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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!

20 目的のために

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 これまでの煮出し法とは淹れ方が異なる透過法で淹れたバームは同じバームではあるが味が全く違う。
 煮出し法のバームは極細挽きの豆をグツグツと数分間沸騰させているので豆に含まれている成分が全て水へ溶け出している。バームの旨味だけでなく、全ての味が流れ出ているので雑味も多く豆の油分までも溶け出しているので、とても濃厚で複雑な味わいがする。濾していないので、粉が混ざっており、油分も多く含まれているのでドロリとした飲み口になる。
  
 透過法で淹れたバームは口当たりが滑らかで味わいも柔らかく、雑味の少ないすっきりとした味わいをしている。短時間でお湯を通過させるだけなので酸味や渋味やえぐみなどの雑味を豆から抽出しないままにすることができる。
 透過法ではバームの旨味だけを抽出することに成功し、苦味を抑えることができた。

 濃厚でコクがあるバームかすっきりと滑らかで柔らかいバームのどちらが優れているかは個人の好みの問題ではあるけれど、透過法で淹れたバームの方が断然飲みやすい味であることは明らかだ。

 この国の人々に受け入れられやすい飲みやすいバームの改良ができたので、これだけでも十分な成果を上げたことにはなる。しかし、これでは不十分だ。

 私の本来の目的がこれでは全く果たされていない。

 三人が私が淹れたバームを飲み終わるのを見計らって、私はジュリアーナへ声を掛けた。

 「それでは次の改良したバームをお出しいたします」

 「他にもまだ別の改良したバームがあるのですか!?」

 ジュリアーナは声にはっきりと驚きを込めて上品ではあるが優雅さが感じられない態度で私の顔を見ている。
 他の二人は何も言わなかったが、顔にははっきりと驚愕の表情を浮かべている。

 私はジュリアーナへ何も口に出さずに笑顔だけで肯定した。
 ジュリアーナの問いに答えるよりも実物を見せた方が早いと思い、ライラとアヤタへ目だけで準備をするように指示を出した。
 二人はすぐに指示を理解してくれて、アヤタがテーブルの上を片付けて、ライラが次のバームを持ってきてくれた。

 「こちらはアイスバームでございます。どうぞ御試飲ください」
 
 テーブルに並んだものはグラスに入った真っ黒な液体だ。
 キンキンに冷やしたバームが入っている。

 「……冷たい、バーム…?」

 ジュリアーナは少し困惑したような笑顔を浮かべている。ローガンは再び無表情に戻り、トマスは不味そうなものを見るような目をして嫌そうな顔をしている。

 三人はこれまでに冷めたバームを飲んだことがあるのだろう。その味を思い浮かべているに違いない。
 冷めたバームは苦味と酸味と砂糖の甘さが激増する。
 それはバームの味が変化するのではなく、温度変化によって人の味覚の感じ方が変わるからだ。
 ある意味では冷めたバームがバーム本来の味と言えなくも無い。
 しかし、煮出し法で淹れたバームは冷めると人間が飲める代物ではなくなる。3人の反応はこれまでのバームから考えて当然のものだから仕方がない。
 
 当然、このアイスバームは煮出し法で淹れたバームや透過法で淹れたバームをただ単純に冷やしたものではない。
 浸漬法で抽出した水出しバームだ。
 ティーパックのような布の袋にバームの中細挽きの粉を入れて一度沸騰させて冷ました水の中へ入れて一晩放置し、バームの入った袋を取り出して冷蔵庫並みの温度の急速冷却器に入れて冷やして作っている。

 水出し抽出は熱を一切加えずに低温で抽出するので苦味成分が溶解しにくく、とてもまろやかですっきりと飲みやすい味になる。
 透過法でお湯で淹れたバームをただ冷やすよりもずっと雑味が少なくてバーム本来の甘味を味わえる。

 「こちらは理術を使用しております。これまでのバームとはまた違った味わいになっております」

 私が笑顔で自信を持って薦めるとジュリアーナは少し強張った表情でアイスバームへ手を伸ばし、覚悟を決めて一口飲み込んだ。

 「……あら、とても美味しいわ。こちらのバームはこれまでのバームとも先ほど淹れて頂いたバームともまた違った味わいがいたしますわ。とてもすっきりとして飲みやすいお味ですね」

