氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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102話

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「風呂まで持って来るなんて、なんか色々凄いな」

「パトリック達が、どうしてもと言うので。湯加減はどうですか?」

「え?あ~丁度いい」

「では、湯船に寄り掛かって下さい」

「こうか?」

「殿下は上背がありますから、少し狭いですね。もう少し深く入れますか?」

「うん」
 
 ずりずりと湯船に沈むシェルビーに、キャニスは満足気に頷いた。

「そのくらいで結構です。では失礼しますね」

 仰向けになったシェルビーの眼の上にタオルを置いたキャニスは、以前キャニスの屋敷でやったのと同じ様に、シェルビーの髪を洗い始めた。

 返り血で固まった髪に、湯を流しかけると、天幕の中に鉄臭い匂いが漂い出たが、キャニスは気にした様子もなく、丁寧に返り血を洗い流していった。

「気持ちいいな。やっぱりキャニスは洗髪するのが上手だ」

「そうですか?」

「それに良い匂いがするな」

「夏に話してた、男性用のシャンプーです。お気に召しましたか?」

「うん」

「・・・・殿下。返り血なんて、こうやって直ぐに洗い流すことが出来ます。ですから殿下が汚れる事なんてないのです」

「うん」

「今日流された血は、殿下の責任ではありません。責任は皇女に在るのですよ」

「うん・・・そうだな」

 俺を慰めてくれている。
 優しい人だ。
 本当に天使みたいだ。

「さあ、終わりました。赤い魔石に魔力を流せば、お湯が出てきますから。後はご自分で洗って下さいね」

「キャニスが洗ってくれるんじゃないのか?」

「素肌の接触は手首まで。洗い終わったら、マッサージはしてあげますから、我儘は言わないで」

 目を隠していたタオルを除けたキャニスは、呆れ顔だった。

「むむ・・・」

 ちぇっ!
 全身隈なく洗ってもらえると思ったのに・・・。
 あわよくば、あんなことやこんな事も、と思ったんだけどな。

 世の中、そう甘くはないよな。

「体を洗うのは良いが、床に湯を流していいのか?ビチャビチャになるぞ?」

「それでしたらお気になさらず。下に敷いてあるタイルの中央に在る魔道具は、水分を吸収し乾燥させる効果があります。入浴で使う湯の量くらいなら、問題なく吸収できます」

「へぇ―。面白い魔道具だな。・・・おぉ!本当に水を吸い取った!凄いなあっという間にカラカラだ!なんの為に作った魔道具なんだ?」

「使い道ですか?」

「そう。野営で風呂に入る為だけに、作った訳じゃないんだろ?」

「これは、水害の起こった地域で、使用するために作りました」

「水害か。そこらじゅう水浸しだもんな」

「はい。以前の水害で、くぼ地に流れ込んだ水が、中々引かなかった事があります」

「大雨でも、水が溜まることがあるもんな」

「あの時は、水が腐って悪臭を放つようになってしまったのです。汚れた水に羽虫が湧く様になり、疫病の心配も出て来たので、水を抜く為の道具を作りました。これはその改良版です」

「水害と言うと、ベラの領地か?」

「ベラは、水害の後。領民たちと力を合わせて、領地を復興させようと頑張って居ました。そのご褒美だったのでしょうか。このゾウさんで水を吸い取った後の土が、とてもいい肥料になったのです」

「え?すまん。良く聞こえなかった。もう一度言ってくれないか?」

 聞き直したのは体を洗いながらで、衝立の向こうに居るキャニスの言葉を、聞き間違えたのかと思ったからだ。

 聞き返されたキャニスも、特に不振に思った様子はない。

「水を吸い取った後の土が、いい肥料になったのです。茶葉の栽培が成功したのは、この肥料のお陰なのです」

「そうか、それは良かったな。・・・でも俺が聞きたかったのは、その前だ」

「前?前と言うと?」

「この魔道具の名は、何というんだ?」

「名前ですか?」

 なんだろう?
 災害対策で、買ってくれるのかな?

「この魔道具の名前は、すいとりゾウさん4号です」

「すいとり・・・・」

 吸い取りまでは分かる。
 ゾウさんってなんだ?

