氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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94話

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 後退して行く皇女軍を見送ったシェルビーは、追撃を許さなかった。

 個人的な考えでは、皇女にはこのまま帝国へ、逃げかえって貰いたい処ではある。

 しかし、プライドの塊のような皇女が、何の戦果も無く帝国へ帰還する事はないだろうし、どんな手を使っても、キャニスを手に入れようとするだろう。

 あのまま戦闘を継続していたら、皇女の首を取る事も可能だった。

 だが皇帝という、眠れる虎の尾をわざわざ踏む必要はない。

 狂暴な猛獣は、眠ったままにしておくのが長生きの秘訣だ、とシェルビーは思う。

 それにこちらとしても、キャニスを諦めるという言質を取りたい。

 これが一般人同士の諍いなら、不要な争いは避け、互いに近寄らない様にすればいいだけの話しだ。

 しかし、問題を起こした張本人は、ルセ王家の王太子で有り、キャニスも一般人とは程遠い存在だ。

 こうして、互いに軍を動かしての衝突に発展してしまった以上、口約束などなんの役にも立たない。力でねじ伏せ、言質を取り、更に書面にサインをさせる所までしなければ、今後の平安は望むことが出来ない。

 既に皇女との対話を、希望する旨は伝えてある。
 数キロ先まで後退した皇女軍は、其処に陣を張ったが、一夜明けた今も、こちらの要望に応える気配はない。


「使者を立てるか?」

「こっちが勝っているのにか?」

「常識的には、皇女が使者を立てるべきだろう」

「しかし、あの皇女がそんな屈辱を、受け入れると思うか?」

「在り得んな」

「だが我等が使者を立てるのも、筋違いだし業腹だ」

 団長達の意見は尤もだ。
 互いの面子と、意地が掛かっている。
 たかが使者。されど使者だ。

「しかし、何時までも睨み合っている訳にもいかん。援軍が来る前に、話しを付けてしまいたい」

「使者を送るとしても、命がけだぞ」

 そうなんだよなぁ。
 今頃皇女は、烈火のごとく怒り狂っているだろう。こちらから使者を送ったとしても、なぶり殺しにされそうだ。

「いっその事、もう一戦して、皇女を捕らえてしまったらどうか」

「ラリスへ向かった奴らと、合流されても堪らんしな」

「おい。その言い方では、ラリスが負けるようではないか。キャニス様の前で失礼だぞ」

 自分の失言に気付いた団長の1人が、ハッとしてキャニスの様子を窺った。

「お気になさらずとも結構。団長さんのご懸念は尤もです。ラリスの王国軍なら、今頃全滅している頃でしょう」

「キャニス様。そのような事を仰られては」

 キャニスの淡々とした態度と、身も蓋も無い話しの内容に、集まった団長達も辺境伯も居心地が悪そうだ。

「ですがそれは、"王国軍であれば" の話しです。現在皇女軍の相手をしているのは、兄のトバイアスが率いている、カラロウカの騎士団と、我が家門が中心となった連合軍です。2万程度では、相手になりません」

「た・・・確かに、キャニス様が取られた戦法は、凄まじかったですな。あれがカラロウカの戦法と考えて宜しいか?」

「あれは兄のトバイアスが、帝国に対抗するために考えだした、戦法の一つです。演習の見学に行った際、見せて貰ったのですが、私付きの者達も出来ると言うので、試しにやってみました」

「試し?」

「まさか、ぶっつけ本番で?」

「私は立場的に、演習には参加は出来ませんでしたから」

 皇太子の婚約者が、家門の軍事演習に参加したとなれば、どんな言いがかりをつけられるか分かったものでは無い。

 ナリウスという爆弾を抱えている以上、慰労という形での見学が限界だったのだ。

「なるほど。それにしても、お見事でした」

「兄は勝つためなら、どんなえげつない手も平然と使う人です。全滅させないで欲しいと頼みはしましたが、どうでしょうね」

「キャニス様は、敵に情けを掛けられるのか?」

「情けではありません。皇帝の逆鱗に触れない塩梅を、考えただけです」

「さ・・左様ですか」

 見た目の麗しさと、語られる内容のギャップに、みんな戸惑っている。

 俺もその一人では、あるんだよな。

 カラロウカ家の本質を垣間見た!!
 と言って良いのだろうな。

 でもそこが、キャニスの魅力だったりするのだよ。

 それが分かる奴が、どれだけ居るか。
 いやだめだ。
 キャニスの良さは、俺だけが分かっていれば良い。他の奴が気付く必要はないな。

 うん。
 誰も気付くなよ?

