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第2章 私はただ普通に学びたいだけなのに!

12 掃除

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 研究室のある研究棟もお城のように広い場所だから迷子になりそうだ。
 キョロキョロと挙動不審者のように辺りを見ながら所在無さげに歩いていると後ろから声をかけられた。

 「あなた、そんなところで何をしているの?もしかして新人さん?迷子になったのね。こっちに来なさい。そこは下働きが歩いてはだめなところよ」

 そう注意してくれたのは20歳くらいの真っ赤な夕焼け色の綺麗な髪をしているしっかり者に見えるこの学園の下働きの女性だった。
 どうやら新人の下働きと間違われたみたいだ。服装と年齢からそうとしか見えないから仕方ない。
 間違いをわざわざ正す必要もないので、私は彼女に探し物の在処を尋ねることにした。

 「あの、掃除道具をさがしているのですが?」
 「掃除道具?それなら案内してあげる。こっちよ」

 しっかり者の女性と一目につかない使用人しか通らない裏道を通って、地下に行く。

 「掃除道具はここにあるから。早く覚えてね」
 「ありがとうございました」

 私はバケツや箒などの掃除道具をさっそく見繕い始めた。
 そんな私を残して案内してくれた女性は去ろうとしたが、なぜかいきなり振り向いて私の顔をまじまじと見つめてきた。
 女性の行動の意味が分からず、手を止めて私も女性を見つめ返す。
 女性は真剣な表情で、私は疑問と困惑を浮かべながらお互い静かに見つめ合う。数十秒後、女性が口を開いた。

 「貴女、もしかして…ルリエラ?」

 突然知らない女性の口から自分の名前が飛び出てきて、それまでの疑問と困惑が吹き飛んだ。
 この知らない女性は何者なのか?
 いや、僅かながら既視感がある。私はこの女性を知っているはず。でも、思い出せない。

「ルリエラよね?私が分からない?私はライラよ」

 そう言われて思い出した。私の記憶の中の姉御肌で面倒見の良かった少女と目の前の女性が一致した。

 「ライラ姉ちゃん?」
 「思い出してくれた!良かった。ルリエラはこんなところで何をしているの?ここに就職したの?何があったの?」

 何があったか話すとなるとものすごい時間がかかる。私はいろいろと端折って、ここで認定理術師として勉強することになったことを簡潔に伝えた。

 「認定理術師!ルリエラってすごい!私はここで掃除婦として働いているの。時間があるから、良かったら掃除手伝うよ」

 知り合いが誰もいなくて心細く、思った以上に不安で緊張していたのが、ライラに会って自分で分かった。
 私もライラともっと一緒に居たくて、掃除の手伝いをお願いした。

 バケツに水を入れて、雑巾や箒などの掃除用具を持ってさっきの道を引き返した。
 ライラは私が扉を開けると、茫然として、その後怒り出した。

 「絶対にこれは嫌がらせよ!こんな部屋の状態はあり得ない。普通は入居者が来る前に、部屋の掃除は一通り済ませておくものよ」

 プリプリと怒りながらも、手を動かして掃除をしてくれている。
 私には普通が分からない。無料で部屋を貸してもらえて、それがこんな広くてバストイレキッチン付の素晴らしい部屋だったから、特に問題は何も感じていなかった。
 問題だと思ったのは事前に部屋の状況を説明されていなかったことだけで、汚いならば自分で掃除すれば済む話でしかない。
 私は適当に同意をして、ライラの怒りが収まるのを待ちながら掃除をした。
 二人でやったので、思いのほか早く掃除が終わった。

 それでも人が生活できる状態ではまだない。

 「きれいにはなったけど、生活用品が全然無いじゃない。どうするの?」
 「お金はもらっているから、時間をかけて揃えていくよ。今日はひとまず毛布だけでも借りられないか聞いてみる」
 「待ちなさい!こんな部屋に一人で寝ようって言うの」
 「そうだけど。宿に泊まるのはもったいないし」
 「それなら私の部屋に来なさい。二人部屋だけど、同室の子は1ヵ月前に辞めて今は一人だから、当分の間は大丈夫よ。上司や同僚にはうまく言ってあげるから」

 私は遠慮したけど、ライラにそのまま押し切られてしまった。

 掃除をしたときのままの格好で荷物を持ち、扉に鍵をかけてライラと二人で掃除道具を片付けて、ライラの部屋へ向かう。

 私は「学園の学生だけど、問題があって学生寮に入れなかった。入れるようになるまで1ヵ月くらいかかる。その間は知り合いのライラの部屋に世話になる」という設定で、田舎から出てきた訳ありの苦学生という感じになった。

