167 / 234
第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに
6 奇襲③ 証拠
しおりを挟む
私はどうにか二人と会話を試みた。
しかし、全く会話にはならなかった。
こちらが発した言葉の表面上の意味は通じる。
でも、なぜか勝手にあちらの都合のいいように解釈されてしまい、内容が改変されてしまう。
会話は言葉のキャッチボール。
でも、あの二人に投げた私のボールは届かない。二人の前に作られている見えない壁に阻まれて全部落ちてしまう。
二人は投げられたボールを受け取らず、そのボールを見るだけしかしない。そして、自分達のボールを一方的にこちらにぶつけてくる。
キャッチボールではなくドッチボールをしている気分。
私は二人のあまりにも意味不明な動きをするボールを上手に受け止めることができず、体にぶつけて全部取りこぼしている。
二人は私にボールが当たっていても何も感じていないようだ。
上手く取れない方が悪い。正しく受け止めない方が悪い。
上手く取れない相手に非があると見做して一方的にボールを投げてぶつけ続けてくる。
ぶつける相手への配慮は一切なし。
それでも私は二人に自分は「マルグリット」ではなく「ルリエラ」であると語り掛け続けた。
でも、二人は頑なに私が「ルリエラ」であることを受け入れず、「マルグリット」だと主張する。
私と自称本物の両親とのやり取りは何度も堂々巡りをし、平行線を辿る。
「……そんなに私のことを『マルグリット』であると主張するならばその根拠を示していただけないでしょうか?」
業を煮やした私は言葉での説得や話し合いを諦めて「証拠を出せ」と直接的に要求した。
「あなたはマルグリットよ!なぜそんなおかしなことを言うの?あたし達のことを疑っているの!?」
女が自分たちが疑われていることにやっと気付いて被害者ぶり始めてしまった。
「親に向かってそのようなことを言うなど、どんな教育をされてきたのか……。孤児院育ちというのだから仕方がないのかもしれないが、これからは僕達が躾けし直さないといけないね。大丈夫、マルグリットはまだ成人していない。僕達なら成人までにマルグリットを再教育できるよ」
男は私を育ちの悪い子どもを見るかのように見下した目付きで睨んだ後、女に向かって慰めの言葉を掛けた。
男に向かって「お前たちに育てられるよりは絶対にまともな人間に育っている」と吐き捨てたくなる衝動を抑え込み、表情筋が動かないように冷静な顔を必死に維持する。
感情的になっては負けだ。
本日何度目になるか忘れたが、懸命に自分にそう言い聞かせる。
「門前で私の産みの親である証拠を持ってきていると申し出ていたのは嘘だったのでしょうか?虚偽による面会の申し込みということでしたら私はこれで失礼させていただきます」
これ以上この二人に真面目に付き合っていては忍耐力の限界を突破してしまう。
私は二人に容赦なく最後通牒を叩きつけた。
「あたし達は嘘なんか吐いていないわ!なんでそんな酷いことを言うの……」
「僕達のことを嘘つき呼ばわりとは無礼にも程がある!そんなものがなくても直接会って話せばマルグリットは分かってくれると思っていた僕達が間違いだったようだね。残念だよ」
二人はのうのうと被害者面をして素直に理解して受け入れないこちらが悪者であるかのように責めるようなことを言いながら悲しみに酔っている。
私は何も答えず、二人を冷たく見つめて証拠を出すのを静かに待った。
その無言の圧力に耐えかねたのか、男が動いた。
「分かった、証拠を見せよう。ほら、これだ!」
男は懐から一枚の紙を取り出して卓に叩きつけた。
「……これは、出生届、の控えですね?父親はマルコシアス・リース男爵、母親はブリジット・リース男爵夫人、生まれた子どもはマルグリット・リース。……証拠はこれだけですか?」
はっきり言って肩透かしをくらった。
こんなものは証拠にはならない。
確かに二人の間に「マルグリット・リース」という娘がいたことの証拠にはなるが、それが私であるという確実な証拠にはならない。
私は内心で安堵とする。
こんなとんでもない男女が私の実の親ではない可能性が高くなったことに。
「──これだけとはどういう意味だ!」
