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第3章 私はただ静かに研究したいだけなのに!

22 解放

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 アヤタの歓迎会がなんとか無事に終わり、片付けも終えて、深夜にやっとベッドに横になった。
 
 「づ~が~れ~た~」

 解放感から私はそう吐き出してしまった。

 激しい運動をしたわけではないのに全身に疲労が溜まっている。
 物凄く疲れている。

 すっごく気を遣った。
 とっても頑張った。
 
 これまで生きてきた人生の中で5本の指に入るほどに気を遣った。

 人を喜ばせることがこれほど難しいことだとは知らなかった。
 
 今までは孤児院の子ども達やシスターや村の知り合いくらいしか喜ばせたい相手はいなかった。
 その相手は顔見知りで大体の好みは把握しているから、何をすれば喜んでくれるかは予想ができた。もし万が一失敗してしまったとしてもそれを教訓にして喜んでもらえるように再挑戦すればよかった。
 人を喜ばせるとき、ドキドキやわくわくという緊張はあっても、胃が痛くなるくらいに気を遣うことはなかった。
 
 アヤタとはほぼ初対面と言っても過言は無いくらいに彼のことを何も知らない。そして、アヤタのような美形の都会の青年が何を好むのかという一般的なことも分からない。
 アヤタくらいの若い男性との関わりなど持ったことがない。
 村でもあまり男性との関わりはなくて、仕事上や挨拶程度の付き合いしかなく、個人的に親しい若い男性というのはいなかった。
 
 その年代の男性が何を考えているのか想像することすら難しい。
 年上の異性の喜ぶものを予測するなど不可能に近い。

 それでも私はどうしてもアヤタに喜んでもらいたかった。

 私はアヤタに感謝と謝罪と歓迎を迅速に正確に明確に伝えなければならなかった。
 彼に助けてもらったのに、何もしないどころか失礼な態度をとってしまった不誠実で恩知らずな私を許してもらいたかった。
 
 何が何でも絶対にアヤタに喜んでもらって、満足してもらい、感謝と謝罪を受け入れてもらって、何の憂いも無い状態でアヤタを歓迎したかった。

 私はかなり気負っていた。
 
 失敗は許されないと自分を追い詰めて、必死になって料理を試作し、ハンカチに刺繍をして、歓迎会の方法や進行について考えた。
 
 料理を試作するのは楽しかったが、自分が味わうだけではなくて、アヤタが喜ぶものを想像しながら模索した。

 苦手な針仕事にも真剣に取り組み、心を込めて一針一針丁寧に刺していった。

 どうすればアヤタが喜んでくれるか、楽しんでくれるか、満足してくれるか、どんな歓迎会にするかをライラと話し合い試行錯誤した。

 本当にたくさん頭を悩ませた。

 不安もいっぱいあった。

 もし、アヤタが喜んでくれなかったらどうしよう。
 もし、アヤタが許してくれなかったらどうしよう。
 もし、アヤタに拒絶されたらどうしよう。

 「どうしよう」の答えは見つけられなかった。

 これでダメならどうすることもできない。
 諦めるしかない。

 それが答えだった。

 こちらの誠意が伝わらない、受け入れてもらえない、拒絶されることになったら私にはどうすることもできない。
 認定理術師とその助手としてだけ、表面上の当たり障りの無い、仕事だけの関係を維持するしかない。しかし、それはかなり気まずくて息苦しいものになることが想像できた。

 アヤタは完全にお金の為と割り切って、表面上だけ許して受け入れたように見せかけることだってできる。

 雇用主だからといって、雇っている人の心まで支配して思い通りに操ることはできない。
 
 元々は私が助けてもらったときにすぐにお礼を言わなかったことが原因なのだから、アヤタに非は無い。
 謝られたからといって、その謝罪を受け入れなければならない義務も責任も無い。
 その謝罪を受け入れるか、拒絶するか、無かったことにするかは本人の自由だ。謝られた側に選択する権利がある。アヤタにはその自由があった。

 誠意を見せずに、ただの言葉だけの感謝と謝罪だけでは足りないものや納得できないこともある。
 
 許しを乞うならば、それ相応の誠意を相手に示すのは当然のことだ。

 口先だけの謝罪の言葉だけでは誠意は示せない。態度や相手への行動で示すしかない。

 「相手が謝ったならば、その謝罪を受け入れるべきだ」「相手が謝ったのに許さないのは心が狭い」「相手が謝って反省しているなら許してあげなさい」という意見が前世の彼女の世界にはあったが、その意見に私は納得できない。

