上 下
113 / 261
第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

14 小舟

しおりを挟む
 船から下りるには桟橋と船の間に渡した板を渡らなければならなかった。

 船は停泊しているが、波で揺れるので板も揺れている。

 港町から船に乗るときは人が3人くらい並んで歩けるくらいの立派な通し板が設置されていたし、港は湾の中にあるので波の影響を受けにくくあまり揺れていなかった。だから、乗船のときは転落の危険を意識することはなかった。
 
 この漁港の通し板の幅は広くはない。人手が少ないので、簡単に少人数で取り外しができる程度の重量と大きさしかない板しか設置できないのだろう。
 人が一人歩ける程度の幅しかない。
 手摺や転落防止の柵などは付いていないので、体勢を崩したら一瞬で海に落ちてしまう。
 海までの距離があまり無いので、これでは理術で浮いて転落を避けることもできない。

 すぐ目の前が陸地だし、人も大勢いるので海に落ちたとしてもそのまま溺れてしまうことはないだろう。落ちてしまってもすぐに救出してもらえるはずだ。

 そう頭では理解していても、海に落ちたくはないという気持ちが強くて恐怖が勝った。

 でも、アヤタがずっと手を繋いでいてくれたので、安心できた。

 アヤタのおかげで通し板の上でも身体が揺れでぶれてよろけることなく安定させることができたし、うっかりよろけて海に落ちそうになればアヤタが引っ張って海に落ちるのを阻止してくれるという安心感もあった。
 万が一海に落ちたとしてもアヤタも一緒に落ちてくれるという信頼もあった。

 私は一切アヤタを疑うことなくそう思っていた。

 それでも私の歩みはとてもゆっくりだったが。

 通し板から桟橋に無事に移り、桟橋から地面にたどり着くまでアヤタは私から手を離さなかった。

 ジュリアーナたちアジュール商会の一行は桟橋の端の地面になっている場所に集まっている。
 桟橋は人の乗り降りや荷物の運搬などがある。それらに関係ない人は邪魔になるので、見送りや出迎えの人は桟橋手前までという決まりがあるそうだ。

 ジュリアーナがその集団の一番前に立っていて、桟橋を渡り終えた私に足速に近づいて来た。私がジュリアーナに挨拶をするよりも早く、ジュリアーナはアヤタがやっと離してくれた私の両手を握り込み心配そうに私の顔を覗き込んできた。

 「ルリエラ、大丈夫ですか?気分は悪くありませんか?船の乗り心地に何か問題でもありましたか?」

 ジュリアーナは開口一番に私の体調を案ずる言葉を掛けてきた。

 私がアヤタに手を引かれながら船を下りてきたことで、私がアヤタに支えられなければ船から下りられないような状態だと誤解を与えてしまったようだ。

 私は元気よく首を振って体調不良ではないことをアピールする。

 「ジュリアーナ、私は大丈夫です。船旅はとても快適でした。初めて船に乗ったので、揺れのせいで上手く歩けなかったのでアヤタが支えてくれていただけです。船酔いにもなっていません」

 ジュリアーナは私の顔色などをじっと見つめて、私の体調が悪くないということに納得してくれたのか、私の手を離してくれた。

 「体調が悪くなっていないのなら良かったわ。これからまた舟に乗って移動するので、もし辛いようなら休憩が必要でしたが問題無いのならこのまま移動しましょう」
 
 「また船に乗るのですか?でも、港はここですよね?どこに行くのですか?」

 「砂浜の方へ移動します。この漁港は漁村寄りにあって、ガラス工房がある村はここの反対側にあるのよ。水深の関係でここにしか大きな船が入る港を造ることができなかったの。ここから陸の道を通っていくと山を越えることになって2時間以上歩かなければいけないけれど、海から舟で行けば30分もかからないのよ」

