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第3章 私はただ静かに研究したいだけなのに!
21 感謝と謝罪と歓迎⑤ 贈り物
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アヤタもデザートを食べ終えて、最後の食後のお茶の時間となった。
しかし、デザートのときの重い空気を引きずったままの微妙な空気が流れたままの状態で静かにお茶を飲むことになってしまった。
なんとかこの空気を変えようと考えて、予定よりも少し早いがライラに視線で合図を送る。
ライラは私の視線に込めた意図を無事に察してくれて、用意していた薄くて平べったくて手のひらよりも一回り大きな箱をすぐに持ってきて私の隣に待機してくれた。
「アヤタ、私からあなたへの贈り物があります。どうぞ受け取ってください」
私は緊張を隠しながら、余裕のある笑顔を浮かべてライラからその箱を受け取り、アヤタへ差し出した。
遠慮されたり、断られたりしたらどうしようかと内心不安を抱いていたが、それは杞憂に終わってくれた。
アヤタは一切遠慮することなく、差し出した贈り物を笑顔で受け取ってくれたので、場の空気がほんの少し和らいだ。
「素晴らしい料理だけでなく、贈り物まで頂き、本当にありがとうございます。ここで贈り物を開けてもよろしいですか?」
「是非とも今ここで開けて見てください」
贈り物をすぐに開封しなければならないという決まりは特にないが、贈り物を目の前で開封するのは送り返す意思は無いという表明になる。
大抵の場合は、贈り主の目の前で贈り物を開封して中身を確認してお礼を述べるのが一般的な対応だ。
アヤタが箱の蓋をそっと開けて中を見る。
箱の中には私が刺繍したハンカチが入っている。
余計な飾りが一切無い真っ白なシンプルなハンカチの右下の角に青いカンパネラの花と青い蝶の刺繍をしている。
カンパネラの花言葉は「感謝」だ。
謝罪の意味のある花言葉の花も刺繍しようかと考えたが、ちょっと重くなり過ぎる贈り物になるので思い直した。
青い蝶の刺繍には特に深い意味は無い。
カンパネラの花だけではバランスが悪かったから、何か他にも刺繍しようと考えて、この学園のシンボルである蝶と理学部の色である青色を選んだだけだ。
アヤタはハンカチを見つめたまま何と言えばいいのか悩んでいるような困惑した表情を浮かべている。
なぜ自分に「感謝」という意味のある花の刺繍をしたハンカチが贈られるのかが理解できていない様子だ。
「アヤタ、あのとき暴漢から私を助けてくれてありがとう。あのときあなたに助けてもらわなかったら、私は今ここにいることができていなかったかもしれません。本当にありがとう」
私は「感謝」の意味を説明してアヤタに頭を下げた。
しかし、すぐに顔を上げて、今度は謝罪を伝える。
「そして、ごめんなさい。私はあなたのおかげで無事に今ここにいることができています。それなのに、あのとき助けてくれたあなたに失礼な態度をとってしまい、お礼を言うのがこんなにも遅くなってしまって本当に申し訳ありませんでした」
私は先程よりも深く頭を下げて謝罪した。
「俺が勝手にしたことなので気にしないでください。俺は何も気にしていないので謝罪も必要ありません。どうか頭を上げてください」
そんな私の様子に驚くこともなく、落ち着いた声が下げた頭の上に降ってくる。
少し冷たさを感じる声と態度に私は頭を上げてアヤタを見ると、アヤタは張り付けた作り笑顔を浮かべていた。
私は自分の失敗を感じた。
なぜかよく分からないけれど、アヤタを不機嫌にさせてしまったようだ。
「ごめんなさい。私がどうしてもあなたに感謝と謝罪を伝えたかったの。あのまま有耶無耶にして無かったことにしたくなくて…」
慌てて言い訳を口にする私にアヤタの感情を含まない冷静でありながらも冷たいと感じられる声が届く。
「わざわざここまでするなんて…、俺が恩をきせて何か要求してくるかと思ったんですか?」
私は一瞬アヤタが何を言っているのか意味が理解できずにキョトンとしてしまい、そのまま思ったことが口からこぼれてしまった。
「え?そんなことは全然思わなかったけど。ただ私が恩知らずで恥知らずな人間になりたくなかっただけ。助けてもらったならきちんとお礼をするのが当たり前でしょう。私は当たり前のことをしたかっただけよ」
