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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに
5 奇襲② 呼び名
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ライラが来客に対して冷静にお茶を勧めてくれたことでやっと無遠慮な女の束縛から解放された。
自称本物の両親の男女と卓を挟んで向かい合って座りお茶を飲む。お茶を飲みながら相手に気付かれないようにこっそりと、でも、じっくりと男女を観察する。
男の方は30代後半くらいでくせ毛の強い焦げ茶の髪に灰色の瞳をしている。平均的な顔立ちと体型をしていて少し垂れ目気味の瞳が常に微笑んでいるように見える。
よく言えば温和で優しそうな人。悪く言えば平凡で地味でお人好しで押しに弱そう。
女の方は黒髪黒目で年齢は不詳。多分男と同じくらいかもしれないが、若作りというか幼さを感じさせる。体型は小柄な私よりも少し小さく、顔も小さくて目はぱっちりと大きく目鼻立ちが整っている。若い頃はそれなりに可愛らしい美少女だったのだろうという名残りはある。
だが、子どものように無邪気ににこにこと微笑みを浮かべていても年齢による肌の衰えなどが見える顔には、本人は若い頃のままのつもりらしい可愛らしい化粧や装いが今の年齢と釣り合っていなくて違和感を覚える。
このように観察しているだけでは本物なのか偽物なのか分からない。
私は意を決して早速本題に切り込むことにする。
「……わざわざ私に会いにこちらに来られたそうですが、私に何かご用でしょうか?」
「まあ!嫌だわ、そんな他人行儀な冷たいことを言わないで。あたしはあなたのお母さんなのに……」
女は大袈裟に悲しそうな表情を浮かべて傷つけられたと言わんばかりに涙を浮かべている。
「そうだよ、マルグリット。お母様にそのような言い方は良くないよ」
男は微笑みを浮かべているような表情のままで私を変な名前で呼んでやんわりと言葉遣いを注意する。
的外れな注意をどう受け止めればいいのか分からず、とりあえずそちらは流して先程から気になっていたことを尋ねてみる。
「……マルグリットとは誰のお名前でしょうか?」
「そんなのあなたの名前に決まっているでしょう!あたしはブリジットでこの人がマルコシアス。あたしたち二人の名前からあなたが産まれたときにマルグリットと名付けたのよ」
先程まで浮かべていた涙をすぐに引っ込めて、満面の笑みを浮かべて嬉しそうに女が説明にならない意味不明な説明をする。
女の可愛らしいつもりのあざとい仕草や口調や装いが10代であれば庇護欲を唆られるような魅力的なものに見えたかもしれないが、30代でそれをされると大人なのに大人になれなかった可哀想な人か自分が大人になったことに気付いていない間抜けな人にしか見えない。
「とても良い名前だろう。僕たちが結婚したときに女の子が生まれたらそう名付けようと夢見ていた名前なんだよ」
男がマルグリットという名前を自信たっぷりに自慢している。
男ののんびりとした仕草や口調や態度は一見すると優しげに見えるが、ただ単に他人の感情に鈍感で頭の働きが鈍いだけのようだ。
「……あの、私の名前は『マルグリット』ではなく『ルリエラ』です。この学園の認定理術師のルリエラです。お間違いのないようお願い致します」
「──そ、そんな!酷いわ!!あたしたちが一生懸命考えた名前が気に入らないからって他の名前で呼ぶように言うなんて!」
「そうだぞ!子どもが親の付けた名前に文句を言うなんて許されることではない。お母様に謝りなさい!!」
変な名前で呼ばないでほしくて訂正をお願いしたら、女は泣き出し、男は怒り出した。
ここまで非常識で無遠慮で馴れ馴れしくて距離が近い人間は初めてだ。
これまでの自称両親連中は図々しくて礼儀が無かっただけだった。
それでも、それなりに初対面の他人同士のある程度の距離感は保てていた。
それがこの二人には無い。
