私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

31 否定の否定

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 「──ルリエラ」

 そう私に呼び掛けるライラの声は思いの外優しくて、叱られると身構えていた私は虚を突かれた。ライラはその優しい声のままで話続ける。

 「自分のことを身勝手で自己中心的で我儘だと責めていたけど、わたしはルリエラのことをそんなふうに思ったことはないよ。
 親のことを知りたいと望むのは子なら当たり前のことだから……、あ!でも、親のことを知りたくない、親に会いたくないという子もいるけど、それも当然のことだよ!」

 私はライラの言っている言葉の意味が分からず、正直に首を傾げる。
 ライラも自分が意味不明なことを言っていると思ったのか、一度咳払いをして、改めて言い直す。

 「……あのね、子が親に他の人とは違う特別な感情を抱くことは責められることではない、ということが言いたかったの。
 ルリエラは自分の親のことを全く知らないから親は無関係の赤の他人と同じだと言ったけど、あなたの親なのだから無関係ではない。今の生活に直接的な関わりは無いけれど、赤の他人とは違って、親と子という関係がある間柄なんだよ。だから、子が親について赤の他人とは異なる特別な感情を抱くのは当たり前のことだからね。
 それは責められることではないし、その感情を抱いてその感情を捨てられないこと、変えられないことは我儘でも自分勝手でもない」

 ライラの声は優しいが言葉は強く、目はとても強い意思を込めて私を見ている。まるで怒っているか、睨みつけているかのようにも見えるが、必死に私に言い聞かせようとしているだけだ。
 叱られ慣れてそう理解している私は臆せずにライラに自分の意見をぶつけることができる。
 
 「……でも、私にとっては親という人間は知らない何の関係も無い人でしかないよ。大事でもないし、愛してもいない。恋しくもない。懐かしくもない。私と親との間には何もない。ライラとは違うよ…」

 「──違わない。親が親であること、子が子であるということは同じだよ。その事実に違いなんて無い。知っていようが知らなかろうが、愛していようが愛してなかろうが、嫌っていようが嫌ってなかろうが、親が親であり、子が子であることに変わりはない。親子という事実関係があることは変わらない。
 だから、子が親に会いたいと思うのは当たり前のこと。当然、子が親に会いたくないと思うのも当たり前のこと。ルリエラとは逆に親に会いたくないという気持ちの人がいるのも当然のこと。理由があろうがなかろうが、感情的に会いたくないと思う人もいる。絶対に会いたくないと思うならそれでもいいし、会いたいと思うならそれでいい。
 どちらでもいいんだよ。
 親についてどう思うかは子の自由だから。親に何を想い、何を望んでもそれは子の自由。決まりなんてない。ルリエラの好きにしたらいい」

 ライラは首を振って私の言葉を全否定した。 

 「でも、今現在何の関わりも無い人に迷惑をかけるわけにはいかないよ……」

 「それは気を遣いすぎだよ。相手に対して最低限の配慮や礼儀やマナーは必要かもしれない。でも、会いたいという気持ちまで抑える必要はないよ。相手にその気持ちまで迷惑と言われる筋合いはない。会いたいという気持ちを迷惑だと否定し、その気持ちを責める親は親の方が間違っている。
 もし、親に会いたいというルリエラの気持ちを否定し非難して迷惑だと拒絶する親だとしても、あなたは何も悪くない。あなたが会いたいと求める気持ちは自由だよ。それは当人である親であっても強制できるものではないから。
 だから、相手のことは気にしなくていい。自分の気持ちを抑えなくていい。不安にならなくていい。怯えなくていい。恥ずかしがらなくていい。
 会いたいという気持ちに間違いも正しいもない。また、会いたくないという気持ちにも間違いも正しいもない。ルリエラの自由でいい。気持ち自体を遠慮する必要なんてどこにもないから」