その言葉を聞いて、アヤタは動揺したのか、張り付けた笑顔が崩れて、崩れた表情を取り繕わないままで急いで口を開いた。
「いえ……こちらこそ穿った見方をして申し訳ありませんでした」
私はうっかり出てしまった素の自分を急いで取り繕って、言葉も取り繕って言い直す。
「助けてもらったのなら、感謝してお礼をするのが当然のことです。私は当然のことをしているだけですよ」
「……当然のこと、ですか」
「私の自己満足に付き合わせてごめんなさい。あなたが負担に思ったり、不愉快な気持ちになったのなら謝ります」
「いえ、そんなことはありません。謝らないでください」
アヤタは慌てて私が謝罪しようとするのを止めて、深い深いため息を吐き出した。
そして、顔から憑き物が落ちたかのような、スッキリした表情を浮かべ、全てを諦めたかのような笑顔になった。
「デザートに驚いて、思考停止してしまい、いろいろと取り乱してしまいました。こちらこそ失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした」
互いに謝罪し合ってやっと場の空気が落ち着きを取り戻して、穏やかな空気が流れるようになった。
場の空気が落ち着いたので、やっと知りたかったことを聞くことができる。
「そんなにアイスクリーム、いえ、氷菓は高級品ですか?あなたが驚いて取り乱してしまうほどに」
少し揶揄い半分でそう質問してみる。
アヤタは少しバツの悪そうな顔で素直に答えてくれた。
「はい。とても驚きました。自分の目を最初疑いましたよ。これまでに3度ほど氷菓を食べたことがあるのですが、その時とは比べ物にならない程の量が盛られていたので」
「普通はどれくらいの量なのですか?」
「小皿に一山くらいで、3口くらいで食べ終わる量ですね」
今日の歓迎会で出したデザートの皿の上には優にスプーンに山盛りで10口以上の量のアイスクリームが盛られていた。普通の3倍以上の量ということになる。高級品がものすごい山盛り状態ということだ。
「味、というか食感や口どけも全く違いました。氷菓は味のついた砕いた氷という食べ物で、シャリシャリとした食感なのに、このアイスクリームは滑らかで口に入れるとすぐに溶けてしまう。クリームのようでありながら、クリームとはまた違う。クリームは舌の上で溶けてはいかないが、このアイスクリームは舌に載せると溶けてあっという間に消えてしまう。氷菓クリームという名の通りですね」
「今日のデザートは牛乳を煮詰めて凍らせたから、軽い舌触りだったけど、生クリームを泡立てて凍らせるともっと滑らかで重たくて濃厚な味と舌触りになりますよ。今日のデザートはアイスクリームだったけど、生クリームを凍らせたものはクリームアイスという感じになると思います」
「クリームアイス…」
気になるらしい。
生クリームさえ手に入れられれば簡単に作れる。
泡立てた生クリームを凍らせたお菓子はパルフェという名前だったと思うが、それよりもクリームアイスと言った方が分かりやすいだろう。
アヤタは私の助手でこれから何度もこの研究室に来ることになる。
そのときにちょっとお茶でもしてお菓子を出すことは何も不自然ではない。
「今度作ってみたら休憩時間に出しますね」
「…楽しみにしています」
返答までに一瞬の間があった。その間で彼がどれだけの言いたいことを飲み込んでいたかを知るのはこのクリームアイスを作った時に知ることになる。
私は胸のつかえが取れたとスッキリして安堵していて、アヤタがどれだけ言いたいことがあって、それを我慢して、隠したか気付かないでいた。
なんとか無事にアヤタの歓迎会は終了した。
当初の目的を達成できたので、大成功と言っても過言は無いだろう。
アヤタが研究室を辞した後、私とライラで歓迎会の後片付けを行った。ライラに手伝わなくてもいいと言われたが、洗い物が多くてなかなか大変なので、無理矢理手伝った。
アヤタにもらった青と白の可憐な花束を私が花瓶に移し替えた。
受け取ったときは気づかなかったが、この可愛らしい小さな青い花は勿忘草だ。
勿忘草の花言葉は「私を忘れないで」。花の名前そのままで有名すぎる花言葉だ。
でも、私とアヤタはそのような関係ではない。
今日のアヤタの様子からして、あのときに暴漢から助けたことを忘れないでという意味では無いだろう。
それ以外では私とアヤタとの間には過去に何の繋がりもない。
忘れる程の思い出が無いのだから、「忘れないで」という意味も必要もない。