 陸路よりも海路の方が時間がかからないというのは島ならではの事情だ。
 2時間以上歩くことを考えれば、船に30分座っている方がずっと楽だ。

 私は納得しながらジュリアーナの隣を歩いて砂浜へとたどり着いた。
 
 小さな小舟が波がかからない場所に10艘ほど砂浜に揚げられている。

 この小舟は普段は村の漁師が漁をするために使う舟らしく、4人しか乗れないくらいに小さい。帆も無くて櫂で手で漕いで動かすしかない。

 舟に数人に分散して乗ろうという時に一悶着起きた。

 ジュリアーナが私と一緒に舟に乗りたがったが、それをジュリアーナの付き人の一人が反対した。

 「私とルリエラが同じ舟に乗るわ。いいわよね、ルリエラ?」

 「はい、私はジュリアーナと同じ舟で構いま…」

 「駄目です」

 突然、私の言葉は男性の低いがよく通る声に遮られた。

 その男性はアヤタと同じ褐色の肌をしていて、髪は焦げ茶色で目は灰色だ。
 とても厳つくて強面で、身体も大きくて威圧感がありそうだが、気配を消すのが上手いのか、声を発するまでその男性がいることに気付かなかった。

 髪と目の色は違うし、顔立ちも体つきも似ていないが、なぜかアヤタと同じ空気を感じる。

 「どうして駄目なのかしら、ハサン?」

 これまで聞いたことがない冷たい声でジュリアーナがその男性に問い掛けた。
 声には明らかに相手を萎縮させる怒りのような響きが込められている。

 普通の人なら主人から不興を買うことを恐れて下手に出てしまうが、ハサンは全く怯まずにジュリアーナに面と向かって受け答えをした。

 「その舟には4人までしか乗れません。船頭を入れたら残りは3人です。貴女とルリエラ様が同じ舟に乗ったらあと1人しか乗れません」

 「ハサンが乗ればいいでしょう。アヤタは別の舟に乗ればいいだけの話よ」

 「それは駄目です。舟が万が一転覆した場合、お二人をわたし一人ではお救いできません」

 「私は泳げるからその時はルリエラを助ければいいのよ」

 「駄目です。私はジュリアーナ様の護衛です。ジュリアーナ様よりも他の方を優先することはできません」

 「それなら、船頭の代わりにアヤタが乗ればいいわ!」

 「それも駄目です。素人が漕ぐ舟にジュリアーナ様を乗せることはできません」

 「…岸沿いは島の陰になっていて波が穏やかだから滅多に転覆なんてしないでしょう?心配のし過ぎよ」
 
 「駄目です。絶対に転覆しない保証はありません」

 私を含めた周囲はそんな二人の押し問答に口を挟むこともできず、ハラハラと見守ることしかできなかった。
 押し問答は長いこと続けられたが、最後にはジュリアーナが折れた。

