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第4章 私はただ真面目に稼ぎたいだけなのに!

2 教訓

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 美味しいご飯を食べられるのは幸せだ。自分の手で美味しい料理を作るのは楽しい。
 贅沢を言えば、毎食自分で料理を思う存分作ってそれを食べて生活したい。
 
 今の私なら自分の研究室で誰にも気兼ねしないで自由に何でも作ることができる。
 資金があるし、材料だってお店で買えば基本的に何でも手に入れられる。
 
 孤児院ではできなかったことがやろうと思えばできてしまう。
 別にこの学園全体の食事を改革するのではない。
 自分の食べる物だけをこっそりと自分の部屋で作り自分の身内だけで味わうだけだからそれほど難しいことではない。

 でも、料理にうつつを抜かしている訳にはいかない。

 料理をする時間があるなら、私は理術の研究をしなければならない。
 私は料理人ではない。私は理術師なのだから。

 食の誘惑に駆られてうっかり暴走してしまいそうになるが、なんとか自制できている。
 
 それは孤児院での苦い教訓のおかげだ。
 
 孤児院で前世の彼女の知識を使って作った創作料理がこの世界の料理とはあまりにも違っていて、孤児たちに悪影響を与えてしまった。

 作り方がこの世界の常識とは異なり、手抜き料理に見えてしまったり、孤児たちの舌を肥えさせてしまい、贅沢を覚えさせてしまったりした。
 私の特殊な創作料理に慣れてしまえば、孤児院を旅立つ子ども達にとっては外での生活がより一層辛くて苦しいものになってしまう。
 子ども達の為を想えば、手抜きや贅沢に慣れさせてはいけなかった。私は創作料理を作るべきではなかった。
 贅沢な素材を使って作ったわけでも、変わった道具を使ったわけでも、難しいことをしたわけでもない。しかし、村での一般的な料理とは違う作り方で作った変わった美味しい料理というものは贅沢以外の何物でもない。
 
 私は孤児院のシスター見習いとして失格な行動を無自覚に行っていた。
 
 「美味しい料理が食べられたら子ども達もみんな嬉しいだろう」と安易に考えて、本当に真剣に子ども達のことを考えていなかった。
 自分が美味しい料理が食べたいという欲求を満たすために、子ども達のことを後回しにして、自分の欲望を優先させていただけだった。
 子ども達の為でもあると子ども達を言い訳に使って自分の欲求を満たしたかっただけだった。

 「あなたは料理人ではなく、シスター見習いです」と孤児院長に諭されたとき、本当に恥ずかしかった。
 自分の幼稚さ、愚かさ、弱さ、無自覚さを理解したとき、その場から消えてしまいたいと思うほどに後悔した。

 今回はしっかりとあの時の教訓を活かして、自分の立場を忘れないでいる。
 私は料理人ではなく、認定理術師だ。
 料理に時間とお金を浪費してはいけない。
 料理をする暇があるならば、もっと理術の研究をして一刻も早く空を自由に飛べるようになるならなければならない。
 
 前回のアヤタの歓迎会は自分にとって必要なことだった。
 自分の食欲を満たすという欲望のために料理をしたのではない。
 認定理術師として、雇用主として、人として、どうしても必要なことだった。譲れないことだった。妥協できないことだった。

 だから、私はあの歓迎会からは一切料理を作っていない。
 私の日常は理術の研究一色だ。

 もっと研究が進んで、安定して、弟子をとれるようになって、その弟子が一人前になったら、自分の好きなように思う存分に料理を作ってみよう。
 そしてこの世界にお料理革命を起こすぞ! 
 ドロドロの混沌スープをこの世から駆逐してやる!
 酵母菌を培養して真っ白なふわふわのパンをいつか必ず作って食べるんだ。

 そんな野望を抱きながら、普段はスープ以外は学園の食堂で作られた食事で済ませている。

 スープはライラに負担をかけてしまっているが、こればかりは仕方がない。

 この国で一般的なスープはあらゆる種類の野菜をまず水から下茹でしてクタクタのボロボロになるくらいまで茹でる。その茹で汁は捨てて、下茹でした野菜をまた水から長い時間煮込み、全ての野菜が完全に原型を留めない程に溶けてドロドロに混ざり合ってやっと完成したスープとなる。
 このスープの味は「混沌としている」としか表現しようがない。
 色んな種類の野菜が入っているけど、下茹でして、殆ど味というか旨味が抜けているから、味自体はあまりしない。でも、様々な種類の野菜がごった煮状態で、調和がとれてなく、とてもバランスが悪い味だ。

