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106話
しおりを挟む晴天の霹靂。
「父上・・・ちっ父上がそんな事を許す筈がない!!そんなものはでっち上げだ!!」
反逆罪?
何故だ?
何に対する不服従だというのだ。
友好国であるラリスとオセニアを、手に入れたがっていたのは父上だ。
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しかし、オセニアの騎士は勇猛果敢。
加えて王太子のシェルビーが、戦場に立つようになってからは、騎士達の士気も高く。
王太子の勝ちに拘った、情け容赦のない作戦や、彼自身の戦いぶりから、戦場の悪魔と噂されて居る事も知っている。
だが私は、どうしてもこのキャニス・ヴォロス・カラロウカが欲しい!
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そして先の戦闘で見せた、あの膨大な魔力。成人したばかりとは思えない、溢れんばかりの才能。
欲しい。
絶対に欲しい。
この男、私の傍に置く事こそが相応しい。
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しかしこの男の子供なら、優秀な子が生まれるはずだ。
キャニスの子種を得られれば、私はこの世に文武に秀で、見目麗しい最高傑作を生みだすことが出来る。
私はもう直ぐ、子を産めない歳になる。
これが最後のチャンスなのだ!
だからこそ、信用はしているが、今一つ統率に掛ける私の部下は、楽に制圧できるラリスへ回し、統率力に優れた正規軍の者達を、オセニアへ連れて来る事にしたのだ。
それなのに・・・。
待てど暮らせど、部下達からの戦勝の知らせはなく。ザイドリッツは、訳の分からない妄言を吐き連ね、離反して行った。
反逆罪を問うのなら、皇女である私の意に反した、ザイドリッツの方であろう!!
それに、皇族の殺害だと?
今まで一度も疑う素振りすら、見せなかったのに。
今更?
大方、ウォルター可愛さに、ペンドルトン辺りが騒いでいるのだろうが、証拠などあるはずが無い。
そもそも、皇族とは誰の事を言って居るのか?
まさか、5人全員?
私に、親殺しの疑いをかけている?
「でっち上げだと仰るなら、申し開きは、お国に帰ってなさせれませ」
「キッキャニス・ヴォロス・カラロウカ!!」
激昂したイングリットは、ガチャガチャと枷を鳴らし、、猛禽類の如く伸ばした爪でキャニスに襲い掛かった。
手足に枷を嵌められても尚、機敏な動きを見せたイングリットの爪がキャニスへ届く寸前。
2人の間に割って入った、アントワーヌがイングリットを蹴り倒し。襲われかけたキャニスは、シェルビーの腕の中に匿われた。
「気を付けろ。手負いの猛獣は危険だ」
「すみません。油断しました」
白金の髪を撫でるシェルビーに、イングリットはぎりぎりと歯を鳴らしたが、一斉に詰め寄った団長達に、剣を突き付けられれば、身動きもままならない。
「お前等、ただで済むと思っているのか?私は次代の女帝だ!!私が帝位に就いた暁には、一族郎党、赤子に至るまで、生きたまま腹を裂き、鳥の餌にしてくれる!!」
怒鳴り散らし、ゼェゼェと肩で息をするイングリットだったが、脅された側からすれば、負け犬の遠吠え程の、痛痒も覚えなかった。
「なれると良いですね。女帝」
小首を傾げたキャニスは、羊皮紙をもう一枚取り出して、イングリットに広げて見せた。
「こちらには、この大陸中の王家に配られた手配書です。ここ10年近くで行方が分からなくなった、数か国の王族のリストと、誘拐犯に掛けられた懸賞金の額、誘拐犯の捕縛を要請する旨が、記されています」
「それが?私となんの関係がある?!」
「貴方が弄んでいたペット。彼はケイロンの第三王子シグルド殿下だ」
「はあ?ケイロンなど最早存在しない。私がこの手で攻め落としたのだ!」
