氷の華を溶かしたら

こむぎダック

文字の大きさ
上 下
90 / 113

90話

しおりを挟む
侯爵領を出た後は、辺境へと向かう為、野営を張る日が続き、不便ではあるが、不要なトラブルに巻き込まれる心配がない事に、シェルビーはホッとしていた。

しかし、野営が続くと、どうしても衣服も体も埃っぽく、無精髭も生えて来て、辺りは男臭い体臭と、見た目にも鬱陶しい、むさい筋肉ダルマの集団となる。

そんな中、キャニスだけがいつも通りの、麗しい姿を保っていることが不思議で仕方がない。

白金の髪はサラサラとして、べたついたところも無く、白い頬は髭どころかスベスベのまま。おまけにいつもと同じ、いい香りがする。

実際のところ、キャニスの清潔な容姿は、パトリック以下使用人達の、弛まぬ努力の賜物だ。

マジックバックに収納された湯船に留まらず。
カラロウカ家では標準装備である、火と水の魔法を駆使した入浴には、キャニス率いるアマテラス商会で絶賛売り出し中の、アメニティセットが使用され、キャニスの屋敷や王宮に居た時と同じスキンケアが施されている。

キャニス本人は、行軍中なのだから汚れるのが普通だろうと、気にした様子も見せず、他の人達に申しわけないから、と言って、入浴その他諸々を断ろうとしていた。

がしかし、使用人達はこれに納得しなかった。

「あいつらが悪臭を放っていようと誰も気にしませんが、坊ちゃんがそれに付き合う必要なんて有りません」

「そうですよ!この寒空に川で体を洗っても平然としている、野蛮な連中ですよ?」

「坊ちゃんの御髪と白珠の肌を御守りするのは、私達の使命です!!」

「騎士なんて、汚物に塗れても生き残る様な連中です。坊ちゃんと一緒に考えてはいけません!」

等々、使用人達に詰め寄られたキャニスは、彼等の好きな様にさせることにした。

正直な所、馬に乗り駆け通しの日々では、温かな湯につかり、疲れを解せることが有り難かったからだ。

但しアントワーヌが手にした香水を見た時だけは、それはだけは止めてくれ、と拒否したのだった。

王太子よりも豪華な天幕の中で、毎晩キャニスが磨き上げられている、とは露知らぬシェルビーはと言うと。

 キャニスは妖精だから、汚れたりしないんだな。

という、なんともお花畑な想像で、納得していたのだった。

先を急ぐ行軍中に3日間も足止めを食らい、団長達は焦りを見せていたが、キャニスだけが、「大丈夫、余裕で間に合う」と落ち着きはらい、焦る団長達を宥めていたのだ。

 なにを根拠に?

と思いもしたが、キャニスの情報収集能力の高さを知っているシェルビ-は、深く問い詰めるようなことはせず、ただキャニスのいう事を信じる事にした。

信じたからと言って、ゆっくりしても居られず、その後の行程はかなりの強行軍であったが、深窓の御令息だと思われていたキャニスが、一度も音を上げる事も無く、シェルビーの横で涼しい顔をしている事に、皆が驚いていた。

その事について、普段から遠駆けをしていたのか、とシェルビーはこっそり聞いてみた。

「一番最初がそこそこの武士だったもので、主君から馬も頂いておりましたし、戦場には慣れております」

「あ・・・そうなの?」

「はい。ここの馬は大きくて、乗り心地が良いので助かります」

「それは・・良かったな」

 いいのか?
 聞かない方が良かった?

予想外の返事に、シェルビーは戸惑いを隠せなかった。

「戦場には慣れておりますが、こちらでは剣の才能には、恵まれませんでした。戦場の非情さを知るだけに、命惜しさに、前回は戦から逃げてしまったのですが、あのような事になるなら、逃げるのではなかった、と反省いたしております」

「なるほど・・・」

 それはキャニスが前向きに人生を考えられるようになって来た、と考えても良いのだろうか。

 それとも、処刑されるよりは、戦で命を散らした方がマシだった、という後悔だろうか。

モヤモヤとした疑問を抱きながら、たどり着いた辺境伯領でも、シェルビー達は熱烈な歓迎を受けた。

礼の吟遊詩人の影響もあるが、それよりも辺境の騎士達は、純粋に王太子へ、日頃の努力を見せるチャンスだ!と喜んでいる様子だった。

「ラーソン伯、大義だ」

「オセニアの小さき太陽、シェルビー殿下にはご機嫌麗しく、拝謁を賜り誠にありがとう存じます」

ラーソン伯の仰々しい挨拶に、シェルビーは眉を顰め、後ろに控えるサイラスは笑いを堪えて居る。

「どういう風の吹き回しだ?いつも通りで構わんぞ?」

「これは心外ですな。私は礼儀を重んじる男です。これが普段の私めに御座いますよ」

「ラーソン」

「おお!こちらの麗しい方が、殿下の心を射止めた、カラロウカの御令息ですな?お噂は兼がね。フルーゲル領を任されております、ネロ・ラーソンと申します。以後お見知り置きくださいませ」

