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89話
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「其方の愚行に対し、申し開きはあるか?」
「せ・・・僭越ながら、申し上げます。私は王太子殿下の伴侶として、其処に居るカラロウカの男を認めることは出来ません」
「何故だ?」
「その者は他国の貴族。しかも廃嫡された王太子の婚約者だった男です。ラリス王国において、カラロウカ家の専横甚だしく。彼の国が斜陽の一途を辿ったのは、正にカラロウカ家の罪で御座いましょう」
侯爵はキャニスとカラロウカを貶める事で、自分の行いが正当なものだ、と主張する事にしたらしい。
こういう奴らに、キャニスはずっと傷つけられ、裏切られ、苦しんで来たのか。
「ほう?」
シェルビーから否定や叱責の言葉が無い事に、自分の意見が正しいと確信した侯爵は、口角泡を飛ばし、キャニスとカラロウカ公爵家を詰り始めた。
勘違いと自己保身の、見苦しい言い訳の羅列だった。
それをシェルビーは黙って聞いていたが、椅子のひじ掛けを叩く指の動きは、次第に早くなって行った。
「・・・・よって。王族でも無い、自国を貶めた貴族家の者など、我が国の未来の王配として相応しくないのです!!」
「で?」
侯爵を見下ろすシェルビーのグレーの瞳は、怒りで黒く陰って見えた。
「は?」
「それと、貴様の愚行に何の関係がある」
「わっ私は、国と殿下の為を思い」
「王の決定に逆らうと?貴様は王の考えを蔑ろにするのか?」
「間違いを、正そうとしただけで御座います!」
「そうか、貴様は我が父を愚か者だと言うのだな?何様のつもりだ?なら聞くが、誰なら俺の伴侶に相応しいと?」
シェルビーの冷たい物言いに、侯爵の顔から血の気が引く音が聞こえてくるようだ。
「それは。勿論我が国の」
「まさか、そこであられもない姿を晒している。ふしだらな女が、私の伴侶に相応しいなどと、世迷言は言うまいな」
「ふ・・・ふしだら?」
「どうやら侯爵と私とでは、貞節や貞操に対する考えが、全く違うらしい」
「でっ殿下!!何か誤解をされて居るようですが、私は決して殿下に害を与える気など・・・グアッ!!」
シェルビーに縋ろうと、立ち上がった侯爵を、騎士の1人が打ち据えた。
「動くな!痴れ者が!!」
「お父様ッ!!」
「キャーッ!!」
娘二人が抱き合い、悲鳴を上げた。
「それに、往生際が悪い上に頭も悪い。話にならんな。歴史ある侯爵家が没落するわけだ」
「でん・・・殿下!!」
血泡を飛ばす侯爵に、同情を寄せる騎士は一人もいない。
ごみを見る様な一瞥を、侯爵に与えたシェルビーは、傍に控えていたキャニスを手招いた。
「散々な言われようだったが、何か言いたい事はあるか?」
「いえ。特には御座いません」
キャニスの言葉に侯爵は事実だから、何も言い返せないのだ。とキャニスを嘲った。
「本当にいいのか?」
「はい。殿下と軍の高官へ、毒を盛った大逆人の戯言で御座います、耳を傾ける価値が有りますか?」
「どっ毒などではない!!あれは、ただの媚薬だ!!」
語るに落ちたな。
「侯爵は、私達に薬を盛った事を認めた・・・だが私は、其方を貶められたままでは癪に触る」
「殿下、お気遣いは無用です」
「そうは言ってもな、何も言わなければ、愚かな勘違いをする奴が、いるかも知れんぞ?」
「・・・ではご随意に」
「うむ・・周知の話だが、ナリウスの生活の全ての面倒は、キャニスが見て居たのだよな?」
「はい、私の私財で賄っておりました」
「ラリスの災害の復興、復旧もキャニスとカラロウカ家が行っていた?」
「その通りです」
「王宮と国庫金の不足分でカラロウカ家が、王家に用立てたのはいくらだ?」
「約2兆5千億」
「回収できたのは?」
「1兆に足りないかと」
「侯爵は、カラロウカ家の専横が、ラリスの斜陽の原因だと言っていたが?」
「ルセ王家は、カラロウカにとって、唯のお荷物で御座いました」
「だそうだが。侯爵はどう思う?」
シェルビーとキャニスによって語られる、カラロウカ家の財力の大きさに、その場の全員が口を開けて聞き入っていた。
「侯爵は、其方の事を王族でも無い、ただの貴族だと言っていたが?」
「私の母は、ラリス国王、イグラシオン2世陛下の妹で御座いますが、カラロウカ家へ降嫁いたしておりますので、王族とは呼べないかもしれませんね」
「だが、世が世なら其方の母君が、王座についていた可能性もあるな」
「実力で、玉座の主が決められて居たら、そうなったでしょう」
