氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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108話

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 皇女の閉じ込められている場所へ、アントワーヌに案内されたキャニスは、地面の上に放り出され、足かせの鎖を天幕の支柱に繋がれた皇女を睥睨している。 

 他の捕虜達は、寒空の下、柵の中なのに。
 一応女性だし。
 立場上、天幕を用意されたのか。
 王太子を暗殺しようとした相手なんだぞ。
 甘すぎる。
 後で、ナリウスの牢馬車に移動させないと。

 全て僕の所為だ。
 後々の利益を優先し。
 回りくどい事をしたから、殿下は・・・。
 シエルは、命の危険に晒された。
 帝国に借りを作っても、手っ取り早く処分するべきだったんだ。

 だが・・・。
 シエルを手に掛けたのは、この女だ。
 ヒョウモンガエルの毒は、猛毒だ。
 命が助かっても、殿下は元の姿と健康を取り戻すことは、出来ないかもしれない。

 許せない。
 絶対に許さない。

 普段通り、静かに佇んでいる様にも見えるが、キャニスの瞳は軽蔑と憎悪、そして計り知れない怒りで、菫色の筈の瞳が、赤く染まり、光を放っているようだ。

 皇女の天幕の見張りに付いて居た騎士達は、最初はキャニスが天幕に入る事に難色を示したが、赤く光る瞳に見つめられると、互いの顔を見交わしながら、恐る恐る道を開いたのだった。

「皇女を起こして」

「はい」

 アントワーヌはキャニスの意を受け、魔法で生み出した水を、容赦なく皇女に流しかけた。

「うっ?!・・・冷たい!!」

 火の気のない天幕で、水を掛けられずぶ濡れの皇女は、冬の冷気と、キャニスの体から漏れる魔力で、震え上がった。

 それでも、イングリットの帝国の皇女としての矜持が、キャニスへ膝を屈する事を許さない。

「王太子の命乞いか?お前が私の物になるのなら、解毒剤を渡してやってもいいぞ?」

「・・・貴方はどこまで他人を踏みつけにすれば、気が済むんだ?」

「なにを言って居るのか、理解出来んな。私はドルグ帝国第一皇女。次代の女帝だ。全ての者が平伏し、私を崇めるのは当然だろう」

「貴方は女帝にはなれない。皇都へ戻れば、貴方は廃嫡される事が確定している」

「はっ?!世迷言を申すな。私以外に誰が帝位を守れると言うのか!」

「第二皇子の、ウォルター殿下が居られる」

「はぁ?ウォルター?ウォルターだと?あの、うつけが皇帝?貴様は馬鹿か?寝言は寝て言え!!」

「本当にそう思うのか?本当に?」

 底冷えのするキャニスの声に、皇女は不穏なものを感じ、視線を泳がせた。

「き・・・貴様。何を知っている?」

「貴方の知らない事を色々と、私には耳の早い知り合いが居るのですよ。その知り合いは大層鳥を可愛がって居られる」

「とっ鳥・・・?」

「オセニアは兎も角。何故陛下は、ラリスを武力で平定されようとしなかったのか。よくお考えになる事です」

「そんな・・・そんなまさか?」

「それと、私を丸め込もうとしても無駄です。貴方が使った針は、辱めを受けない為の、自害用の毒針だ。解毒剤など持っているはずが無い。部下にも見捨てられ、大敗を喫した上に自害する気概も無く、おめおめと皇都へ戻った貴方を、皇帝がどうするのか楽しみですね?」

 淡々と皇女を嘲笑するキャニスに、イングリットはカッとなった。

「貴様っ!」

「あまり暴れない方が良いですよ?あなたの肌の手入れをしていた、ペットはもう居ないんだ。この先貴方に触れることが出来るのは、ナリウスだけになるでしょう」

「ナッナリウスだと?どういうことだ?」

「さあ?貴方が知る必要はありません。この先の人生、貴方は懺悔の日々を送るのです。そして長生きしたければ、皇帝陛下が一日でも永く、お元気であられる事を、祈った方が良いですよ?」

