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第1章 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに!

26 憂鬱

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 覚悟を決めてから数日後、私は馬車に乗り孤児院のある村へ向かっていた。

 私の決断は孤児院長から領主へと伝えられ、領主の後見の元に理術士になるための学園へ入学することが決まった。

 私は荷物の整理と別れを告げるために1度村へ帰ることを領主に許され、わざわざ馬車を用意していただき、それに乗って村へ帰っている。

 屋根の無い荷馬車くらいしか乗ったことがない私には屋根と窓と座席がある立派な馬車は居心地が悪い。
 一応、意識を失っていたときに同じ馬車に乗せられて同じ道を通っていたが、意識が無かったので全く記憶に無いため実質的にはこれが初めての馬車だ。

 道が綺麗に舗装されているわけではないから、立派な馬車でもかなりガタガタと揺れるが、座っているだけで目的地に着くのだからとても楽だ。
 やはり徒歩よりもずっと速い。

 馬車は村の中へと入り、孤児院ではなく村長の家の前で止まった。

 一刻も早く孤児院へ戻ってマリーの容体や子ども達の様子を確認したかったが、諸事情あって村長の元へ真っ先に向かうことになった。

 いろいろと村に迷惑をかけてしまったので、ひとまず村長へ今回の騒ぎのお詫びとお礼を告げて、簡単な別れの挨拶を行っておかなければならない。
 孤児の私が村を出るのにいちいち村長へ挨拶をする必要はないし、これまで孤児院から独り立ちしていった孤児達もそんなことはしていない。
 
 私は孤児院に一泊するので、わざわざ馬車を往復させるのも馬に負担がかかるため、馬車と馬車の御者を村長の家で一晩面倒をみてもらうことになっているので村長への挨拶は必要なことだ。

 村長はわざわざ外で私の到着を待っていた。
 村長は私に対して露骨なまでに下手に出て、私を過剰なまでに褒め称えた。
 領主に認められ、貴族ぐらいしか行くことが出来ない学校に行く天才に媚を売っておいて損は無いということなのだろう。

 一方的に「君は村の誇りだ!立派な理術士になってくれ。君ならできる」と言われた。
 何を根拠にそんなことを言っているのかと内心呆れてしまったが、笑顔で「頑張ります」と答えておいた。今後の孤児院のことを考えて余計な波風を立てるべきではない。

 これまでは村長として威厳のある対応を上からの立場でしていたが、今までと全く違う対応をされて、やはりあのまま村の孤児院で暮らすのは難しかったのだと再認識した。

 私の村での立場は「親も分からない孤児院育ちのシスター見習い」から「将来理術士になることが決まっている領主も期待する村が育てた天才」ということになってしまっているようだ。

 内心うんざりしながらも、笑顔で対応して、片付けがあるからと早々に切り上げて村長の家を出た。

 村長の家の周りには大勢の村人が集まっていて、私は驚いた。みんな「村が育てた天才」をわざわざ見にきたようだ。
 みんな笑顔で誇らしそうに「すごいすごい」「頑張れ頑張れ」「誇りだ誇りだ」と口々に私を褒め称えている。

 その中からジョシュアとアンヌと両親が出てきた。
 ジョシュアは元気そのもののようで私はほっとした。
 二人の両親が代表して私にジョシュアを助けたお礼を言って頭を下げた。
 アンヌやジョシュアとゆっくりと話しをしたかったが、周りの人達がそれを許してくれない。
 
 ゆっくりと友と別れの言葉を交わすこともできず、私は孤児院へと避難するように急いで帰った。

 孤児院では子どもたちがお別れ会の準備をしてくれていた。

 これまでも孤児たちが孤児院から出て独り立ちする前日にはお別れ会を開いていた。
 お別れ会といっても普段よりも少しだけ豪華な食事と食事中のおしゃべりが許可されるだけの夕食にすぎない。

 マリーが率先してお別れ会の準備をしてくれている様子だ。
 すっかり全快して元気に動けるようになっているマリーを見て私はやっと安心できた。

 お別れ会という名の孤児院最後の夕食はとても賑やかで和やかに時が流れた。普段のお別れ会なら別れが辛くてほんの少し悲壮感が漂ってしまうが、私のお別れ会にはそれはなく、孤児達みんな興奮しているようだ。

 ここでも村の影響があるようで、子ども達も私のことを「ものすごい天才」と思い込んでいるようだ。

 実際に空中に浮かぶことができるのだから、仕方のない反応かもしれない。

 誰も実際にやってみてほしいと言わないだけの分別はあるようだ。私が倒れたから遠慮する気持ちがあるのだろう。

 化け物や異常者や異端者扱いされて腫れ物のようにされないだけずっと救われる扱いだということは理解している。

 それでも、何も知らない村人たちからの「天才だから何でもできる」という根拠のない信頼と「絶対に成功して立派な理術士になれ」という過剰な期待。
 この身には過ぎたものを一方的に背負わされて押しつぶされそうだ。私はそんな人ではないと否定したいが、すべて謙遜と受け取られて聞く耳をもってもらえないだろうことは想像に難くない。

 彼らが作った私の像は立派過ぎて私には重くて苦しい。
 絶対に失敗は許されないという強迫観念と本当に天才ではない自分にできるのかという不安でいっぱいになる。

 彼等はまるで私が何の努力もせずに当たり前のように理術が使えると勘違いしている。
 コツコツと努力した結果と前世の彼女の記憶と私の執念と根性の成果なのに、それらを否定されている気分になり憂鬱になる。

 そんなことを説明できるはずはないし、説明しても理解してもらえるはずがないし、説明しても私がやったことは何も変わらないし、説明することは無意味なことでしかない。

 お別れ会でも私は笑顔を張り付けたまま興奮している子ども達を適当に受け流しながら過ごした。
 子ども達のキラキラと尊敬と期待に満ちた目にどう答えたら良いのか分からなかった。

 お別れ会の後、憂鬱な気持ちのまま荷物の片づけを終えて、最後の挨拶をしに孤児院長室へ向かった。






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