 しかしカラロウカは、敵に回ったら、本当におっかない家だと思うよ。だが味方であれば、これ程心強い相手も居ないだろう。

「皇女の件を、キャニスはどう思う?」

「私は、2.3日様子を見ても良いと考えています」

「その根拠は?」

「今皇女は、ラリスへ向かった軍を当てにしているのでしょうが、先程も申し上げた通り、彼方がラリスへ足を踏み入れる事は出来ません。残った兵力がこちらへ向かったとしても、援軍とは呼べる程、数が残っていないでしょうから」

「それだけか?」

「今回皇女が率いて来たのは、彼女の私兵と呼べる者達です。帝国の主戦力は、現在皇都付近に集結しているそうなので、もし皇女が援軍を要請したとしても、ギャリコ運河を超えられない以上、援軍を出せるのは、近場の貴族の私兵だけですが、こちらは物の数ではありません」

「なるほどな」

「そして一番重要なのは、皇女達の食料が残り少ない。と言う事です」

「食料?あぁ、キノコ狩りか」

「はい、到着と同時に、戦闘に入ったのも、その為ではないでしょうか。接収が巧くいかず、山に入るほどです。兵に我慢させたとしても、皇女自身が我慢できないと思います」

「腹が減って、俺達の話しに乗るしかないと?」

「希望的観測です。ただ人間も獣も、飢えれば攻撃的になります。ですが皇女が戦闘を望んだとしても。飢えた兵など、オセニアの皆さんなら、楽勝だと思います」

「皇女を捕らえるにしても、相手が弱ってからという事だな?」

「仰る通りです」

 キャニスの意見に、皆が納得し頷いている。

「という事だ。俺はキャニスの意見に賛成だ。異議のある者は居るか?」

 決を取るシェルビーに、反対の声は上がらず、皇女軍に対しては様子見、という事で話は纏まった。

 会議が終わり、天幕まで送ると言うシェルビーに、キャニスは胡乱気な視線を向けた。

「すぐ隣ですよ?」

「婚約者らしい、振る舞いだろ?」

「まだ婚約はしていません」

 まだ?
 そんな言い方をされたら、先を期待しちゃうな。

「本当は、他にも知っていることが有るんだろ?」

「・・・・お茶を如何ですか?」

 キャニスは隠していたことを見抜かれ、観念した様子だ。

 キャニスの天幕に、初めて入れて貰ったシェルビーは、天幕とは思えない内装の豪華さに呆気に取られてしまった。

「ここは天幕の中だよな?」

「当たり前じゃないですか」

 当たり前じゃないと思うぞ?

 でかいベットに、ティーテーブルにカウチまであるじゃないか。

 しかも、暖かい・・・・。
 あれ・・・魔道具の暖炉か?
 どうやって運んで来たんだ?

「パトリック達が、マジックバックで運んで来たんです」

「・・・そうなの?」

 マジックバックって、一つでも家一件分くらいの値段だったよな。
 流石にキャニスは、金持ちだな。

「違いますよ。自分で作ったんです」

「え?・・・キャニスが作ったのか?って言うか、なんで俺の考えてることが分かった?」

 心が通じ合えたか?

「殿下・・・お気付きで無いようですが、全部口に出てますよ?」

「あ・・・すまん」

 しまった。
 驚き過ぎて、心の声が駄々洩れだったか。
 余計な事を言って、キャニスに嫌われないように、気を付けねば。

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