私はただ自由に空を飛びたいだけなのに!

hennmiasako

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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!

6 解決方法

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 私はアヤタの言葉に何も返さずに沈黙を貫いた。視線をテーブルに落としながらも何も瞳には映さずに自分の内側を見据えてじっと考え込む。

 一番簡単なのはここで「教えてくれてありがとう。これからは氷も氷菓も一切作らないようにする」と答えることだが、それはできない。

 それは口からでまかせを吐くことに他ならない。
 自分がアイスクリームを食べられないことに関してはいくらでも我慢することはできるが、他人の命、アヤタとライラの命に関することであるならばそれは絶対に守ることができないと自分で理解してしまっている。

 最初から守る気も守れる気も無い約束は口に出したくない。
 
 他人にばれないようにこっそりと氷や氷菓を作ればいいという問題ではない。
 そんな簡単な問題ならば、アヤタもここまで怖い顔して深刻な様子で私に話さないだろう。

 この問題の最も確実な解決方法は今後何があろうとも私が絶対に理術で氷や氷菓を作らないことしかない。

 完全に私の理術を永遠に封印することでしかこの解決方法は得られない。
 それが一番確かで安全で手間の少ない解決方法だ。

 この一番確かで手っ取り早い解決方法以外の方法を私は必死に考えている。

 最も自分にとって望ましい解決方法は地道に自分の力を示し続けて、学園内での地位と権力を手に入れていくのが一番安心安全で無難な方法だ。しかし、それにはかなりの時間がかかる。

 その方法は一朝一夕の内にできることではない。
 自分がそれだけの地位と権力を手に入れるには少なく見積もっても数年から数十年はかかるに違いない。

 認定理術師としての実績を一度にそれほど早く出すことはできない。
 空を自由に飛べるようになったとしても、それですぐに地位と権力が手に入るわけではない。
 
 自分一人が空を飛べるようになったからといって、それの影響力がそれほどあるとは思えない。

 氷とは違い、空を人が一人飛べたところで何の意味も価値も無い。何の役にも立たないし、お金にもならない。
 氷のようにすぐに金貨に変えられるものではないので、有用性や利便性などの実用性についてゆっくりと証明していかなければならない。

 また、空を飛べるのが私一人だけで、他に誰も飛べない術というのでは意味が無い。それではただの物珍しい芸の一つという見世物としての価値しかない。

 弟子をとってこの理術をある程度の人数が修得して、私以外の人も空を飛べるようにならなければ国や社会にとっての有用性は示せない。

 空を飛べる術を確立させることができれば、それを社会や国の発展に貢献する方法については色々と考えているが、今はまだ絵に描いた餅でしかない。

 まずは自分が自由に空を飛べるようにならなければ話にならない。
 それから前世の知識のないこの世界の人でも修得できる理術として確立しなければならない。
 それにはまだまだかなりの時間がかかる。

 飛行術の有用性が証明されて周知されるころには孤児院出身で何の後ろ楯も無い私の地位や権力が確かなものになっているはずだ。
 そうしてやっと私利私欲で金目当てで私を手に入れようとする権力者に脅かされないだけの力を手に入れられる。
 そうなってからでなければ、金を生むような理術を自由に使うことはできない。
 
 そうなるまでに気が遠くなるほどに長い時間がかかるだろうことは想像に難くない。

 飛行術を使えるだけではお金を生み出すことはできない。氷を作り出す理術とは違って権力者にお金目当てで監禁される心配はない。
 他の理術とは違い、氷を生み出す理術は錬金術に他ならない。

 私が飛行術で十分な権力と地位を手に入れる前に私が金の卵を生む鶏ということがばれてしまうと目先の利益に目が眩んだ権力者に狙われる危険性はずっと付きまとう。

 一番手っ取り早い方法は後ろ楯を手に入れる方法だ。

 それなりに権力や地位を持っている高位の貴族の後ろ楯を得れば、金目当ての子悪党な権力者に捕まる恐れは無くなる。

 虎の威を借る狐のような方法だが、今すぐ自分の権力と地位を得ることができないのならば、他人の権力と地位を使う以外に方法はない。

 自分の価値を示して、後ろ楯になってもらいたい貴族に自分を売り込んで庇護を願う方法。

 自由に空を飛ぶためには、後ろ楯なんて邪魔でしかない。
 でも、自由でいるためには後ろ楯が必要だ。
 矛盾しているが、人の世で生きていくためには仕方の無いことではある。