「なるほど・・・侯爵はその地位に相応しい教養も、他国の血統を学ぶ努力も足りないようだ。無能なものに、領地の運営は任せられんと思うのだが、キャニスはどう思う?」
「・・・殿下、こちらをご覧頂いただけますか?」
パトリックから受け取った書類を、キャニスは差し出した。
見覚えのある書類に、侯爵はガタガタと震え出し、卒倒寸前だ。
侯爵を横目に、書類へ目を通した、シェルビーのこめかみには、離れていても分かるほどの、青筋が立ち、ギリギリと歯を食い縛る音までが聞こえて来た。
キャニスが渡した書類は、侯爵を捕縛したアントワーヌが見つけた物だ。
愚かな侯爵は、この書類を眺めながら、謀の成功を夢想していたらしい。
書類の内容は、侯爵が帝国の第一皇女から約束された、融資にまつわる契約書。キャニスとシェルビーを別れさせるための皇女からの指示と、事がなった場合の報酬までが、事細かく記されている手紙だった。
結果。
侯爵は反逆罪を問われ、一族郎党が捕縛され、侯爵家の全員が反逆者として、王都へ移送される事となった。
その際キャニスは、リサの助命を願い出たが、例外は許されない、無実かどうかは裁きの場で決められることだ。と却下されてしまった。
後日、移送中の馬車が事故に遭い。
リサだけが崖下に転落してしまった。
捜索は行われたが、崖下を流れる川に流されたのか、少し下流で衣服の切れ端が見つかっただけで、遺体の発見には至らなかった。との公式な報告がなされた。
そして、オーハンのキャニスの屋敷に、新しい次女見習いが連れて来られたのは、転落事故から一月半後の事だった。
オセニア軍が侯爵の屋敷を出発できたのは、媚薬騒動から三日後だった。
団長達の体調不良は一晩で回復を見せたが、サイラスが目を覚ましたのは翌日の夕方だった。
眼を覚ましたのは良いが、サイラスは激しい頭痛を訴え、意識も朦朧としている様子だった。
医師の見解によると、シェルビーとキャニスへ使われた媚薬に金が掛かり過ぎたため、サイラスに使用された睡眠剤は、下町で美人局に利用される類の、効き目が強いだけの粗悪品だったのではないか、との事だ。
そんなサイラスも、明けた昼過ぎには、すっかり元気を取り戻していたが、大事を取った事と、侯爵の移送の手配の為に、出発は翌日に繰り越された。
そして王太子の貞操の危機に、全く役に立たなかったサイラスの落ち込み振りは、想像以上に激しく、シェルビーもいつもの様には、揶揄う気にはなれなかった。
「せ・・・僭越ながら、申し上げます。私は王太子殿下の伴侶として、其処に居るカラロウカの男を認めることは出来ません」
「何故だ?」
「その者は他国の貴族。しかも廃嫡された王太子の婚約者だった男です。ラリス王国において、カラロウカ家の専横甚だしく。彼の国が斜陽の一途を辿ったのは、正にカラロウカ家の罪で御座いましょう」
侯爵はキャニスとカラロウカを貶める事で、自分の行いが正当なものだ、と主張する事にしたらしい。
こういう奴らに、キャニスはずっと傷つけられ、裏切られ、苦しんで来たのか。
「ほう?」
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勘違いと自己保身の、見苦しい言い訳の羅列だった。
それをシェルビーは黙って聞いていたが、椅子のひじ掛けを叩く指の動きは、次第に早くなって行った。
「・・・・よって。王族でも無い、自国を貶めた貴族家の者など、我が国の未来の王配として相応しくないのです!!」
「で?」
侯爵を見下ろすシェルビーのグレーの瞳は、怒りで黒く陰って見えた。
「は?」
「それと、貴様の愚行に何の関係がある」
「わっ私は、国と殿下の為を思い」
「王の決定に逆らうと?貴様は王の考えを蔑ろにするのか?」
「間違いを、正そうとしただけで御座います!」
「そうか、貴様は我が父を愚か者だと言うのだな?何様のつもりだ?なら聞くが、誰なら俺の伴侶に相応しいと?」
シェルビーの冷たい物言いに、侯爵の顔から血の気が引く音が聞こえてくるようだ。
「それは。勿論我が国の」
「まさか、そこであられもない姿を晒している。ふしだらな女が、私の伴侶に相応しいなどと、世迷言は言うまいな」
「ふ・・・ふしだら?」
「どうやら侯爵と私とでは、貞節や貞操に対する考えが、全く違うらしい」
「でっ殿下!!何か誤解をされて居るようですが、私は決して殿下に害を与える気など・・・グアッ!!」
シェルビーに縋ろうと、立ち上がった侯爵を、騎士の1人が打ち据えた。
「動くな!痴れ者が!!」
「お父様ッ!!」
「キャーッ!!」
娘二人が抱き合い、悲鳴を上げた。
「それに、往生際が悪い上に頭も悪い。話にならんな。歴史ある侯爵家が没落するわけだ」