 地球でナスとカボチャとピーマンとホウレン草とゴボウを鍋に全部ぶち込んで、野菜がひたひたに浸かるくらい水を入れてドロドロになるまで煮込み、ほんの少しの塩で味付けをした様なものの旨味だけを取り除いて、何倍にも水で薄めたものの味に似ているかもしれない。
 そんなものを前世の彼女が食べた記憶は無いので、完全に私の想像だが、当たらずも遠からずと言ったところだろう。

 そのような味のものでも子ども達の為ならば必死に我慢して食べるし、それしか食べ物が無いならば文句も言わないで黙って食べるけれど、食べなくて済むならば食べたくないというのが正直な私の気持ちだ。
 学園のスープはさらに多くの種類の野菜と数種類の香辛料までぶち込まれていて、混沌具合が倍増している。
 孤児院では酸味の強いパンを浸してスープの味を誤魔化して食べていたが、学園のパンは酸味が少なくてスープの味を誤魔化せられない。

 必死に我慢すれば食べられるが、食欲が減る一方だった。

 それに、あれだけ下茹でして茹で汁を捨てていては旨味だけでなく、その素材に含まれている栄養素も抜けてしまっている。
 旨味と栄養が抜けた絞りカス状態の野菜をスープにして食べているようなものだ。
 混沌スープではお腹はそれなりに膨れるけれど、栄養は十分に摂取できていない。
 
 味の問題だけでなく、自分の健康のためにスープだけはどうしても手作りする必要があった。

 これはもう贅沢だけど仕方ないと割り切っている。
 ライラに負担をかけているのだけは心苦しく思っていたが、ライラも私の創作料理のゴロゴロスープを気に入ってくれている。ライラ自身も自分が作ったスープを食べることを楽しみにしてくれているからあまり気にならなくなった。
 普段ライラが作っているスープは歓迎会のときに作ったポトフよりも簡単に作れるのでそれほど負担にもなっていないようなのも救いだ。
 
 ライラのおかげで私は健康的な食生活を送らせてもらっている。

 認定理術師である私が料理を作るのは理由があるときだけに留めておかなければならない。自分が美味しい料理を食べたいという自分の欲求を満たすためだけに自分の時間と研究室の資金と労力を使うことだけはしないように気をつけなければならない。

 料理を趣味として楽しむのは私にはまだ早い。

 もっと学園での立場を確固としたものにしなければ趣味を楽しむ余裕など今は無い。

 実力を示して、実績を積み上げて、誰にも有無を言わせないくらいに立派な認定理術師にならなければならない。

 この研究成果をまとめて論文にして発表すればやっと少しだけ認定理術師としての実績を積むことができる。

 今後は自分にとって媒体として最適なガラスを手に入れてそれを使用して空をもっと自由自在に飛べるように研究を進めていく。
 媒体の無い状態では、自分の理力に理術が相殺されてしまって今以上の理術を行使することは困難だ。媒体無しでは浮遊術で頭打ちだった。ふよふよと浮くだけで限界だった。
 媒体がないと飛行術のようなより多くの理力と複雑な理術を行使することは不可能だ。

 まだまだ私には理術師としてやらなければならないことが沢山ある。 
 理術師としてお料理革命を起こせるのはまだまだずっと先のことになるだろう。
 
 お料理革命を起こしたいだけならば、あのときにシスター見習いではなく、料理人見習いになればよかっただけだ。
 一人前の料理人になって、料理人としての実力と実績を積み上げて、料理の世界に革命を起こせばいい。
 私はそこまでの熱意を料理に対して持ってはいなかった。
 私は空を自由に飛ぶことの方が大事だった。そして、それは今も変わらない。

 一時の欲望に流されることがないのは過去の教訓のおかげだ。 

 私は料理人ではなく、認定理術師として生きていく。

 自分が何者で、何の為にここにいるのかを忘れないで生きることがあの時に学んだ教訓だった。

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