氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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83話

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キャニスが描いた物語の人物や風景は、省略されてはいるがどれも繊細で美しく、ライアンの為に作られた紙芝居は、目にも耳にも楽しいものだった。

「楽しんで頂けましたか?」

「はい!すごく楽しかったです」

「それは良かった。これは絵の裏に物語が書いてありますから、誰かに読んでもらっても良いですし、殿下が読み手になる事も出来ます」

「へぇ~凄いな。これ全部新しい物語ですか?」

「殿下のお好きな、長靴をはいた猫もありますよ」

「ほんとう!・・・あっこれですね!猫がすごくかわいいです!これをセリーヌお姉様に読んであげたら、喜んでくれるかな?」

「きっと、喜んでくださると思います」

「よかったな」

ニコニコと楽しそうな弟の頭を撫でていると、申し訳なさそうにサイラスが部屋に入って来た。

「時間か?」

「はい。出発の準備は全て整いました。陛下も、殿下とキャニス様をお待ちです」

「そうか・・・ライアン、俺達は出かけて来るから、父上と母上のいう事をよく聞いて、セリーヌと一緒に騒ぎすぎるなよ?」

「殿下、何か困ったことが有れば、なんでもベラに仰って下さい。大概の事は、ベラと私の母がどうにかしてくれますから」

「はい。分かりました・・・」

素直な返事をしたライアンだが、二人が揃って出かけてしまう事が寂しいのか、しょんぼりと俯いてしまった。

「どうした?直ぐに戻って来る。寂しがることは無いんだぞ?」

するとライアンは、何かを決意したようにシェルビーを見上げて来た。

「お兄様。帝国の第一皇女様はとっても性格の悪い人だと聞きました。キャニス様が虐められたりしませんか?」

「お前、誰からそんな事を聞いたんだ?」

 キャニスの使用人が、ライアンを不安にさせるようなことを言う訳はないし、父上と母上なら尚更だ。

「あの・・・セリーヌお姉様から」

 やっぱりか~!!
 あの山猿め!
 余計な事を言いやがって。

 少しは分別とか、気遣いとかを覚えろよ。

「殿下。確かに皇女は性格の良い方ではありませんが、国を代表して、こちらに見えるのです。私が虐められることなどありません。それに万が一そんな事が有っても、シェルビー殿下とオセニアの騎士は勇猛ですが、騎士道を重んじて居られます。なので、きっと私を守って下さると思います。ですから何も心配しなくて良いのですよ?」

「本当ですか?」

「本当だ。俺の伴侶となる人を、帝国の皇女などに侮辱させたりしない。兄を信じろ」

「分かりました。お兄様、キャニス様。お気をつけて行ってらっしゃいませ」

「ああ。行って来る」

まだ不安気な様子を見せながらも、健気に二人を送り出そうとする弟の頭を、優しく撫でたシェルビーは、彼等を待つ人々の元へ向うため、愛しい人の手を取った。

オセニア王国は総勢2万5千弱の布陣で、ドルグ帝国第一皇女の軍2万7千の兵と、相対する事になる。

国境に向かう途中の砦から3千名が合流し、国境を守る辺境伯が有する騎士、1万1千強が、主戦力であるシェルビーが率いる軍と、行動を共にする。

秋の空は高く、王城の馬車広場に集結した騎士1万が、整然と整列し、朝日を受けた盾と鎧をキラキラと輝かせながら、国王と王太子からの激励を待って居た。

静かな高揚感に満たされた広場に、国王を始めとする王家の人々が姿を現すと、適度な緊張感が走り、次いで王太子の横に並び立つ麗しい青年の姿にどよめきが走った。

自分達が護るべき人を、騎士達が認識した事に満足した国王が左手を上げると、それまでの騒めきが嘘のように静まり返った。

拡声魔法で国王の声は増幅され、落ち着いた深みのあるの声が、広場の隅々まで響き渡った。

国王はナリウスの非道を訴え、ドルグ帝国の狙いは、ラリスとオセニアである事を明かした。
そして残虐な事で有名な、帝国の第一皇女が、我が国の王太子シェルビーの伴侶となる、キャニス・ヴォロス・カラロウカを我が物としようとしている。

