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第1章 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに!
27 誓い
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孤児院長はいつもと変わらない様子で椅子に座って書類を読んでいた。
その孤児院長の姿に私は安心して気が一気に緩んでしまう。
私は今まで育ててもらった感謝と別れの挨拶を告げに来たのに、上手く言葉が口から出てこない。言いたいこと、伝えたいことはいっぱいあるのに、上手く言葉に出来ない。
「……孤児院長、今までお世話になりました」
なんとか形式的な感謝の言葉だけは口から出すことができたが、それ以上は何も言えない。頭を下げたままで次の言葉を考えているが何も浮かんでこない。
これが今生の別れになるかもしれないのだから、もっと伝えたいこと話したいことがたくさんある。それなのに、何と言えばいいのか、言ってしまってもいいのか、言わない方がいいのか、といろいろ余計なことが頭の中でグルグルと回って一人で勝手に混乱してしまっている。
弱音を吐いてしまうかもしれない。愚痴がこぼれてしまうかもしれない。泣き言を言ってしまうかもしれない。甘えてしまうかもしれない。縋ってしまうかもしれない。救いを求めてしまうかもしれない。
自分で決めたことなのに、そんなことをしたら孤児院長を困らせるだけでしかない。
最後の最後にお世話になった人を困らせたり、迷惑を掛けたり、不愉快な気分にさせたり、心配をかけたりはしたくない。
そんな情けない姿を最後の姿にしたくはない。
私は緩んでしまった気をもう一度引き締めて、精一杯の笑顔を浮かべて顔を上げた。
そこには威厳に満ちている私の上司の孤児院長ではなく、柔らかな空気を纏った私の育ての親のシスターマリナがいた。
シスターマリナは慈愛に満ちた瞳で私を見つめている。
そこには心配と信頼だけがあった。
「今までよく一人で頑張りましたね。並大抵の努力ではなかったでしょう。あなたは頑固で負けず嫌いで意地っ張りで思い込んだら暴走してしまう困ったところもあるけど、とても努力家で優しくて人の為に損得無しで行動出来て、納得できれば人の意見を受け入れて変わることができる素直ないい子であることを私は知っています。シスター見習いとして今までとてもよく働いてくれました。今までありがとう」
そう優しく言って、椅子から立ち上がった。ゆっくりと私の傍まで来て、私をそっと優しく抱きしめてくれた。
「あなたならきっと立派な理術士になれます。大丈夫。自信を持って。でも、頑張り過ぎて倒れないかだけは心配です。無理だけはしないように。自分で自分の身体を労わって、体調管理はしっかりするように。季節の変わり目にあなたは弱いですから、特に注意しなさい。もう私が注意することは出来ないから」
私はシスターマリナに抱きしめられたまま、その胸の中で泣いた。
その涙から強迫観念や不安や気負いや強がりなどは流れ出していき、泣き止んだときには胸のつかえと背負わされた重い荷物がきれいさっぱりと消えて心が軽くなっていた。
何もかも失って素っ裸で外に放り出されるものだと信じ込んでいた。
でも、それは違った。
失うものなど何も無い。暖かな優しい思いに包まれたまま私はここから旅立つだけ。
ここで得たものはここを出たからといって無くなってしまう、そんな儚く弱く幻のようなものではない。目に見える実体のあるものではないが、確かに私の中にある。
ここで得たもので私はできている。私が私である限り、消えて無くなるものではない。
私自身はここでの記憶と経験で形作られている。ここで過ごした時間、ここで知ったこと、ここで学んだこと、ここで身に付けたこと、それら全てで私ができている。
ここから去るとしても、それらが失われることはない。消えて無くなるものではない。私の中に確かに存在している。私の一部だ。
私は何をあんなに怯えていたんだろう。疑心暗鬼に捕らわれて、一人で怯えて、一人で強がって無理していた。
そんなに気負う必要など無かったのに。
独り立ちする心細さと先のことが分からない不安と自信の無さから疑心暗鬼に捕らわれていた。
落ち着いて冷静に考えればわかることなのに。
不安過ぎて被害妄想に陥っていた。
私はまた間違えるところだった。
あのままだったら、どんなことをしても夢を叶えるという覚悟を盾にして私はきっとどんなことでもしただろう。