 しかし、この方法にも問題がある。

 後ろ楯になってもらった貴族や権力者のいいなりになる危険がある。

 氷を生み出す理術とは関係無く、自由を奪われて、閉じ込められて、その後ろ楯のためだけに理術を使わされる危険がある。

 一方的に保護される関係ではなく、こちらも相手に利を与える存在であり簡単には蔑ろにできないだけの力を見せつけなくてはならない。

 ある程度は対等な関係である、利害関係を構築できる相手であることが望ましい。

 別に情である必要は無い。
 利があればいい。
 私を守ることで相手が利を得られる。
 それで私は守ってもらえる。

 私に害を与えたら私から利を得られなくなるという関係、そういう利害関係を築かなければならない。

 私が相手に今与えられる利はやはりこの氷になるだろうか。

 庇護者になってくれる権力者ではなく、良い商売相手を見つけなければならない。
 


 私が深刻そうに考え込んでいる間、アヤタは私に声をかけないでいてくれた。 
 私が真剣に何か大切なことを考えていることを察してくれたのだろう。 

 やっとある程度の考えがまとまった私はアヤタの顔をしっかりと見つめて口を開いた。

 「アヤタ、あなたが最も信頼できる商人を紹介してください。私が作る氷を売りたいのです」
 
 「…!私が言ったことを聞いていなかったのですか!!理術で氷を簡単に作り出せることが他人にばれたら身に危険が及ぶかもしれないということが理解できなかったのですか!?氷で金儲けをしようだなんて浅はかにも程があります!考え直してください」
 
 私の考えを知らないアヤタは私の発言がお金に目が眩んで危険を軽視していると誤解してしまったようだ。
 本気で私に怒っている。

 「アヤタ、落ち着いて。お金目当ての安易な発言ではなく、よく考えた上での依頼よ」

 私がアヤタの怒りにも一切怯まずにアヤタの目をしっかりと見つめて堂々と話しかけたことで、アヤタは急速に怒りを沈静化させてくれた。

 「一体どのような考えがあって氷を売ろうなどと思ったのですか?それをお話していただかなければ商人を紹介することはできません」
 
 怒りは引っ込んだが、心配が全面に出てきている。

 ”俺を納得させなければ、そんな危ないことは絶対にさせないぞ!”という強い意思が言外に伝わってくる。

 アヤタは私が理術の研究のために雇った助手でしかない。
 ただの仕事上の関係だけの相手だ。
 私が求める仕事を果たして、それに報酬を与えるという雇用関係しかないはずだった。
 でも、私はいつの間にかアヤタを身内として見ている。
 孤児院で家族のように過ごしたライラと同等の存在になっている。

 アヤタは私に雇用主以上の相手として接してくれた。
 お金目的であるならば、助手として必要最低限の仕事だけをすればいい。私は最初から期待していなくてそれしか求めていなかった。
 でも、アヤタは率先して私を手助けしてくれた。
 様々な助言をしてくれて、細々とした手伝いをしてくれた。
 それだけでなく、私の身をいつも本気で心配してくれた。

 アヤタの行動や真意が理解できず、何の裏の意図があるのかと疑ったりもしたが、アヤタの得になるようなことは何もなかった。アヤタが得られるのは私からの賃金だけで、仕事以上のことをしてもアヤタには何の得もない。
 アヤタが仕事以上のこと、仕事と関係の無いことを私のためにしてくれるのはアヤタの好意でしかないと理解するのに然程時間はかからなかった。

 単純な善意や助手としての義務感ではなく、そこにあるのは私への純粋な好意だ。

 そこで再び困惑した。アヤタの好意の種類が分からなかったからだ。
 もちろん、私に女としての好意を抱いているのではない。女として見られていると感じたこともない。
 私にはそんな女としての魅力など無い。ただの野暮ったい田舎娘でしかない。美形のアヤタが私に惹かれる要素など私のどこにも存在しない。

 アヤタから感じる好意は危なっかしい手のかかる妹を心配して気遣う兄のようなものだ。
 
 アヤタの好意についていろいろと考えて私は遂に思い至った。アヤタの好意は私の理術師としての空を飛ぶ理術に対してのものに違いない。
 私が他者と異なる点はそこしか存在しない。

 アヤタもきっと私と同じように空を飛びたいという願望があるのだろう。
 
 鳥のように空を飛びたいと憧れる人がいるのは不思議なことではない。
 アヤタの好意は私の空を飛ぶという理術に対しての憧れや空を飛ぶことに自分も関わっているという満足感に違いない。

 アヤタは私が街中で空に浮かんでいるのを目撃している。
 そこから私に好意を抱いたのだろう。
 それなら、アヤタが最初から私にいろいろと好意的だったことも納得ができる。

 アヤタは助手として立場を弁えて私に接しているが、時々こうして立場を越えて純粋に好意で私を心配してくれる時がある。
 そんな時は私はアヤタがまるで兄のように見えてしまう。

 私はそんな妹を過剰に心配する兄のような心配性のアヤタを説得して納得させて、商人を紹介してもらわなければならない。
 私が知る人の中で彼以外に商人に伝手はない。私には彼以外に頼める人がいない。

 私が最も望む方法でこの問題を解決するために私は必死にアヤタの説得を試みた。
 
 


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