「キャニス・ヴォロス・カラロウカです。この度はお骨折り頂き、ありがとうございます」

「なんの。ヒラガ商会とアマテラスの方々には、何かと便宜を図ってもらっておりますからな。このくらいは造作も無い事です」

「そう言って頂けると、私も心が軽くなります。フルーゲル領の毛皮は大変良質で、今年の冬の人気商品の一つです。これからも、良いお取引が出来ると信じております」

 要するに。
 ラーソンとキャニスの商会は取引があり、商談相手に良い処を見せたいと。

 そういう事か?

脂下がり、デレデレとキャニスと握手を交わすラーソンに、シェルビーのこめかみに青筋が浮かんだ。

「ラーソン。いい加減にしろ?!俺は遊びに来たんじゃないぞ!!」

「殿下・・・余裕のない男は、嫌われますぞ?」

「煩い。さっさと皇女の動きを報告しろ」

シェルビーが握った拳を前に突き出すと、ラーソンはやれやれと言いたげに肩を竦め、一行を会議室へと案内した。

「昨日の報告では、皇女の軍が展開しているのはここ。国境への到着はおおよそ6日後になりますな」

「6日も後なのか?俺達は3日も足止めされていたのに?」

「それがですな」

身を乗り出したラーソンの話しによると、ギャリコ運河の石橋崩壊後、皇女の軍は小型の船で一日に何往復もして河を渡るしかなかった。
3万近い兵馬と、糧食その他諸々が運河を渡り切るのに、7日近くの時を要した。

運河を渡った皇女の軍は、遅れを取り戻すべく強行軍を続けていた。
しかしその無理が祟ったのか、途中で立ち寄った村で、体調を崩すものが続出。

これは予想外に移動日数が掛かった為、糧食の足しにしようと、秋の幸である茸を、近くの山で兵達が採って来た事が原因の、食中毒だった。

住み慣れた場所でも無い山で、兵達が不用意に採って来たのは毒茸だった。

幸いと言うか、死に至る猛毒ではなかったが、幻覚と発熱を引き起こす厄介な茸は、野戦食のスープに入れられ、被害が大きくなったのだった。

「そこまでは、俺も報告を受けている。その後にも何かあったのか?」

「土砂崩れでの足止めが4日。流行り病で村が閉鎖され、迂回した事と、期待していた糧食の接収が遅れた事での遅れが5日。脱走した羊の群れに、足止めされた事も有るとか」

「ひつじ?それなら迂回すれば、済む話だろう?」

「平地なら可能ですが、ガンダル山の一本道では、無理がありますな」

「あ~~。あの山は険しくはないが、岩山で道が狭かったな」

「そういう事です。その他細々とした邪魔と言うか、突発的な出来事での、短い足止めが重なった事で、帝国軍の足が遅くなっているのですよ」

「天罰か?」

何気なく言った一言に、ラーソンは深く頷いた。

「単なる偶然でしょうが、皇女の軍の中では、祟りだ、天罰だ、呪いじゃないか?と囁かれ始めて居りましてな。兵達の士気は、下がる一方だそうです」

「そんな、都合の良い偶然があるか?」

「無い、とは言い切れませんなぁ」

ニヤニヤするラーソンに、何か裏があるのだと理解したシェルビーは、種明かしを催促した。

「なんでも、あちらこちらで、村人を煽っている人物がいるようでして。帝国人なのに皇女よりも、殿下とキャニス様の味方をしているらしいですよ?」

ラーソンの種明かしに、キャニスは我関せずとパトリックから受け取った茶を飲み、パトリックからは穢れの無い笑顔を返された。

 あ・・・そういう事。
 って事はギャリコ運河の、石橋も?

 これは・・・
 気付かなかったことにしよう。
 うん。
 そうしよう。
 それが一番だ。







しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

嫁側男子になんかなりたくない! 絶対に女性のお嫁さんを貰ってみせる!!