「お二人にマルグリットというお嬢様がいらっしゃることは分かりましたが、それが私である証拠はございません」
正直にはっきりとそう告げる。
「ここに書いてあるマルグリットの容姿とあなたは一致しているわ。年齢も同じよ。あなたがあたし達のマルグリットなのよ!」
紙には確かに生まれた子どもの名前と性別と髪と瞳の色と生まれた日付などが書いてある。
そこには「名前はマルグリット・リース、性別は女、髪は黒色、瞳は青色」と記され、生年月日は私が産まれたと予想されている年と同じではあった。
私の容姿の特徴や年齢はこの紙に書かれているマルグリットと一致している。
しかし、私がこのマルグリットという人間であるならば当然の疑問が生まれる。
「私があなた方の娘のマルグリットであるならば、なぜ私は田舎の孤児院に捨てられていたのでしょうか?」
「そんなのはこちらが聞きたい!!マルグリットは生後2ヶ月の頃に誘拐されたんだ!」
男が逆ギレしながらも、叫ぶように私の質問にまともに答えてくれた。
生後2ヶ月で誘拐されてこれまで行方不明だった娘と私が同一人物であると二人がそこまで信じている根拠が不明だ。
私が質問しようと再び口を開こうとした瞬間、女が先に口を開いた。
「親切な方が教えてくれたのよ。あたし達のマルグリットがここにいるって。だからあたし達はあなたを迎えに来たのよ」
疑問がまた一つ増える。
その親切な方とは一体誰だ?
怪しいことこの上ない。
その不信感を表情に出さないように気を付けてその人物について尋ねようとした瞬間、今度は男が先に動いた。
「そうだ!証拠ならもう一つある。この絵を見てくれ」
男はそう言って鞄から布に包まれた小さな長方形の箱のようなものを取り出した。布を取るとそれは額縁であることが分かる。男はその額縁を絵が見えるように卓の上に立てて置いた。
私は絵が何の証拠になるのかと不信に思いながら渋々言われた通りにその絵に目を向ける。
しかし、その絵を一目見た瞬間、私は目を見張り言葉を失い呼吸も止まった。
その額縁の中には私が知っている女性の姿が描かれていた。
しかし、全く会話にはならなかった。
こちらが発した言葉の表面上の意味は通じる。
でも、なぜか勝手にあちらの都合のいいように解釈されてしまい、内容が改変されてしまう。
会話は言葉のキャッチボール。
でも、あの二人に投げた私のボールは届かない。二人の前に作られている見えない壁に阻まれて全部落ちてしまう。
二人は投げられたボールを受け取らず、そのボールを見るだけしかしない。そして、自分達のボールを一方的にこちらにぶつけてくる。
キャッチボールではなくドッチボールをしている気分。
私は二人のあまりにも意味不明な動きをするボールを上手に受け止めることができず、体にぶつけて全部取りこぼしている。
二人は私にボールが当たっていても何も感じていないようだ。
上手く取れない方が悪い。正しく受け止めない方が悪い。
上手く取れない相手に非があると見做して一方的にボールを投げてぶつけ続けてくる。
ぶつける相手への配慮は一切なし。
それでも私は二人に自分は「マルグリット」ではなく「ルリエラ」であると語り掛け続けた。
でも、二人は頑なに私が「ルリエラ」であることを受け入れず、「マルグリット」だと主張する。
私と自称本物の両親とのやり取りは何度も堂々巡りをし、平行線を辿る。
「……そんなに私のことを『マルグリット』であると主張するならばその根拠を示していただけないでしょうか?」
業を煮やした私は言葉での説得や話し合いを諦めて「証拠を出せ」と直接的に要求した。
「あなたはマルグリットよ!なぜそんなおかしなことを言うの?あたし達のことを疑っているの!?」
女が自分たちが疑われていることにやっと気付いて被害者ぶり始めてしまった。
「親に向かってそのようなことを言うなど、どんな教育をされてきたのか……。孤児院育ちというのだから仕方がないのかもしれないが、これからは僕達が躾けし直さないといけないね。大丈夫、マルグリットはまだ成人していない。僕達なら成人までにマルグリットを再教育できるよ」
男は私を育ちの悪い子どもを見るかのように見下した目付きで睨んだ後、女に向かって慰めの言葉を掛けた。
