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第7章 私はただ自由に空が飛びたいだけなのに

2 爆弾② 地雷

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 私の表情は不自然に固まり、場には不穏な沈黙が落ち、部屋の空気が凍りついた。

 私の様子に気づいたライラも自分の失言に気付いて、しまったという表情を浮かべて気まずそうに私の様子を伺っている。

 ライラとしてはそれほど深い意味の無い、本気ではなく単なる夢や仮定のような軽い話だったのだろう。
 私が笑って軽く受け流すか、笑いつつ同意をするか、笑いながら否定するか程度の反応しか予想していなかったに違いない。

 しかし、私にとってジュリアーナと産みの親をセットにした話は地雷に等しい話題だ。
 笑い話にできるほど軽い扱いはできないくらいにその話題は重くて深い。
 
 これが相手がライラでなければ本気で怒っていた。
 怒りに任せて、「失礼なことを言うな!」「プライベートなことに口を挟むな!」「あなたに何の関係があるの?」などと言ってばっさり関係を断ち切っていた。

 でも、ライラ相手には怒りは湧いてこない。だからこそ固まってしまった。
 
 固まりながら色々と考えたが、私は諦めた。
 真剣な話ではなかったが、私は真剣で真面目な話としてライラに正直に自分の胸のうちをさらけ出すことに決めた。

 ここで下手に取り繕ったり、変に誤魔化したり、嘘を吐いたりする必要も意味も無い。
 ライラ相手なら自分の心を隠すよりも理解してもらうほうがいい。

 そう結論が出た私は姿勢を正して座り直し、真剣な表情でライラを見つめる。

 その中に怒りや苛立ちや不安は無い。

 重大な秘密を打ち明けようとしている緊張感みたいなものが漂っている。

 ライラもその空気に当てられて姿勢を正した。

 「……ライラ姉ちゃん、私はジュリアーナが自分の産みの親ではないことを願っているけど、ライラ姉ちゃんはどうしてジュリアーナが私の産みの親かもしてないと思ったの?」

 「──え!?ジュリアーナ様が産みの親ではないほうがいいの!?なんで?!」

 ライラは私の言葉に驚き過ぎて、私の質問には答えずに逆に質問してくる。

 「……なんでって、それはそうでしょう?自分を産み捨てた親が本当のことを言わないまま自分が産み捨てた子に何食わぬ顔で接しているなんて不誠実で卑怯で最低でしょう?私はジュリアーナはそんな人だとは思わないし、思いたくもない」

 「………で、でも何か理由があって言えないだけかもしれないし……」

 なぜかライラはジュリアーナが私の産みの親であることを望んでいて、その望みを簡単には捨てたくないようだ。
 
 「私はジュリアーナのことが好きだよ。人として尊敬もしている。あんな人になりたいという憧れもある。でも、それは私の産みの親かもしれないとか、血の繋がりがあるかもしれないからという理由ではない。ジュリアーナという人間とのこれまでの付き合いからそう思ったの。ジュリアーナの人となりや私への態度とかこれまでジュリアーナとの間に実際に積み重ねてきた関わりからそう感じたんだよ。
 もし、万が一ジュリアーナが私の産みの親であったら、私はどんな理由があったとしても『裏切られた』と感じてしまってこれまで通りジュリアーナと付き合っていける自信がない」

 「……そうかもしれないけど、でも…」

 私はライラの反論に言葉を被せて反論を封じる。
 
 「それに、ジュリアーナにも血の繋がりとか関係なく私自身を気に入ってくれたから、親切にしてくれているほうが嬉しい。私ではなく血の繋がりだけを重視して、それだけを理由に大切にしてくれているのなら私は悲しい。私自身の人間性とかはどうでもいいということになってしまうから」

 私の言葉にライラは完全に沈黙した。

 ちょっと言い過ぎたかと心配していると、
 
 「……そうだね。ルリエラの言う通りだと思う……。ごめん!無責任に変なことを言ってしまった」

 ライラはそう言って頭を下げて謝ってくれた。
 ライラが私の話を理解してくれたのならそれでいい。元々怒ってはいないのだから。

 「あのね、正直に打ち明けると、私もジュリアーナが私の産みの親かもしれないと想像したことはあるよ。でも、やっぱりジュリアーナが何も言わないのなら違うと思うんだ」

 私は許すという代わりに正直に自分もライラと同じことを考えたことがあると少し恥ずかしがりながら打ち明けた。

 「そうだね。ジュリアーナ様が産みの親なら言わない理由は無いよね。そもそも子を捨てる理由も無いはずだし」

 ライラは私が謝罪を受け入れて、何も気にしていないことを理解してくれたようだ。互いの緊張が解けて、場の空気が和らいで打ち解けたものに変わる。

 冷静に考えれば、ジュリアーナが自分の子を手放す理由などどこにも見当たらない。商会の会長として経済的に裕福であり、ある程度の権力なども持っている。
 そんな人が自分が産んだ子を手放す理由は見当もつかない。
 万が一、理由があって自分が産んだ子を手放していたとしても、その子をずっと放置し、あまつさえ素性や事情を隠して手放した子と交流するなどあり得ない。
 どう考えてもジュリアーナが私の産みの親と考えるのは無理がある。

 「それなのにどうしてライラはジュリアーナが私の産みの親かもしれないと思ったの?顔とかは特に似ていないよ。瞳の色は似ているけど、他にも同じような色の人は学園に何人かいたし」

 私はもう一度最初の質問をライラに投げ掛ける。

 「えっと、その、証拠があるわけではなくて、勘のようなものというか希望的観測でしかないけど……、ルリエラと二人きりのときのジュリアーナ様は本当に優しくて温かい目をしているから。ジュリアーナ様のような人がルリエラの産みの親だったらいいなという希望的観測のようなものを抱いてしまったの。ジュリアーナ様が産みの親なら何もかもが上手くいくような気がして……。でも、ルリエラの話を聞いたらジュリアーナ様が産みの親とは思えないね」

 特に大した理由や根拠があったわけではなく、ただの勘と希望でしかなかったと正直にライラは打ち明けた。
 最初から真面目な話ではなく、単なる会話の中の話題の一つとしてポロリと溢れてしまったものだから仕方ないのだろう。

 「特別扱いをしてもらっている自覚はあるけど、その理由までは分からないな。単純に私という人間を気に入って目を掛けてくれているだけだといいんだけど……」

 「──ごめんね!不安にさせるようなことを言ってしまって!!」

 「大丈夫だよ。ジュリアーナにどんな理由や思惑があっても、私がやることは変わらない。ジュリアーナとの今の関係が維持できるように努力すればいいだけだから。私がただこれからもジュリアーナと仲良くしていきたいだけだからね!」

 私は安心させるようにライラに笑顔で決意表明をした。

 「それならわたしはルリエラとジュリアーナ様がずっと仲良くいられるようにその手伝いをするね!」

 ライラも私とジュリアーナとの仲が良好に維持できるように応援してくれるみたいで心強い。

 こうしてライラからの手榴弾は爆発したが私の地雷は爆発せず、私とライラの間に「ジュリアーナはルリエラの産みの親ではない」という共通認識が形成された。




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