上 下
143 / 261
第6章 私はただ知らないことを知りたいだけなのに!

14 問題④ 新たな問題

しおりを挟む
 私が「自称両親」に会うための心の準備をしているとライラが帰ってきた。

 部屋を出たときと帰ってきたときの私の様子があまりにも変わっていることにすぐに気付いたライラが何かあったのかと心配そうに私に尋ねてきた。
 私は包み隠さずにライラに「自称両親」が訪ねてきたことを苦笑いしながら伝えた。

 それを聞いたライラは何を思ったのか嬉しそうに笑顔を浮かべて、

 「ルリエラ様、良かったですね!」

 と意味不明な祝福の言葉を私に贈ってきた。

 「……ライラ、一体何が良かったというの?」

 「……え?だって、ルリエラのお父さんとお母さんがわざわざ会いに来てくれたのでしょう?これでルリエラは『親の分からない可哀想な子ども』ではなくなるのだから、とても良いことじゃない!」

 ライラの口から一切の悪気無く吐かれた言葉に目を丸くして息を呑んだ。
 使用人が主人に対する口調ではなく、孤児院での姉としての口調になっているところがライラの偽りなき本心からの言葉だと察せられる。

 私とライラが育った田舎の村の小さな孤児院では親の身元が分からない子どもは私一人だけだった。
 ほとんどの子どもは両親が亡くなるなどして孤児となった子どもであり、本当に親に捨てられたと言える子どもは私一人だけだった。
 そのことで虐められたり、疎外感を感じたり、苦しんだこともあり、顔も知らない親を恨んだこともある。
  
 それでも今は自分のことを『親が分からない可哀想な子ども』とは思っていない。
 自分のことを『周囲と違う可哀想な特別な子ども』だと自己憐憫に浸っていた自意識過剰な時期も確かにあったが、そんな時期はもう終わっている。
 
 私は自分に親がいないことも、親が分からないことも受け入れている。それが私だと自分で自分を認めている。
 強がりでも諦めでもなく、客観的な事実として現実を見ているだけ。
 ちゃんと成長して大人になった。
 だから、ライラの言葉は非常に的外れで意識の違いと認識の隔たりを感じさせる。

 ライラの言葉が蔑みではなく、哀れみから発せられた言葉だと理解はしているが、だからこそより私とライラのこの件に対する受け止め方の違いが一層際立つ。

 ライラは私の親と名乗る男女が訪ねてきたことを心から純粋に喜んでいる。
 突然現れた男女に一切の警戒心を抱いておらず、偽物と疑いもしない。

 ライラは親というものが子に害を与える可能性がある存在とは微塵も考えていない。
 親という存在は無条件に子の味方で子のためになるものだと信じている。

 ライラとの「親」という存在への認識のあまりの違いに目眩を覚えそうになる。

 目の前のライラが突然見知らぬ人間に代わってしまったかのように理解できず不気味にすら感じてしまう。

 伝令役の青年ですら突然両親と名乗る見知らぬ人間が訪ねてきた私を慮ってくれたのに、ライラは私を心配することも私を捨てた両親が突然現れたことに憤ることもしない。逆に喜んでいる。心から私の自称両親の突然の来訪を喜んでいる。

 「……ライラ、喜んでいるところ悪いけど、まだ本物と決まったわけではないから気が早すぎよ。ぬか喜びになるかもしれないから落ち着いて」

 私はいろいろライラに言いたいことを呑み込んで冷静な態度でライラに自制を促した。

 「……あっ、そ、そうですよね。でも、わざわざ学園にまで訪ねてこられたのですから、本物でない親ということがあるのでしょうか?」

 ライラは偽物である可能性が存在することには気付いてくれたが、そんな可能性があることがまだ信じられないようで不思議そうにしている。

 彼女の中では親という存在は完全で絶対なる善なる生き物であり、親の偽物という存在が理解できないようだ。
 
 「……ライラ、あの手紙の山を見たでしょう。認定理術師である私に近付こうとしてそんなあり得ないことをするような人もいるかもしれない。私の親ではなく、親と名乗る単なる詐欺師だということもあり得るの。だから、油断しないでね」

 私が笑顔でライラに警戒を促すと、まだ完全に納得はできないまでもそれ以上は何も言わなくなった。

 これで私が「本当に私の本物の親であっても、捨てた子に詐欺を働いたり、害を与える可能性は十分にある。親であるということが善であることの証明にはならない」と言ったらライラは反発したかもしれない。

 「本物の親はそんなことはしません!」と感情論で反論して怒りだしそうだ。

 ただでさえ頭の痛い問題が突然降って湧いてきたのに、ライラとの間にまで今は問題を抱えたくはない。

 この問題がある程度落ち着いたらライラではなくライラ姉ちゃんと腹を割って本音でじっくりと話し合わないといけないだろう。



 ライラとそんなやり取りをしていたら、伝令役が戻ってきた。

 今度はライラが伝令役への応対に出てくれてライラから伝言を聞く。

 伝言の内容は端的に言うと『私が来るまで学園に居座る』という予想通りのものだった。

 やはり日を改めて一旦帰るという選択はしてくれなかったかと内心で少しだけ残念に思いながら、先程の伝言と同じように「仕事が片付いて準備ができ次第伺う」という内容の伝言を頼んだ。

 その伝言をライラ伝いに伝令役に伝えてもらい、伝令役は再び戻っていった。

 「……ルリエラ様、本日の仕事は既に終えられているのではありませんか?」

 ライラが不審な顔で私を責めるように尋ねてくる。

 「そうね。手紙も全部処理し終わったから、今のところ急ぎの仕事はないわ」

 「それなら早く行きましょう!無意味に相手を待たせるのは失礼です」

 ライラが私の対応を非常識で失礼だと注意して、一刻も早く自称両親に会いに行こうと急かしてくる。

 「仕事はないけど、まだ準備はできていないからまだ行けない。服を着替えて、髪も整えて、化粧もするから、ライラよろしくね」

 私の今の格好は寝間着や部屋着ではないから部屋から出て外を歩く程度はできるが、正式な認定理術師として公の場に出られる格好ではない。
 今の格好では学園の会議には出られない程度にはラフな格好だ。

