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第5章 私はただ青い色が好きなだけなのに!

6 礼儀作法

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 ジュリアーナの瞳が碧眼であることは初対面のときから当然知ってはいた。

 ジュリアーナは金髪碧眼で女神のように美しい女性だ。

 黄金のように輝く髪、サファイアのように煌めく瞳、全ての顔と身体のパーツが完璧に計算され尽くしたかのように整った容姿、どこにいても誰もが目を奪われてしまう程の圧倒的な存在感。

 そんな相手と同じ青系統の瞳だからと親近感が湧くことは無かった。

 ジュリアーナの瞳は自分の瞳とは全くの別物だと思っていた。
 自分の瞳をサファイアのようだと感じたことはこれまで一度も無い。

 自分で自分の目を見ることはできない。だから、ジュリアーナの瞳と自分の瞳を同時に見て、真正面から見比べる機会はこれまで一度も無かった。
 
 だから、今衝撃を受けている。

 これほどまでに同じ青い色合いの瞳が並んでいることが信じられない。

 鏡に映る自分の瞳が自分のものではないのかと、鏡のせいでそう見えるだけという自分の目の錯覚かと疑ってしまう。

 でも、ジュリアーナがゆっくり近づいてくるにつれて、4つの瞳の色形大きさがはっきりと鏡に映し出されていき、4つの瞳全てがお揃いのように並んでいった。

 私は鏡に映る自分とジュリアーナにの瞳に釘付けになり、意識が他には一切向かなくなる。

 そんな私の異変に気付いたのか、ジュリアーナが優しげな微笑みを気遣うような表情へと変化させていく。

 「ルリエラ、どうかしましたか?大丈夫ですか?」

 ジュリアーナの心から私を案じる声で私は鏡から意識を切り離すことができた。

 「だ、大丈夫です!ちょっと自分の変わり具合に衝撃を受けていただけですので。ご心配お掛けてして申し訳ありません」
 
 私は振り返り、鏡に背を向けて、ジュリアーナに向き直り、殊更声を弾ませてジュリアーナの心配を晴らすように答えた。

 そんな私の様子を見て、ジュリアーナの顔にすぐに元の優雅で優しげな微笑みが戻ってきた。

 私は受けた衝撃を無理矢理胸の奥へ押し込み、笑顔で覆い隠し、何も気付かなかった振りをして、その後は何事も無かったかのようにジュリアーナと過ごした。

 

◇◇◇


 鏡の前でジュリアーナと合流した後は延々と服を着せられて、夕食の席では礼儀作法について教えられた。

 ジュリアーナには美しくなるための方法について徹底的に教えられた。

 「ルリエラのコンセプトは素晴らしいですわ。そのコンセプトを採用いたしますので、共同経営者であるルリエラも美しくならなくてはいけませんわね」

 「あの、でも、私は共同経営者と言ってもわざわざ公表する気はありませんし、表に出て活動する気もありません。表には出ないで陰からカフェを支えていく予定です。私の本業は理術師ですから、あまり目立つことは遠慮させていただきたいのですが……」

 「でも、隠す予定も無いのでしょう?いつどこで誰に知られるか分からないのですから、それに備えて常日頃から美しくなっておかなければなりませんわね」

 同じ優雅で上品な姿なのに、優しい微笑みではなく、圧のある笑顔でそう言われてしまい、私は「努力します」と答えることしかできなかった。

 ジュリアーナはずっと私のことを『勿体無い』と思っていたそうだ。

 私には自分の立場に相応しい礼儀作法の知識が足りておらず、その立場に相応しい立ち居振る舞いが身についていない。

 私の礼儀作法は孤児院でシスターに習ったものが基本になっている。
 その基本は平民が貴族に対するための礼儀作法であり、最下層の立場の人間が自分よりも上の立場の人間に対して失礼のないように振る舞うための作法だ。

 上流階級の人間が自分と対等な立場の相手に対する振る舞い、上流階級の人間が自分よりも下の立場の相手に対する振る舞い、上流階級の人間が自分よりも上の立場の相手に対する振る舞いとは全く異なる。

