氷の華を溶かしたら

こむぎダック

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81話

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「ベラや他の侍女達は、俗に言う戦闘メイドという感じでしょうか?侍従達も前職は様々ですが、皆腕に覚えのある者達ばかりです。それに屋敷には、父たちが送って来た騎士も居りますし、彼等も連れて行けば、国境で皇女と差し向かいになっても、問題はないかと思います」

「キャニスはそう言うが、あの皇女が大人しく、交渉の席に着くかどうかも怪しい。出合頭に、襲い掛かってくる可能性だってあるんだ。だから移動中と向こうに着いてから、万が一戦闘になっても、俺の傍から絶対に離れないと約束してくれ」

「それは、信用していないのと同義なのでは?」

「そうじゃない」

胡乱気な視線を向けるキャニスに、シェルビーは首を振った。

「ただ君が心配なだけだ。戦闘になる可能性が高い場所に行くんだぞ?君が目の届く範囲に居なければ、俺は心配で作戦だのなんだのと言って居られなくなる」

「貴方は抱卵中の鳥かなにかですか?今の発言は、一軍を任された王太子として、如何なものでしょうか」

「何と言われようと、これだけは譲れない」

真剣な顔で過保護な事を言い募るシェルビーに、キャニスの視線は冷えていく一方だ。

「・・・殿下の御心のままに」

「なあキャニス」

シェルビーの言葉を遮り、立ち上がったキャニスは深々と臣下の礼を取った。

「お忙しい処、お時間を割いて頂いてありがとうございます。この後の準備も御座いますので、これで失礼させて頂きます」

「え?もう行っちゃうのか?」

「では、後ほど」

「ちょっと待てって」

引き留めようと、腰を浮かせたシェルビーが伸ばした腕をかわし、取り付く島も与えず、キャニスは部屋から出て行ってしまった。

「・・・うそだろ・・・」

閉じたドアに伸ばされたシェルビーの手が、力なく膝の上に落ちた。

「・・・・俺、キャニスを怒らせた?」

「さあ。どうでしょう」

頭を抱える王太子に、サイラスはどうしたものかと腕を組んだ。

「あれ、絶対怒ってたよな?」

「あの公爵夫人の息子ですからね。キャニス様は、あからさまな束縛は好まれないのじゃないですか?」

「別に束縛なんてしてない」

「そうですかねぇ。じゃあ言い方を変えましょうか」

「なんだよ」

「殿下の先程のお言葉は、カラロウカ家とキャニス様の武力を役に立たない、信用できないものだ。と言ったようなもんでしょう。家を侮辱されて、怒らない貴族は居ないと思いますよ?」

 サイラスの言葉に、シェルビーはハッとして顔をあげ、押し寄せる後悔に、もう一度頭を抱え込んだ。

「そんな積りはなかったのに」

 ほんとこの人は、キャニス様が絡むとポンコツになるな。

「その積りが有ろうと無かろうと、キャニス様は、自身の護衛の教育方法の一端を、殿下に明かして下さった。普通は外部に漏らしたりしない、家によっては秘匿事項に当たるものですよ?それをお話し下さったという事は、殿下への信頼の証でしょうに」

 まあ。俺への牽制でもあるけどな。

「う~・・・やっちまったぁ・・・」

「とにかく会議の後にでも、キャニス様に、誠心誠意謝る事をお勧めします」

その後の団長会議での、キャニスの商品説明と実演は盛況だった。

魔石を使った一人用の携帯コンロは、小型でかさばる事も無く。魔力以外の燃料を必要としない為、焚火の様に煙が出る事が無い。
一人用の天幕の中なら十分に温められるほど暖を取る事も可能で、今後、冬場の行軍に、必要不可欠なものとなりそうだった。
また、煙が出ない為、索敵に引っかからないと、大好評だ。

携帯食の方も、これ迄の概念を覆すほど味も良く。
キャニスの説明では、行軍の間不足しがちな野菜を多くとれるように加工され、その加工は、キャニスの創り出した魔道具でしか出来ないのだそうだ。

そしてシェルビーが過剰に反応した肌着だが、サイズ別に数枚づつが用意されていた物を触ってみると、伸縮性に優れ体に密着する様な作りは、これまでの肌着の様に、軍服の下で嵩張る事もなさそうだ。