 身内であるならこの格好で会っても失礼にはならないし、緊急事態であるなら格好は気にしない。
 でも、身内ではない初対面の人間に認定理術師として会うのだから、それなりに威厳のある格好をしなければならない。

 しかし、ライラは「親と名乗っている人に会うのだから、格好を気にするよりも一刻も早く行くべきで、待たせるのは失礼だ」と主張する。
 私は本心を隠して、「失礼の無いようにきちんとした格好で行くべきだ」や「万が一本物の両親であるならちゃんとした格好で会いたい」や「本物の親なら10年以上会えなかった子にあと少しで会えるのだから待ち時間なんて気にせずに喜んで待ってくれるはず」と言ってライラを宥めすかした。 
 
 そうして私はライラを丸め込んでゆっくりと時間をかけてじっくりと支度を整えて、ライラを連れてのんびりと門付近の待合室へ向かった。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

道端に落ちてた竜を拾ったら、ウチの家政夫になりました!

椿蛍
ファンタジー
森で染物の仕事をしているアリーチェ十六歳。 なぜか誤解されて魔女呼ばわり。 家はメモリアルの宝庫、思い出を捨てられない私。 (つまり、家は荒れ放題) そんな私が拾ったのは竜!? 拾った竜は伝説の竜人族で、彼の名前はラウリ。 蟻の卵ほどの謙虚さしかないラウリは私の城(森の家)をゴミ小屋扱い。 せめてゴミ屋敷って言ってくれたらいいのに。 ラウリは私に借金を作り(作らせた)、家政夫となったけど――彼には秘密があった。 ※まったり系 ※コメディファンタジー ※3日目から1日1回更新12時 ※他サイトでも連載してます。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

異世界転生~チート魔法でスローライフ

リョンコ
ファンタジー
【あらすじ⠀】都会で産まれ育ち、学生時代を過ごし 社会人になって早20年。 43歳になった主人公。趣味はアニメや漫画、スポーツ等 多岐に渡る。 その中でも最近嵌ってるのは「ソロキャンプ」 大型連休を利用して、 穴場スポットへやってきた! テントを建て、BBQコンロに テーブル等用意して……。 近くの川まで散歩しに来たら、 何やら動物か?の気配が…… 木の影からこっそり覗くとそこには…… キラキラと光注ぐように発光した 「え!オオカミ!」 3メートルはありそうな巨大なオオカミが!! 急いでテントまで戻ってくると 「え!ここどこだ??」 都会の生活に疲れた主人公が、 異世界へ転生して 冒険者になって 魔物を倒したり、現代知識で商売したり…… 。 恋愛は多分ありません。 基本スローライフを目指してます(笑) ※挿絵有りますが、自作です。 無断転載はしてません。 イラストは、あくまで私のイメージです ※当初恋愛無しで進めようと書いていましたが 少し趣向を変えて、 若干ですが恋愛有りになります。 ※カクヨム、なろうでも公開しています

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

【本編完結済】転生歌姫の舞台裏〜ゲームに酷似した異世界にTS憑依転生した俺/私は人気絶頂の歌姫冒険者となって歌声で世界を救う!

O.T.I
ファンタジー
★本編完結しました! ★150万字超の大長編!  何らかの理由により死んでしまったらしい【俺】は、不思議な世界で出会った女神に請われ、生前やり込んでいたゲームに酷似した世界へと転生することになった。  転生先はゲームで使っていたキャラに似た人物との事だったが、しかしそれは【俺】が思い浮かべていた人物ではなく……  結果として転生・転性してしまった彼…改め彼女は、人気旅芸人一座の歌姫、兼冒険者として新たな人生を歩み始めた。  しかし、その暮らしは平穏ばかりではなく……  彼女は自身が転生する原因となった事件をきっかけに、やがて世界中を巻き込む大きな事件に関わることになる。  これは彼女が多くの仲間たちと出会い、共に力を合わせて事件を解決し……やがて英雄に至るまでの物語。  王道展開の異世界TS転生ファンタジー長編!ここに開幕!! ※TS(性転換)転生ものです。精神的なBL要素を含みますので、苦手な方はご注意ください。

転生幼女具現化スキルでハードな異世界生活

高梨
ファンタジー
ストレス社会、労働社会、希薄な社会、それに揉まれ石化した心で唯一の親友を守って私は死んだ……のだけれども、死後に閻魔に下されたのは願ってもない異世界転生の判決だった。 黒髪ロングのアメジストの眼をもつ美少女転生して、 接客業後遺症の無表情と接客業の武器営業スマイルと、勝手に進んで行く周りにゲンナリしながら彼女は異世界でくらします。考えてるのに最終的にめんどくさくなって突拍子もないことをしでかして周りに振り回されると同じくらい周りを振り回します。  中性パッツン氷帝と黒の『ナンでも?』できる少女の恋愛ファンタジー。平穏は遙か彼方の代物……この物語をどうぞ見届けてくださいませ。  無表情中性おかっぱ王子?、純粋培養王女、オカマ、下働き大好き系国王、考え過ぎて首を落としたまま過ごす医者、女装メイド男の娘。 猫耳獣人なんでもござれ……。  ほの暗い恋愛ありファンタジーの始まります。 R15タグのように15に収まる範囲の描写がありますご注意ください。 そして『ほの暗いです』

処理中です...