「でん・・・殿下!!」
血泡を飛ばす侯爵に、同情を寄せる騎士は一人もいない。
ごみを見る様な一瞥を、侯爵に与えたシェルビーは、傍に控えていたキャニスを手招いた。
「散々な言われようだったが、何か言いたい事はあるか?」
「いえ。特には御座いません」
キャニスの言葉に侯爵は事実だから、何も言い返せないのだ。とキャニスを嘲った。
「本当にいいのか?」
「はい。殿下と軍の高官へ、毒を盛った大逆人の戯言で御座います、耳を傾ける価値が有りますか?」
「どっ毒などではない!!あれは、ただの媚薬だ!!」
語るに落ちたな。
「侯爵は、私達に薬を盛った事を認めた・・・だが私は、其方を貶められたままでは癪に触る」
「殿下、お気遣いは無用です」
「そうは言ってもな、何も言わなければ、愚かな勘違いをする奴が、いるかも知れんぞ?」
「・・・ではご随意に」
「うむ・・周知の話だが、ナリウスの生活の全ての面倒は、キャニスが見て居たのだよな?」
「はい、私の私財で賄っておりました」
「ラリスの災害の復興、復旧もキャニスとカラロウカ家が行っていた?」
「その通りです」
「王宮と国庫金の不足分でカラロウカ家が、王家に用立てたのはいくらだ?」
「約2兆5千億」
「回収できたのは?」
「1兆に足りないかと」
「侯爵は、カラロウカ家の専横が、ラリスの斜陽の原因だと言っていたが?」
「ルセ王家は、カラロウカにとって、唯のお荷物で御座いました」
「だそうだが。侯爵はどう思う?」
シェルビーとキャニスによって語られる、カラロウカ家の財力の大きさに、その場の全員が口を開けて聞き入っていた。
「侯爵は、其方の事を王族でも無い、ただの貴族だと言っていたが?」
「私の母は、ラリス国王、イグラシオン2世陛下の妹で御座いますが、カラロウカ家へ降嫁いたしておりますので、王族とは呼べないかもしれませんね」
「だが、世が世なら其方の母君が、王座についていた可能性もあるな」
「実力で、玉座の主が決められて居たら、そうなったでしょう」
「なるほど・・・侯爵はその地位に相応しい教養も、他国の血統を学ぶ努力も足りないようだ。無能なものに、領地の運営は任せられんと思うのだが、キャニスはどう思う?」
「・・・殿下、こちらをご覧頂いただけますか?」
パトリックから受け取った書類を、キャニスは差し出した。
見覚えのある書類に、侯爵はガタガタと震え出し、卒倒寸前だ。
侯爵を横目に、書類へ目を通した、シェルビーのこめかみには、離れていても分かるほどの、青筋が立ち、ギリギリと歯を食い縛る音までが聞こえて来た。
キャニスが渡した書類は、侯爵を捕縛したアントワーヌが見つけた物だ。
愚かな侯爵は、この書類を眺めながら、謀の成功を夢想していたらしい。
書類の内容は、侯爵が帝国の第一皇女から約束された、融資にまつわる契約書。キャニスとシェルビーを別れさせるための皇女からの指示と、事がなった場合の報酬までが、事細かく記されている手紙だった。
結果。
侯爵は反逆罪を問われ、一族郎党が捕縛され、侯爵家の全員が反逆者として、王都へ移送される事となった。
その際キャニスは、リサの助命を願い出たが、例外は許されない、無実かどうかは裁きの場で決められることだ。と却下されてしまった。
後日、移送中の馬車が事故に遭い。
リサだけが崖下に転落してしまった。
捜索は行われたが、崖下を流れる川に流されたのか、少し下流で衣服の切れ端が見つかっただけで、遺体の発見には至らなかった。との公式な報告がなされた。
そして、オーハンのキャニスの屋敷に、新しい次女見習いが連れて来られたのは、転落事故から一月半後の事だった。
オセニア軍が侯爵の屋敷を出発できたのは、媚薬騒動から三日後だった。
団長達の体調不良は一晩で回復を見せたが、サイラスが目を覚ましたのは翌日の夕方だった。
眼を覚ましたのは良いが、サイラスは激しい頭痛を訴え、意識も朦朧としている様子だった。
医師の見解によると、シェルビーとキャニスへ使われた媚薬に金が掛かり過ぎたため、サイラスに使用された睡眠剤は、下町で美人局に利用される類の、効き目が強いだけの粗悪品だったのではないか、との事だ。
そんなサイラスも、明けた昼過ぎには、すっかり元気を取り戻していたが、大事を取った事と、侯爵の移送の手配の為に、出発は翌日に繰り越された。
そして王太子の貞操の危機に、全く役に立たなかったサイラスの落ち込み振りは、想像以上に激しく、シェルビーもいつもの様には、揶揄う気にはなれなかった。
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