絶対に夢を叶えなければならないという強迫観念と夢を叶えられなかったらどうしようという不安に駆られて危険なこと、倫理に反すること、人を傷つけること、人を利用することを躊躇なくしていただろう。
私の身を純粋に心配し、私を信頼してくれるこの人を決して裏切らない。裏切りたくない。裏切れない。
「……シスターマリナ、私、頑張ります。そしていつか元気な姿を見せに来ます!それまでシスターマリナも元気でいてください」
私は誓った。自分自身に。この人に胸を張れる生き方をしよう。この人の信頼を裏切らない生き方をしよう。この人を失望させるようなことは絶対にしない。私を自信をもって誇ってもらえるような人になろう。
シスターマリナにはたくさん叱られて、たくさん説教されて、たくさん諭されて、多くのことを学ばせてもらった。叱られたのと同じくらい褒められて、笑って、励まされて、慰められて、支えられた。
その共に過ごしたたくさんの記憶が根拠となって、私を信頼して私にはできると認めてくれている。一方的な期待ではなく、確信に近い。
乳飲み子の時に孤児院に捨てられてから今までずっとシスターマリナに育ててもらってきた。シスターマリナと一緒に積み上げてきた長い時間がある。
たくさん迷惑をかけて、面倒をかけて、我が儘を言って困らせて、問題を起こして振り回して、そんな問題児の私をずっと見捨てずに見放さずに見守り続けてくれた。
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
私は心の底からの感謝の気持ちを伝えてシスターマリナを抱きしめ返した。
覚悟だけはあったけど、自信はあまりなかった。それが、村で過剰な期待を寄せられて、なけなしの自信が消えてしまい、不安ばかりになってしまった。
でも今は自信が戻ってきた。少し楽観的に考えられるようになった。それまで絶望的で悲観的過ぎた。
夢を叶えることと誓いを果たすこと。その二つが私のこれからの行動指針だ。
どちらも同じくらい大切なことで、どちらかを言い訳にしてどちらか片方を疎かにしないように気を付けよう。
夢と誓いを忘れることなく、持ち続けていれば、私は道を踏み外して大きな失敗をすることはない。
そんな安心がある。
おかげで心に余裕が生まれた。
自分という存在をありのまま認めてもらうということがこれほど勇気をもらえることだとは知らなかった。
辛いことがあったらいつでも帰ってきなさい、とか、困ったことがあったら頼りなさい、とかそんな甘くて優しい言葉はもらえない。
逃げ場所も避難場所も帰る場所でもないけれど、いつか必ずまた訪れたい大切な場所。
胸を張って再び訪れたい場所、笑顔で再会したい人がいる。
それがこんなに心の支えになるなんて知らなかった。
甘やかしてなんかくれない。頼ることもできない。縋ることもできない。助けを求めることはできない。
ここは私の帰る場所ではない。
それでも大切な場所。
私の楽園。永遠の楽園。二度と帰れない楽園。
私自身に恥じない生き方をしよう。ここで過ごしてきた私が後悔するようなことはしない。
私の楽園に恥じない生き方を心がけよう。
ここは私にとって平穏で平和で平凡で幸せな日常を送ることができる楽園のような場所だった。大変なことや困ったことや理不尽なことや辛いこともたくさんあったけど、本当に耐えられないほどに苦しくて辛く、乗り越えられないほど酷いことは起こらない閉ざされた田舎の村の孤児院にいた。
自由が無かったり、物が無かったりと不便や不自由や不満なことはいっぱいあった。
閉鎖的な空間で毎日代わり映えの無い単調な日々を送ってきた。
小さな問題や諍いや争いや喧嘩もあったが、無事に解決してきた。
本当に平穏で平和で平凡な日々を送ってこれた。
これがどれだけ幸せなことか私は知っている。
この日々の価値を私は知っている。
この日々がどれだけ得難いものか私は知っている。
前世の彼女の記憶が教えてくれた。
◇◇◇◇◇
翌朝、私が孤児院から旅立つ時、孤児院のみんなが見送ってくれた。
この中の子供達に再び出会うことができる子はいるだろうか。
二度と会えなくても、私は彼等の健やかな成長と幸せな人生を願っている。きっと彼等も同じ気持ちだ。
私も今までずっとそう願って旅立つ子達を見送ってきた。
私の荷物は片手で運べるくらいの重さの鞄一つだけだ。
でも、私は夢を絶対に諦めないという覚悟と夢を叶えたら私の楽園に笑顔で胸を張って訪れるという誓いを胸に抱いている。
覚悟は私に夢を諦めない強さを与えてくれる。誓いは私が道を踏み外さないように支えてくれる。
覚悟だけなら、夢を実現させたとしても大切なものを失っているだろう。
