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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

29 一番星② 願い

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 自分があの星に何を願いたいのかと純粋に考えてみると、私の願いは私の平穏で平和で平凡な楽園から去るときから何も変わっていないことに気付いた。
 ジュリアーナが実の母親かもしれないという疑惑に動揺していたが、落ち着いて自分と向き合えば、それは大した問題ではなかった。

 私があの一番星に願うことは「私の夢が叶いますように」と「誓いを果たすことができますように」の二つだけだ。

 私の望みはどこまでいっても「自由に空を飛びたい」、ただそれだけだ。 
 「親を知りたい」でも、「家族がほしい」でもない。
 自分の中の優先順位は決まっている。
 空を飛ぶことと誰が私の親かどうかは何も関わりが無い。

 本当にジュリアーナが母親でないことを望むなら、そうではない証拠を自分で探して見つけないといけない。
 それか、ジュリアーナに問いたださなければいけない。
 何もしないでただ祈るだけでは何の意味も無い。

 でも、それは私の本当の望みではない。
 そんなことをする暇があるなら、空を飛ぶ努力をするべきだ。

 親が欲しくて、ジュリアーナが母親であってほしくて、その証拠を探して、ジュリアーナに母親だと認めさせたいというのならばその努力をする意味がある。
 でも、ジュリアーナが母親であってほしくないと望むのならば、今現在の状況で十分それは満たされている。
 わざわざ自分から墓穴を掘る必要は無い。
 ジュリアーナが本当に母親かどうか不明なのだから、わざわざ藪をつついて蛇を出さなくてもいい。

 叶えたい願いでもないのに努力する意味が無い。それにこれは努力しても叶う事柄ではない。

 私がずっと自分を捨てた親を探し求めているのならばそうする意味や価値はあるだろうが、私は全く家族や親を求めていない。

 前世の彼女のような両親がいるのならば、親や家族という存在をこんなに簡単に割り切って切り捨てたりはできないだろう。自分の夢を最優先にして、夢の為に家族を捨てたりはしない。

 でも、私には今現在家族はいない。親もいない。
 そして、すでに大切な私の楽園と天秤に掛けて夢を選んだ。
 葛藤はもう終えている。

 今手許に無いものと私の夢を天秤に掛けることは出来ない。無いものは天秤に載せられない。

 問題なのは、私がジュリアーナが母親かもしれないと期待して、無自覚に甘えてしまう恐れがあることだ。
 甘えて失礼な態度を取ったり、過大な要求をしたり、傲慢になったりすることが問題だ。

 だから、自分の態度さえ気を付けていれば何の問題も無い。
 ジュリアーナが母親であろうとなかろうと、私が空を飛ぶのには何の支障も関係も無い。

 自分さえジュリアーナが母親ではなくて赤の他人であると意識して、常に分を弁えて礼儀正しく接することを心掛ければ何の問題も起きない。

 夢を叶え、誓いを果たすために、ジュリアーナとの今の良好な関係を維持しつつ、無自覚な甘えを許さずに立場を弁えて礼儀正しく接することを心掛ければいい。

 いや、夢や誓いなどの自分の損得勘定を抜きにして、私は個人的にジュリアーナと仲良くしたい。

 親とか血の繋がりとか仕事とか目的とか関係なく、そういう前提を取っ払い、偏見や先入観を除いてジュリアーナを見ても、やはりジュリアーナと仲良くしたい。



 私にとってジュリアーナは特別な存在だ。

 ジュリアーナはこの世界で初めて私が何の問題もなく「頼れる大人」で「とても頼りになる大人」だ。

 私には困ったときにすぐに頼ることができる大人が周囲に一人もいなかった。
 村ではあからさまな迫害は無かったが、やはり孤児院の子どもは村の厄介者やお荷物として見られていたから簡単に助けを求めることはできなかった。村の大人に助けを求めたら、嫌嫌ながら助けてはくれたが、なるべく弱みになるような借りを作りたくはない存在で「頼れる大人」ではなかった。

 孤児院ではなるべく孤児院長たちに負担をかけないように気を遣わなければならなかった。孤児院長たちに助けを求めたらただでさえ自分たちのせいで大変なのに更に負担をかけてしまうことになるので、できるだけ迷惑を掛けたくなかった。孤児院長たちは労力的にも時間的にも費用的にも常に余裕がない状態であったから「頼りにできない大人」だった。

 学園では学園の人間は全てライバルであり、蹴落とそうとする敵であり、決して弱みを見せられない存在で頼るなんて論外だった。

 頼れるのは基本的に自分だけ。
 今では自分が守らなくてはいけない人もいて、果たさなければならない役目も、重い責任もある。
 他人には決して甘えられない。弱みを見せられない。油断してはいけない。常に警戒しなければならない。
 故郷には戻れないし、どこにも逃げる場所なんてない。
 絶対に失敗はできない。
 そういうプレッシャーが知らぬ間に私に重くのしかかっていた。