しかも手に持っているだけでも、じんわりと暖かい。

「これ暖かくていいな。どいう仕組みなんだ?」

素直な感嘆の言葉を漏らしたシェルビーに、キャニスはぱちりと瞬きをした。

それを見たシェルビーは、自分がキャニスを怒らせていたことを思い出し、ばつの悪い思いで頭を掻いた。

「あ・・・すまん」

「いえ・・・殿下此方の肌着を光に翳してみて頂けますか?」

「ん?分かった」

キャニスの機嫌を取りたいシェルビーは、言われるがまま手にした布を窓から差し込む陽光に翳してみた。

「おっ?キラキラしてるぞ?」

「こちらの生地を織る糸には、魔石の粉末を染み込ませてあるからです」

「魔石の粉末・・・高価な魔石を、この生地を作る為だけに砕いたのか?」

「まさか。そんな事をしたら貴族の贅沢品になってしまって、騎士達に支給できません」

「では、どうやったんだ?」

「私の商会の工房では、毎日魔石の研磨屑が出ます。何かに使えるのではないかと、それを捨てずに取って置いたのです。その粉末を使い、特別な工程を経た生地に火魔法を付与し、身体強化魔法を付与した糸で縫い上げたのがこちらの肌着になります」

「成る程。キャニスは頭が良いな」

「そうですか?」

「あぁ。すごく頭が良いと思う」

「お褒め頂きありがとうございます。本当は軍服を作りたかったのですが、軍服の生地に使う糸と魔石の相性が悪く、このような形になりました」

「それでも、これは凄いぞ?」

魔道具を褒めた事で、キャニスの機嫌が良くなったことをシェルビーは見逃さず、畳みかける様に、キャニスの魔道具を褒めちぎり、キャニスを天才だと持ち上げた。

実際今日キャニスが持ち込んだ商品は、行軍の在り方を変える程の物ばかりで、シェルビーだけでなく、会議に参加していた他の騎士団長や将校達も絶賛している。

すると、キャニスと言えど、褒められれば悪い気はしいもので、刺々しかった態度も、かなり和らいだように見えた。

会議の参加者達は、魔道具に夢中でキャニスとシェルビーの事を見て居ない。
今がチャンスと、シェルビーはキャニスの手を取り会議室から連れ出して、近くの空き部屋へ連れて行った。

そこで先程の、自分の軽率な発言をひたすら謝った。

「殿下、私はカラロウカが侮辱されたから、怒ったのではありません」

「じゃあ、俺がキャニスを束縛するようなことを言ったからか?」

「それも有りますが。貴方は私の使用人を信じなかった」

「使用人?」

「私は、信頼できる相手はそう多くありません。彼等は、数少ない私が信頼できる人達なのです」

澄んだ菫色の瞳に見つめられ、シェルビーは自分の執着が、子供じみていた事に気付き恥ずかしくなった。

キャニスのような経験を重ねた人にとって、信頼を寄せるという事が、どれ程の意味を持つのかを思い出したからだ。

「・・・・すまん」

「私にとって、彼等は家族よりも信頼できる相手なのです。それを忘れないで下さい」

「俺よりもか?」

「はい」

 ・・・ショックだ。
 俺はキャニスから信頼されていない。
 どうしたら、キャニスは俺を信じて、心を開いてくれるんだ?

「何故、俺を信じてくれないんだ?」

「私が愛なんてものを信じていないから。どれだけ熱く甘い愛の言葉を語ろうと、裏切るのは一瞬だと。私は知っています」

「・・・俺も同じだと?」

「どうでしょうか。殿下は誠実な方だとは思いますが、私達は、契約が終わればそれまでの関係でしかありません。それに私にはこれ以上、契約を続ける意思は無いのです」

「そんな・・どうして」

「理由の如何に関わらず。私が希望すれば、契約の解除はできますよね?」

「そうだけど、でも俺は君の事を!」

「殿下!・・・殿下それ以上は止めて下さい。殿下が何を仰っても、私の意思は変わりません。皇女の件で殿下やオセニアに皆さんには、ご迷惑をお掛けしました。ですので契約に対する報酬は結構です」

そう言い捨てたキャニスは、引き留めようとするシェルビーの手を振り払い、部屋を出て行ってしまった。

1人部屋に取り残されたシェルビーは、振り払われた手をじっと見つめ、強く拳を握りしめた。

 キャニス・・・。
 君は何も分かってない。
 俺がどれだけ君を愛しているか。
 
 どれだけ、諦めが悪く。
 しつこい男かって事もな。
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