氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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95話

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戦地とは信じがたい、居心地の良さを誇るキャニスの天幕で、シェルビーは芳醇な香りを放つ、緑茶を堪能していた。

この茶葉は、海を渡った遥か東方の国でしか、栽培も製造も出来ないと言う、超がつくほどの貴重品だ。

 確か今の相場は、茶葉の重さの三倍の金貨だったか。

 王宮でもめったに味わえない高級品を、戦地の、しかも天幕の中で飲むことになるとは。

「美味いな。でも贅沢だ」

「そうですね。でも、このお茶の農園を大きくするのには、とても苦労したので、このくらいの贅沢は大目に見て下さい」

「そうかぁ苦労したのかぁ・・・・え?」

「え?」

「・・・・・?」

シェルビーは、一瞬キャニスの言っている事が理解できず。キャニスは王太子が、何に驚いたのかを理解できなかった。

「え~と。このお茶の葉は、キャニスの農園で育ててるのか?」

「はい。昔、新しい航路の開拓資金の援助を頼まれました。その時、援助の見返りに、好きな物を選んでいいと言われたので、このお茶の独占販売権と、農園を手に入れたのです」

「そうなんだ」

「最近になってようやく、ラリスでの栽培にも成功しましたので、まだ販売できるほどの量は作れませんが、自分で飲む分だけなら、こうして、気軽に頂けるようになりました」

「あはは・・・因みに、昔って何年くらい前?」

「学園の入学前ですから、7.8年前くらいでしょうか?」

「10とか11歳で、新規航路の開拓の援助?キャニスの個人資産って、どうなってるんだ?」

 不躾な質問に、キャニスはパチリと瞬いた。

「すまん。興味本位で、聞く話じゃなかったな」

「いえ、そうではなくて。言われてみれば、総額でいくらになるか、私も把握していませんでした」

「はい?」

「私が個人的に使う金額は、限られていますし、一定額を下回ることが無ければ、問題ないので気にしていませんでした」

「マジか・・・」

 本物の金持ちは、持ち金を無駄にはしないが、執着もしない。と聞いたことが有るけど、本当だった。

「いい機会なので戻ったら、パトリックに調べさせようと思います」

生真面目に答えるキャニスに、シェルビーは曖昧に頷き返した。

 俺なんて、資産の維持だけで、四苦八苦してるのに・・・。

 ヒラガ商会に投資したいって言ったら、断られるかな?

「そう言えば、パトリックはどうした?」

王都を出てから、常にキャニスの後ろに付き従っていた、パトリックの姿が見えない。
茶菓の支度も、ジーンがしていた。

「所用で、近くの街に出掛けています」

「ふ~ん。珍しいな」

「彼にも、色々あるのですよ」

 まぁ、執事だって人間だもんな。
 そりゃあ、色々あるだろう。

「その色々で、ベラも連れて来なかったのか?」

「キャピレット卿が、寂しがっていますか?」

「・・・まぁそんな処だ」

 キャニスは、自分の事には気付かない振りを通すのに、他人の事には敏感なんだな。

 そうでも無いか?

 ジーンが噴き出しているから、使用人達に教わったのかも。

「あの子は、ああ見えて子爵家の当主なので」

「令嬢じゃなくて、当主なのか?あの若さで?」

驚きを隠さないシェルビーに、キャニスは目を伏せ、頬に睫毛の影が出来た。

「あの子の家族は、水害で全員亡くなりました」

「あ・・・・そうか。大変だったんだな」

「この茶葉の栽培は、復興の手段として、ベラの領地で行っているのです」

「そうか、自然災害があった場所だと、田畑は開墾から、やり直さなくちゃならない場合が多い。巧い手を考えたな」

シェルビーに褒められたキャニスは、パチリと瞬きをした。

 今のは、何に驚いたんだ?
 
ナリウスから、自分の仕事を褒められた事の無いキャニスにとって、シェルビーの賞賛は、新鮮なものだった。

しかし、見た目に反し、残念な男のシェルビーは、その事に気付いていない。

「ベラが当主だという事は、彼女が自分でキャピレット卿に話すまでは、御内密にお願いします」

「なんで?」

「ベラの信頼を得られたかの、指針にしたいので」

 成る程。
 キャニスは自分の懐に入れた者には、かなり過保護なんだな。

同意の印に頷いたシェルビーは、本題に入る事にした。

「・・・皇女の件なんだが。キャニスは何を知っている?」

シェルビーの問いにキャニスはつと視線を外し、鎧で身を固めたジーンを見た。

主の視線の意味を、的確に理解したジーンは、天幕を出て、外でキャニスの出待ちをしていた、魔法騎士団の騎士達を追い散らしている。

「あいつ等・・・すまん。あいつらにはきつく言っておくから、勘弁してやってくれ」

「構いません。お兄様の戦法はどれも派手で、目を引きますので、魔法騎士が浮足立つのは理解できます」

「そう言ってくれると、助かるよ」

申し訳ない顔で頬を掻く王太子に、キャニスは、ここからは他言無用だと念押しをした。

立ち聞きされないよう、人払いの上、他言無用と念押しをされたシェルビーは、背筋を伸ばし、キャニスが口を開くのを待った。

「皇女は都に帰ったら、廃嫡されます」

「今まで軍功の大きさで、誰も手出しが出来なかったのにか?」

「皇女には今、皇族の殺害容疑が、掛けられているそうです」

「なっ?!それは暗黙の了解で、誰も口にしなかっただけだろ?それを今更?」

 しかも、このタイミングで?

「証拠が見つかった。と言ったら?」

「・・・・皇帝も、黙ってはいられない」

 そういう事だと頷くキャニスに、シェルビーはふと浮かんだ疑問を投げた。

「第一皇女が、証拠を残すようなへまをするとは思えない。側妃が亡くなってから10年近い。見つかった証拠は、本物なのか?」

「真偽はともかく。少なくとも皇帝が無視できない、内容なのではないですか?」

「そうだな・・・・うん。俺達に都合が良すぎて、逆に怖いくらいだ」

「確かにそうですね。ですがこの1.2年、皇女は都を離れませんでした。第二皇子は皇女が都を離れるのを、ずっと待って居たのかも知れませんよ?」

「第二皇子、ウォルターか」

「面識が御有りでしたか?」

「一度だけな。彼はチャラチャラと言うかフワフワした雰囲気の人だった」

「うつけ者。と呼ばれているそうですね」

「一見な。格下の貴族にも、馬鹿にされて居るように見えた」

「そうですか。噂通りの方なのですね」

「おいおい。俺は一見と言っただろ?」

 どういう事か、と首を傾げるキャニスに、シェルビーは当時の第二皇子に感じた、違和感を説明した。

「あの時、第一皇女は俺の事を馬鹿にしながら、上から下まで舐める様な目で、俺を見て来てな。気持ち悪さで背筋が震えたよ。だけど第二皇子は始終笑顔でな。第一皇女とは違って、子供だった俺にも優しく接してくれて、ホッとしたのをよく覚えている」

「優しいお人柄、という事ですか?」

「いや。ホッとしたのは一瞬だったな。皇子は優しい言葉も掛けてくれて、笑顔も絶やさなかった。でもな、目の奥が冷え切っていて、皇女よりも怖いと思ったんだ」

「うつけの振りをしていた?」

「どうだろう。本当にうつけ者で、死んだ側妃の父親、皇子の祖父、ペンドルトン侯爵の指示に、従っているだけかも知れないし。単に母親の復讐に、燃えているだけなのかもしれない。どっちにしろ皇女が廃嫡されれば、どういうお方なのか、自ずと判るだろうとは思う」

「そうですね。私も皇女が、ナリウスを引き取ってくれさえすれば、後はどうでもいい気がします」

「確かに」

2人は護送用の馬車に押し込められても、尚、傲慢に騒ぎ続けるナリウスを思い浮かべ、ウンザリとした溜め息を吐いた。

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