ただ単に季節の花でたまたま花屋で売っていたとかいうだけで、深い意味は無いにちがいない。
私はそのように決めつけて、私の瞳と同じ紺碧に近い濃い鮮やかな青色の勿忘草を優しくなでた。
しかし、デザートのときの重い空気を引きずったままの微妙な空気が流れたままの状態で静かにお茶を飲むことになってしまった。
なんとかこの空気を変えようと考えて、予定よりも少し早いがライラに視線で合図を送る。
ライラは私の視線に込めた意図を無事に察してくれて、用意していた薄くて平べったくて手のひらよりも一回り大きな箱をすぐに持ってきて私の隣に待機してくれた。
「アヤタ、私からあなたへの贈り物があります。どうぞ受け取ってください」
私は緊張を隠しながら、余裕のある笑顔を浮かべてライラからその箱を受け取り、アヤタへ差し出した。
遠慮されたり、断られたりしたらどうしようかと内心不安を抱いていたが、それは杞憂に終わってくれた。
アヤタは一切遠慮することなく、差し出した贈り物を笑顔で受け取ってくれたので、場の空気がほんの少し和らいだ。
「素晴らしい料理だけでなく、贈り物まで頂き、本当にありがとうございます。ここで贈り物を開けてもよろしいですか?」
「是非とも今ここで開けて見てください」
贈り物をすぐに開封しなければならないという決まりは特にないが、贈り物を目の前で開封するのは送り返す意思は無いという表明になる。
大抵の場合は、贈り主の目の前で贈り物を開封して中身を確認してお礼を述べるのが一般的な対応だ。
アヤタが箱の蓋をそっと開けて中を見る。
箱の中には私が刺繍したハンカチが入っている。
余計な飾りが一切無い真っ白なシンプルなハンカチの右下の角に青いカンパネラの花と青い蝶の刺繍をしている。
カンパネラの花言葉は「感謝」だ。
謝罪の意味のある花言葉の花も刺繍しようかと考えたが、ちょっと重くなり過ぎる贈り物になるので思い直した。
青い蝶の刺繍には特に深い意味は無い。
カンパネラの花だけではバランスが悪かったから、何か他にも刺繍しようと考えて、この学園のシンボルである蝶と理学部の色である青色を選んだだけだ。
アヤタはハンカチを見つめたまま何と言えばいいのか悩んでいるような困惑した表情を浮かべている。
なぜ自分に「感謝」という意味のある花の刺繍をしたハンカチが贈られるのかが理解できていない様子だ。
「アヤタ、あのとき暴漢から私を助けてくれてありがとう。あのときあなたに助けてもらわなかったら、私は今ここにいることができていなかったかもしれません。本当にありがとう」
私は「感謝」の意味を説明してアヤタに頭を下げた。
しかし、すぐに顔を上げて、今度は謝罪を伝える。
「そして、ごめんなさい。私はあなたのおかげで無事に今ここにいることができています。それなのに、あのとき助けてくれたあなたに失礼な態度をとってしまい、お礼を言うのがこんなにも遅くなってしまって本当に申し訳ありませんでした」
私は先程よりも深く頭を下げて謝罪した。
「俺が勝手にしたことなので気にしないでください。俺は何も気にしていないので謝罪も必要ありません。どうか頭を上げてください」
そんな私の様子に驚くこともなく、落ち着いた声が下げた頭の上に降ってくる。
少し冷たさを感じる声と態度に私は頭を上げてアヤタを見ると、アヤタは張り付けた作り笑顔を浮かべていた。
私は自分の失敗を感じた。
なぜかよく分からないけれど、アヤタを不機嫌にさせてしまったようだ。
「ごめんなさい。私がどうしてもあなたに感謝と謝罪を伝えたかったの。あのまま有耶無耶にして無かったことにしたくなくて…」
慌てて言い訳を口にする私にアヤタの感情を含まない冷静でありながらも冷たいと感じられる声が届く。
「わざわざここまでするなんて…、俺が恩をきせて何か要求してくるかと思ったんですか?」
私は一瞬アヤタが何を言っているのか意味が理解できずにキョトンとしてしまい、そのまま思ったことが口からこぼれてしまった。
「え?そんなことは全然思わなかったけど。ただ私が恩知らずで恥知らずな人間になりたくなかっただけ。助けてもらったならきちんとお礼をするのが当たり前でしょう。私は当たり前のことをしたかっただけよ」
その言葉を聞いて、アヤタは動揺したのか、張り付けた笑顔が崩れて、崩れた表情を取り繕わないままで急いで口を開いた。
「いえ……こちらこそ穿った見方をして申し訳ありませんでした」
私はうっかり出てしまった素の自分を急いで取り繕って、言葉も取り繕って言い直す。
