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第1章 私はただ平穏に暮らしたいだけなのに!

21 崖

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 アンヌに先導されて森の中を20分ほど走りジョシュアが落ちた場所にたどり着いた。

 10人ほどの村の男達が崖の縁に集まって下を覗いている。

 何とかジョシュアを助けようとロープを持ち寄って結んで繋げて、1番体重の軽そうな男性の1人に縛り付けて崖から降ろそうとしているようだ。
 見るからにロープの強度が足りてない。途中で切れて崖から落ちるのが目に浮かぶ。それでもこの方法しかジョシュアを救う方法が無いのだろう。
 都合よく人を2人支えられる強度があり、崖の半分に届く長さの丈夫なロープがお店のひとつも無いこんな田舎の村にあるはずが無い。

 取り込み中の彼等は私達が手を伸ばせば届く程近づいてやっとこちらに気付いた。

 「ここで何をしている!女手は必要ない。邪魔だから家に帰っていろ!」

 彼らも余裕の無い状態だから、一方的に怒鳴りつけられてしまった。

 「待って!私達はジョシュアを助けに来たの!」

 アンヌが必死に彼等に私の理術のことを説明した。

 「……飛べるだと?」

 説明されてもすぐに理解などできないのは当然だ。彼等は半信半疑で私を睨むように見ている。
 ここで押し問答をしている暇は無い。私はその場で軽く理術を使ってふわりと誰の目から見ても分かるように膝くらいの高さまで浮いてみた。

 「ほ、本当に飛べるのか!?」

 飛ぶ、ではなく、浮く、が正しいのだが、流石に訂正はしない。
 ここで変に自分を卑下したり過小評価をして、やっぱり信用できないと判断されて、千切れそうなロープで崖を降りられたら困る。
 あれを使うくらいなら、私の不確かな理術の方がマシだ。

 私の理術を実際に目の当たりにして、彼等は素直に私にその場を譲ってくれた。
 崖を見下ろすと、地面まで6階くらいの高さがある。崖は垂直に切り立っているというほどではなく、80度ほどの傾斜のある崖になっていた。凸凹としていて、足場があるので、晴れた日ならばこの崖を登ることも不可能ではないだろう。
 しかし、今は雨が降っていて足元が滑りやすく、視界も悪い。よっぽどこの崖を登り馴れた人間でロッククライミングの達人でない限りはこの崖をよじ登るのも降りるのも不可能だろう。
 
 ジョシュアは崖の真ん中あたりに人一人が横たわれるくらいに出っ張った場所にうずくまっている。
 崖から真っ逆さまに落ちたのではなく、滑り落ちるように落ちたのだろう。衝撃が殺されていたからあの高さまで落ちても命があったに違いない。不幸中の幸いだ。

 どうやってジョシュアを助けるか彼等と軽く打ち合わせをした。命綱代わりにロープを縛っていくように言われたが、最悪の事態を考えて断った。

 私はいつも窓から飛び降りるときと同じように、崖から飛び降りた。

 ゆっくりとふわふわと何も無い空間を人が一人降りていく非現実的な光景を村の人達が何も口に出さず、固唾を飲んでじっと見ている。その瞳には自分達の常識から外れた得体の知れないモノを警戒するような、信じられないような、信じたくないような、理解できないというような、様々な感情が込められていたが、私にそれに気づく余裕は無かった。

 普段よりも慎重にゆっくりと時間をかけて降りていき、ジョシュアのいる崖の中腹までなんとか問題なくたどり着けた。

 ジョシュアは踞ったままこちらを見ようとしない。音も無く近づいた私に気付いていないようだ。
 私がジョシュアの隣に降り立ったとき、やっとジョシュアは顔を上げた。

 「ジョシュア、大丈夫?…ではないよね。助けに来たよ」
 「……ルリエラ?」

 ジョシュアはまるで寝惚けているみたいにボーっと私を見ている。
 私はジョシュアの頬に優しく触れてみた。かなり冷たい。私はジョシュアを雨から守るように抱き締めた。
 私の温かさを感じて、意識が少しはっきりしたのか、私の姿が夢や幻ではないと理解できたらしく、
 「え?え?なんでルリエラがここに?どうして?どうやって?」
 と混乱して私に尋ねてきた。

 私は軽くジョシュアに理術のことを説明して、それでここから助けると伝えた。ジョシュアは「助かるんだ」と完全に私を信頼しきって安心してしまった。

 最大の関門はこれからなのだが、ジョシュアにこれ以上の精神的負担をかけるわけにはいかない。

 「もう大丈夫。何の問題も無いから、私にすべて任せてね」
 何の心配もないと笑顔でジョシュアに告げて安心させた。

 私はジョシュアと両手を繋いで、自分に理術を使うときのようにジョシュアにも無重力の膜を張ろうとした。
 しかし、ジョシュアにはなぜか理力が通らない。水を入れたバケツのときは成功したのに、バケツのように自分の一部のように膜を張ることができずに弾かれてしまう。

 私はジョシュアを背負うことにした。私の腕力では抱っこでジョシュアの体重を支えられない。理力が通って、浮けば大丈夫と思っていたが、とんだ計算違いだ。

 私の雨コートをジョシュアに着させて、私とそれほど身長が変わらないジョシュアをおんぶして、私だけに理術を使い全力で浮こうとする。

 ジョシュアの体重分だけ、私が重くなってしまったので、1メートルも浮かばずに止まってしまった。一度に出せる出力の限界にひっかかってしまった。それでも時間さえかければ浮くはずなのに、それ以上なぜか浮けない。

 理由は分からない。人と一緒に浮かんだことがないので、このような事態は想定していなかった。
 ジョシュアに理力が通らないことと関係しているのかもしれない。何か阻害要因があると思うが、それを考えている余裕は今はない。

 私が考えていた最悪の事態になった。これでは崖の上に戻ることはできない。

 私は崖の上にいる人達に合図を送った。「崖の下に降りる」という合図だ。崖の下は川とかではなく普通の地面だ。ただし、崖の上から崖の下まで行くにはかなりの遠回りをしなくてはならない。村人の話だと1時間くらいはかかるらしい。しかし、それしか方法がない。私は崖の下に降りることに決めた。

 私はジョシュアを背負ったまま、崖の出っ張りから飛び降りた。少しずつ自分を支える理力を減らし、徐々に高度を落としいく。

 崖から降りたときと同じことをしているのに、人を一人背負っているだけで先程の5倍以上の理力を使っている。

 ゆっくりとふわふわとはた目には余裕そうに降りているように見えるだろうが、私は全身全霊で自分の理力を絞り出して余裕など全く無い状態だった。

 なんとか私の体力と腕力と理力の限界を迎える前に何とか崖の下まで降りることができた。
 でも、限界ギリギリだったようで、私はその場で動けなくなってしまった。
 ジョシュアは私の背から降りて、私を支えてくれた。
 雨は降り止むことはなくずっと降っている。崖の下では雨を遮るものがなく、このままでは体が冷えるので、すぐ近くの雨を防いでくれる木の下まで二人で避難した。


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