 「で、でも……」

 私は素直にライラの言葉を受け入れることができずに反射的に反論を口にしようとするが、上手く言葉が出てこない。

 そんな私を見て、ライラは一転して弱々しく悲しげな表情を浮かべた。

 「……ルリエラはわたしが会えもしない死んだ両親に成人した今でも会いたいと思っていることをおかしいと思う?親離れできてないと笑う?我儘だと非難する?弱い人間だと哀れむ?」

 突然のライラの弱々しくて悲しげな表情と言葉に動揺して私は慌てて反論する。 

 「──そんなこと思わない!そんなことを思う人がいたらその人の方がおかしい!間違っている!!………でも、私はライラとは違う。私はライラみたいに純粋に親に会いたいわけではないから…」

 私がそのように反論すると、先程までの弱々しげな様子は一瞬にして消えて、元のライラに戻った。

 「理由や目的なんて何でもいいんだよ。気持ちにそんなものは必要ない!意味なんてない!
 『会いたいものは会いたい』、ただそれだけだよ。『知りたいから会いたい』、それでいいんだよ。
 『会いたいから会いたい』と純粋にそう望まなければ不純で自分勝手で我儘というものではない。どんな理由であれ、『子が親に会いたい』でいいんだよ」

 私はライラに反論を封じられて何も言えなくなった。でも、それでもライラの言葉を素直に受け入れることができず、ライラと向き合っていられなくなり俯いてしまう。

 これまでも声だけは優しかったが、一層優しげな声でライラは俯いている私に話しかけた。

 「ルリエラ、あなたはとても優しいね。わたしはあなたのことしか考えていなかったのに。
 わたしはあなたの親のことなんて微塵も頭に無かった。あなたのこと最優先であなたの望みが叶うことだけしか考えていなかった。あなたの親の気持ちも、あなたの親の都合も事情も一切考慮せず、子が会いたいなら親はそれに応えるのが当然だと思い込んでいた。
 そんなわたしと違ってあなたは親のこともきちんと考えているね。それはとても良いことだよ。親の気持ちを尊重することや、親に迷惑をかけないこと、親の事情や都合も考慮して理解しようと努めている。とても立派だよ」

 私は突然ライラに褒められて恥ずかしくなり、耐えきれなくなって頭を上げた。
 ライラと目が合う。
 ライラの目は真剣で、照れくさい気持ちが一掃されて、私も引きずられて真剣さを取り戻した。

 「でも、気持ちはルリエラの自由だよ。あなたの気持ちを迷惑と思って拒絶するのは単なる親の都合でしかない。あなたが悪いわけでも、あなたの我儘でも、身勝手でも、押し付けでもない。
 子が親のことを知りたくて、親に会いたいと伝えること、親に会おうとすることの何が悪いの?
 親のことを知りたくて、親に会いたいと望む気持ち自体を責めることも、罪悪感を抱く必要もないんだよ」

 ライラの声から優しさが消えて、真剣さだけが強く響いて私に届く。

 「あなたは悪くない。子が親に会いたいと思うのに特別な理由や事情は必要ない。
 どんな動機や目的があろうと、子が親に会いたいと望むことに理屈なんていらない。
 会いたいと望むことをまるで悪いことのように言わないで。自分を責めないで。自分を悪く言わないで。
 親に会いたいと思うことは弱いことでも、悪いことでも、甘えでも、醜いことでもない。ごく当たり前の普通のことだよ」

 ライラは私を否定する。はっきりと明確に私が間違っていると否定する。

 「罪悪感なんて抱かなくていい。自分を責めなくていい。
 ルリエラは親に会いたい、知りたいと望む自分自身の想いに罪悪感を抱いている。
 今の生活を守りたいのに、それとは相反することを求める自分に罪の意識を感じている。
 でも、子が親に会いたい、自分の親のことを知りたいと求めることに罪なんてない。あなたは何も悪くない。
 自分を責めて苦しめては駄目。あなたは何も間違ったことはしていない。
 だから、醜いとか汚いとか言って自分を貶めては駄目」

 私はライラに完全に否定された。
 自分自身を否定していた私を否定された。

 それは一切の反論を許さない情け容赦のないものだったが、とても温かで優しい否定だった。

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