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第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

21 大喧嘩

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 「──駄目よ!!それだけは絶対に駄目!」

 叫ぶように否定の言葉を私にぶつけたのは私の「共食い作戦」を聞いた直後のライラだった。

 怒っているのではなく、泣きそうな顔をで懇願するように私の作戦を否定している。

 論理的な理由はなく、感情的な理由で私の考えた効率的な作戦を否定して必死に作戦の実行を阻止しようとしている。

 ライラの口調も態度も雇い主に対する使用人のものではない。
 ルリエラの姉としての言葉と行動だ。

 私は私的な相談ではなく、理術師として公的な立場と意思でこの作戦の説明を助手のアヤタと使用人のライラにしていたのだが、ライラは私的な立場で私に意見している。

 このライラの行いは越権行為であり、自分の立場と仕事を逸脱した暴走だ。自分の立場を常に弁えて一線を引いて適切な距離を保っていたライラが珍しいことをしている。
 いつも私の方が雇い主としての立場にあるまじき行動を取ってライラに注意されていたのに。

 ライラは使用人としての立場を忘れているのではなく、かなぐり捨ててまで私に意見している。

 ライラの口を閉ざして反論を封じるのは容易い。
 ただ一言「立場を弁えなさい」と言うだけで済む。

 でも、それをしたら永遠にこれまでのライラとの関係を失うことになる。

 もう二度と私を個人的に心配して言葉をかけてくれることはなくなる。

 それは嫌だ。それは寂しい。それは哀しい。失いたくない。

 だから、私も自分の立場を捨ててライラと向き合うことにする。
 そうしなければライラと向き合うことができない。

 アヤタを蚊帳の外へ置いて、私とライラは私的な会話を始める。

 「……ライラ姉ちゃん、『駄目』ってどういうこと?何が駄目なの?」
 
 自分の立場を捨てた私は自分の考えを頭ごなしに一方的に否定されたことに対する不満を隠すことなく表に出して不機嫌な顔でライラに問いかける。

 「……本当にいいの?」

 私の問いにライラも問いで返してきた。私の苛立ちを真正面から受けながら目を逸らさずに心配そうに問いかけてくる。

 「何が?」

 ライラの言いたいことは予想はできているけど、わざと何も分かっていないふりをして更に問い返した。

 「……このままだとルリエラの本当の両親が分からなくなってしまう。実の親に会えなくていいの?家族を永遠に失うことになるよ。もっと別の方法を探そうよ。このままでは取り返しのつかないことになる」

 「この方法が一番手っ取り早い。変えるつもりはないから」

 私を真摯に見つめるライラに首を振り、ライラの提案と心配をバッサリと切り捨てる。

 それでもライラは我儘で強情で分からず屋の子どもへ根気強く言い聞かせるように諦めずに説得を続ける。

 「でも、その方法だと実の親まで排除することになってしまう。後悔することになるよ。ちゃんとあなたの両親を調べて、本当の親を探そう。ちゃんと実の両親を見つけよう。わたしも協力するから」

 もっとよく考えるべきだと諭され、本当の親を見つけることを最優先にするべきだと提案される。理由は私のため。

 ライラは心底、本心から私のために言っていることは分かっている。
 自分の利益や損得や、策略や悪意などはなく、ただ本心から私を心配して口を出している。

 使用人が口出しすべきではないと理解していながら、それでも姉としては黙っていられなくて口を挟んでいる。

 ライラの言動も行動も頭では理解している。でも、ライラと話していても苛立ちは募る一方だ。

 いつでも「使用人が口を出すことではない」と雇用主の立場を振りかざして黙らせることはできる。ライラの言葉を全て無視することもできる。

 でも、それは絶対にしたくない。だから、必死にその言葉だけは口から出さないようにと意識する。


 私が自分から親を探す気は一切無いと自分の気持ちを正直に伝えて、この作戦の利点についていくら説明してもライラは納得しない。
 ライラは私のために本当の親をこちらから探すべきだという主張を曲げようとしない。