棚から現ナマ
BL
リュールが転生した世界は女性が少なく男性同士の結婚が当たりまえ。そのうえ全ての人間には魔力があり、魔力量が少ないと嫁側男子にされてしまう。10歳の誕生日に魔力検査をすると魔力量はレベル3。滅茶苦茶少ない! このままでは嫁側男子にされてしまう。家出してでも嫁側男子になんかなりたくない。それなのにリュールは公爵家の息子だから第2王子のお茶会に婚約者候補として呼ばれてしまう……どうする俺! 魔力量が少ないけど女性と結婚したいと頑張るリュールと、リュールが好きすぎて自分の婚約者にどうしてもしたい第1王子と第2王子のお話。頑張って長編予定。他にも投稿しています。

実はαだった俺、逃げることにした。

るるらら
BL
 俺はアルディウス。とある貴族の生まれだが今は冒険者として悠々自適に暮らす26歳!  実は俺には秘密があって、前世の記憶があるんだ。日本という島国で暮らす一般人(サラリーマン)だったよな。事故で死んでしまったけど、今は転生して自由気ままに生きている。  一人で生きるようになって数十年。過去の人間達とはすっかり縁も切れてこのまま独身を貫いて生きていくんだろうなと思っていた矢先、事件が起きたんだ!  前世持ち特級Sランク冒険者(α)とヤンデレストーカー化した幼馴染(α→Ω)の追いかけっ子ラブ?ストーリー。 !注意! 初のオメガバース作品。 ゆるゆる設定です。運命の番はおとぎ話のようなもので主人公が暮らす時代には存在しないとされています。 バースが突然変異した設定ですので、無理だと思われたらスッとページを閉じましょう。 !ごめんなさい! 幼馴染だった王子様の嘆き3 の前に 復活した俺に不穏な影1 を更新してしまいました!申し訳ありません。新たに更新しましたので確認してみてください!

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

皇帝の番~2度目の人生謳歌します!~

saku
恋愛
竜人族が治める国で、生まれたルミエールは前世の記憶を持っていた。 前世では、一国の姫として生まれた。両親に愛されずに育った。 国が戦で負けた後、敵だった竜人に自分の番だと言われ。遠く離れたこの国へと連れてこられ、婚約したのだ……。 自分に優しく接してくれる婚約者を、直ぐに大好きになった。その婚約者は、竜人族が治めている帝国の皇帝だった。 幸せな日々が続くと思っていたある日、婚約者である皇帝と一人の令嬢との密会を噂で知ってしまい、裏切られた悲しさでどんどんと痩せ細り死んでしまった……。 自分が死んでしまった後、婚約者である皇帝は何十年もの間深い眠りについていると知った。 前世の記憶を持っているルミエールが、皇帝が眠っている王都に足を踏み入れた時、止まっていた歯車が動き出す……。 ※小説家になろう様でも公開しています

【短編】乙女ゲームの攻略対象者に転生した俺の、意外な結末。

桜月夜
BL
 前世で妹がハマってた乙女ゲームに転生したイリウスは、自分が前世の記憶を思い出したことを幼馴染みで専属騎士のディールに打ち明けた。そこから、なぜか婚約者に対する恋愛感情の有無を聞かれ……。  思い付いた話を一気に書いたので、不自然な箇所があるかもしれませんが、広い心でお読みください。

冷遇された第七皇子はいずれぎゃふんと言わせたい! 赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていました

taki210
ファンタジー
旧題:娼婦の子供と冷遇された第七皇子、赤ちゃんの頃から努力していたらいつの間にか世界最強の魔法使いになっていた件 『穢らわしい娼婦の子供』 『ロクに魔法も使えない出来損ない』 『皇帝になれない無能皇子』 皇帝ガレスと娼婦ソーニャの間に生まれた第七皇子ルクスは、魔力が少ないからという理由で無能皇子と呼ばれ冷遇されていた。 だが実はルクスの中身は転生者であり、自分と母親の身を守るために、ルクスは魔法を極めることに。 毎日人知れず死に物狂いの努力を続けた結果、ルクスの体内魔力量は拡張されていき、魔法の威力もどんどん向上していき…… 『なんだあの威力の魔法は…?』 『モンスターの群れをたった一人で壊滅させただと…?』 『どうやってあの年齢であの強さを手に入れたんだ…?』 『あいつを無能皇子と呼んだ奴はとんだ大間抜けだ…』 そして気がつけば周囲を畏怖させてしまうほどの魔法使いの逸材へと成長していたのだった。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

R指定はないけれど、なんでかゲームの攻略対象者になってしまったのだが(しかもBL)

黒崎由希
BL
   目覚めたら、姉にゴリ推しされたBLゲームの世界に転生してた。  しかも人気キャラの王子様って…どういうことっ? ✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻✻  …ええっと…  もう、アレです。 タイトル通りの内容ですので、ぬるっとご覧いただけましたら幸いです。m(_ _)m .

処理中です...