「助けてもらったのなら、感謝してお礼をするのが当然のことです。私は当然のことをしているだけですよ」
「……当然のこと、ですか」
「私の自己満足に付き合わせてごめんなさい。あなたが負担に思ったり、不愉快な気持ちになったのなら謝ります」
「いえ、そんなことはありません。謝らないでください」
アヤタは慌てて私が謝罪しようとするのを止めて、深い深いため息を吐き出した。
そして、顔から憑き物が落ちたかのような、スッキリした表情を浮かべ、全てを諦めたかのような笑顔になった。
「デザートに驚いて、思考停止してしまい、いろいろと取り乱してしまいました。こちらこそ失礼な態度をとってしまい申し訳ありませんでした」
互いに謝罪し合ってやっと場の空気が落ち着きを取り戻して、穏やかな空気が流れるようになった。
場の空気が落ち着いたので、やっと知りたかったことを聞くことができる。
「そんなにアイスクリーム、いえ、氷菓は高級品ですか?あなたが驚いて取り乱してしまうほどに」
少し揶揄い半分でそう質問してみる。
アヤタは少しバツの悪そうな顔で素直に答えてくれた。
「はい。とても驚きました。自分の目を最初疑いましたよ。これまでに3度ほど氷菓を食べたことがあるのですが、その時とは比べ物にならない程の量が盛られていたので」
「普通はどれくらいの量なのですか?」
「小皿に一山くらいで、3口くらいで食べ終わる量ですね」
今日の歓迎会で出したデザートの皿の上には優にスプーンに山盛りで10口以上の量のアイスクリームが盛られていた。普通の3倍以上の量ということになる。高級品がものすごい山盛り状態ということだ。
「味、というか食感や口どけも全く違いました。氷菓は味のついた砕いた氷という食べ物で、シャリシャリとした食感なのに、このアイスクリームは滑らかで口に入れるとすぐに溶けてしまう。クリームのようでありながら、クリームとはまた違う。クリームは舌の上で溶けてはいかないが、このアイスクリームは舌に載せると溶けてあっという間に消えてしまう。氷菓クリームという名の通りですね」
「今日のデザートは牛乳を煮詰めて凍らせたから、軽い舌触りだったけど、生クリームを泡立てて凍らせるともっと滑らかで重たくて濃厚な味と舌触りになりますよ。今日のデザートはアイスクリームだったけど、生クリームを凍らせたものはクリームアイスという感じになると思います」
「クリームアイス…」
気になるらしい。
生クリームさえ手に入れられれば簡単に作れる。
泡立てた生クリームを凍らせたお菓子はパルフェという名前だったと思うが、それよりもクリームアイスと言った方が分かりやすいだろう。
アヤタは私の助手でこれから何度もこの研究室に来ることになる。
そのときにちょっとお茶でもしてお菓子を出すことは何も不自然ではない。
「今度作ってみたら休憩時間に出しますね」
「…楽しみにしています」
返答までに一瞬の間があった。その間で彼がどれだけの言いたいことを飲み込んでいたかを知るのはこのクリームアイスを作った時に知ることになる。
私は胸のつかえが取れたとスッキリして安堵していて、アヤタがどれだけ言いたいことがあって、それを我慢して、隠したか気付かないでいた。
なんとか無事にアヤタの歓迎会は終了した。
当初の目的を達成できたので、大成功と言っても過言は無いだろう。
アヤタが研究室を辞した後、私とライラで歓迎会の後片付けを行った。ライラに手伝わなくてもいいと言われたが、洗い物が多くてなかなか大変なので、無理矢理手伝った。
アヤタにもらった青と白の可憐な花束を私が花瓶に移し替えた。
受け取ったときは気づかなかったが、この可愛らしい小さな青い花は勿忘草だ。
勿忘草の花言葉は「私を忘れないで」。花の名前そのままで有名すぎる花言葉だ。
でも、私とアヤタはそのような関係ではない。
今日のアヤタの様子からして、あのときに暴漢から助けたことを忘れないでという意味では無いだろう。
それ以外では私とアヤタとの間には過去に何の繋がりもない。
忘れる程の思い出が無いのだから、「忘れないで」という意味も必要もない。
ただ単に季節の花でたまたま花屋で売っていたとかいうだけで、深い意味は無いにちがいない。
私はそのように決めつけて、私の瞳と同じ紺碧に近い濃い鮮やかな青色の勿忘草を優しくなでた。
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