、恨みを忘れさせて。
 わたしにあなたを許せるように努力してほしい。あなたのことを信じさせてほしい。

 悪態の裏に隠してそう求めている。甘えている。助けてと手を伸ばしている。

 また、これだけ分かりにくい態度を取るのは心から信頼されていないせいだ。

 素直に甘えられない、助けを求められないのは信頼が足りないから。
 傷つけられて警戒している。不安になっていて、恐怖心がある。
 また傷つけられるかもしれない。
 裏切られるかもしれない。
 助けてくれないかもしれない。
 理解してくれないかもしれない。
 怒られて責められるかもしれない。

 だから、自己防衛対策として悪態をついている。
 親が助けてくれなくても、怒っても、傷つけても、自分の態度が悪いせいだからと自己責任として諦められるように。

 これらは完全に私の私見だ。
 何の確証もない。
 私がそう見えた、そう感じた、そう思ったというだけで、何の根拠も無い。
 ジュリアーナに裏も取ってない。
 
 それでもそれ程的は外れていないはずだ。
 ジュリアーナは南部辺境伯を私の養父に勧めた。
 南部辺境伯が私の養父になることをジュリアーナが認めた。
 
 それはジュリアーナが南部辺境伯を心の底から恨んではいないことの証明であり、信頼の証だ。
 それはジュリアーナの態度とは矛盾している。

 だから私は南部辺境伯に必死に「ジュリアーナは救いを求めている」という自分の考えを説明した。

 「ジュリアーナ自身も本心と態度が矛盾している現状に苦しんでいると思います。だから、南部辺境伯から手を差し伸べてくれませんか?
 ジュリアーナの幸せを願うのなら、この苦しみからジュリアーナを解放してあげてください。それはその苦しみを与えた南部辺境伯にしかできません」

 南部辺境伯は私の拙い説得に一切言葉を挟まず黙って耳を傾けていた。
 
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