 ジュリアーナにも最初はある程度の距離を置いて、緊張して、警戒して接していた。気を張って歳下の子どもだと思って舐められないように虚勢を張っていた。

 でも、ジュリアーナは一度も私を孤児の平民だと見下したり、子供だと思って馬鹿にしたり、利用しようという下心を覗かせたり、そういうことは無かった。
 いつも真剣に私と向き合ってくれた。
 そして、いつも優しかった。

 ジュリアーナは私よりも圧倒的に強い立場の人間だが、私にいつも配慮してくれて、とても丁寧に接してくれた。

 私には社会人経験が無いので、ジュリアーナの配慮や対応が認定理術師という立場に表面上だけ敬意を払って形ばかりのものではなく、私個人への特別な配慮だということに気付くのに時間がかかった。

 ジュリアーナは信頼できる大人で、私よりもずっと権力も財力も影響力も持っている、社会的な信用もあり立場も強い人。

 それだけでなく、仕事抜きで個人的な交流も持つことができた。
 ジュリアーナの繕わない笑顔も見た。
 ジュリアーナが私を見る瞳はいつも優しいことに気付いた。

 ジュリアーナの好意が純粋に嬉しかった。
 理由は分からないけど、下心が一切感じられない、無条件の優しさと好意を、私は何も気付いていないふりをして受け取ってずっと甘受していた。
 ジュリアーナの好意や優しさや特別扱いに気付いていないふりをしていたのは、自分が喜んでいることを素直に認めることが恥ずかしかったからという照れ隠しのような可愛らしい理由だけではなかった。

 彼女の好意に疑問を抱きたくなかったから。
 彼女の優しさを疑いたくなかったから。
 彼女が与えてくれるものを失いたくなかったから。

 ただ、彼女が私に注いでくれる無条件の優しさと好意が、一種の愛情が心地よかった。私はその心地よさを何食わぬ顔で享受し続けていた。

 頼れる人が誰もいない今の状況で、親身になって相手をしてくれる人。
 私に好意を抱いていて、とても親切にしてくれる人。
 心から信頼できて、困ったときに相談に乗ってもらえる人。
 頼ったら解決してくれる力のあるとても頼りになる人。

 いつからか彼女の優しさに甘えていた。
 何をしても許してくれると勘違いしてしまっていた。
 私のことが好きだから、多少のことは許してくれるはずだと傲慢にもそう思い込んでいた。

 いや、きっと、多分、彼女は大抵のことは何をしたとしても許してくれるだろう。
 そういう確信がなぜかある。
 彼女の私への態度はそういう感情が見えた。

 ジュリアーナは仕事とは関係のない場所では私に何も対価を求めずに無条件に私に優しくしてくれていた。
 ジュリアーナが私に求めていたことは私が素直に大人しくジュリアーナの優しさや好意を受け取ることだけだった。

 私は彼女の優しさや寛大さや甘さに流されないように気を付けていたつもりだったが、全然駄目だったようだ。
 周囲は彼女が許していて、彼女が望んでいるから、特に気にしなかったのだろう。

 ジュリアーナは私の力を試したり、見定めたりはしていたが、見守ってくれているような寛容さがあった。

 頑張って遠慮したり、甘えないように気を付けていたつもりだったが、つもりでしかなかった。

 彼女にこれ以上甘えては駄目だ。線引きは必要だ。

 頼りはしても、甘えてはいけない。
 頼るのと甘えるのは違う。

 頼るとは、困っているときに相手に助力を願って、手を貸してもらうこと。貸し借りであり、相手に感謝して、借りをいつか返す。
 頼れる相手とは、助力を願うことができる相手。自分以上の力を持っていて、手に余る事態を解決することができる相手。
 取引や契約や金銭など支払わなくても、手を貸してくれる相手。
 助けられても、何かを要求したり、弱みとして付け込んできたりしないと信用できる相手。

 私にとってそんな存在はジュリアーナしかいない。

 でも、甘えていつの間にか依存していた。
 頼り切って、何でも許してくれると傲慢になっていた。
 ただ享受し続けるのは私の怠慢でしかなかった。

 無条件にくれるものを一方的にもらってばかりいるのは不自然で歪な関係だ。

 このまま私が甘えていればジュリアーナとの関係はいずれ破綻してしまうだろう。

 それだけは絶対に嫌だ!

 そう強く叫んだ私の心の中に村から出たときには無かったもう一つの願い事を見つけた。


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