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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

26 赤く染まる③ 甘え

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 私はジュリアーナとそれ以外の人が同じことをしたとき、他の人は許してもジュリアーナだけが許せない。

 それはダブルスタンダードだ。
 理不尽で不合理で感情的で不平等な非合理的な二重基準が私の中に存在している。


 誰であっても相手に信頼関係を築く大前提の重大な事実を話さず、隠したまま素知らぬ顔で相手と信頼関係を築くのは不誠実で卑怯なことだ。

 その人が自分の弱さから逃げて、現実から目を逸らして、自分に都合のいい甘い偽りの世界に逃避して、そのツケを相手に支払わせているだけでしかない。
 真実を言わなかった自分を棚に上げて、真実を言えなかった自分を被害者に仕立て上げて、言わなかったことを責める相手を加害者に作り上げる人はもっと卑怯だ。

 しかし、そんな不誠実で卑怯で無責任な人間でも、相手の事情や理由や被害状況次第では許すことができる。

 ジュリアーナ以外の他の誰が同じことをしても許すことは可能だ。

 しかし、ジュリアーナだけはどんな事情や理由があっても、実害がほとんど無くても、どうしても許せる気がしない。

 他の誰が「わたしがあなたの実の親です」と名乗り出てきたとしても、真実を告げる前に私と交流を持っていたとしても、昔からの私の知り合いだったとしても、怒りはしない。
 驚きはするけど、怒り狂うことはない。隠していた事実を冷静に受け止めて、自分にとって最善の結果になるように対処するだけだ。

 でも、ジュリアーナから今、「わたくしがあなたの母親です」と告げられたら、私はそれを受け止められる自信が無い。
 『騙していた!』と感情的に怒り狂い、ジュリアーナを一方的に責めて、ジュリアーナの事情など一切考慮しないで拒絶して、距離を置く。
 それがどれだけ自分にとって不都合で不利益なことであっても、理性ではなく感情を優先してしまう。それを我慢して抑えることができそうにない。

 それはジュリアーナだけが私にとって特別で例外的な存在だという証だ。

 これまでジュリアーナに特別な扱いをされていることは薄々気付いていた。
 でも、それはジュリアーナが私に人として好意を抱いてくれていて、私の将来に期待をかけてくれているからだと信じていた。だから、特別に目をかけて優しくしてくれているのだと疑わなかった。

 私はジュリアーナの期待に応えたい、ジュリアーナの優しさに報いたい、同じだけの好意を返したいと思っていた。ジュリアーナに純粋に恩を感じていた。

 また、ジュリアーナに憧れも抱いていた。ジュリアーナのような優雅で気品のある堂々とした素敵な大人の女性になりたいと夢見ていた。

 私はジュリアーナに一人の人間として認められたかった。対等な存在になりたかった。ジュリアーナと並んでも恥ずかしくない女性になりたかった。

 そんな私をジュリアーナは優しく受け止めて、応援してくれていた。

 私はジュリアーナのような素敵な女性にそのように目をかけられて嬉しかった。

 私はそんなジュリアーナの優しさに甘えて、ジュリアーナの好意に胡座をかいていた。
 
 ジュリアーナの態度に疑問を抱くことを放棄し、理由を自分に都合よく解釈して、何の関係もない赤の他人には過ぎた厚遇を甘受し続けてきた。

 ジュリアーナに特別扱いされるほど、自分は特別な存在であり、『私はジュリアーナに認められている』と心のどこかに驕りがあった。
 
 でも、それが実はただの血の繋がりがあるという理由だけで、私自身に何かを期待していたのではなかったのだとしたら…。
 ジュリアーナは私ではなく、血の繋がりだけしか見ていなくて、血の繋がりにしか価値を見出していなかったということになる。

 私はそれをジュリアーナに裏切られたと感じてしまう。

 それは『甘え』でしかない。
 裏切りだと感じることはジュリアーナからの厚遇を当然のものだと傲慢にも思い込み、自分自身をそのような価値ある存在だと過信していた証拠だ。

 だが、この甘えはまだいい。
 私の顔を羞恥で真っ赤に染め上げたのはもう一つの『甘え』のほうだ。

 ジュリアーナが私の生みの母親かもしれないと思ったことで、私の中にジュリアーナへの一方的な期待と、その期待が裏切られたことへの怒りが生まれた。

 「親ならば子のことをもっと考えて、大切にして、配慮してくれるのが当たり前。なぜもっと私が傷付かないように気を遣ってくれなかったのか」

 そのような図々しくて我儘な私が顔をのぞかせた。
 自分が優先され、大切にされ、愛されるのが当然だと考え、それを相手に当然の権利だと要求する厚顔さ。

 なんて恥知らずで醜いのだろう。

 相手が血の繋がった親だからと、相手自身よりも子である私を優先することを当然の権利のように求めてしまう。
 それはただの甘えで依存で我が儘でしかない。

 それなのに、そんな要求が自然と浮かんでしまう。

 血が繋がっているというただそれだけで、どうしてここまで我儘になれるのか?



