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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

25 赤く染まる② 疑問

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 冷静さを取り戻すとさっきまでの怒りが不思議に思えてくる。

 ジュリアーナが裏切っているかもしれないという想像だけであれほど感情的になってしまった。
 私の心証だけであり、まだ何の証拠も無い。裏切りはまだ確定していない。

 それに、私が一方的に裏切りだと感じるだけでその行為自体は裏切りとまでは言えないかもしれない。

 ジュリアーナが私の母親だった場合、その事実を黙っていただけで、嘘をついたり事実をねじ曲げたり捏造したりして騙していたわけではない。

 誰にだって秘密はある。隠し事もある。他人に言えないこと、言いたくないことはある。

 私にだって誰にも言えない秘密がある。
 前世の彼女のことは誰にも言えない。話したくない。
 口に出してしまうと前世の彼女のことが安っぽくて薄っぺらな実体の無い作り物になってしまう気がする。
 相手を信じている信じていないとか相手が信じる信じないとは関係なく、前世の彼女のことは誰にも話したくない。
 あまりにも私の中の彼女の存在が大切で大き過ぎて触ることが自分でも上手く出来ない。下手に触れると壊れてしまいそうで怖い。 
 前世の彼女のことを言葉に変換することすら彼女のことが損なわれるようで戸惑われる。

 だから、私は絶対に誰にも前世の彼女のことを打ち明けるつもりはない。ずっと自分の胸のうちにだけで秘めておく。

 他の人にもそういう不用意に自分でも触れられないことがあるだろう。

 それらを正直に全て話さなければ信用できないということではない。
 そんな必要は無い。

 過去に何があっても、何をしていても、今のその人を見て判断したいと思っている。
 過去のことはその人個人の問題であり、私は関係ないのだから一々気にしない。
 その人のプライベートな問題でデリケートな部分に踏み込ませろとは言わない。

 話したくないなら話さなくていい。
 話されたとしても過去のこととして、自分とは関係ないこととして受け入れて消化する。
 過去のことで今現在の信頼関係は簡単には揺るがない。

 でも、それは互いに無関係のことだからそのように冷静に言える。
 直接互いに関係のある事柄を一方だけが知っていて、それを黙っていることは信頼関係を損なう重大な背信行為であり、それは裏切りだ。

 大切なことを言わなかった。
 大切なことを教えてくれなかった。

 そんな相手を信用できるのか?

 「大切なことではないから言わなかっただけ」と言い訳されたなら、それは相手とは価値観が違い過ぎて今後仲良くすることは難しい。

 自分が大切なことを大切だと思わない、大切にしない相手とは付き合えない。

 大したことではないなら言っても問題無いのだから言ってくれればいいのにという矛盾も生じる。
 そこにもまた不信感を抱いてしまう。



 私はジュリアーナを信じていた。

 心を許してしまうほどに、内側に入れてしまうほどに信頼していた。

 親しく、仲良く、楽しく、共に過ごしてきた。
 頼りにしているし、頼られたいとも思っている。

 互いに助け合う関係だと思って、対等な関係だと信じていた。

 しかし、疑惑が真実だった場合、相手にとっては私は対等ではなく、下に見られていたことになる。
 庇護する、守るべき弱い人間だと思われていた。

 信じられていなかった。
 信じてもらえてなかった。

 私のために真実を言わなかった、告げなかった、黙っていた、隠していた、というなら、それは私の為にはならない。
 それは言い訳でしかない。自分が逃げる言い訳にこちらを利用しているだけで、とても卑怯だ。

 こちらを傷つけておきながら、正当性を主張して、こちらのためだったと責任転嫁して、責任逃れをしている。

 ジュリアーナはそんなことを言う人ではないと信じたい。

 そう、ジュリアーナはそんな人ではない。
 言わなかったならば言わなかった、言えなかった理由が必ずあるはずだ。

 真っ当な理由があり、黙っていたことを謝罪されて、真実を話してもらえたのならば何の問題も無いのではないか?

 私はジュリアーナとの関係を壊したくない。失いたくない。このまま付き合っていきたい。

 過去に何があったとしてもジュリアーナはジュリアーナだと言いたい。

 万が一事実が判明したとしても、これまで通りにジュリアーナと仲良く付き合っていけばいい。

 事実を言わないことは罪ではない。
 
 悪意や下心や策略などで隠していたわけではないのならば許せばいいだけのことだ。

 そう思うのに、そうしたいと望むのに、なぜか私の心はそれを拒絶する。


 なぜだろうか?
 なぜ許したくないのか?
 なぜ許せないのか?

 
 ジュリアーナとは引き離して、過去の全く別の案件で他人に事実を隠されていたり、嘘をつかれていたり、騙されたりしていた場合について思い出してみよう。

 相手は孤児院の子どもや村人たちだが、黙っていたことに一定の理解を示して許すことが出来ていた。
 嘘をついたことや騙したことについて謝罪があれば許していた。

 今のような頑なに許せないと怒り狂うことは無かった。



 ジュリアーナ以外の人が私に事実を隠していたり、嘘をついたり、騙したりした仮定の場合についても考えてみよう。

 それをしたのがライラやアヤタだったとしたら、私は酷く傷付くだろう。
 二人のことはとても信用している。
 でも、私を守るためだったり、私よりも大切な人のためだったり、何かしらの理由があるのならば事情と被った被害次第では許すことを選択する。
 怒りよりも悲しみのほうが強い。でも、二人を失いたくないから許してしまう。



 そもそも赤の他人なら互いに何の責任も義務も無い。
 こちらを守る義務も無いし自分よりも優先する必要も無い。
 赤の他人同士なら自分を優先するのは当たり前だ。

 話すこと、知らせることで自分に不利益がある場合、自分にとって悪い影響があることを考えて、黙っていることも仕方ない場合もある。

 私も他人事ならば、相手の肩すらもって擁護してしまうかもしれない。
 許してあげてと言ってしまうかもしれない。
 悪気は無かった、事情があった、仕方が無かった、そういう理由や理屈で情状酌量を求めてしまう。

 私も赤の他人相手なら、それを受け入れて、納得して、許すこともあった。

 赤の他人ならば、裏切られても割り切って利害関係の再構築をできる。
 表面上は穏やかに付き合う努力もできる。
 最初は許せなくても相手の態度次第ではいつか許すこともできるかもしれない。


 そう、『赤の他人』ならば。


 私はジュリアーナだけが許せないのはなぜか?という疑問の答えを見つけた。見つけてしまった。

 その答えのあまりの恥ずかしさに顔が真っ赤になってしまう。

 夕日に照らされ全身が赤く染まっているおかげで顔が羞恥心で真っ赤になってしまっていることには誰にも気付かれることはない。

 私は真っ赤な夕日に感謝した。





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