「貴様・・・・何を言って居るのだ」

「帝位に就いたウォルター殿下が、貴方を見逃してくれるでしょうか?」

「えっ?」

 何を驚いている?
 全て自分の蒔いた種じゃないか。

「懺悔の準備は出来ましたか?」

「なにを!何をする気だ?!」

 ガチャガチャと鎖と枷を鳴らしながら後退る皇女を、キャニスはアントワーヌに押さえ付けさせた。

「シェルビー殿下は、私の事を心の優しい天使だ、と仰って下さるのです」

「は?・・・てってっ天使?」

「でもね、皇女。私は天使ではなく、ただの人間なのです」

「はぁ?」

何を当然のことを、と鼻白む皇女へ、キャニスは一歩近いた。

「アントワーヌ。外の騎士達が驚かないように口を塞いで」

「畏まりました」

 指を食い千切られないよう、隠しから取り出した布を皇女の顔に押し付けたアントワーヌは、キャニスの言いつけ通り、皇女の口を塞いだ。

「安心して下さい。痛い事などは在りません。私は優しい天使らしいので、天使らしく貴方に、反省の機会を与えて差し上げるだけです」

 艶然と微笑む、キャニスの顔を見たイングリットの脳裏に、復讐の天使、という言葉が響いたのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「彼、やるわね」

「母様、僕は温いと思います」

「そう?でも一思いにやってしまうより、こっちの方が相手は苦しむと思うわよ?」

「でも、肉体的な苦しみは無いでしょ?どうせなら、心も体も蝕んだ方が良いと思うけど」

 美と愛を司る親子神は、主神の部屋でお茶を飲みながら、モニターに映し出された、キャニスの報復の場面を鑑賞していた。

「君達、復讐の神だったっけ?」

「あらやだ。私達は美と愛の神よ?」

「そうですよ。愛を裏切った者、愛する人を傷つけた者への報復は、より苛烈であるべきだって話しですよ?」

「そうなんだ」

 呆れる主神に親子神は、そうそう。と頷いて見せた。

「それに、復讐したいと思えたって事は、この子の中に、愛が芽生えたってことでしょ?」

「だから僕達の領域ってこと」

 2人の言い分に、主神も頷かざるを得なかった。

「そんな事より、なんで君たちはここに居るの?」

「そりゃあ」

「ねぇ」

 と親子は顔を見交わしている。

「あんな、騒ぎの主人公だし?」

「キャニスとシェルビーって子は、私の好みですもの。その後が気になってぇ」

 甘えた声を出す母神に、主神はこめかみを押さえた。

「ウェヌスの好みは、関係ないでしょ?」

「そうかしら?私の加護を与えた相手よ?」

「まあ、そうなんだけどね」

「でも、この子。ハンサムだったのに、このままじゃ顔に傷が残っちゃうわ」

「でも母様。スカーフェイスも、渋くてカッコいいかも知れませんよ?」

「確かにね。それはそれで色気が有ったりするわよね。ん~~~。ねぇ主神。この子の顔の傷、余り醜くならないように、ちょっとだけ治してあげてもいいかしら?」

「え~~~?!それは手出ししすぎじゃない?」

「え~~~って。駄目なの?」

 上目づかいで見上げて来るウェヌスに、主神は渋い顔になった。

「でもなあ。君の加護があるから、この子は死なないだろ?」

「んん~~。もう意地悪ね!あんまり醜い傷跡だと、キャニスが罪悪感で、幸せを感じられないかもしれないじゃない!」

「むむむ・・・。いいや。傷をいじるのは駄目だ。その代わり毒で損なうはずだった体の方を治してあげなよ。その方が彼等の今後には良いと思うよ?」

「そうかしら?」

「母様。毒の所為で、あっちが弱くなる方が辛いかもよ?」

「まあ、確かにそうね。濃密な交わりは、愛に不可欠ね。じゃあ、そうしましょう」

 ホクホクと、シェルビーの体に手を加え始めたウェヌスは、主神が息子に気を取られている隙に、頬の傷にも手を加えて置いた。

 ふふん。

 最初は酷くても、徐々に治る様にして置けば、主神も気付かないわよね?

 折角のハンサムさんなんだもの。
 台無しにしちゃったら、世界の損失よ。
 
 陰のある二人が、寄り添って生きるって言うのも捨てがたいけれど。
 どうせなら、麗しいものは麗しいままにしておきたいものね。
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