誓いだけなら、途中で挫折して夢を諦めているだろう。
覚悟と誓いの両方があって私は本当に夢を叶えることができる。
私は覚悟と誓いのおかげで自然と浮かんだ笑顔で生まれ育った孤児院から出発した。
その孤児院長の姿に私は安心して気が一気に緩んでしまう。
私は今まで育ててもらった感謝と別れの挨拶を告げに来たのに、上手く言葉が口から出てこない。言いたいこと、伝えたいことはいっぱいあるのに、上手く言葉に出来ない。
「……孤児院長、今までお世話になりました」
なんとか形式的な感謝の言葉だけは口から出すことができたが、それ以上は何も言えない。頭を下げたままで次の言葉を考えているが何も浮かんでこない。
これが今生の別れになるかもしれないのだから、もっと伝えたいこと話したいことがたくさんある。それなのに、何と言えばいいのか、言ってしまってもいいのか、言わない方がいいのか、といろいろ余計なことが頭の中でグルグルと回って一人で勝手に混乱してしまっている。
弱音を吐いてしまうかもしれない。愚痴がこぼれてしまうかもしれない。泣き言を言ってしまうかもしれない。甘えてしまうかもしれない。縋ってしまうかもしれない。救いを求めてしまうかもしれない。
自分で決めたことなのに、そんなことをしたら孤児院長を困らせるだけでしかない。
最後の最後にお世話になった人を困らせたり、迷惑を掛けたり、不愉快な気分にさせたり、心配をかけたりはしたくない。
そんな情けない姿を最後の姿にしたくはない。
私は緩んでしまった気をもう一度引き締めて、精一杯の笑顔を浮かべて顔を上げた。
そこには威厳に満ちている私の上司の孤児院長ではなく、柔らかな空気を纏った私の育ての親のシスターマリナがいた。
シスターマリナは慈愛に満ちた瞳で私を見つめている。
そこには心配と信頼だけがあった。
「今までよく一人で頑張りましたね。並大抵の努力ではなかったでしょう。あなたは頑固で負けず嫌いで意地っ張りで思い込んだら暴走してしまう困ったところもあるけど、とても努力家で優しくて人の為に損得無しで行動出来て、納得できれば人の意見を受け入れて変わることができる素直ないい子であることを私は知っています。シスター見習いとして今までとてもよく働いてくれました。今までありがとう」
そう優しく言って、椅子から立ち上がった。ゆっくりと私の傍まで来て、私をそっと優しく抱きしめてくれた。
「あなたならきっと立派な理術士になれます。大丈夫。自信を持って。でも、頑張り過ぎて倒れないかだけは心配です。無理だけはしないように。自分で自分の身体を労わって、体調管理はしっかりするように。季節の変わり目にあなたは弱いですから、特に注意しなさい。もう私が注意することは出来ないから」
私はシスターマリナに抱きしめられたまま、その胸の中で泣いた。
その涙から強迫観念や不安や気負いや強がりなどは流れ出していき、泣き止んだときには胸のつかえと背負わされた重い荷物がきれいさっぱりと消えて心が軽くなっていた。
何もかも失って素っ裸で外に放り出されるものだと信じ込んでいた。
でも、それは違った。
失うものなど何も無い。暖かな優しい思いに包まれたまま私はここから旅立つだけ。
ここで得たものはここを出たからといって無くなってしまう、そんな儚く弱く幻のようなものではない。目に見える実体のあるものではないが、確かに私の中にある。
ここで得たもので私はできている。私が私である限り、消えて無くなるものではない。
私自身はここでの記憶と経験で形作られている。ここで過ごした時間、ここで知ったこと、ここで学んだこと、ここで身に付けたこと、それら全てで私ができている。
ここから去るとしても、それらが失われることはない。消えて無くなるものではない。私の中に確かに存在している。私の一部だ。
私は何をあんなに怯えていたんだろう。疑心暗鬼に捕らわれて、一人で怯えて、一人で強がって無理していた。
そんなに気負う必要など無かったのに。
独り立ちする心細さと先のことが分からない不安と自信の無さから疑心暗鬼に捕らわれていた。
落ち着いて冷静に考えればわかることなのに。
不安過ぎて被害妄想に陥っていた。
私はまた間違えるところだった。
あのままだったら、どんなことをしても夢を叶えるという覚悟を盾にして私はきっとどんなことでもしただろう。
絶対に夢を叶えなければならないという強迫観念と夢を叶えられなかったらどうしようという不安に駆られて危険なこと、倫理に反すること、人を傷つけること、人を利用することを躊躇なくしていただろう。
私の身を純粋に心配し、私を信頼してくれるこの人を決して裏切らない。裏切りたくない。裏切れない。