 さすがに、認定理術師だけど、事務員からの嫌がらせで部屋がすぐに使える状態にないから世話になる、と正直に話すことはできなかった。
 信じてもらえない可能性も高いし、認定理術師と分かれば、妬みや嫉妬などを向けられる危険性もある。平和に過ごすために、少しの嘘は必要悪だとライラに説得されて了承した。

 ライラに言われるままに他の人を騙すことに罪悪感を覚えながら背に腹は代えられないので世話になることになった。

 ライラの部屋は使用人棟の2階の窓の無い二人部屋だ。
 ベッドが右と左に1つずつと、小さな鍵付の引出し机が真ん中に1つずつあるだけの小さな部屋だ。孤児院で私が使っていた屋根裏部屋を一回り大きくして、その部屋を二人で使い、窓も無いからちょっと窮屈だが文句は言えない。空っぽの広い部屋に一人床に眠らないで済むだけでありがたい。

 「ああいう陰険なことをする人間は絶対に信用しちゃダメ。ルリエラのことを田舎者だからって馬鹿にしているのよ」

 ライラは私の代わりにまだ怒ってくれている。

 「ライラ姉ちゃん、今日は本当にありがとう。とっても助かったよ」
 「どういたしまして。今日は疲れたでしょ?もう休もう」

 灯りを消してベッドに横になり目を瞑ろうとした瞬間、ライラがこちらを見ている気配を感じた。

 「ライラ姉ちゃん、どうしたの?」
 「……あのね、ルリエラ。私ずっと貴女に謝りたかったの。ごめんなさい」
 「え?謝るって、なんで?」
 「村で私が村の女の子達に虐められたとき、ルリエラが庇ってくれたことがあったよね。あの後、ルリエラに感謝するどころか、ルリエラのこと避けるようになったでしょ」

 あれは仕方の無いことだった。
 6歳の私が前世の彼女の知識で大暴走して問題を大きくして大勢の人に迷惑を掛けることになった。
 むしろ、ライラは私の1番の被害者と言ってもいいのかもしれない。
 避けられるのは悲しかったし寂しかったけど、自分が悪いから仕方無いことだと諦めて、ライラにそれ以上の負担を掛けないように自分もライラを避けるようになった。
 今日、数年ぶりに再開し、過去のわだかまり無く接することができて嬉しかった。
 ライラには助けてもらえたし、過去のことは謝られることだとは思っていないからライラの謝罪の意味が分からない。
 
  「私を庇ってくれたときのルリエラが知らない人に見えて怖くなって避けるようになってしまったの。でも、あれはルリエラが天才だったからなんだね。賢いからあんなふうに私を虐めた子達から庇ってくれたんだよね。認定理術師になれるくらい頭がいいんだから、それくらい簡単だよね。それなのに私は怖がって庇ってもらったのにお礼も言わないままで……。本当にごめんね」

 ひどい勘違いをされている。
 私は特別頭がいいわけではない。むしろ悪いのではないかと思う今日この頃だ。
 頭が良かったら、もっと上手く立ち回れているはずだ。あんな騒ぎは起こさないし、ライラに怖がられる事態にもならない。
 ただ前世の彼女の記憶を見ただけの普通の人間でしかない。
 幸いにも、前世の彼女の話をしないだけの分別は持っている。その程度の人間だ。
 だから、この場合の対処法として彼女の言葉を謙遜して収めるしかない。

 「昔のことだから今はもう気にしてないよ。それに私は失敗ばかりするし、村から出てきたばかりで知らないことばかり。全然天才ではないよ。今日は本当に助かったよ。明日からもいろいろと助けてほしいのだけど、いいかな?」
 「もちろん明日からもいっぱい助けてあげるよ!水臭いこと言わないでよ」

 私がライラに甘えて頼ったことで、私の中に過去のわだかまりが無いことが伝わったようだ。
 ライラから過去の後悔に対する憂いが消えて、嬉しそうに答えてくれた。

 「ありがとう、ライラ姉ちゃん」
 「どういたしまして。さあ、明日からもいろいろ大変だろうからもう寝よう。おやすみなさい」
 「おやすみなさい」

 寝慣れた硬いベッドに横になって目を瞑り、学園初日がやっと終了した。


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