男に向かって「お前たちに育てられるよりは絶対にまともな人間に育っている」と吐き捨てたくなる衝動を抑え込み、表情筋が動かないように冷静な顔を必死に維持する。
感情的になっては負けだ。
本日何度目になるか忘れたが、懸命に自分にそう言い聞かせる。
「門前で私の産みの親である証拠を持ってきていると申し出ていたのは嘘だったのでしょうか?虚偽による面会の申し込みということでしたら私はこれで失礼させていただきます」
これ以上この二人に真面目に付き合っていては忍耐力の限界を突破してしまう。
私は二人に容赦なく最後通牒を叩きつけた。
「あたし達は嘘なんか吐いていないわ!なんでそんな酷いことを言うの……」
「僕達のことを嘘つき呼ばわりとは無礼にも程がある!そんなものがなくても直接会って話せばマルグリットは分かってくれると思っていた僕達が間違いだったようだね。残念だよ」
二人はのうのうと被害者面をして素直に理解して受け入れないこちらが悪者であるかのように責めるようなことを言いながら悲しみに酔っている。
私は何も答えず、二人を冷たく見つめて証拠を出すのを静かに待った。
その無言の圧力に耐えかねたのか、男が動いた。
「分かった、証拠を見せよう。ほら、これだ!」
男は懐から一枚の紙を取り出して卓に叩きつけた。
「……これは、出生届、の控えですね?父親はマルコシアス・リース男爵、母親はブリジット・リース男爵夫人、生まれた子どもはマルグリット・リース。……証拠はこれだけですか?」
はっきり言って肩透かしをくらった。
こんなものは証拠にはならない。
確かに二人の間に「マルグリット・リース」という娘がいたことの証拠にはなるが、それが私であるという確実な証拠にはならない。
私は内心で安堵とする。
こんなとんでもない男女が私の実の親ではない可能性が高くなったことに。
「──これだけとはどういう意味だ!」
「お二人にマルグリットというお嬢様がいらっしゃることは分かりましたが、それが私である証拠はございません」
正直にはっきりとそう告げる。
「ここに書いてあるマルグリットの容姿とあなたは一致しているわ。年齢も同じよ。あなたがあたし達のマルグリットなのよ!」
紙には確かに生まれた子どもの名前と性別と髪と瞳の色と生まれた日付などが書いてある。
そこには「名前はマルグリット・リース、性別は女、髪は黒色、瞳は青色」と記され、生年月日は私が産まれたと予想されている年と同じではあった。
私の容姿の特徴や年齢はこの紙に書かれているマルグリットと一致している。
しかし、私がこのマルグリットという人間であるならば当然の疑問が生まれる。
「私があなた方の娘のマルグリットであるならば、なぜ私は田舎の孤児院に捨てられていたのでしょうか?」
「そんなのはこちらが聞きたい!!マルグリットは生後2ヶ月の頃に誘拐されたんだ!」
男が逆ギレしながらも、叫ぶように私の質問にまともに答えてくれた。
生後2ヶ月で誘拐されてこれまで行方不明だった娘と私が同一人物であると二人がそこまで信じている根拠が不明だ。
私が質問しようと再び口を開こうとした瞬間、女が先に口を開いた。
「親切な方が教えてくれたのよ。あたし達のマルグリットがここにいるって。だからあたし達はあなたを迎えに来たのよ」
疑問がまた一つ増える。
その親切な方とは一体誰だ?
怪しいことこの上ない。
その不信感を表情に出さないように気を付けてその人物について尋ねようとした瞬間、今度は男が先に動いた。
「そうだ!証拠ならもう一つある。この絵を見てくれ」
男はそう言って鞄から布に包まれた小さな長方形の箱のようなものを取り出した。布を取るとそれは額縁であることが分かる。男はその額縁を絵が見えるように卓の上に立てて置いた。
私は絵が何の証拠になるのかと不信に思いながら渋々言われた通りにその絵に目を向ける。
しかし、その絵を一目見た瞬間、私は目を見張り言葉を失い呼吸も止まった。
その額縁の中には私が知っている女性の姿が描かれていた。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
42
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる