氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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101話

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「ん?動き出したな」

「殿下。あれは皇女の旗です」

「あぁ・・・」

「どうしますか?打って出ますか?」

「いや・・・見ろ他の部隊が付いて来ない。動いたのは皇女の親衛隊だけだ。皇女の出方を見たい。魔術師と魔法騎士に結界を張らせろ」

「了解です」

 魔術師・魔法騎士を束ねる魔法騎士団の団長が、持ち場に着くべく櫓を降りて行くと、合図の角笛が鳴らされ、魔術師・魔法騎士が馬防柵の内側に整列した。

 団長の合図で、結界が張られオセニア軍は防衛態勢に入った。

「ヤル気満々だな」

「この状態で、よくやるよ」

「口上が出て来たな」

「どうせ、キャニス様を渡せというのだろう?ご苦労な事だ」

 皇女の親衛隊と呼ばれる騎士は、総勢で2千前後。対するオセニア軍は、ほぼ無傷で2万5千の兵を有している。

 どう考えても、皇女の親衛隊だけで敵う相手ではない。そんな相手に、どんな口上を告げる積りなのか。

 オセニア軍2万5千の騎士と兵たちが見守る中、親衛隊の騎士が大声で捲し立てる口上に、シェルビー達はうんざりしてしまった。

 口上の途中で飽きてしまった団長達は、持ち場へと帰って行き、今櫓の上に居るのは、シェルビーサイラス、ラーソン。物見担当の兵2人の5人だけだ。

「なあ。これ最後まで聞かなきゃ駄目か?」

「一応戦の作法ではありますから。最後まで聞かないと」

「そうですなあ。相手の口上がどんなクソな内容で長ったらしくても、途中で攻撃するのは、非常識だと言われてしまうからな」

「まったく誰だよ。こんな下らない作法を考え付いたのは」

「元々は、敵に囲まれた領主が、逃げる為の算段を整える為の、時間稼ぎだったそうですよ」

「キャニス?」

 シェルビーは梯子を登って来たキャニスの手を取り、敵から庇うように腰を引き寄せた。

「こんなところに登って来たら、危ないだろう?」

「結界が張られて居るのにですか?」

「それはまあ、そうなんだけどな」

 尤もな正論に、空いている右手でシェルビーは、ガシガシと頭を掻き交ぜた。
 そんな、王太子の過保護振りに、サイラスとラーソンは、にやける口元を手で隠している。

「随分長い口上ですね。時間稼ぎ、と言う訳でもなさそうですが、いつもこうなのでしょうか?」

「いや。こんな長ったらしい上に、中身のない口上は初めてだ」

「そうですか。一言私を渡せ。で終わりそうなものですが・・・あの騎士、皇女の所に帰りたくないのではありませんか?」

「それはあるかもな。手ぶらで帰ったら、皇女に何されるか分からんからな」

 その時、口上を述べる騎士の声が更に大きくなった。

「あいつ声のデカさだけで、選ばれたんじゃないか?」

 《故に!キャニス・ヴォロス・カラロウカは、その賤しき身を、ドルグ帝国第一皇女、イングリット・ハン・ドルグ殿下の御許に侍る光栄に感謝し、忠誠をつくしッ》

 そこまで聞いたキャニスが、柳眉を顰め右手で指を鳴らした。

 ドンッ!!バリバリバリバリッ!!

 《グアーーーッ!!》

 雲一つない青い空から、口上を叫んでいた騎士の頭上に、稲妻が走った。
 落雷に打たれた騎士は、硬直したまま後ろに倒れ、鎧の隙間からは黒い煙が湧き出している。

「馬鹿にして」

「キッ!キャニス?」

「安心して下さい。死なない程度に加減はしてあります」

「そ・・・そうなの?」

「私は騎士ではありませんので、侮辱を受け入れる必要はありませんよね?」

「え?あぁ。まあそうだな」

「これで頭に血が上った皇女は、イノシシの様に突っ込んでくるでしょうから。後は殿下にお任せします」

「あの、キャニス?」

「私は気分が悪いので、天幕に戻ります。皇女を捕らえたら知らせて下さい」

「あっはい」

 ひらりと身を翻したキャニスは、梯子の両脇に手を添えると、そのまま下まで滑り降りてしまった。
 
「・・・キャニス様は、見かけより身軽ですな」

 感心するの、そこかよ?!
 魔法の威力の方じゃないのか?

「ほら殿下。しっかり働かないと、キャニス様に黒焦げにされちゃいますよ?」

「殿下は全然良いとこ見せてないからな。キャニス様の、期待に応えてこその男でしょう」

 そんな事は、言われなくても分かって居る。本当にこいつ等は、俺を揶揄うチャンスを逃さないな。

「出るぞ。皇女は生け捕りだ」

 先陣を切り出陣したシェルビーは、鬼神の如き戦いぶりを見せた。

 そして、数で圧倒するオセニア軍に、皇女の親衛隊が圧殺されて行く様を、他の部隊は傍観し続けた。

 敗色が濃厚になると、親衛隊から援護と救助を要請する、銅鑼の音が鳴り続けたが、傍観者たちは、皇女の救出に駆け付ける事も無く、静かに撤退して行った。

彼らは、主君とも言える皇女を身限り、見捨てたのだった。

「正に、千切っては投げ、千切っては投げ。って感じで」

「鬼気迫るものがありましたな」

「いや~。殿下の勇姿を、キャニス様にもご覧頂きたかったです」

「殿下。ご無事の御帰還お喜び申し上げます」

「うん。サイラスたちの言う事は、話半分で聞いて居れば良いぞ」

「何故ですか?目覚ましい武功だったのでしょう?」

「敵が弱すぎただけだ」

 皇女の親衛部隊は、飢えて力の出ない状態だった。

 しかも数で上回った戦は、ただの虐殺の場となったのだ。

戦端が開かれるまでも無く、勝敗は決していた。しかし皇女は頑なに降伏を拒み、皇女が生け捕られた時、生き残った親衛隊は、100名にも満たなかった。

 自軍への損害が少なかったことは行幸だが、無駄に命を刈り取るだけの戦いは、シェルビーの好むところではなく。

 皇女の盾となって死んでいく者達に、シェルビーは罪悪感と憐れみさえ覚えていた。

「殿下。私の天幕へいらして下さい」

「いや。汚れているから」

 シェルビーは、返り血に塗れた体で、キャニスの空間を穢したくなかった。

「構いません」

「でも」

「キャピレット卿、殿下をお借りしますが構いませんね?」

「どうぞどうぞ。キャニス様のお好きになさって下さい」

 戦闘の興奮からか、いつもより軽い調子で話すサイラスも、その表情はどことなく沈んでいるように見えた。

「私から騎士の皆さんに、戦勝の振る舞い酒を、お出ししても宜しいですか?」

「酒?酒が有るんですか?!」

「それほど量は多くありませんが、皆さんで召し上がって下さい」

「忝い。皆も喜びます」

「ジーンとマリーは、ワインを配ってあげて」

「はい。坊ちゃん」

「さあ。殿下参りましょう」

「あ・・・うん」

 渋るシェルビーの手を引いて、天幕に向かうキャニスに、シェルビーは居た堪れない気分になった。

「君の手が汚れてしまうから放してくれ」

「殿下の手は、汚れてません」

「キャニス?」

 天幕の垂れ布を跳ね上げ中に入ったキャニスは、テキパキと指示を出して行った。

「パトリック、アントワーヌ。湯あみの用意は出来ている?」

「はい坊っちゃん。殿下のお着替えもこちらに用意して御座います」

「ありがとう。アントワーヌ。殿下の鎧を外して差し上げて。あと手入れもお願いね」

「承りました」

「パトリックは、ワインと食事の用意をお願い」

「湯あみのお手伝いは、如何いたしますか?」

「僕がやるから良いよ。殿下が落ち着けるように衝立もお願い」

「はい、坊ちゃん」

 シェルビーが、呆気に取られて居る間に、アントワーヌの手で、鎧は手際よく外され。
 気が付いた時には、前回カウチが置かれていた場所に用意された、湯船の中に押し込められていた。

「戦場で風呂?」

あり得ない。
カラロウカの常識って
どうなっているんだ?
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