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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

20 目

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 無事に商談を終えた私たちは全員で工房へ向かって歩いている。

 マッシモがガラスの製造現場を案内すると申し出てくれたので喜んでお願いした。

 マッシモが先頭を一人で歩き、その後ろを私とモーリスは並んで雑談をしながら歩き、その後ろをアヤタが歩いている。

 工房への道中はモーリスと仕事とは関係の無い他愛の無い話に花を咲かせた。
 
 モーリスが島の郷土料理や魚の釣り方などを教えてくれたり、私が学園がどのような場所かを説明したりして和やかに進んでいた。 

 ところが、島の周辺ではどんな種類の魚介類が捕れるかという話が一段落したところで、モーリスの空気が改まった。

 私がモーリスの空気が変わったことに戸惑っていると、モーリスは申し訳なさそうな表情で私の目をしっかりと見つめてきて、意を決して口を開いた。
 
 「…あの、最初の時は本当に申し訳ありませんでした。紹介されたわけでもないのに勝手に理術師様を商会長の娘様だと思い込んでしまって、不快な思いをさせてしまいました」

 一息にそう告げた後にモーリスは本当に反省しているように項垂れた。

 私はジュリアーナの娘に間違われたことを最初から全く気にしていなかったが、モーリスはまだ気にしていたようだ。

 家族や血縁の問題というのはとても繊細な問題で、他人が勝手に口を出すことではない。
 早とちりで勝手に勘違いして私とジュリアーナを親子扱いしてしまったのは確かに無遠慮で無礼で不躾な行いだったと言える。

 謝罪によって再び問題を蒸し返すような真似をするのはそれだけモーリスが気にしていたということの現れだろう。

 私は驚いただけで、怒りも湧かなかったし、不愉快な気分にもならなかった。

 でも、ジュリアーナがどんな気持ちかまでは分からない。
 私と親子に間違われた事自体は驚いていただけで、不快そうにはしていなかったがそれが本心かまでは察することはできない。

 だから、モーリスも私が気にしていないように見えてもそれが本心かまでは分からないからこうして再び改めて謝罪しているのだろう。

 「謝罪はすでに受け取っていますので、もうそれ以上の謝罪は必要ありません。私は全く気にしていませんので…」
 
 そう言ってこの話を終えようとしたが、少し興味が湧いた。
 どうして私とジュリアーナを親子と勘違いしてしまったのかを知りたくなった。
 私は好奇心に負けて、モーリスの罪悪感に訴えるように悲し気な表情を浮かべてモーリスを見返した。

 「…モーリス、許す代わりに一つだけ教えてください。どうして私とジュリアーナを親子と勘違いしたのですか?」

 私の質問にモーリスが凍りついたように足を止めてしまった。

 私とモーリスの話が聞こえていたマッシモも後ろを振り返って足を止めて心配そうにこちらの様子を伺っている。

 アヤタも足を止めて静かにこちらを見守っている。

 モーリスは視線を右往左往させて、モゴモゴと口の中で何かを呟きながら必死に言葉を探している。

 この光景はまるで私がモーリスを苛めているように見える。
 そんなに難しい質問をしただろうか?
 本当にただの興味本意だけの純粋な質問だったのに。

 モーリスはなんとか言葉を絞り出して、「め、目、目が…」と口に出した。

 私とジュリアーナの瞳の色が似ていることは私もすでに理解している。

 でも、私とジュリアーナの顔は似ていない。

 目元は私が垂れ目気味で、ジュリアーナは吊り目気味だ。
 鼻は私は低めで目立たなく、ジュリアーナは高くて鼻筋が綺麗に通っていて目立っている。
 輪郭も私は卵型だが、ジュリアーナは逆三角型だ。
 全体的に私の顔は悪くはないが良くもなくて特徴が無くて地味だが、ジュリアーナの顔は一目で惹き付けられてしまうほどに全体的に迫力と威圧感と威厳がある普通の人よりも際立った顔立ちをしている。
 