 私は孤児院でシスターマリナに教えられた。

 相手を許すか許さないかは謝罪された本人が決めるべきだ。
 許したいなら許せばいいし、許したくないなら許さなくてもいい。
 周りが許すことを強要して許せば、後々深い禍根を残す。
 謝罪するということは、謝罪しなければならないことを相手にしたということで、相手が被害者だ。
 それなのに加害者が謝って、それを被害者が受け入れて許さないと、被害者が加害者のように扱われるようになるのはおかしい。
 本当に許されたいなら、相手に許されるまで誠意を示し続けて、謝罪し続けなければならない。
 周りが何を言おうとも、それを止めさせて、相手に真摯に向き合い続けなければならない。
 周囲の人間を利用して相手から許してもらおうとするのは、全く自分が悪いと反省していない証明にしかならない。
 自分が相手にやったことは無かったことにはできない。過去を変えることも消すこともできない。
 今現在にできることは相手に謝罪して許しを乞うことだけ。
 許されたいなら、相手に誠意を示して真摯に謝罪するしかない。
 相手に許したいと思ってもらえるように努力するしかない。

 私もシスターマリナの教えをその通りだと思って納得して受け入れている。

 孤児院では喧嘩両成敗でも、相手を許すか許さないかは本人の意思に委ねられた。
 子ども同士のことだったから大抵の場合は時間さえおいて落ち着けば自然と仲直りしていた。
 それでも相手をどうしても許せない子どももいた。

 家族を侮辱されたり、自分の容姿を貶されたり、失敗を馬鹿にされたり、ひどいイタズラをされたりしてひどく傷付けられてしまい、相手の子からの謝罪を受け入れることができない子もいた。

 与えられた苦しみと痛み、湧いてくる怒りと憎しみを「ごめんなさい」の一言だけで消し去ることができないのはその子の責任ではない。
 それだけ深く傷付けられたということで、簡単に癒せない傷を負わせた相手の責任だ。
 見えない心の傷は本人にしか分からない。
 許したくない、許せない、というその子の気持ちを無視するわけにはいかない。
 傷を更に抉り、深い傷を負わせてしまうことになる。

 シスターマリナは許せないという子の気持ちを無視しなかった。踏みにじらなかった。
 加害者の子には叱って反省させて謝罪をさせたが、その後は当人同士の問題として口や手を出さなかった。
 
 加害者の子には「許されたいと望むなら相手が許したいと思えるようになるまで誠意を示して真摯に謝罪し続けなさい」と教え、被害者の子には「許したくないなら無理に許さなくてもいい。無理に仲良くしなくてもいい。でも、同じ孤児院の仲間であることに変わりはないので助け合って生きていかなければならないことは忘れないで」と伝えた。

 加害者の子は相手が許してくれるまで努力し続ける子と途中で諦めてしまう子の両方がいた。
 被害者の子は相手が努力し続けて、誠意を示して真摯に謝罪を続けていると最終的にみんな許していた。

 私はアヤタに謝罪し続けることはできない。
 立場上の問題がある。私は認定理術師でアヤタは私の雇った助手。
 私が下手に出て謝り続けることは学園の認定理術師としても、雇用主としても許されないことだ。
 だから、この歓迎会に全てを懸けていた。一回きりのチャンスだった。

 これで謝罪を受け入れてもらえなかったら諦めるしかないと覚悟していた。
 だから私はアヤタに受け入れてもらえるようにと気を遣い、必死に全力で手を尽くして誠意を示した。

 あらぬ誤解を受けそうにもなったが、何とかその誤解も無事にとけて、感謝も謝罪も受け入れてもらえて本当に良かった。

 私の誠意が伝わった結果だろうか?

 
 何はともあれ歓迎会は成功した。
 紆余曲折あったが、アヤタは喜んでくれた。
 私の感謝と謝罪を受け入れてくれて、歓迎されていることを分かってくれた。

 目的は無事に達成された。ミッションコンプリートだ!

 心は満足感と達成感でいっぱいだ。苦労は報われた。

 恩人にお礼を言っていないという後悔と恩人に失礼な態度とってしまった罪悪感からも解放された。

 私はベッドで横になりながら疲労感と満足感と達成感と解放感に包まれながら、完全に緊張の糸が切れて、数日ぶりにやっと深い眠りへと落ちることができた。




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