 私と同じ舟に乗りたがってなかなか折れないジュリアーナだったが、ハサンに私の安全を一番に考えるように諭されて折れてくれた。

 ハサンとしては私の安全よりもジュリアーナの安全を一番に考えて私との相乗りを止めさせたのだと私には分かった。

 私は船頭とアヤタと小舟に乗った。

 船頭は白髪頭のおじいさんで、漁師を引退した老人が小遣い稼ぎで村への渡し舟を出しているらしい。

 島の人間なら自前の舟を自分で漕いで来るか、大きな荷物や大量の荷物を運ぶときは牛車で陸路を通る。

 船頭のおじいさんとそんな他愛無い会話を交わしながら小舟の旅を楽しんだ。

 さっきジュリアーナが言っていたように島の周辺で外洋の陰になる側の波は高くはないので舟はゆったりと進んでいる。

 私は隣に座っているアヤタを見た。話し掛けようかどうしようか迷っているとアヤタから声を掛けてくれた。

 「どうされましたか?」

 「…あの、さっきのハサンという人はアヤタの知り合い?なんとなくアヤタに似ているような気がして…」

 アヤタは突然不意をつかれた人のようにとても驚いている。

 「…似ていますか?顔も髪も目も違っていますが……」

 「どことなく雰囲気が似てる気がしたの。もし言いたくなければ何も言わなくていいから」

 「いえ、似ていると言われたことがなかったので驚いただけです。彼はわたしを育ててくれた養父です」

 「そうなんだ。教えてくれてありがとう」

 私もアヤタもそれ以上はこの話題には触れなかった。

 ただの好奇心でアヤタのプライベートに踏み込み過ぎたかと後悔しかけたが、アヤタは拒絶せずに自然に教えてくれた。

 ただそれだけのことがなぜかとても嬉しい。

 その喜びを胸に隠したままで小舟は順調に進み、転覆せずに全ての小舟が島の反対側の浜辺に無事に到着した。




しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最強騎士は料理が作りたい

菁 犬兎
ファンタジー
こんにちわ!!私はティファ。18歳。 ある国で軽い気持ちで兵士になったら気付いたら最強騎士になってしまいました!でも私、本当は小さな料理店を開くのが夢なんです。そ・れ・な・の・に!!私、仲間に裏切られて敵国に捕まってしまいました!!あわわどうしましょ!でも、何だか王様の様子がおかしいのです。私、一体どうなってしまうんでしょうか? *小説家になろう様にも掲載されております。

転生貴族の魔石魔法~魔法のスキルが無いので家を追い出されました

月城 夕実
ファンタジー
僕はトワ・ウィンザー15歳の異世界転生者だ。貴族に生まれたけど、魔力無しの為家を出ることになった。家を出た僕は呪いを解呪出来ないか探すことにした。解呪出来れば魔法が使えるようになるからだ。町でウェンディを助け、共に行動をしていく。ひょんなことから魔石を手に入れて魔法が使えるようになったのだが・・。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

転生したら脳筋魔法使い男爵の子供だった。見渡す限り荒野の領地でスローライフを目指します。

克全
ファンタジー
「第3回次世代ファンタジーカップ」参加作。面白いと感じましたらお気に入り登録と感想をくださると作者の励みになります! 辺境も辺境、水一滴手に入れるのも大変なマクネイア男爵家生まれた待望の男子には、誰にも言えない秘密があった。それは前世の記憶がある事だった。姉四人に続いてようやく生まれた嫡男フェルディナンドは、この世界の常識だった『魔法の才能は遺伝しない』を覆す存在だった。だが、五〇年戦争で大活躍したマクネイア男爵インマヌエルは、敵対していた旧教徒から怨敵扱いされ、味方だった新教徒達からも畏れられ、炎竜が砂漠にしてしまったと言う伝説がある地に押し込められたいた。そんな父親達を救うべく、前世の知識と魔法を駆使するのだった。

[完結]前世引きこもりの私が異世界転生して異世界で新しく人生やり直します

mikadozero
ファンタジー
私は、鈴木凛21歳。自分で言うのはなんだが可愛い名前をしている。だがこんなに可愛い名前をしていても現実は甘くなかった。 中高と私はクラスの隅で一人ぼっちで生きてきた。だから、コミュニケーション家族以外とは話せない。 私は社会では生きていけないほどダメ人間になっていた。 そんな私はもう人生が嫌だと思い…私は命を絶った。 自分はこんな世界で良かったのだろうかと少し後悔したが遅かった。次に目が覚めた時は暗闇の世界だった。私は死後の世界かと思ったが違かった。 目の前に女神が現れて言う。 「あなたは命を絶ってしまった。まだ若いもう一度チャンスを与えましょう」 そう言われて私は首を傾げる。 「神様…私もう一回人生やり直してもまた同じですよ?」 そう言うが神は聞く耳を持たない。私は神に対して呆れた。 神は書類を提示させてきて言う。 「これに書いてくれ」と言われて私は書く。 「鈴木凛」と署名する。そして、神は書いた紙を見て言う。 「鈴木凛…次の名前はソフィとかどう?」 私は頷くと神は笑顔で言う。 「次の人生頑張ってください」とそう言われて私の視界は白い世界に包まれた。 ーーーーーーーーー 毎話1500文字程度目安に書きます。 たまに2000文字が出るかもです。

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

俺の店の屋根裏がいろんな異世界ダンジョンの安全地帯らしいから、握り飯を差し入れてる。

網野ホウ
ファンタジー
【小説家になろう】さまにて作品を先行投稿しています。 俺、畑中幸司。 過疎化が進む雪国の田舎町の雑貨屋をしてる。 来客が少ないこの店なんだが、その屋根裏では人間じゃない人達でいつも賑わってる。 賑わってるって言うか……祖母ちゃんの頼みで引き継いだ、握り飯の差し入れの仕事が半端ない。 食費もかかるんだが、そんなある日、エルフの女の子が手伝いを申し出て……。 まぁ退屈しない日常、おくってるよ。

処理中です...