 どこをどう見ても似ていない。

 瞳の色が似ているというだけで親子扱いしたというなら、それはあまりにも早計で迂闊なことだ。

 自分のことを自覚してから意識して学園で自分と似たような青い瞳の人間がいないか探してみたことがある。
 聴講生の格好で一日学園で探し回った結果、二人見つけた。

 遠くから眺めただけだから、細かな色合いまでは判別できなかったが、確かに青系統の色の瞳をしていた。

 見つけてしまって、ちょっと安堵したような、落胆したような、なんとも言えない気持ちを味わったが、青色の瞳はそれほど珍しいという訳ではないことが証明された。


 私が育った田舎の閉鎖的な村や、孤島であるこの島では青い瞳というのは普段は見かけることがないとても珍しいものではあるだろうが、外ではそれほど珍しいものではない。
 村の人間は私以外は全員が東部の人間の特徴である黄土色の瞳であったし、この島の人間もこれまで見た人間は南部の人間の特徴と同じ黄色がかった薄茶色の榛色の瞳をしていたからモーリスが島から出たことが無ければ勘違いしてしまうのも無理はないのかもしれない。

 しかし、瞳の色だけで血縁関係が完全に証明できるほど稀少な特徴というわけではない。
 

 「確かに私とジュリアーナの瞳の色は似ていますが、このような青い色の瞳の人は島の外にはたくさんいますよ。瞳の色だけで親子と判断していたら世の中親子ばかりになってしまいますからお気をつけてください」

 私が笑顔でモーリスに注意すると、モーリスは意味が理解できなかったように頭に?マークを浮かべている。

 私はモーリスが理解できていないことが理解できなくて、互いに?マークを浮かべて目を合わせていると、先に内容を理解して?マークを消したモーリスが慌てて口を開いた。

 「……ち、違います!瞳の色ではありません!!」

 「え?」

 モーリスのあまりの必死な否定ぶりに驚いて声を上げてしまった。

 そんな私に構うことなく、モーリスは必死に弁明を続けた。

 「目というのは瞳の色のことではなく、眼差しのことです。商会長とは長い付き合いですが、理術師様と一緒にいた商会長は初めて見る姿でした。いつも優雅で威厳があって近寄りがたい雰囲気の商会長が、今日はとても柔らかいご様子で、商会長の理術師様を見ている眼差しが…とても、その、優しくて、慈しみに満ちていて…、まるで…」

 「モーリス!!!」

 マッシモの物理的な衝撃を生み出す程の大きな怒声がモーリスの弁明を強制的に止めた。

 マッシモの大声に驚いて私まで呼吸と心臓が止まったが、マッシモの大声と同時にアヤタが私の前に移動して、私を庇うように立っているのにも驚いた。
 
 モーリスは焦って混乱のあまりに正直に言わなくていいことまで言い始めていたから、強制的に無理矢理止めたマッシモの判断は正しい。

 ただ、私もマッシモの大きな声と迫力に心身ともに被害を受けてしまったので、止め方はもう少し穏便な方法を選んでほしかった。

 マッシモは呆然としているモーリスの頭を鷲掴みにして強制的に頭を下げさせて、マッシモも私に向かって頭を下げた。 

 「重ね重ね本当に申し訳ない。俺もこいつもあなたにとても失礼なことをしてしまった。二度とこのようなことが無いように気を付けるからどうかこの辺で許してもらえないだろうか?」

 これ以上は聞かないで欲しいということのようだ。
 これ以上説明を求めたらボロが出てもっと失礼なことを言ってしまう危険性が高いだろう。

 私はマッシモの謝罪を受け取り、それ以上は何も聞かずに4人で再び歩き始めた。

 並びは変わり、マッシモとモーリスが並んで先頭を歩き、その後ろを私とアヤタが横に並んで付いて行った。
 

 しかし、これでずっと抱いていた疑問は解けた。
 一目瞭然だったわけだ。
 これまでのジュリアーナを知る人間にとっては今日のジュリアーナの態度が違うことが。
 だから、モーリスが何も聞かずともマッシモも私がジュリアーナの娘だと勘違いしていることが分かったのだ。

 私は二人が比較対象にしている過去のジュリアーナの姿を知らないから分からない。 
 それなりに親しくはなったと自分でも思うけど、親子と勘違いされるほどかは疑問だ。

 流石にここでそれを隣のアヤタに尋ねるほど空気が読めない人間ではないので何も言わないままで歩き続けた。

 そうして気まずい雰囲気のままで工房に到着してしまった。









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