「正道を行く国家である我がオセニアは、この様な暴挙を断じて許してはならない!」

騎士達の健闘を祈る言葉で、国王が話を締めくくり、代わってシェルビーが演壇の上に立った。

「皇女の軍は屈強だ。しかし!我等には戦の天使が付いて居る!ギャリコの石橋の崩壊に続き、彼の軍は病に倒れるものが続出しているという!天意は我等の上にある!!正義の何たるかを、帝国軍に見せるのだ!!」

騎士達に檄を飛ばしたシェルビーが、キャニスの手を取り指先に口付けると、騎士達の興奮は最高潮に達し、騎士の雄叫びと、盾を剣でガンガンと打ち鳴らす音で、広場は埋め尽くされた。

出陣の号令を受け、次々に騎士達が馬に跨り城から駆け出していく。

シェルビーとキャニスも家族と別れの抱擁を交わし合い、並んで馬に跨った。

すると自然な流れで、二人の周りをキャニスの使用人達が護る様に囲み、シェルビーの後ろで、パトリックと馬首を並べたサイラスは、使用人達の淀みのない動きに、目を見張る事になった。

「パトリック殿。カラロウカ公爵家の使用人は、全てこのように訓練されているのか?」

「キャニス様の専属になるという事は、こう云う事です」

「こうまでして御守せねば成らぬ程、キャニス様の周囲は危険だったのか?」

「左様ですな・・・。私が坊ちゃんに拾っていただいたのは、今から6.7年ほど前になりますか。その頃には坊っちゃんの周囲は、危険だらけでございましたね」

「6.7年前って言ったら、キャニス様はまだ12かそこらの子供じゃないか」

「ただの子供ではありません。カラロウカ家の子息で有り、王太子の婚約者です」

「あ~~確かに、そうなるか」

「なにより、坊ちゃんの婚約者は、あのナリウス殿下でしたから」

「ナリウス殿が、何かを仕掛けて来たと?」

パトリックは当時の事を思い出したのか、不味い物を口にしたように顔を顰めている。

「そんなに酷かったのか?あの方は既に廃嫡された身だし、それ以前にルセ王家もお終いだ。話しても問題は無いと思うが」

「私は噂話の類は、好むところではありません。ただ私に言えるのは、あのクソガキの首を搔っ切って遣りたいと思ったのは、100回では済まない、という事くらいですな」

「あ・・・ははは。そうか・・・それなのに、よく我慢できたなぁ?」

「坊ちゃんが御止めになったからです。復讐などをして、私達があの男と同じ所まで落ちる必要はない、と仰せになられた」

「そのような事を仰ったのか?12かそこらで?」

「キャピレット卿が驚かれるのも無理はない。坊ちゃんは本当に特別な方なのですよ。お陰でカラロウカ家の使用人は、呪い人形を定期的に購入し、常備する様になりました」

「定期的にって」

「怒りに任せ、ナイフで突き刺せば直ぐに駄目になりますから」

「・・・・効果があるのか?」
 
呪い人形の効果に首を傾げるサイラスだったが、パトリックも同じ様に首を傾げて見せた。

「さあ?やり場のない、怒りの矛先だと私は認識しています。ですが今の状況を鑑みると、遅効性の効果は、あったのかも知れませんね」


 なるほど。
 カラロウカの者達を怒らせると
 呪い人形をめった刺しか・・・。
 メチャクチャ怖いな。

 効果云々よりも、その絵面が怖い。

 まさか、キャニスが俺から離れようとして居るのは、呪いの所為じゃないよな?

「殿下」

「なんだ?」

前を向いたまま声を掛けて来たキャニスは、チラッとシェルビーに視線を寄越すと、またすぐに前を向いてしまった。

 キャニスは横顔も綺麗だから、こうやって馬に乗る姿を眺めるのも悪くはないが。彼の瞳に俺が映るくらい近くで、じっくり鑑賞する方が俺は好きだ。
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