これまでの自称両親連中が真面な人間に思えてくる。
これまでの自称両親連中も大概ではあった。
無礼で礼儀知らずで厚かましくて図々しくて無神経で非常識で常識知らずだった。
非常に腹立たしい思いをさせられたし、今思い出しても苛立ちが募る。
でも、この人たちは違う。
これまでの自称両親連中を通り越している。飛び越えている。
もう住んでいる世界が違う。
会話が成立しない。
言葉が通じない。
常識以前の問題。
礼儀以前の問題。
化け物や宇宙人などの人ではない生き物と一生懸命言葉によるコミュニケーションを取ろうとして徒労に終わっている感じ。
得体の知れない相手に恐怖すら感じる。
苛立ちや腹立ちよりも怖いと感じる。
これまでの両親連中は私という人間個人を見てはいなかったが、そこに利用価値のある人間がいることは認識していた。どのように利用しようかと舌舐めずりしながらコミュニケーションを図ろうとしていた。だから、私の言葉を聞いて、話して、会話をすることができていた。
でも、この人たちは私のことを見てもいないし言葉を聞いても話を聞いていないから会話が成立しない。
この人たちは自分に都合のいいことしか聞かないし言わないし考えないし感じないようだ。
完全に自分たちの世界に閉じこもって生きていて、他人をその世界に引きずり込もうとしている。
自分たちにとって耳障りの良い言葉や楽しい話題、都合の良い事柄だけしか耳に入らないし目に入らない。
自分たちにとって都合の悪いものは全て無視して無かったことにする。
自分たちにとって嫌なこと、辛いこと、苦しいことは見ない、聞かない、触れない、知らない、で済ましてしまう。
とても無責任で怠惰で愚かな人間。
自分たちさえ良ければ他人などどうでもいい。
他人が傷ついても苦しんでも無関心で無責任な超自分本位な人間。
こんなのが実の両親だったら嫌だな、とそんなことを思いながら現実逃避してしまいたくなる。
この人たちから一刻も早く私の産みの親である証拠とやらを掴もう。
現実逃避しそうな自分の心を叱咤して、会話が成立しない相手とどうやってコミュニケーションを取ればいいのかと絶望的な気分になりながらも、私は何とか泣いている女と怒っている男に冷静に話しかけながら宥めすかした。
自称本物の両親の男女と卓を挟んで向かい合って座りお茶を飲む。お茶を飲みながら相手に気付かれないようにこっそりと、でも、じっくりと男女を観察する。
男の方は30代後半くらいでくせ毛の強い焦げ茶の髪に灰色の瞳をしている。平均的な顔立ちと体型をしていて少し垂れ目気味の瞳が常に微笑んでいるように見える。
よく言えば温和で優しそうな人。悪く言えば平凡で地味でお人好しで押しに弱そう。
女の方は黒髪黒目で年齢は不詳。多分男と同じくらいかもしれないが、若作りというか幼さを感じさせる。体型は小柄な私よりも少し小さく、顔も小さくて目はぱっちりと大きく目鼻立ちが整っている。若い頃はそれなりに可愛らしい美少女だったのだろうという名残りはある。
だが、子どものように無邪気ににこにこと微笑みを浮かべていても年齢による肌の衰えなどが見える顔には、本人は若い頃のままのつもりらしい可愛らしい化粧や装いが今の年齢と釣り合っていなくて違和感を覚える。
このように観察しているだけでは本物なのか偽物なのか分からない。
私は意を決して早速本題に切り込むことにする。
「……わざわざ私に会いにこちらに来られたそうですが、私に何かご用でしょうか?」
「まあ!嫌だわ、そんな他人行儀な冷たいことを言わないで。あたしはあなたのお母さんなのに……」
女は大袈裟に悲しそうな表情を浮かべて傷つけられたと言わんばかりに涙を浮かべている。
「そうだよ、マルグリット。お母様にそのような言い方は良くないよ」
男は微笑みを浮かべているような表情のままで私を変な名前で呼んでやんわりと言葉遣いを注意する。
的外れな注意をどう受け止めればいいのか分からず、とりあえずそちらは流して先程から気になっていたことを尋ねてみる。
「……マルグリットとは誰のお名前でしょうか?」