 一口飲んですぐに嬉しそうないつもの上品な笑顔に戻った。アイスバームを美味しそうにとても優雅に、でも少し速いペースで飲んでいる。

 ローガンは慎重に、トマスは恐る恐るアイスバームを飲み始めたが、二人とも勢いよく飲み干してくれた。

 私がアイスバームの説明をしている間にライラが用意をした次のお皿を持ってきてくれた。

 「バームと氷菓を使ったお菓子も考えましたので、こちらもご試食いかがでしょうか」

 私がそう言ってライラが3人の前に出したのはスープ皿だった。
 そこには半冷凍状態のバームが薄く広がっていて、中心に真っ白な雪のような牛乳と白糖で作った美しい氷菓が薄く花びらが何層か重なりあうように盛られている。

 冷たくて甘いスープだ。

 水出しバームに白糖で作ったシロップを入れて混ぜてから半冷凍状態にしているのでほんのりと甘い。

 最初は普通に珈琲フロートを作ろうとしたが、上手くできなかった。
 氷が無いので氷菓がすぐに沈んでしまう。また、器具が無いのでただのスプーンでは氷菓を綺麗に丸く掬うことができなかった。
 氷を急速冷却器で作るよりもバーム自体を凍らせてフラペチーノのような状態にする方が手間がかからないので水出しバームを半冷凍状態にした。
 バーム自体を凍らせることで氷菓を沈まないようになったが、それでは簡単には飲むことができない。
 ストローはまだこの国には存在しないので、溶けるまではグラスからスプーンで掬いながら食べるしかないが、非常に食べにくい。
 
 どうするべきかと頭を悩ませていた私へアヤタが助言してくれて、スープのようにして食べることにした。
 これなら溶けたとしても、スープとしてスプーンで掬って飲みきることができる。

 私は珈琲フロートの固定観念に凝り固まっていたから、スープにするという発想は浮かばなかった。

 氷菓はシンプルな牛乳シャーベットのようなものなので、このスープの味は全てが混ざり合うとカフェラテのようになる。

 3人は特に違和感なく少し変わった冷たくて甘いデザートスープとしてスプーンで掬って美味しそうに食べてくれている。

 「いかがでしたか?これで共同経営の相手としてお認めいただけますか?」

 まだまだ話し合うべきこともあるが、まずはカフェの共同経営を受け入れてくれるかどうかの決断をしてもらわなくてはならない。

 この国の人々に受け入れられるバームの改良だけでもカフェの共同経営者としての資格は得られたかもしれない。
 しかし、私の目的はバームの美味しいカフェを開くことではない。単なるお料理革命がしたいわけではない。

 私は理術で食べ物を作り出し、理術で料理し、理術で商売して、理術でお金を稼ぐ。

 理術は生活の役に立つ、お金を稼げる、食べ物を作り出せる、理術で料理ができる、そういった新たな考え方を生み出し、今の理術の考え方、価値観、固定観念を壊して変化して新しく生まれ変わらせる。

 アイスバームとバームフロートは急速冷却器が使えなければ作ることはできない。
 この商品を扱うならば、絶対に急速冷却器を使用できる理術士を雇わなければならない。
 
 理術士がカフェで理術を使って料理を作って稼ぐことができるようになる。

 これまでの理術のあり方、理術士のあり方を変えて、既存の価値観を破壊して、私の身の安全を確保するために私はこの20日間寝る間も惜しんでバームの改良を行った。
 美味しいバームを飲むためでも、バームを拡めるためでも、バームで儲けるためでもない。ジュリアーナのためでもアジュール商会のためでもない。

 私は私の目的のために全力で必要なことを果たしただけだ。
 
 ジュリアーナは成果を正当に評価して冷静な判断を下してくれるだろうか。

 私はやるべきことは全てやったというやり切った満足感と寝不足による疲労感と期待感と緊張感が内心ない混ぜ状態なのを余裕のある笑顔で隠しながらジュリアーナの返事を待った。
 
 
 






 
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