「……シスターマリナ、私、頑張ります。そしていつか元気な姿を見せに来ます!それまでシスターマリナも元気でいてください」
私は誓った。自分自身に。この人に胸を張れる生き方をしよう。この人の信頼を裏切らない生き方をしよう。この人を失望させるようなことは絶対にしない。私を自信をもって誇ってもらえるような人になろう。
シスターマリナにはたくさん叱られて、たくさん説教されて、たくさん諭されて、多くのことを学ばせてもらった。叱られたのと同じくらい褒められて、笑って、励まされて、慰められて、支えられた。
その共に過ごしたたくさんの記憶が根拠となって、私を信頼して私にはできると認めてくれている。一方的な期待ではなく、確信に近い。
乳飲み子の時に孤児院に捨てられてから今までずっとシスターマリナに育ててもらってきた。シスターマリナと一緒に積み上げてきた長い時間がある。
たくさん迷惑をかけて、面倒をかけて、我が儘を言って困らせて、問題を起こして振り回して、そんな問題児の私をずっと見捨てずに見放さずに見守り続けてくれた。
「今までお世話になりました。ありがとうございました」
私は心の底からの感謝の気持ちを伝えてシスターマリナを抱きしめ返した。
覚悟だけはあったけど、自信はあまりなかった。それが、村で過剰な期待を寄せられて、なけなしの自信が消えてしまい、不安ばかりになってしまった。
でも今は自信が戻ってきた。少し楽観的に考えられるようになった。それまで絶望的で悲観的過ぎた。
夢を叶えることと誓いを果たすこと。その二つが私のこれからの行動指針だ。
どちらも同じくらい大切なことで、どちらかを言い訳にしてどちらか片方を疎かにしないように気を付けよう。
夢と誓いを忘れることなく、持ち続けていれば、私は道を踏み外して大きな失敗をすることはない。
そんな安心がある。
おかげで心に余裕が生まれた。
自分という存在をありのまま認めてもらうということがこれほど勇気をもらえることだとは知らなかった。
辛いことがあったらいつでも帰ってきなさい、とか、困ったことがあったら頼りなさい、とかそんな甘くて優しい言葉はもらえない。
逃げ場所も避難場所も帰る場所でもないけれど、いつか必ずまた訪れたい大切な場所。
胸を張って再び訪れたい場所、笑顔で再会したい人がいる。
それがこんなに心の支えになるなんて知らなかった。
甘やかしてなんかくれない。頼ることもできない。縋ることもできない。助けを求めることはできない。
ここは私の帰る場所ではない。
それでも大切な場所。
私の楽園。永遠の楽園。二度と帰れない楽園。
私自身に恥じない生き方をしよう。ここで過ごしてきた私が後悔するようなことはしない。
私の楽園に恥じない生き方を心がけよう。
ここは私にとって平穏で平和で平凡で幸せな日常を送ることができる楽園のような場所だった。大変なことや困ったことや理不尽なことや辛いこともたくさんあったけど、本当に耐えられないほどに苦しくて辛く、乗り越えられないほど酷いことは起こらない閉ざされた田舎の村の孤児院にいた。
自由が無かったり、物が無かったりと不便や不自由や不満なことはいっぱいあった。
閉鎖的な空間で毎日代わり映えの無い単調な日々を送ってきた。
小さな問題や諍いや争いや喧嘩もあったが、無事に解決してきた。
本当に平穏で平和で平凡な日々を送ってこれた。
これがどれだけ幸せなことか私は知っている。
この日々の価値を私は知っている。
この日々がどれだけ得難いものか私は知っている。
前世の彼女の記憶が教えてくれた。
◇◇◇◇◇
翌朝、私が孤児院から旅立つ時、孤児院のみんなが見送ってくれた。
この中の子供達に再び出会うことができる子はいるだろうか。
二度と会えなくても、私は彼等の健やかな成長と幸せな人生を願っている。きっと彼等も同じ気持ちだ。
私も今までずっとそう願って旅立つ子達を見送ってきた。
私の荷物は片手で運べるくらいの重さの鞄一つだけだ。
でも、私は夢を絶対に諦めないという覚悟と夢を叶えたら私の楽園に笑顔で胸を張って訪れるという誓いを胸に抱いている。
覚悟は私に夢を諦めない強さを与えてくれる。誓いは私が道を踏み外さないように支えてくれる。
覚悟だけなら、夢を実現させたとしても大切なものを失っているだろう。
誓いだけなら、途中で挫折して夢を諦めているだろう。
覚悟と誓いの両方があって私は本当に夢を叶えることができる。
私は覚悟と誓いのおかげで自然と浮かんだ笑顔で生まれ育った孤児院から出発した。
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