 私の礼儀作法は歪であり、不格好で違和感があり、堂々としていないし、優雅でもないので美しさとは程遠い。

 私が何とかこれまで上手く誤魔化して、何事も無くやってこれていたのは学園の図書館の本で読んだ知識と前世の彼女の知識で補っていたおかげだろう。
 基本的に目立たないように努力していたのも功を奏していたはずだ。

 付け焼き刃ですらなく、自分で試行錯誤して、右往左往して、張りぼてを張り付けているだけ。
 私は相手に礼を尽くす努力を欠かさず、相手への接し方が基本的な礼を失するような尊大だったり、傲慢だったり、見下したりするような態度ではないので相手を不快にさせたり、致命的な失態を犯さずに済んでいる。

 このままでも認定利術師として学園の中だけで生きるならば大した問題は起きないだろう。

 今の姿勢を忘れず、努力を怠らなければ、時をかければ徐々に今の立場に合った立ち居振る舞いが身に付くようになる可能性は高い。

 でも、今の状態は美しくはない。

 失礼ではないし、見苦しくもないし、マナー違反も犯していない。
 だが、美しくはない。
 
 美しさとは自分を磨くことが重要であり、それは外側だけでなく、内面も鍛える必要がある。
 その姿だけではなく、常日頃の立ち居振舞いも美しさにとっては重要になる。

 洗練された流れるような動作、自然と身に付いた己の立場に合った礼儀作法、それらは外面だけでなく、内面も美しく見せてくれる。

 美しさで何よりも大切なものは己の立場に合った礼儀作法とその立ち居振る舞いであり、それらは簡単に身に付かないし、手に入れられないし、誤魔化せない。

 化粧や服や装飾品や髪型などを整えて、外見だけを美しくするだけでは足りない。

 「本当に美しくなるために、あなたに相応しい礼儀作法と立ち居振る舞いをわたくしがお教え致しますね。これは事業の成功の為に必要なことですから、遠慮なさらないでくださいませ」

 ジュリアーナにそのように言われては辞退することはできなかった。

 これは私にとっても良い話ではある。

 同じ共同経営者という立場で事業のために必要な知識や技術を共有する、という建前でジュリアーナから上流階級の礼儀作法について教えてもらえる。

 それは私が理術師としてジュリアーナへ事業に必要な理術を教えることと同じだと言える。

 これは共同事業の一環であり、ジュリアーナからの提案だから、私が負い目や借りを感じる必要は無い。

 私はジュリアーナの提案を受け入れた。

 そして、夕食後も礼儀作法と立ち居振る舞いの講義と授業が続くことになった。
 
 完全に陽が暮れて、月が昇り初める頃に私とライラはやっとジュリアーナのお屋敷を辞して馬車に乗ることができた。

 もう遅いので泊まっていくようにとジュリアーナに提案されたが、それは断固として辞退させてもらった。
 もう、クタクタで自分の部屋に帰ってゆっくり休みたかった。
 なんとか明日は予定があるということでしつこく引き留められることなく速やかに馬車を用意して帰してくれた。
 学園都市の中であり、治安の良い道を馬車で15分ほど走るだけなので、途中で盗賊などに襲われる危険も低いということもあって帰してもらえた。

 本当に学園からジュリアーナの屋敷が近くて良かった。本当に助かった。


 馬車に揺られながら疲労困憊の中で私はやっと人心地つけた。

 しかし、落ち着いたと同時に疲労の余りに忘れかけていたものを思い出してしまった。

 馬車の扉の窓に映る私の瞳がいつもよりもやけに青く輝いて見える。
 酷く胸がざわつき、先ほどまでとはまた別の落ち着かない気分に陥った。

 今度はそう簡単にはこの持て余すような気持ちを胸の奥に片付けることはできそうになかった。
 ずっと昔に心の奥底にしまい込んでいたものまで一緒に出てきてしまい、それらの感情で胸だけでなく頭までいっぱいになってきた。

 そのおかげで今日味わった羞恥心はすっかり忘れていた。








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