 なんだか分からないが、なんとなく音の響きが、キャニスに合っていない気がする。

 それに、名付けのセンスが壊滅的な気がするのは、俺の気のせいか・・・?」

「き・・キャニスは魔道具に、名前を付けているのか?」

「ええ。ですが、せっかく可愛い名前を付けても、売り出す時に商会の者が名前を変えてしまうのが、悩み処なのです」

「因みになのだが、マジックバッグにも名前を付けているのか?」

「はい。マジックバックは、しゅうぞう君1号から13号です。可愛いでしょ?」

「しゅうぞう君・・・・はは・・・」

 このネーミングセンスは酷いと思う。

 キャニスは完璧超人のような気がしていたが、意外な所に弱点が。

 いや、まだ分からない。
 偶々かもしれない。
 
「名前と言えば、セリーヌがキャスから貰った鳥に、オパールと名を付けていたな。親鳥の名は、なんていうんだ?」

「チッチとポッポです」

「チ?・・・か・・わいい名前だな?」

 確定だ。
 キャスのネーミングセンスは壊滅的だ。
 だからと言って、その魅力が半減するわけじゃないし。
 逆に可愛い。とか、思っちゃったりするんだよ。

「殿下?洗い終わったら、一度お湯も抜いて、入れ直して下さいね」

「ん~~」

「どうかされましたか?」

「ちょっと背中が洗い難くて、悪いけど手伝って貰えないか?」

「背中ですか?背中ならいいで・・す・・よ?」

「ん?どうした?」

 不自然に言葉を詰まらせたキャニスを見ると、真っ青な顔でシェルビーを凝視していた。

「殿下、肩が・・・さっき迄、なんともなかったのに」

 食い入るように見つめるシェルビーの左肩は、変色こそしていなかったが、右肩の倍近くまで腫れあがっていた。

 親衛隊の1人に、盾で殴られた時に負った傷だ。
 生身で受けていたら、確実に骨を砕かれたであろう一撃だったが、腫れただけで済んだのは、鎧と身体強化の魔法が付与された、ヒラガ商会一押しの、肌着のお陰だった。

「ん?あぁ。温まったから腫れて来ただけだ。大した事ないから気にするな」

「こんなに腫れて、大した事なくは無いでしょう?」

「大して痛くないし、戦場でこの程度は、怪我の内に入らんだろ?」

 シェルビーの言葉に、キャニスは紅唇をキュッと噛締めた。

「・・・背中を流しますから、スポンジを貸して下さい」

「あぁ。頼む」

 しまったなぁ。
 キャニスを怒らせちゃったか?
 本当に大したこと、無いんだけどなあ。

 だけど、怪我したのを怒るって事は、心配してくれているって事で。これはこれで、悪い気はしないな。

 髪と背中を洗って貰い、湯に浸かり温まった体を、愛しいキャニスにマッサージで丁寧に解して貰うと、うっとりと夢見心地になったシェルビーは、キャニスのベットでそのまま眠ってしまった。

 緊張と戦闘の興奮。
 命を絶つ事の最悪感で、寝不足続きだった前回の出征とは雲泥の差だった。

 夜明け前、いつになくスッキリとした気分で、目を覚ましたシェルビーは、腕の中の暖かな温もりに、自分はまだ夢を見て居るのか、と頬を抓ってみたのだった。

 あんまり痛く無いな。
 これは夢か?
 いや夢だろ。
 だってキャニスと一緒に、寝てるなんて。
 夢以外に考えられない。
 ・・・キャニスは、寝顔も綺麗なんだな。 

 睫毛長い。
 ほっぺたもスベスベだ。
 唇も艶々で、赤い果物みたいだ。
 キスしたいなあ。
 あ~~。可愛いなあ。
 いい夢だ・・・・夢?夢なんだよな?
 夢ならキスしてもいいよな?
 夢でもキャニスは怒るかな?

 でも夢なら、怒られてもいいよな?

 恐る恐る重ねた唇を、直ぐに離したシェルビーは、キャニスが目を覚まさない事で、これは現実ではなく、夢なのだと確信した。

 それが、とんでもない間違いだと気付くまで、あと20分。
 
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