 普通ならこんな自分の無自覚の甘えには気付かない。
 でも、私は気付いた。この無意識で不可解な自分の甘えに。

 前世の彼女の記憶があるから気付けた。
 彼女の中から第三者として客観的に彼女と彼女の家族を見ていた。
 仲の良い家族だった。親が子を愛して慈しんでいた。子も親を愛していた。
 絶対的な信頼関係があり、子は親に当然のように甘えていた。
 そんなふうに甘えても許されるのかと驚いて、羨んでいた。
 彼女は無意識だった。甘えているという自覚すらなかった。
 親はその甘えを当然のモノと受け入れて許していた。

 親子特有の独特な関係。
 親子間だけで許される特別な態度。
 信頼関係と親子関係による絶対的な強固な繋がり。
 固定観念による許容範囲の広さ。
 そういうものを前提として当然のように親に甘えていた。

 普通なら許されない。そんなことを他人にしたら嫌われて、敬遠される。

 でも、家族間、親子間なら許されてしまう。
 傍から見ると我儘で、自分勝手で、一方的で、理不尽で、無遠慮で、無神経で、図々しくても。
 親に自分を優先するように当然のように求めている。
 優しさを、配慮を、心遣いを、気配りを、愛を、無償で一方的に要求している。無自覚に。

 子は親に「自分を優先して。自分のことを一番に考えて」と何の遠慮も無く、恥じらいも無く、厚顔にも要求する。
 それができるのも親子間による信頼関係がしっかりと構築されている家族に限られるだろうが。

 彼女の家庭は信頼関係があったから、当然のように甘えていた。彼女は病弱で親に迷惑や負担をかけているという負い目を感じて甘えることを多少は遠慮していたが、第三者から見れば些細な遠慮でしかなかった。そんな彼女に親は無償の愛情を惜しむことなく与え続けていた。
 本人には一切甘えている自覚無く親に甘えていた。親は当然のようにその甘えを受け止めて愛を返していた。

 親子というものは距離が近すぎる。
 親子、家族という関係はほぼ0距離であり、遠慮が無い。息をするように相手に甘える。
 心理的に近すぎる関係。
 それを当然の距離だと、当たり前の態度だと思い込んでしまう。それが自然だと思ってしまう。

 そして、家族間だと何をしても許されると思い込む。
 厚顔になる。傲慢になる。無神経になる。無遠慮になる。我儘になる。
 自分と相手を一緒くたにして考えてしまう。
 自分の一部のように感じてしまう。

 配慮ができない。気遣いができない。尊重できない。大切にできない。

 血が繋がっているというだけで自分の我儘が正当化されると感じてしまう。
 当然の権利だと思い込んでしまう。
 親に甘えて我が儘を言って困らせて、我が儘を叶えてもらうことを当然だと心のどこかで思っている。

 ただ血が繋がっているというだけで、どこまで傲慢に、遠慮なく、こうも思えるのか。求めるのか。信じるのか。

 親の事情など一切考慮せず、自分の気持ちだけを押し付けて、それが正しいと感じている。

 どうしてそんな横暴で横柄な自分を疑問に思わないのか。
 どうしてそんな自分を恥じないのか。
 どうしてそんな自分を正しいと思えるのか。

 親ならば自分を犠牲にして子を優先するのが当たり前。
 親ならば自分が傷ついても子を守るのが当たり前。
 親ならば子を愛して大切にするのが当たり前。

 子は親に甘えても許される。
 子は親に我が儘を言っても許される。
 子は親に犠牲を強いても許される。

 本能的にそう思っている。そういう固定観念が私の中にある。

 当然のように子は親に要求する。「親よりも子を、あなた自身よりも私を優先して。自分を犠牲にしてでも私を愛して」と。

 互いに尊重するとか、心配りとか、遠慮とかは無い。

 ただ一方的に求めるだけ。

 これが赤の他人同士の恋人や友人同士なら絶対に関わるのは無理だ。

 親へ対しては本能的な欲求が存在しているのだろうか。
 甘えと我儘を当然のものとする認識。

 犬や猫も生まれたばかりの赤ん坊は親に甘えることしかできない。
 親に甘えて守ってもらい、世話してもらい、乳をもらう。
 声を上げて要求するのが当たり前。強く求めなければ乳をもらえない。
 存在を主張しなければ守ってもらえない。
 大きな声で呼ばなければ気付いてもらえない。

 人間の赤ん坊も親に全てを依存する。
 世話してもらうのが当たり前。
 世話してもらえなければ死ぬ。

 泣いて要求しかできない。
 お腹が減った。眠たい。気持ち悪い。不快だ。
 それらをどうにかして、と泣いて求める。

 それに対して遠慮なんてしていられない。
 死活問題で生死にかかわる。

 だから、親に甘えて要求することに罪悪感を一切感じないのかもしれない。
 生まれつきそのようになっているのかもしれない。

 だから何も感じないで平然と甘えて親に要求して、何も疑問にも恥にも思わないのだろうか。


 だから、どこかで自分が正しく、どこも悪くないしおかしくもない、と訴えている私がいる。
 その一方で、なんて身勝手で自己中で我が儘で愚かで見苦しくて醜くて恥ずかしいことを考えているのだと否定する私もいる。


 ジュリアーナが私の生みの親かもしれないという疑惑だけで、私の中にジュリアーナへの無制限の甘えが生まれてしまった。

 ジュリアーナへの恩や感謝や憧れ、期待に応えたいという思いや対等な存在になりたいという望みがその甘えに押しやられて遠くへ行ってしまっていた。

 そのまま自分の甘えに気付けないままで、疑惑を勝手に真実だと思い込んでいたら、私はジュリアーナにどんな態度をとっただろうと想像してみたら、今度は血の気が引いてきた。

 太陽は半分以上が海の向こう側に沈んでいるが、まだ空の半分以上を赤く染めあげている。 
 まだ私も夕日で赤く染まっているおかげで血の気が引いて白くなった私を船酔いと勘違いされずに済んだ。






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