「そうですね。その際貴女は、戦いで命を落とした第一王子に代わり、第二王子を人質として差し出させた。しかし第二王子は、あなたに連れ去られた後、直ぐに病に罹り儚くなられ、ご遺体の返還さえされなかった」
「流行り病で死んだのだ。遺体は焼く以外になかろう!」
「御尤もです。しかし時を置かず、誘拐されそうになった第二王女を、庇われたシグルド殿下は、行方知れずになられてしまった。その殿下が何故、あなたの慰み者にされて居たのか、ご説明願えますか?」
「知るか?!部下が連れて来た奴隷だ。私の所有物に何をしようと、私の勝手だ!」
「奴隷・・・?」
奴隷と聞いたシェルビーが、訝し気に眉を顰めた。
「帝国の皇帝陛下は、人身売買に否定的だと聞いていたが?」
「一部の貴族の反対にあい、法の制定には至っていないそうです」
「キャスは、帝国の事にも詳しいな」
「商売をしていれば、色々と耳に入るので」
自分を置き去りに、ひそひそと囁き合う二人に、イングリットの中で、言い様の無い嫉妬心が燃え上がった。
「私を無視するなっ!!」
堪え性の無い皇女に、キャニスは溜息を吐いた。
「シグルド殿下は、先ほど亡くなられました。それについて何か言う事はありますか?」
淡々と話すキャニスだが、溢れ出した魔力で、白金の髪がザワザワと蠢き、幕舎内の温度が更に低くなって行く。
「こっ壊れたおもちゃに用はない!!」
「左様ですか。シグルド殿下は、彼の身に何が起こったのか、今際の際に全て話して下さいました」
「それがどうした?!」
「帝国からの要請に従い、あなたを送還します。その際この手配書と、シグルド殿下の証言を纏めた告発状も、添えさせて頂きます」
「あれは奴隷だ!売買契約書もある!」
「シグルド・フォース・ケイロン」
「はあ?」
「あれでは在りません。彼の名は、シグルド・フォース・ケイロンです」
キャニスから溢れ出す魔力が膨れ上がり、イングリットは知らずに肩を震わせた。
皇女は気付いていなかったが、彼女がキャニスに抱いた感情の正体は、畏怖だ。彼女は30年近くの人生で、初めて父親以外の、恐れるべき人物に出会ったのだ。
父である皇帝が、激怒した処を眼にしたのは、人生でただ一度。怒りを買ったのは母だったが、あの時の恐怖を、忘れる事など出来ない。
だからこそ、どれだけ生意気な態度で接しようと、イングリットは父親の逆鱗に触れる、境界線だけは守って来た。
それなのに、立っ端はあるが、貴公子然とした細身の青年から、父以上の圧力を感じるのは何故だ?
筋骨隆々とした巨躯でも無く。
王太子の腕に匿われる姿が、弱々しくさえ見える男が、なぜこんなにも恐ろしく感じるのだ。
「私からは以上です。殿下、送還の手配をお願いします」
「・・・まっ待て!!」
「まだ何か?」
キャニスから極寒の瞳を、シェルビーにはうんざりとした目を向けられたが、皇女は往生際悪く食い下がった。
「キャニス・ヴォロス・カラロウカ!私が告発されようと、貴様が、ナリウスの借金の形であることに変わりはない。貴様は私と共に、帝国へ参れ!!」
「皇女。貴女は終始勘違いばかりだ」
「な・・・に?」
冷え切った瞳に見据えられ、イングリットの背筋に震えが走った。
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「の?農奴?」
「信じられませんか?でしたら、ナリウス本人から、聞いてみると良いでしょう」
「ナリウス?・・・ここに居るのか?」
「勿論。ルセ王家の宝を、貴女にお渡しする為です。あぁ。もう一つ伝え忘れていました。貴女の大きな罪状は、他にも有ります」
「は・・・他?」
「公金横領。ナリウスに渡したお金。決済前に持ち出したそうですね。あのお金の返済義務は、私では無く、貴方とナリウスにあるのです」
「そんな・・・」
その場にヘナヘナと崩れ落ちる、皇女だった。
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