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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

26 聞いて話して見て知って

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 ライラが話してくれた家族の話は本当に取り立てて驚くようなことや笑うようなところのない、どこにでもある普通の家庭の話だった。

 田舎の平凡な農家の家庭で育った小さな女の子の話。

 それをとても幸せそうに、懐かしそうに、嬉しそうに、そしてどこか悲しげにライラは語ってくれた。

 それはこの世界の農村の平民にとってありふれた少女の平凡で平穏な日常のお話。

 母親は小柄でちょっと気が強くて自分にも他人にも厳しいところはあるけど頼れるしっかり者の肝っ玉母さん。
 父親は大柄だけどいつも穏やかに微笑んでいて寡黙で聞き上手な包容力のある優しいお父さん。

 正反対に見える二人だけど、とても仲良し夫婦で、いつも笑顔が絶えない家だった。
 その二人には娘が一人いて裕福ではないけれど、両親に愛されてとても幸せで満ち足りた日々を送っていた。

 しっかり者で働き者の母親は家事をしながら娘の面倒を見て、娘に家事を丁寧に教え込んでいた。寡黙で必要最低限のことしか口を開かないけれどいつも穏やかに笑っている父親も働き者で毎日畑仕事に出掛けていた。

 娘は昼ご飯のお弁当を母親と一緒に作り、畑に持って行って父親と一緒に食べていた。毎日家族みんなでピクニックをしているみたいで娘は楽しかった。
 夕方に父親を迎えに行き、右手を父親と、左手を母親と繋いで子どもの歩調に合わせてゆっくりと夕焼け空の下を歩いて帰る時間が大好きだった。
 母親が作ってくれる素朴な木の実のクッキーが大好物だった。
 父親の大きな背中に背負われると安心した。
 母親が寝かしつけてくれるときに歌ってくれるちょっと音の外れた子守唄が落ち着いた。
 父親が畑で汗だくで鍬を振る姿が頼もしかった。



 ここではない遠い懐かしい過去を見つめながら両親の話をするライラは初めて見る顔をしている。
 無防備であどけない幼さを感じさせる幸せで満たされている顔。

 でも、両親との別れを話し出すとその顔が絶望と深い悲しみに染まった。
 


 娘のありふれた幸せな日々は不幸な事故による父親の突然の死で終わりを告げる。

 母親は父親の分まで必死に働いて子供を育てようとしてくれたが、無理がたたって病気になってしまい父親の後を追うようにあっという間に亡くなってしまった。

 そうして1年の内に相次いで両親を亡くしてしまった幼い娘はこの世界にたった一人で残された。
 当たり前に与えられていた愛情も居場所も平穏な暮らしも何もかもを失い自分の世界が一変した。

 そのときになって初めて両親から与えられていたものが当たり前のものではなくかけがえのないものだったことを知った。
 そして、それはもう二度と元に戻らないこと、同じものは決して手に入らないことも知った。

 「……今でも時々両親と過ごしていた夢を見ることがあるの。夢を見た後は無性に両親に会いたくなる。会いたくて恋しくて寂しくて悲しくて辛くて苦しくて会いたくて……。胸が張り裂けそうになる。胸を掻き毟りたくなる。なんとか気持ちを宥めすかして、どうやっても会えない現実を受け入れて生きている……」

 最後にそう零したライラは自嘲気味に寂しげに微笑んでいつもの大人びたライラに戻った。
 でも、いつもと同じに見えても、泣きだしたいのを必死に我慢して強がっているように見える。


 私はやっとライラの気持ちを理解することができた。
 そして反省した。
 私は本当に何も分かっていなかった。それなのに分かっているふりをしていた。
 本当に無神経だった。
 最愛の両親を幼い頃に亡くした相手に対する配慮が欠けていた。
 自分のことしか考えていなかった。

 知らなかった。ライラの心にそれほど深い傷があることを。
 前世の彼女も経験したことがなかったから私は親の死というものを軽く考えていたようだ。
 親の死というものは私が想像する以上に重たいものだった。

 「……とてもいいお父さんとお母さんだったんだね。大切な思い出を話してくれてありがとう」

 私がライラにそう語りかけると、少し照れたような表情を浮かべて嬉しそうに「ありがとう」と答えた。
 その後に表情を改めて再び私へ真剣に提案を始めた。
 
 「だからね、ルリエラには本当の両親に会ってほしいの。あなたは両親のことなんて何とも思っていないのかもしれないけど、死んでしまったら二度と会えなくなるから。
 変な意地を張って無理に我慢する必要は無いんだよ。両親に会うことが不安で怯えて逃げてもいいことはないよ。
 今ならまだ間に合うかもしれない。いつか会いたいと思ったときに死んでいたら二度と会えない。会いたいときにはもう会うことができなかったというのが一番後悔する。
 今ルリエラが会いたいと思っていなくても、手遅れになる前に一度だけでも会っておいた方がいい。ルリエラに後悔してほしくないの。あなたに幸せになってほしいの」

 ライラは再び真剣に私にそう勧めた。

 やっと分かった。やっと理解できた。
 ライラの気持ちと考えが。

 ライラの親への気持ちを知った今ならライラの言い分も理解できる。なぜライラがそう勧めるのかという動機も分かる。

 ライラは自分の現実を受け止めてはいる。
 親が死んだ現実を。二度と会えない事実を。会いたいという願いが叶わないことを。

 だからこそ、自分の代わりに、まだ親と共に過ごすことができる可能性がある私に親との再会を叶えてほしいと願っている。
 私に自分の願いを託そうとしている。
 自分の代わりに、過去の自分と同じように両親との幸せを知ってほしいと願っている。

 一切の悪意が無く、私の心配をして、純粋に無邪気に善意で、私の幸せを望んでいる。

 でも、ライラも私と同じように思い違いをしている。
 私のことを分かったつもりになっている。

 ライラの親と私の親を同じ親として同一視してしまっている。

 その思い違いを正さなければならない。
 気づいてもらわなければならない。
 
 理解されたいなら知ってもらわなければならない。
 知ってもらうには自分のことを話して見せなければならない。
 このまま自分は何もしないで相手に分かってもらおうとするのは怠慢だ。

 そのためには私も自分の心の内を開いて、本音を語る必要がある。
 私が親に関して何とも思ってはいないわけではないということ。
 親という名称が同じなだけで、私の親とライラの親は全くの別物であること。
 ライラの提案では決して私は幸せにはなれないということ。


 ライラはずっと隠していた心の傷を曝け出して見せてくれた。
 今度は私の番だ。

 覚悟を決めた。
 自分の弱さを曝け出す覚悟を。

 「ライラ姉ちゃん、今度は私の話を聞いてくれる?私の両親の話を──」

 私の言葉を聞いたライラは一瞬、「親がいないのに何を言っているんだろう」という不思議そうな顔をした。

 矛盾したことを言っている自覚はある。
 親を知らない私が知らない親のことを話そうとしている。
 ライラが混乱するのも無理はない。

 でも、私の真剣さにすぐに気付き、何も聞かずに表情を改めて静かに頷いてくれた。
 そうして私は話し出した。孤児院に捨てられた私の誰か分からない親の話を。


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