 私とライラの議論は平行線で完全に堂々巡りになり、どんどん互いに感情的に喧嘩腰になっていく。
 
 ライラも強情な私に苛立ち始めたのか、

 「ちょっとあまりにも薄情なんじゃないの?自分を生んでくれた親のことを必要ないと言うなんて。そんなふうに切り捨てるなんて酷過ぎると思う」

 と私のことを非難してきた。

 「薄情ではないよ。無情なんだよ。生みの親に一切の情なんて無いもの。何も知らないから」

 私はまともに相手にせずに受け流した。まともに相手にしてしまったら感情が制御できなくなりそうだったから、ちょっと冗談交じりにして返してしまった。

 これをライラは真剣に必死に真面目に私の心配をしているのに、当の本人が巫山戯てまともに取り合ってくれていないと受け取ってしまった。

 ライラが私にキレてしまった。

 「ルリエラはわたしがどれだけルリエラのことを心配しているのか全然分かっていない!!わたしはただルリエラの幸せのために言っているのになんでそんなに他人事みたいなの!?」

 初めて感情的に声を荒らげて私にぶつけてきた。

 私はそれをぶつけられて上手く受け止めきれず、何かがプツリと切れた。
 


 親は子よりも無条件に偉くて強くて、子は親に逆らえない、従う義務があると勘違いしている輩の相手に疲れていた。

 それを数人も相手にしなければならなかったから、本当に頭が痛い問題で、本当に頭痛もしていた。

 自分のプライベートなことで多くの人に迷惑を掛けていることへの罪悪感と羞恥心にも襲われた。

 親のことは自分でもあまり触れたくないナイーブな問題で、自称両親や親戚が接触してくるたびに心の奥底の一番脆くて柔らかいところに何度もナイフを刺されているような痛みを感じた。

 でも、そんな弱さを見せればつけ入れられると警戒してずっと何でも無い風を装って悟らせないように気を付けていた。

 このような精神的な苦痛と疲労が重なっていて、自分が思っていた以上に精神的に限界だったようだ。
 想像以上に我慢していた。
 ストレスを溜めすぎていた。
 イライラとムカムカが限界を超えた。

 これ以上は我慢できなかった。

 ライラが親を知らない私を哀れんでいると理解している。
 親がいる方が良いことだと、親がいることは幸せだと言う価値観に基づいて考えているということも分かっている。
 
 前世の彼女の記憶があるから、両親がいる人間の考えはある程度理解できる。

 だから、そこに苛立ちも腹立ちもしない。
 ライラに向かってプライベートなことだから口を出さないでとも思わない。
 親身になって考えてくれていることは分かっている。

 私はそこにつけ込んだ。

 「ライラ姉ちゃん、私のこと可哀そうな子だと思っている?私のこと不幸だと思っている?」

 私にいきなり図星を指されたライラは動揺して何も言えない。

 無言を肯定と受け取り、そんなライラに向かって感情的に声を荒げて問い詰める。

 「それなら、私は幸せではないということ。私は今不幸だと言いたいの!?
 親に捨てられた私は幸せになってはいけないの?親を知らない私は幸せになる資格が無いの?
 親がいなくても私は今幸せだよ。それを間違いだとライラ姉ちゃんは否定するの?!」

 私の剣幕に気圧されながらも、ライラは必死に言葉を絞り出した。

 「……そ、そういう意味ではないわ!ただ、親が分かったほうが、親がいた方が幸せに、もっと幸せになれると、言いたかっただけで…」

 机を両手で思い切り叩きながら立ち上がりライラと同じ高さで目を合わせる。

 「あんな人たちが家族になったところで幸せになれるはずがないでしょ!!探し出した両親があの人たちと同じような人間なら今の幸せを壊されるだけなのに、どうしてそんなことも分からないの!?いい加減にして!」

 そう叫んで私は部屋を飛び出した。



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