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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

24 告白

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 考え事をしながら歩いていても、習慣によって無意識に自分の研究室の前で足は止まった。

 自分の部屋だからそのままノックなどせずに扉を開けてさっさと中に入ればいい。でも、扉の前で動くことができずに不自然に停止してしまった。

 この中でライラが待っている。

 まず、扉を開けて中に入り、ライラと顔を合わせて笑顔で「ただいま」と告げて、そのまま頭を下げて「ごめんなさい」と謝ろう。

 頭の中で扉を開けた後の行動をそのようにシュミレーションし、一度深呼吸をして扉の取っ手に手をかける。そして、覚悟を決めていつもよりも勢いよく扉を開けた。

 扉を開けて部屋の中に目をやると、すぐ目の前にライラが立っていた。
 私はライラがそこにいるとは思っていなかったので、驚いて動きも思考も停止してしまう。シュミレーション外の状況にせっかくの勢いも覚悟も吹っ飛んでしまった。

 ライラはきっと扉の外の人の気配に気付き、それが私だと分かって待っていたのだろう。
 扉を開けたまま停止している私と目を合わせてすぐに「ごめんなさい」と言って頭を下げてきた。

 私は出鼻を挫かれて、頭が真っ白になってしまい何も言えない。
 シュミレーションは無駄になってしまったので、自分で臨機応変に考えて行動しなければならない。

 まずは、扉を閉める。

 そして、頭を下げたままのライラと改めて向き合い、

 「私もごめんなさい」

 と頭を下げる。

 互いに頭を下げあったまま時間だけがゆっくりと過ぎていく。
 このままでは互いに埒が明かないので、お互いに相手の気配を探りながらゆっくりと頭を上げていき、改めて顔を見合わせた。

「……ルリエラ」「……ライラ姉ちゃん」

 互いに相手への呼びかけが被った。
 視線だけで互いに発言を譲り合ったが、このままではいつまで経っても埒が明かないと思い、私が遠慮なく発言の先行権を譲ってもらうことにした。

 「ライラ姉ちゃん、さっきはごめんなさい。私はライラ姉ちゃんに八つ当たりして酷い言葉をぶつけて傷つけました。私のことを心配してくれているライラ姉ちゃんに甘えて酷い態度をとりました。本当にごめんなさい!」

 一息にそう謝って私は再び深く頭を下げた。

 「……ルリエラは悪くない」

 小さいけれどはっきりとした声が聞こえて私は頭を上げてライラを見る。
 ライラは泣きそうな顔で私以上に申し訳なさそうな顔をしていた。

 「悪いのはわたしの方よ。わたしの方こそごめんなさい。あなたの気持ちも考えずに自分の気持ちを押し付けて感情的になって酷いことを言ってしまった。ごめんね、ルリエラ……」

 こうして互いに謝り合い、謝っても許してもらえないかもしれないという不安は消えて少し安心したが、まだわだかまりは残っている。
 謝罪だけでお互いこの問題の核心部分には触れていない。

 ひとまず、じっくり話をしようということになり、お茶の用意をして席に着いた。
 お茶を飲みお菓子を食べて気分は落ち着いたが、私とライラの間には変わらずに気まずい空気が流れている。

「……え~と、私はここ最近の件でイライラしていて、それが爆発しちゃったんだけど、ライラ姉ちゃんはどうして感情的になったの?もしかして何かストレスでも溜めている?何か問題があるなら相談に乗るよ」

 私はこの気まずい空気を変えようとして、何気ない風を装いつつ軽い口調でライラに話を切り出した。

 ライラは私の質問にすぐに私と同じように軽い口調で返すことはせず、私が期待した反応とは違って真剣に受け止めて考え込み、覚悟を決めたように重い口を開いた。

 「……ストレスのせいではないの。わたし、ルリエラのことが羨ましくて、それで感情的になってしまったの…」

 私はライラの予想外の返答に目を丸くする。

 羨ましい?私のどこが?
 同情されたり、哀れまれるのなら分かるけど、まさか羨ましがられていたとは夢にも思っていなかった。

 「……え~と、今の私は全然羨ましがられるような状況ではないと思うけど?」

 謙遜ではなく本気でそう思っている。ライラから私のことが羨ましいと告白されたことが不思議でしょうがない。
 自称両親や親戚連中にまとわりつかれて、精神的に疲弊している私を見ていて、この状況に居る私を羨ましく思う人がいるなんて想像できない。

 自称両親連中が現れたのは欲望や下心などの邪な気持ちからの接触であり、純粋な子への愛情や家族愛などではない。

 獲物を狙うハイエナのように舌なめずりしている連中に狙われている危機的な状況。
 犯罪に巻き込まれそうな危険な状況。
 悪い人に目を付けられた厄介な状況。

 こんな状況の真っ只中にいる人をどうして羨ましく思うのか理解できない。

 ライラは答え難いのか、ばつが悪そうに俯いたまま私の質問に答えないでいる。

 「ライラ姉ちゃんは私のどこが羨ましかったの?」

 再びはっきりとそう質問すると、ライラは俯いまま私と目を合わせずに口だけを開いた。

 「……ルリエラが大変な状況なのは分かってた。……でも、それ以上にルリエラが本当の家族に会えるかもしれないと思うと羨ましくて仕方がなかったの!」

 そう言うとライラは覚悟を決めたかのように顔を上げて私と目を合わせて告白を続けた。

 「自分から探せば本当の家族を見つけ出せる可能性があなたにはある。自分が動いて働きかければ家族が出てくる可能性もある。自分さえ望めば本当の家族に会える可能性があなたにはあった。
 わたしはあなたのその状況を目の当たりにして羨ましいと思ってしまったの。だって、わたしにはもう家族に会える可能性は無いから。わたしは絶対に家族には会えない。どれだけ望んでも求めても探しても願っても、どれだけ待っても二度と会うことはできない。
 でも、ルリエラは望めば家族と会える可能性があった。
 とても羨ましかったけど、でも、わたしはルリエラが本当の家族に会えればいいと、そう願っていた……。
 それなのに、あなたはそれを望まなかった。それどころか可能性を完全に潰そうとすらした。
 わたしにはそれが許せなかったの。わたしはどうやっても家族には会えないのに、会える可能性のあるあなたはその可能性を自分から無くそうとしている。
 その選択はあなたがわたしの気持ちを踏みにじっているように感じられたし、どうしてそんなことをするのかあなたが理解できなかった。
 だから、わたしはあなたが間違ったことをしていると思ってあなたの間違いを正してあげようと、正さなければならないと思って口を挟んでしまったの。
 わたしにはそんな資格も関係もないことなのに……。ルリエラ、ごめんなさい」

 ライラは最後に謝った後に再び俯いて顔を伏せてしまった。

 まさかライラがそんなことを思っていたなんて露程にも想像していなかった。全くライラの気持ちに気付いていなかった。

 でも、ライラの告白の内容を私は頭では理解できずに混乱したが、逆に心は落ち着いた。

 私はあの時ライラのことが知らない人に見えて、そのことに恐怖を抱いていた。

 でも、それは当然のことだったのだとライラの告白を聞いた今ようやく理解できて恐怖が完全に消え去ったからだ。
 






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