「そんなのあなたの名前に決まっているでしょう!あたしはブリジットでこの人がマルコシアス。あたしたち二人の名前からあなたが産まれたときにマルグリットと名付けたのよ」
先程まで浮かべていた涙をすぐに引っ込めて、満面の笑みを浮かべて嬉しそうに女が説明にならない意味不明な説明をする。
女の可愛らしいつもりのあざとい仕草や口調や装いが10代であれば庇護欲を唆られるような魅力的なものに見えたかもしれないが、30代でそれをされると大人なのに大人になれなかった可哀想な人か自分が大人になったことに気付いていない間抜けな人にしか見えない。
「とても良い名前だろう。僕たちが結婚したときに女の子が生まれたらそう名付けようと夢見ていた名前なんだよ」
男がマルグリットという名前を自信たっぷりに自慢している。
男ののんびりとした仕草や口調や態度は一見すると優しげに見えるが、ただ単に他人の感情に鈍感で頭の働きが鈍いだけのようだ。
「……あの、私の名前は『マルグリット』ではなく『ルリエラ』です。この学園の認定理術師のルリエラです。お間違いのないようお願い致します」
「──そ、そんな!酷いわ!!あたしたちが一生懸命考えた名前が気に入らないからって他の名前で呼ぶように言うなんて!」
「そうだぞ!子どもが親の付けた名前に文句を言うなんて許されることではない。お母様に謝りなさい!!」
変な名前で呼ばないでほしくて訂正をお願いしたら、女は泣き出し、男は怒り出した。
ここまで非常識で無遠慮で馴れ馴れしくて距離が近い人間は初めてだ。
これまでの自称両親連中は図々しくて礼儀が無かっただけだった。
それでも、それなりに初対面の他人同士のある程度の距離感は保てていた。
それがこの二人には無い。
これまでの自称両親連中が真面な人間に思えてくる。
これまでの自称両親連中も大概ではあった。
無礼で礼儀知らずで厚かましくて図々しくて無神経で非常識で常識知らずだった。
非常に腹立たしい思いをさせられたし、今思い出しても苛立ちが募る。
でも、この人たちは違う。
これまでの自称両親連中を通り越している。飛び越えている。
もう住んでいる世界が違う。
会話が成立しない。
言葉が通じない。
常識以前の問題。
礼儀以前の問題。
化け物や宇宙人などの人ではない生き物と一生懸命言葉によるコミュニケーションを取ろうとして徒労に終わっている感じ。
得体の知れない相手に恐怖すら感じる。
苛立ちや腹立ちよりも怖いと感じる。
これまでの両親連中は私という人間個人を見てはいなかったが、そこに利用価値のある人間がいることは認識していた。どのように利用しようかと舌舐めずりしながらコミュニケーションを図ろうとしていた。だから、私の言葉を聞いて、話して、会話をすることができていた。
でも、この人たちは私のことを見てもいないし言葉を聞いても話を聞いていないから会話が成立しない。
この人たちは自分に都合のいいことしか聞かないし言わないし考えないし感じないようだ。
完全に自分たちの世界に閉じこもって生きていて、他人をその世界に引きずり込もうとしている。
自分たちにとって耳障りの良い言葉や楽しい話題、都合の良い事柄だけしか耳に入らないし目に入らない。
自分たちにとって都合の悪いものは全て無視して無かったことにする。
自分たちにとって嫌なこと、辛いこと、苦しいことは見ない、聞かない、触れない、知らない、で済ましてしまう。
とても無責任で怠惰で愚かな人間。
自分たちさえ良ければ他人などどうでもいい。
他人が傷ついても苦しんでも無関心で無責任な超自分本位な人間。
こんなのが実の両親だったら嫌だな、とそんなことを思いながら現実逃避してしまいたくなる。
この人たちから一刻も早く私の産みの親である証拠とやらを掴もう。
現実逃避しそうな自分の心を叱咤して、会話が成立しない相手とどうやってコミュニケーションを取ればいいのかと絶望的な気分になりながらも、私は何とか泣いている女と怒っている男に冷静に話しかけながら宥めすかした。
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